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みんなのレビュー8件

みんなの評価3.5

評価内訳

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8 件中 1 件~ 8 件を表示

若者を食い物にした!という著者の告発は間違いない

14人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:BCKT - この投稿者のレビュー一覧を見る

はじめに
第1章 高学歴ワーキングプアの生産工程
第2章 なぜか帳尻が合った学生数
第3章 なぜ博士はコンビニ店員になったのか
第4章 大学とそこで働くセンセの実態
第5章 どうする? ノラ博士
第6章 行くべきか、行かざるべきか、大学院
第7章 学校法人に期待すること
おわりに


みずきしょうどうは1967年(福岡県)生まれ。年齢だけで言うと新人類で,バブル入社組。しかし,「龍谷大学中退後、バイク便ライダーとなる。仕事で各地を転々とする・・・。97年、長崎総合科学大学卒業。2000年,九州大学大学院(人間環境学博士)。専門は、環境心理学・環境行動論。・・・。著書に『子どもの道くさ』など。現在、立命館大学衣笠総合研究機構研究員および、同志社大学非常勤講師。任期が切れる08年春以降の身分は未定」(本書著者奥付より)。


第1章(「高学歴ワーキングプアの生産工程」)では在学中の大学院生の実態,第2章(「なぜか帳尻が合った学生数」)では政府政策,第3章(「なぜ博士はコンビニ店員になったのか」)では卒業後の大学院生の実態,第4章では「大学とそこで働くセンセの実態」,第5章(「どうする? ノラ博士」)では無職博士の将来展望,第6章(「行くべきか、行かざるべきか、大学院」)では大学院の現状と魅力,第7章(「学校法人に期待すること」)では学校への要望を出していると解釈できる。展開としては穏当。


興味深かったのは,大学と大学院をそれぞれ一流とそれ以外(二流)に分け,一流から一流へという組合せから二流から二流へという組合せまで4つのルートを場合分けし,やっぱり大学院ではなく学部卒業大学のほうが重視されているじゃないか!という件。つまり,博士号保有が大学研究職への就職に結びついてないじゃないか!という現状告発。博士号を持たない(助)教授が博士号授与の手続き上の責任者(主査・副査)になっている!という現状糾弾。だって専門家同士だと関係が小さくて親密だから敵対関係を回避するだろうし,博士号を自分が請求する段になって拒否られたら困るでしょう? ああいうのは輪番制なんです。互選方式なんです。学会というのは,人数の少ない小さな集合体=ムラなんです。それに,私の知っている例で言うと,大学院を無理やり合格させたうえに,学会専門誌の編集委員時代に自分の弟子の論文を,説得した同僚にレフェリーさせて,弟子の就職に勢いを添えるという例もある。就職すれば,当然,師匠の勢力範囲は拡大する。もっと露骨な例で言うと,自分の子供の大学研究職就職に辣腕をふるう地方大学のボスもいる。


そもそも,理系ならともかく,文系では影響力のある論文の判定の仕方は明文化されにくい。引用回数っていっても,お仲間同士で互選方式で相互に引用し合えば,数は稼げるからあてにはならない。


本書の功績は,著者の憤懣に動機づけられたこの著作が,図らずも政府教育政策の無目的性=場当たり主義を暴露したことにある。大学の大学院化に予算をつければ,いかにバカ大学でも大学院を捏造する。悲しいことに,国立大学も大学院生を積極的に取り始めたから,三流大学院は閑古鳥が鳴いていたらしい。しかし,どっちにせよ国立大学最高責任者や私大経営者が若者を食い物にした!という著者の告発は間違いないと思う。


しかし,バブルが弾け,東大卒でも就職にあぶれていたあの時点で大学院生を急増させるというのは,若年層失業率を抑え込もうという当局の意図がミエミエだったはず。バブル期に地方の弱小大学を政府が叢生させた背景には,地方からの活性化政策の要請もあっただろうし,“ハイ,あとは自由競争ですからね”というオチが待っていたことは,少子化傾向も顕在化していたことからして明らかだ。たしかに二流大学生だと,そういった大局的な把握は難しかったのかもしれないけど,情報収集力のなさからきた選択の誤りだ。


本書の欠陥は,やっぱり“二流大学卒業とはいえ(関係者失礼),一流大学で(九大は一流なんでしょうか?)博士号までとったんだから,就職させろや!”という恨み節が本書のそこかしこに充満していることだ。もう一つ言えば,自分の仲のいい友人たちを成功例に仕立て上げているところなんかは,判官贔屓でなくてなんだろう? 文系なんだから,資料収集力を発揮して,たとえば,原丈人みたいな全国区的に顕著な転身例を挙げるべきだろう。鷲田小彌太『大学教授になる方法』に言及がないのも感心しない。(1809字)

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「大学院重点化」政策とは、既得権益維持のための秘策だった!?

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書は、副題にもあるように、「フリーター生産工場」としての大学院という現状に焦点を当て、このまさに矛盾する現象を考察した良書です。大学院重点化という政策は、文科省と東大法学部が知恵を出し合って練りに練った成長後退期において、なおパイを失わんとする既得権益維持のための政策でした。しかし、実を言えば、ちょうど90年代半ばからの若年労働市場の縮小と重なったことで、就職難で行き場を失った若者を、大学院に吊り上げようとしたものだったと言えるでしょう。本書は、一見、妥当な政策の陰には、実は既得権益者の権益擁護の意図が隠されていた事実をあばきます。

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必ずしも「高学歴」とは看做されない高学歴な人たちが四次元空間に勝手に迷い込んだという良くある話

24人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本における大学院とは、まことに不思議な存在である。米国でははっきりしている。米国では「4年生大学卒です」というのは日本で言う高卒に相当する扱いで、一人前の人間として社会で扱ってもらおうとおもったら最低でも修士は必要で、修士よりはPh.D(博士)、同じ博士でもダブルPh.D(二つの科目で博士号を取っている人)の方が上と、「学歴」という外形標準で評価がはっきりと区別されている。ところが日本ではそうはなっていない。日本における「学歴」とはあくまで4年生の大学を「最初にどこに受かって、そこを卒業したか」が決定的に重要なのである。日本では、大学入試を経て人間は「学歴」というタイトルを獲得し、ある程度のグルーピングがなされた後、同一グループの中で「本人の実力が問われる」という「同一性の中の競争」を行なわせるための人間の格付け機関が日本の大学の基本機能なのである。大学の社会的評価と序列がどうなっているかについてはこの本が参考になる。よく読んでおくと良い。

では大学院とは何か。これが基本的に曖昧模糊としたやっかいな存在で、日本では大学院に進んだからといって、これが必ずしも「高学歴」とはストレートには評価されないのである。あのノーベル賞をとった白川秀樹さんでさえ、今よりはるかに大学院生の数が少なかった50年以上前に大学院の修士から博士に進むときは「これで企業に就職出来なくなる」と大いに悩んでいた。少子高齢化の中で大学や文部科学省としては、少しでも長く学生を確保し大学に留め、ありていに言えば、少しでも長く多くの学費を学生に払わせて大学の経営を維持しようと「大学院重視」政策を打ち出しているが、社会の方は、そんな教育関係者の都合などどこ吹く風で、一向に大学院卒に対する態度なんか変えていない。ここが決定的に重要なのだが、作者含め、この「社会と大学院の接点」「社会のニーズ」に目を向けるどころか、むしろ「不都合な真実」から意図的に目をそらそうとしている点が目立って、うざい。

筆者は龍谷大学を中退して、バイク便のバイトにせいを出し(自分探しの旅!これだけでも企業からは敬遠される!)、その後、長崎総合科学大学を経て2004年に九州大学大学院博士課程を修了し博士号を取得している。しかし、この時、既に37歳である。この経歴を見ただけでも「変わり者」「社会不適応」のレッテルを企業や官庁の採用担当者にはられそうであるが、その前に、博士号を取るまでに時間が経ちすぎている。日本では「年齢」とうものも非常に重要で、いまだに「現役合格」という言葉が生きているように若ければ若いほど貴重で便利な人材という評価がなされる社会なのである。このことを筆者ならびにその親族は知らずに過ごしてきたとでも言うのか?筆者は「自分探し」に時間を費やしすぎている。教育には様々な側面があるが、「就業機会の獲得」という面から見ると、教育とは基本的に「投資行為」であり、「リターン」を求めて「費用と時間」を投入する行為なのである。筆者はこの「投資としての教育」から意図的か無知なのか目をそらしすぎている。

単純に「自分が納得するまでは受験勉強なんかしない」という自分本位を貫いて生きている。それはそれで結構なのだが、社会のニーズを無視して我流を貫くと、教育とは投資ではなくなり、限りなく「消費行為」に近くなってしまう。消費行為としての学問に「就職機会」というリターンは基本的に無い。「お勉強」をして豊かな時間を過ごしたことで満足する自己完結的な行為となってしまう。筆者の生き方を見ていると、正に「消費としての学問」を貫く『求めない』人生の王道を歩んでいるようでいて、ある意味誠に羨ましいようにも思えるのであるが、途中から、俄然、がっかりさせられるのは、筆者の願いは己のジコチュウを棚に上げ「大学院が悪い」「恩師に騙された」「文部科学省が悪い」という、あの例の、全部他人に責任を転嫁するあきれ返るような主張のオンパレードが展開されるからである。筆者の主張を聞いていると、まるで大学院、しかも博士号まで取得したら大学教授の座を確保できて当然(そうならなければ制度が悪い)という話になるのだが、そんなことは日本では一度も無かった。私が超一流大学にいた25年ほど前でも「大学教授になりたかったら大学院なんかいっても無駄だよ。大学院で博士号なんかとっても大学教授なれる保証なんかない。大学教授になれる人は大学4年の夏休みに、ゼミの教授から『きみ、助手にならないか』というお誘いがあるもんだ。丸山真男以下、有名教授はみんな助手を経て助教授、教授となっている。だから夏休みに声がかからなかったら、大学に残ることは諦めたほうが良いよ」と言われていたもんだ。こんなこと、筆者は聞いたことも無いのではないか。著者は博士課程を経て「物事の本質を見極める能力」や「根拠となる情報の収集」が出来るようになるなどと、ぬけぬけと書いているが、それは「あなた基準」ではそうかもしれない。著者の中学生時代に比べ大学院卒業後、あなたの能力は大幅に向上したかもしれない。情報も収集できるようになったかもしれない。しかし、同期で、もっともっと早くそういうことが出来ている人は掃いて捨てるほどいて、そんなこと今更言って見ても、何の役にも立たないことは、著者の現況が雄弁にそれを証明していると言っていい。

勝手に大学を中退し、各地を勝手に放浪して人生の貴重な時期を空費し、日本社会がどういう人材を求めているかという「市場の声」には背を向けて、己の信じる道をひたすら歩んだのだから、その結果も全て甘受する覚悟が無ければならないと私は考える。40にして惑わずと古人は言った。そろそろ他人のせいにして愚痴る悪い癖はやめたらどうか。

参考になったのは、日本では東京大学を筆頭とする旧7帝大と一橋大、東工大、筑波大、広島大、私立で言えば早慶程度なら大学院卒が学歴として評価され大学教授への道が開かれやすいが、それ以外は「駄目」ということと、あこがれの大学教授の給与がせいぜい年収1200万円程度ということである。一流会社に勤めていれば、大学教授の2倍くらいの給与がもらえることを考えると、大学教授というものが職業として魅力的なものなのかどうか。大いに考えてしまうのである。

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大学院拡充政策の失敗を突いているところは良いが、疑問箇所も目立つ。

16人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:越知 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 巷で話題になっている本だ。大学院を終了して博士号を取得してもなかなかそれに見合う職――つまり大学の常勤職や研究所の定職――に就けない人間の数が増えているのある。定職に就けないと、非常勤講師やアルバイトなど収入の少ない仕事でかろうじて食っていくことになる。この本のタイトルにあるような高学歴ワーキングプアになってしまうのである。
 少し話がずれるけれど、大学の非常勤講師というのを誤解している人が多いようなので説明する。非常勤講師は常勤職のような月給制ではなく、大抵は1コマいくらという出来高払いで、しかもその金額は微々たるものである。週に90分授業を10コマ持ってかつかつ自分が食っていけるかどうか、という程度なのだ。しかも最近の少子化で大学も経営が楽ではなく、経費節減のために人減らしをはかっており、非常勤講師はいわば派遣社員みたいなものだから、まっさきに切られてしまう。常勤職と違って研究室ももらえないし、非常勤講師全員が利用する控室は落ち着けず、研究の環境も劣悪である。こんなことを書くのも、大学非常勤講師が個人研究室を持っていたり、親や娘を扶養していたり、という摩訶不思議な設定の日本映画を複数見たことがあるので、謬見を正していただきたいと思うからだ。
 閑話休題。近年日本に高学歴ワーキングプアが増えているのはなぜか。大学院拡充政策のためである。ではなぜ大学院拡充政策がとられたのか。文科省と大学教員の双方に責任がある。文科省は大学院修了者の就職先があるかどうか確かめずに大学に圧力をかけて大学院定員を増加させ、あまつさえ入学者が定員に満たないと文句をつけさえする。一方、教員の方も大学院を拡充すると研究費が増えたり大学院担当手当が給与に付加されたりするので、文科省に迎合し、また人によっては学部学生に大学院進学を勧めたりしてしまう。大学院を出てもそれにふさわしい就職口があるかどうかあやしいのに、である。
 本書はそういう基本的な事実を新書という入手しやすい本の形で世に伝えたところに、その意義がある。
 ただし、そこから一歩踏み込んで細かい内容の是非ということになると、疑問箇所も多いと言わざるを得ない。大学といっても様々だし、また学部によっても異なるから、全体像を把握するのはなかなか難しいはずだが、その辺を乱暴に割り切ってしまっているところが目立つ。例えば学会への参加費や旅費、発表にかかる費用は常勤職はすべて大学持ちだと書いてあるが(110ページ)、そんなに裕福な大学はわずかだろう。いまどきは3つか4つの学会に加入するのがふつうだし、合計すると年に10回以上の研究会がある。文系なら理工系と違って企業の寄付金などは見込めないから、全部にはとても参加できないし、仮に半数に参加しても私的な持ち出しは相当額におよぶ。
 また、大学院生の急激な増加は当然ながらその質の低下をともなうのだが、著者はその点については執拗に否定している。だが現場で教えている教員の立場からすれば、分かりが悪く基本的な知識も持たない院生の増加は否定すべくもないのであって、形の上で論文を多数書いているからといって、それで優秀ということにはならないのだ。要するに昔は論文数をステイタスにつなげる必要がなかったから書かなかっただけの話なのである。
 さて、この問題の解決策は? まず、大学院の定員を削ることである。文科省の大学院拡充政策はゆとり教育と並んで大失策だったと素直に認めること。次に、博士号取得者の就職先を拡充すること。これは評者の考えだが、高校教諭は現在は学士号取得でなれるけれど、これを修士号必須、博士号取得者にはプレミアム付き(例えば特等教諭などの称号を与え給与面でも優遇)とするなら、ここで相当需要が生まれるだろう。最近は子供の学力をめぐる国際的な競争が激しくなっているが、昨年度世界一となったフィンランドでは教員はすべて修士以上となっているそうであるから、日本もまず高校教諭から高学歴化を始めてはどうか。そしてそれは何も研究者になるのをあきらめろ、という意味ではない。高校に定職を得て、さらに論文を発表していき、それが認められれば大学に常勤職を得られるようにすればよろしい。戦前は旧制高校教授から帝大教授へという出世コースもあったわけだし、現在でも少数だが高校教諭から大学教授へ転身する例はある。無理にフリーターのような生活を続けるより健全だし、また大学側からしてもあまり若い段階で教員を選抜してしまうと「こんなはずでは」というケースがあるわけで、高校で実績を積んだ人の方が、少なくとも文系では或る程度望ましいと言えるだろう。

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それでも入院するを止めることはできない

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中肉 - この投稿者のレビュー一覧を見る

文系博士の末路は悲惨、とはよく聞く話。
そうした現状を、大学院進学を希望する人が知らないはずはない。
本書でも、著者の知人たち(文系博士)の散々な就職模様が紹介される。

彼らがこうしたワーキングプアに陥った原因として、
●政府の教育政策の問題
●大学側の制度の問題
等が挙げられているが、
いずれも「そんなの、薄々はわかっていたでしょ?」という感想が浮かんでしまった。
一千万近くもの投資をするにも関わらず、
なぜ自分に戻ってくる利益をよく見定めないのか?
著者が挙げる原因からは、知人たちの(失敗?)例に対して、
「これはひどい!」と同調させるには足りないように思う。

著者は「こどもの寄道」という魅力的な研究をしているのに、
高学歴ワーキングプアという問題に関わった途端、
なぜこんな独走状態が起こるのか。
けしてつまらない書き手ではないだけに、もったいない。

本書の目的が、
1.政府への批判(若者は食い物にされた)
2.日本社会への批判(博士をもっと大事にして)
3.大学の体制への批判(利益重視ばっかり)
4.大学院進学への批判(博士には行くな)
これらのうち、1~3で終始してしまったのは残念である。
現状批判をするにしても、
博士を取った者たちの分析が、知人の域を出ていない。

けれども、4の要素を加えるとしても、
現状をわかっていても、それを乗り越えてでも研究がしたいと院進学を選ぶ者。
もしくは、それほどの意志は無いにしても院に行ってみれば何とかなるさと選ぶ者。
いずれにせよ、自らが選んで入院していくのだ。
読者をそんな結論に至らせてしまう点で、本書の試みは失敗していると思われる。

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無給にちかいのに大学で必死に働き,論文を書くフリーターたち

3人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Kana - この投稿者のレビュー一覧を見る

博士号をとったものの就職できず,無給にちかいのに大学で必死に働き,論文を書くフリーターをえがいている. おなじ著者の 「アカデミア・サバイバル ― 「高学歴ワーキングプア」 から抜け出す」 をさきに読んだ. それとくらべるとこの本はまだ救いがあるが,それはこの本以降にさらにきびしい状況になっているということだろうか.

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入りやすくなった、大学院の、大きなデメリット。

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Pの6号 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「少子化による大学生の減少には、大学院の増員で対応し、大学と文部科学省の利権を維持しよう」という方針が採用され、以来、水ぶくれした大学院卒や博士の方々が大学の教員に就職できず(だって大学は縮小傾向ですから)、やむなく塾講師やコンビニ店員をやっている、ということを、その当事者(博士課程修了者)が書いた本。私が学生の頃は「大学院は成績トップクラスでないと入れてくれない」イメージだったのですが、最近は全く違うようです。

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流動性と市場価値

12人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:KAZU - この投稿者のレビュー一覧を見る

ここオーストラリアでもそうだが、多くの先進国では(あるいは資本主義の西洋の国々では?)、「流動性」と「市場価値」が重要であるようだ。住宅も、中古市場が8割以上、新築はあまりない。労働者もほとんどが転職で、新卒採用という概念さえあまり聞かない。

日本では中古住宅の市場価値が不当に低く、また新卒者以外の労働者の「市場価値」も不当に低い。そういうふうに海外に住んでいると感じるのである。その点を改善してよりよい日本にしていこう!ということであれば、著者の文科省批判もある程度なっとくできるのであるが・・・私には、これも日本独特の甘えというか、温さ(ぬるさ)を感じてしまうのである。

高学歴ワーキングプアとは、すなわち博士号取得者の「市場価値」が日本国内で不当に低い、という問題なのであろう。日本の企業が博士号取得者の「市場価値」を正当に評価していない、ということであろう。であるならば、不動産と違って、労働、とくに研究者は国内が相手ではなく、海外、もしくは世界で勝負するものであるから、博士号を取得した研究者は国内での職がないなどと嘆く前に、どんどん「海外流出」すればよいのではないか?

しかし、ここで少し意地悪な意見を言わせてもらうならば、それらポスドクは海外ではほとんどサバイブできないであろう。もしくは、海外で職を得る切符を手にする事さえ大半が無理であろう。日本国内よりも、海外はより厳しい競争が待ち構えているのである。そして、それが世界標準である。そのとき、誰を批判しても恨んでも、あまり意味のあることではない。

本書を読んでも残念ながら、「日本を良くして行こう」という前向きな姿勢を感じることができない。

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