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電子書籍

会社人間、社会に生きる みんなのレビュー

  • 福原義春 (著)
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みんなのレビュー4件

みんなの評価4.5

評価内訳

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4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本会社人間、社会に生きる

2001/10/12 12:14

「古き良き時代」の証言

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:小田中直樹 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 それにしても暗い話題ばかりが続く新世紀の日本。失われた十年、足腰の定まらない構造改革、狂牛病、中身も論点も名称もよくわからないテロ特別対策云々法案の審議。「こういうときこそ現実を直視せよ」っていうのは正論だけど、「たまには古き良き時代についての本を読んで、明るくなってみたい」っていうのも人情だろう。一番身近な古き良き時代っていえばバブルの十年だけど、そういえば、当時のキーワードの一つに「メセナ」があった。この言葉を覚えてる人がどれ位いるか知らないけど、企業も文化に貢献せよって掛け声のもとに、どこからか湧いてくる利益を文化活動につぎ込むメセナが経営の美徳とされたのだ(ちなみに、その後、企業の美徳は「リストラ」になった)。メセナを重視した代表的な企業は資生堂とセゾン・グループだろうか。のちにセゾンは経営が悪化し、メセナからほとんど手を引いた。美術館は閉館したし、系列の出版社はなくなったんだろうか。昔この出版社が出してた本が「増補版」とか「新装版」と称して別の出版社から出てるのを本屋でみかけると、「諸行無常」って言葉が頭に浮かぶ。一方わりと元気なのが資生堂で、今でもこつこつとメセナを続けてる印象がある。僕は資生堂の本業(化粧品)には関心ないけど、なぜ文化や社会に関心を持ちつづけてるのか疑問だったので、同社の社長や会長を務めた福原さんが書いたこの本を読んでみた。

 これは福原さんの回顧録に彼の経営哲学をミックスしたような本だ。資生堂の創業家に生まれながら、成り行きで資生堂に入り、あれやこれやの仕事を任されながら東奔西走し、一九八七年に社長、ついで会長に就任し、今日に至るまでの日々が、経営や企業について考えたことを交えながら、わりと淡々と記してある。もちろん回顧録については、後知恵が混じってたり自分の半生を美化したりする可能性がある点を割り引いて読む必要がある。だから、これを読んで、福原さんは幼少のみぎりから企業の内部と外部(社会、文化、趣味)の関係について考えてきたのだなあ、なんて感心するのは回顧録の正しい読み方じゃない。僕自身は、福原さんの半生にも関心ないので、感心するもしないもなかったけど。

 そのうえで僕にとって興味深かったのは、福原さんが、色々な問題について、両側から見ることが大切だって強調する点だ。実体験と知識、理想と現実、非日常と日常、趣味と仕事、個人と組織、仕事の楽しみと辛さ、男性と女性、売り上げと利益、リーダーと社員、こういった二つの極が存在するとき、どちらか一方だけを見て他方を切り捨てるのは駄目。かといって、「二つとも大切」っていうだけで、放っておくのも駄目。二つの極がうまく刺激しあい、互いにプラスに作用するように組み合わせることが必要なのだ。たとえば、趣味によって、違う角度から仕事を眺め、仕事を動機付けること。社員の生活を充実させ、企業の業績を伸ばすこと。男性と女性をタテヨコに組み合わせ、両者の特性を生かすこと。文化を経営資源とみなすとともに、「会社は社会を存在基盤」(二〇二ページ)としてるって考えること。もちろんこれは言うは易く行なうは難いことだろう。でも、資生堂がメセナを重視するようになったのは福原さんが社長になってからのことらしいけど、それもまた彼のこんなスタンスの産物だったんだろうって考えて、僕は何となく納得してしまった。

 この本には「不況の時代に何をのんきなことを言ってるんだ」って反発する向きもあるだろう。でも「経済と社会と倫理と文化と環境の間にはさまれてゆれ動いてきた」(一九七ページ)のが経営者の運命だとすれば、少なくとも経営に携わる人々には福原さんのメッセージが届くことを祈りたい。そして、そのことが、経営に携わらない僕らにも夢を与えてくれることを信じたい。[小田中直樹]

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紙の本会社人間、社会に生きる

2004/11/12 22:52

自律の人。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:知りたい人 - この投稿者のレビュー一覧を見る

ダンテの「神が人間に贈った最大のものは自由意志である。」
という言葉どおりに自由意志であらゆるものを学んできたと書いてありますが、それは全て物事の本質を追求する姿勢の現れです。
会社と非営利組織でのリーダーシップの天と地ほどの違い。

一つにしても実際に“資生堂創業家に生まれ、その経営に携わり経営改革を実行した著者が書くと実体験を元にしているので重さが違います。
しかし、仕事一筋ではなく「蘭や園芸の趣味」の世界でも一流である著者の視点は非常にユニークで多くの気づきを与えてくれます。

また、海外駐在生活も長くスマートな印象を受けますが、実際は色々な困難を克服して今日の資生堂の基礎を築いた様子も伺えます。
ただし、この著者は苦しい海外駐在時代も「階層社会の無い日本人」を特権として多くの人と出会い楽しい思い出と、人脈形成に役立てています。

「社長とはお神輿をどこからどこまで出すか、誰が担ぐかの仕組みを作ったら、あとはまわりを回ってうちわで扇いでいるのが仕事だ。」
との一言は、公人として自律している著者らしい言葉です。
示唆に富む言葉が多く、経営者でなくても自分の生き方を見つめていく上で参考になる書です。

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紙の本会社人間、社会に生きる

2002/06/06 21:00

複雑な時代をしなやかに!

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:岡野義高 - この投稿者のレビュー一覧を見る

著者は、資生堂という大企業(さいしょは中小企業だったようだけど)に勤め、社長職も経験。
会社人としてトップに立った人だ。
企業の枠を超えた意欲的な文化活動も推進したことで知られている。

成功者の著作というと、イヤミなくらい謙遜したものが多いけれど、この本は率直に書かれている、と感じた。
本人もいうとおり、福原さんは、子どものころから目立たず、とくべつ個性的なキャラクターでもなく、特技やバックボーンがあるわけでもなく、これといった業績もあげていない。
地味な人だったようだ。
じっさい、社長に就任したときも、そのことは、ずいぶん言われている。
そんな人が、いかに、厳しい企業社会を生き抜いてきたのか?

その秘密は、多くの人と、コミュニケーションをとったことなんじゃないか、と思う。
このテの本の通例として、まるで、自分がいかに有名人の知り合いが多いか、を自慢するような本が多いけれど、福原さんの場合は、そんなこともない。
ただ、さまざまな人とつきあい、コミュニケーションをとってきたことは間違いがないようだ。
会社内部の人たちとばかりつきあってきたのではない。
むしろ、外部の人たちと多くつきあってきたのだ。
だからこそ、タイトルにものっているように、「社会に生きる」なのだ。

複雑な時代を、しなやかに、したたかに生きていく秘訣はこれなのかもしれない。

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紙の本会社人間、社会に生きる

2001/04/17 18:17

企業と文化の価値を追求する文人経営者が自らを「会社人間」と定義した,一筋縄ではいかない一代記

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:矢内 裕幸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 挑戦的な本のタイトルだ。会社人間という響きから受けるイメージからもっとも遠くにいる人,それが福原義春氏だからだ。資生堂中興の祖として強力な経営手腕を発揮して今日の繁栄をなし,同時に,堤清二氏と並んで企業と文化の問題を深く掘り下げた発言を繰り返してきた実績はつとに知られている。そんな現代日本を代表する「文人経営者」が,自己の表現手段に,ややさげすみと憐れみの感情の入り混じった,「会社人間」という言葉を用いるのは,誠に奇異の感を覚えさせる。
 むろん,会社人間という言葉は積極的に,しかも肯定的に使うこともできる。シャイな男の自己肯定の表現として,福原氏がこの言葉を使っている可能性も否定はできない。だが,自己を否定するにしろ肯定するにしろ,自己表現の言葉として,なぜ彼はこの言葉を用いることにしたのだろうか。
 まず,これまで社会やマスコミが自分に張ってきた,通俗的なレッテル(文人経営者とか芸術文化のパトロンなど)を引きはがしたいという望みがある。次に,福原義春という人間の70年間の来し方を省みる試みである。文人経営者という生き方だけではなく,より本質的な問題として,会社と自己と,両方の人生を,全力で疾走するという意味で,会社人間という生き方を断固として選択してきたという自覚のなせる業である。だから,著者のいう会社人間は一筋縄ではくくれない。本書はこの通俗的なレッテルに,高貴な価値を付加する試みでもある。
 本書の序章は「ものごとの本質」と題され,日本アスペン研究所の設立から物語っている。小林陽太郎富士ゼロックス会長とともに,その熱心な推進者となった著者の情熱が垣間みられるページで,その後の彼に衝撃を与えた藤沢令夫京都大学名誉教授(当時)の言葉が引用されている。「理想のない現実と,理想に支えられた現実と,その違いがどれだけ大きいことか」。読者は,福原氏が仮託した会社人間の中に彼の理想を見い出し,堂々とした一代記を味わうことができるだろう。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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