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電子書籍

中陰の花 みんなのレビュー

  • 玄侑宗久 (著)
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みんなのレビュー3件

みんなの評価3.2

評価内訳

  • 星 5 (1件)
  • 星 4 (2件)
  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)
3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本中陰の花

2013/07/17 21:13

満場一致の芥川賞は納得!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kanaliya - この投稿者のレビュー一覧を見る

玄侑さんの存在は知りつつ、なんとなく難しそう。。と尻込みしていて、今まで読んでいませんでした。が、読んでみたら、引き込まれてしまって、あっという間に読了してしまいました。
文句なしに面白いだけでなく、現役の僧侶の方が、真摯に現代科学を学ばれたりして、現代の私たちに近づきやすい仏教の形を模索しておられる、と感じました。
女性の描写も素晴らしいです。

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紙の本中陰の花

2018/11/02 21:39

福島原発の近くに住み続ける作家さん。その心に触れたくて、芥川賞受賞作を選びました。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:たけぞう - この投稿者のレビュー一覧を見る

新聞の一面のコラムで玄侑さんのことを読んだ。
近著「無常という力」からの引用で、何が起ころうと
悩むことはない、すべてを受け入れ、どんどん揺らげばいいんだと、
方丈記を読みながら感じられたとのこと。

震災直後の農家の苦境や檀家の苦しみに始まり、
除染問題など様々な事態に直面しながら、玄侑さんは
福島原発から45kmの三春町にあるお寺から動こうとしない。
臨済宗の住職さんなのである。諸行無常なのだろうか。
どうしてもその心に触れたくなって、本著を選んだ。

中陰とは、この世とあの世の中間の意味である。
そこに咲く花のことだから、勝手に説教くさい仏話を
イメージしたのだが、いい意味で裏切られた。
僧侶という立ち位置を強く意識しているのか、
極めて現実主義の方という印象を持った。過度なくらいだ。
そして、徹底的に事実を選り分けることで、
残ったものを科学では証明できないものとして区分しようとする。
自己矛盾のようだが、私には合理的な考え方に映った。

エッセーではないので、そこまではっきりとは書いていないが、
主人公の人物像を見ていると、そんな玄侑さんの人となりが
浮かび上がってくる。

則道という僧侶がいる。妻の圭子とともに、寺に住んでいる。
ウメさんという神通力を持ったおがみやさんが、
臨終の際にいるあたりから物語が始まる。
則道は、子どもの頃からウメさんと交流を持ち、
不思議な能力を事実として受け入れてきた。

物語が進むにつれ、何かに開眼した徳さんとか、妻の圭子も
実は得体のしれない何かを感じることなど、
科学では割り切れないものが入り混じってくる。
則道は、僧侶だからこそ、時には憑き物祓いのまねごとも頼まれる。
神通力などまるで信じず、見よう見まねで依頼を成し遂げたりする。

途中、インターネットで調べたり、死んでどこに行くのか分からないと
断言したりなど、人間としての俗っぽさがふんだんに描かれている。
きれい事にしないところに好感を持った。
普通は、住職というプライドが邪魔をして、表わすことができない
心情表現である。

中陰の花は、物語の最後に咲く。
見えないけれど、咲いていることが分かる。
その感覚により、理屈のものと理解を超えたものとを、
同時にあるがまま受け入れようとしている玄侑さんの姿を、
体で感じた気がした。

玄侑さんの住む三春町は、日本三大桜の滝桜で有名だ。
私も拝んだことがある、思い入れの深い場所だ。
滝桜は今年も、きっとこぼれるばかりの花をつけるのだろう。
そんな季節にさしかかっている。
目に見えない花と、見える花。どちらもあるがまま受け入れる。

玄侑さんは、そうして、三春町から変わらぬ言葉を
送り続けるんだろうなと思った。少し感傷的になってしまった。

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紙の本中陰の花

2005/02/02 16:00

中陰の花とは、輪廻する魂を送る手向けの花ですか?

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:らせん - この投稿者のレビュー一覧を見る

現役の僧侶である著者の玄侑氏が、肉体の死を迎えた魂の行きつく「死後の世界」をテーマに描いた作品で、第125回芥川賞受賞作。予知能力を持つという「おがみや」ウメさんの臨終に際して、禅寺の住職則道とその妻圭子の織り成す会話から、「死とは何か」「魂とは何か」を見つめた作品です。

人が死んだらどうなる?ということを、仏教者の立場から抹香臭くなく語るのは、文学の力をもってしても難しい仕業だと思いますが、存外にわかりやすく、またある程度得心のゆくように物語のオチがついていたのには感心しました。
読んでいて思い出したのは、実は宮沢賢治だったりします。
主人公の僧侶則道の妻圭子が、紙で作った縒(こより)を繋ぎ合わせて、大きな一大タペストリーを作り上げる場面で特に強く感じました。
色鮮やかな花の波のごときそれには、圭子の心に奥深く横たわるある死への悔恨と、「おがみや」ウメさんへの祈りが折り込まれています。
作中の中で「圭子の中の二人の霊は渾然としているようだった。則道はまた蜘蛛の巣と、大小ニ匹のクモを思い描いた。そういえば圭子の紙縒の網目は、巨大な蜘蛛の巣に見える」というくだりがあります。
これってまるで賢治が言った「因果交流電灯」のイメージに似ている気がします。
『春と修羅』序文に書かれた「仮定された有機交流電灯」「あらゆる透明な幽霊の複合体」「因果交流電灯のひとつの青い照明」という言葉には、繋がった魂の列といったイメージを喚起させられます。
おそらく玄侑氏も宮沢賢治も、人は死を迎えたとき、実態を伴った個は失われてしまうけれども、因果の網にからめとられて、個は大きな一に帰しそれが成仏するということ…のようなイメージを抱いておられるのではないでしょうか?
難しいことはわかりませんが、これが成仏であるのなら、賢治が妹のとし子の死を悼んだように「たった独りで暗い世界を行く」のではなく、より明るい光に包まれたまばゆい世界を私は想像してしまいます。無限に繋がる生と死の連鎖。
そう思えば死出の旅もそれほど忌むものではないように思えてきます。

日常人は死への恐怖を意識しないようにして暮らしていますが、それでも死はそこら中に満ち満ちていて、私達は「死んだらどこへ行くのか」その答えは、死が現実に訪れるまで決して理解しうるものではないからこそ、人は今を精一杯生きるのだと思います。
それでも抑え切れない死への恐れがあなたを飲み込もうとしたとき、この物語は死と向き合う助けになってくれるかもしれません。
おしつけがましくなく、実に優しい世界がそこには開けています。

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