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電子書籍

関ヶ原合戦 家康の戦略と幕藩体制 みんなのレビュー

  • 笠谷和比古 (著)
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みんなのレビュー4件

みんなの評価4.5

評価内訳

  • 星 5 (3件)
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4 件中 1 件~ 4 件を表示

慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:GTO - この投稿者のレビュー一覧を見る

 日本が大きく転換した日のひとつである。秀吉死後からその日に向けて凝縮されていく歴史の内側、そして戦後処理を見ていくことで徳川幕府が成立時に抱えた制約までを論じている。大坂の陣から幕府成立に関しては紙面も少なく十分に論が尽くされていない感があるが、秀忠の遅参と徳川方に豊臣大名が多いことに関しては、大変に示唆に富み腹にすとんと落ちる説である。

 関ヶ原の合戦というと、前日から当日の兵の動き、戦いの経過を詳細に記述するものが多いが、これはそのような戦術史ではなく戦略史である点が素晴らしい。戦争は外交の一種であるが、他の歴史上の戦いを扱う書籍でも戦術史的なものが多い。しかし、勝敗は決して戦場だけで決まるものではなく、開戦以前の外交(根回し)や、戦後のビジョンが大切である。戦術家は関ヶ原の両軍の配置を見て西軍が勝つのが当然だと思うようだし、戦略家は家康の事前の外交戦略を重視し東軍が勝って当然と思うかもしれない。しかし、関ヶ原の場合、著者が書いているように、どちらが勝ってもおかしくない戦いであったのだろう。

 歴史の常で、敗者の西軍がどのように考え行動したのかは、この本でも東軍に比べ情報が圧倒的に少ない。次には西軍側から見た関ヶ原や、さらに大坂の陣へと至る過程を西軍側の視点から論じてもらいたいと思った。そうすることで、著者の関ヶ原以降の家康の行動分析が妥当かどうかがはっきりするように思う。
 
 この著者特有なのか、はたまた長くこの時代を研究しているためか、文体が時代がかっている。また、一般的でない語彙(専門用語)が解説なく使われているので、専門外には読みづらいのが難点であるが、読み始まれば、読者をワクワクドキドキさせる話運びで、最後まで一気に読ませるお薦めの一冊である。

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ほとんどケチの付けようがない内容

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:LR45 - この投稿者のレビュー一覧を見る

タイトル通り、歴史に興味がない方でも知っている関ヶ原の戦いについて述べられている本である。

関ヶ原の戦いのみに論点を絞っており、非常に読みやすかった。
まず、関ヶ原の戦いが起こる伏線となる豊臣政権の評価から始まり、なぜ関ヶ原に至ったかを鮮やかに描いているように思えた。

筆者は、秀忠率いる徳川主力軍が関ヶ原に間に合わなかったことを大変重要視しているように見受けられ、また、秀忠遅参がどういう結果をもたらしたかを理論的に説明している。

詳しくは読んでのお楽しみということで詳細は省くが、秀忠軍が徳川方の主力であり、その遅参は家康にとって大打撃であり、戦後論功行賞にも大きく作用したということを、秀忠軍の軍構成から証明している。

また、図を用いた説明も適時適量用いられており、関ヶ原において家康本隊は、もし敗北した際には逃げ場がないという状況であったことも、その図からわかる。

惜しむらくは、著者は関ヶ原の後の政局についても論述しているのであるが、その説明がどう考えても納得のいかない説明にしかなっていないことであろうか。
秀頼の上洛によって実現した家康と秀頼の直接対面においても、家康はあくまで秀頼を臣下としてみなしていなかったばかりか、主君に対する扱いをしたということを論拠とし、家康に豊臣家を滅ぼす意志はなかったと論じるのである。

だが、どんな歴史家の研究推論よりも、実際に起こった大坂の陣の方が信憑性という意味で圧倒的に差があるのであって、大坂の陣を起こす口実、夏の陣への布石(壕を埋めるなどのごり押し的な行為など)を考えると、家康が何が何でも豊臣家を滅亡させる意志を持っていたのはほぼ確実であると考える。
著者の言うとおり、家康が豊臣家にほんのかけらでも敬意を持っていたとするならば、秀頼の息子まで殺す必要はなかったし、むしろ助けて、石高は少なくとも大名に取り立てていて然るべきであろう。

話はそれたが、この問題は関ヶ原の戦いそのものとは直結するものではなく、「関ヶ原合戦」と銘打った本としては、星5つに十分値すると思う。

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関ヶ原合戦のテキスト

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:キック - この投稿者のレビュー一覧を見る

関ヶ原合戦のテキスト。
 第1章は本能寺の変から関ヶ原直前、第2章は会津征伐から三成挙兵、第3章は関ヶ原合戦、第4章は戦後処理、第5章はまとめという構成。
 巷間では「天下分け目の関ヶ原」として、東軍の勝利により「徳川の世」が開かれるものと描かれています。しかし、歴史はそんなに単純ではありません。関ヶ原合戦は、決して「徳川の戦い」「徳川の勝利」ではないことや、合戦後、家康は豊臣の滅亡を画策せず、むしろ共存の道を模索していたこと等々、驚くような歴史の事実が理路整然と纏められていました。歴史ファンにお勧めの本です。

 ところで、映画「関ヶ原」を観に行きましたが、1981年の正月に、3夜に渡って放送された石田三成を加藤剛が演じた「関ヶ原」の方が比べものにならないくらい、格段に良かったです。民放系のテレビドラマにも関わらず、森繁久彌、三船敏郎、三國連太郎、大友柳太朗、宇野重吉、丹波哲郎等々、驚くような豪華キャストを今でも覚えています。石坂浩二のナレーションも印象的でした。
 最近は、大河ドラマでさえも「ファンタジー大河」と呼ばれるほど軽くなっています。やはり昔の方が、テレビドラマは骨太だったような気がします。

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「へうげもの」副読本。

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:わびすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る

徳川と豊臣の併存がこの時点ではありえたという視点は刺激的。ここを掘り返すだけで、まだまだ戦国モノは豊潤な可能性があると感じられる。選書で発表されてからほぼ20年が経過。徳川家康の変心の要因について、著者の現在のご意見が是非伺いたい。

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