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電子書籍

反貧困-「すべり台社会」からの脱出 みんなのレビュー

  • 湯浅誠著
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みんなのレビュー8件

みんなの評価4.2

評価内訳

  • 星 5 (6件)
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8 件中 1 件~ 8 件を表示

政府の施策は税金の無駄遣い、もやいに学んで、有効な対策を!!

27人中、22人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:りっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

 著者はもやいの湯浅さん。住所不定状態にある人たちがアパートを借りる際の連帯保証人になるという活動や相談活動などから見えてきた日本の社会の危うさ。「自己責任論」のまやかし。貧困とは何か。その貧困への対策とは?わかりやすく説得力のある言葉で書かれている。
 2007年の東京新聞生活図鑑に描かれた、三層のセイフティネット。雇用、社会保険、公的扶助。
「未だかつて正規雇用を募集しても人が集まらず、非正規雇用を自ら望む人たちが多数を占めたという時期はない」「自由で多様な働き方」を求めて、人々が非正規労働に流れていったとする考え方は後付けであり、実際のプロセスを歪曲している」よねぇ。
「非正規で働けば、より高い失業リスクにさらされる。派遣労働の合間、または企業業績のわずかな変化の影響で、失業の憂き目に遭うことがある。しかし彼/彼女らの多くは、非正規であるがゆえに雇用保険に加入しておらず、失業しても失業給付を受けることができない。失業しやすく雇用のネットからこぼれ落ちやすい非正規労働者ほど、実は社会保険のネットにも引っかかりにくい。」「さらに、この人たちは、たとえ生活困窮に立ち至ったとしても、事実上生活保護を受けることができない。そもそも生活保護という制度自体を知らない人がいる。制度の存在を知っていても、自分が受けられるとも、また受けたいとも思わない。さらには本当に生活に窮して自治体窓口を訪れたところで、「まだ若いんだから働けるはずだ」という「水際作戦」が待ち構えている。」「つまり、三層であるべきセーフティネットが三段構えになっていない。」
私の場合も、失業保険・社会保険完備の所なんて、はなからないのだ。実感だなぁ。うーん、“すべり台”というより“穴ぼこ”に近い。
怒りの矛先がまちがっているとは思うものの、アキバ殺人事件が起きるのは当然とも言える。
 五重の排除とは、教育課程、企業福祉、家族福祉、公的福祉からの排除。「若い人たちには「まだ働ける」「親に養ってもらえ」、年老いた人たちには「子どもに養ってもらえ」、母子家庭には「別れた夫から養育費をもらえ」「子どもを施設に預けて働け」、ホームレスには「住所がないと保護できない」――その人が本当に生きていけるかどうかに関係なく、追い返す技法ばかりが洗練されてしまっている生活保護行政の現状がある。」、最後のセイフティネットがこうでは・・・やりきれないです。
五番目は、自分自身からの排除。「第一から第四の排除を受け、しかもそれが自己責任論によって「あなたのせい」と片づけられ、さらには本人自身がそれを内面化して「自分のせい」と捉えてしまう場合、人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態にまで追い込まれる。ある相談者が言っていた。「死ねないから生きているにすぎない」と。これも実感だなぁ。
 「“溜め”とは、溜池の「溜め」である。大きな溜池を持っている地域は、多少雨が少なくても慌てることない。その水は田畑を潤し、作物を育てることができる。逆に溜池が小さければ、少々日照りが続くだけで田畑が干上がり、深刻なダメージを受ける。」
例えば、親が大学まで出してくれた。親と同居で食うには困らない。貯金があれば失業中も暮らしてはいける。相談できる友人がいる。アパートを借りる際の保証人になってくれる人がいる。人生経験とか自信とかもあるかな。“溜め”がない人もいるんだということが、なかなか理解できないかもしれない。貧困への「自己責任論」の濫用を防ぐためには、「貧困の背景・実態を多くの人たちに知らせる必要がある。公的セーフティネットの機能不全ぶり、五重の排除という背景、“溜め”がないという状態、それらが広く伝わって初めて、貧困には自己責任だけでは片づけられない多様な要因のあることが社会的に共有される」。だから、この本も書いたということだ。
 で、政府の対策というと、天下り先が増え、一部の企業が儲かり、利用者がほとんどいないという代物。東京都の「あんしん入居制度」にしても、「二〇〇六年度の累積利用件数が、東京都と二三区すべての入居支援制度の利用者を合わせても、大半がボランティアで運営されている一民間団体である〈もやい)の実績に及ばない、という冗談のような事態が続いている。」
「貧困指標(貧困ライン)が存在しない」ので、生活保護基準が「国全体の最低生活費でもある」。「二〇〇七年一〇月一九日、厚生労働省はついに一般世帯の消費実態(生活扶助支出相当額)と生活保護世帯の生活保護基準を比較する詳細な分析を公表した(「生活扶助基準に関する検討会」第一回資料)。それによれば、所得の低い六~八%の人たちは、生活保護世帯よりも貧しい暮らしをしていた」。「しかしながら、その分析結果は、貧困層の概算や捕捉率の推計、低所得者対策の基礎情報など、貧困問題の解消に結びつく方向で活用されることはなく、「生活保護を受けていない貧乏な人たちがこれだけいるのだから」と、生活保護基準(最低生活費)切下げに向けた材料として「活用」された。」
 基準が下げられたということは、今、豊かに生活している人も無関係ではない。いざという場合に、自分たちだって、その程度の保障しか受けられないということなのだ。
 「なぜ、日本政府は貧困問題に向き合おうとしないのか。日本社会における貧困の広がりを認めなければ、貧困が生み出される社会構造はそのままに放置され、貧困はさらに拡大する。生活苦による犯罪、児童虐待を含む家庭内暴力、自殺が減ることはなく、社会の活力はますます失われ、少子高齢化にも拍車がかかっていくだろう。ただちに大規模な実態調査を行い、その結果を踏まえて対策を立てるべきである。
しかし、まさしくそれゆえに、政府は貧困と向き合いたがらない。」「政府の「小さな政府」路線に根本的な修正を迫らずにおかない。」からなのよね。「 自己責任論は、政府に向かっていうべきことなんだよね。
 湯浅さんが関わっている「反貧困」活動は、個々の問題への解決を計ると同時に、セイフティーネットの綻びの補修を計り、日本社会へ問題提議をし、社会を動かすことにつなげてもいる。すばらしい。

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私たちはどのように<変身>するのだろうか

13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 朝目覚めたら虫になっていたのは、カフカの『変身』の主人公ザムザ氏だが、2009年8月の最後の朝目覚めたら、国会議員になっていた人も、ただの人に戻ったという人も、ザムザ氏のような驚きがあっただろうか。もっとも目覚めるということでなく、まんじりともせず、この朝をむかえたかもしれないが。
 実際には、朝目覚めても虫に<変身>などするはずもない。まして、突然にこの国の様相が一変することもない。いくら民主党が政権を担える第一党になったからといって、この朝、私たちは突然に幸福になったわけではない。ただ、虫に<変身>しなかっただけだ。

 本書は、「反貧困ネットワーク事務局長」の湯浅誠氏が2008年4月に刊行した、「貧困」の問題解決のために、その実態や問題を可視化した一冊である。
 第一部の「貧困問題の現場から」では、貧困が広がった理由やどのような問題が起こっているのかが、実際の事例をレポートしながら書かれている。そのなかで副題に使われている「すべり台社会」のことを、「うっかり足を滑らせたら、どこにも引っかかることなく、最後まで滑り落ちてしまう」社会と説明がされている。
 私たちには憲法で認められた最低限の生活を営む権利があり、それを支える社会保障制度は確かに存在する。しかし、制度に綻びがあって、少なからずの人がそこからもこぼれおちていっているのが現状である。。
 湯浅氏はそこに問題があると指摘する。

 第二部「「反貧困」の現場から」は、そういう問題を抱えた社会を変えていくための、主に湯浅氏の活動を中心に、どのような取り組みがなされているかが記されている。
 湯浅氏は「貧困」を「自己責任論」に集約する意見に対して、本書でも「そうではない」ことを強調している。「貧困」とは「他の選択肢を等しく選べない」(82頁)状態のなかで生み出される、社会的な「問題」であるとしている。そこに湯浅氏たちの活動の意味がある。
 湯浅氏たちの活動がどれほど浸透していったかはわからないが、「雇用保険の全労働者へに適用」や「最低賃金の引き上げ」、「製造現場への派遣の原則禁止」といった項目が政権与党民主党のマニュフェストに掲げられていることは、大きな一歩にちがいない。
 あとは実現あるのみである。

 本書の最後に湯浅氏はこう書いている。「過ちを正すのに、遅すぎるということはない。私たちは、この社会に生きている。この社会を変えていく以外に、「すべり台社会」から脱出する方途はない」(220頁)と。
 私たちはザムザ氏のように、虫に<変身>などできない。虫に<変身>などしたくはない。
 しかし、私たちのこの国が、住みやすい、生きやすい世界に<変身>することを願わずにはいられない。

 ◆この書評のこぼれ話は「本のブログ ほん☆たす」でご覧いただけます。

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他人を理解する、ということ

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:星落秋風五丈原 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「お金がないなら結婚しない方が良い」という言葉が話題になったのは記憶に新しい。だが、この言葉を単独で取り上げれば、そう的外れなことを言っていない。非難されたのは、回答者が、質問者がなぜそう問いかけたかを推し量る余力を持たず、一般論で返したことではないのか。

言うまでもなく、人間ひとりひとりは、環境も性格も違う。だから、第一章「ある夫婦の暮らし」を一度読んで、「自己責任じゃないか」と結論づける人もいれば、自分に引き寄せて考える人もいるだろう。しかし「違う考えの人は永遠にわかりあえない」と結論づけてしまったら、そもそも社会生活は成り立たない。

昔は地縁社会や社縁社会が年月をかけて形成されており、自分とは違う人達が周りにいた。勿論、監視されているような息苦しさもあったが、その代わりに困った時には差し伸べられる手が今よりも多かった。しかし第二章「すべり台社会・日本」に描かれているように、現在では差し伸べられる手が公私ともに存在しなくなってきている。その救いの手がどこからも届かない時に、第三章「貧困は自己責任なのか」で語られているように、ひたすら「自分の責任だから自分で何とかしろ」と言われても、解決にはほど遠い。ここまでの第一部は現状について述べ、第二部では解決への糸口を挙げている。作業現場、公的支援の窓口などの描写から、決して自己責任のみではない複合的要因も見えてくる。ならば、明日は我が身でないという保証もない。自分がそうなるかもしれないから、という理由はフェアではないかもしれないが、『社会の溜めの必要性』『他人を理解する大切さ』を強く感じた。

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誰もが人間らしく生きられる強い社会の構築を提唱してくれる書です!

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書は、現代の日本が、少しでも油断をするとすぐに貧困に陥ってしまうという、いわゆる「すべり台式社会」になっていると警告を発した書です。現代社会は、誰もが貧困に陥ってしまう危険性を孕んでおり、これではゆとりをもった生活は当然不可能だと強調します。こうした社会には断固反対をし、誰もが人間らしく生きられる強い社会を構築することを提唱しています。

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格差

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:七無齋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

社会のゆがみを赤裸々に記述した作品。格差による世のなかの問題点が著者ならではの視点で指摘してくれる。これからの社会を考えるうえで重要な本。

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3年以内に革命が起きる?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:平良 進 - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本はまだ自分たちの力で体制権力を変えたことがないといっていい。しかし湯浅氏の告発といい、現実の過酷さは日を追って悲惨なものとなっている。タイトルを3年としてみたが年内にも大きな動きがあってもおかしくないだろう。貧困層はこの国で1000万人を超えたとの指摘もある。安部政治は長く続かない。トリクルダウンなどというおためごかしはもうたくさんだ。庶民は誰が自分たちを搾取しているかを気づき始めている。「一億総活躍」だなんていう放言を信じる者はいない。たたかいはもう始まっているのだ。

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貧困は自己責任??

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:でぃー - この投稿者のレビュー一覧を見る

この本において最も興味深かったのは第三章の「貧困は自己責任なのか」である。筆者の意見は「貧困は自己責任ではない」である。なぜならば、「自己責任論」は「他の選択肢を等しく選べたはず」という前提で成り立つ議論であるからだ(p82)という。貧困である者に、他の選択肢を選択する機会が等しくあるのだろうか、ということを考えてみることが貧困の問い直しにつながる。

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『反貧困』の貧しい論理

15人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:祖師谷仁 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 絶賛ばかりの本だからあえて厳しめの書評を書いておきたい。たしかに第一章のある夫婦のリポートなどには迫力があり、いい加減に作られた本ではないことはよくわかる。ただ、湯浅氏はやっぱり法学部の人だ。彼は憲法や労働基準法、生活保護法を守らない社会を告発する。守れば社会は良くなると素朴に信じているのだ。NPOの活動をやって個別の案件に携わっている限りはそれが正しい戦法だろう。だが彼が為政者になったらどうか。この本をこれからのあるべき社会の構想として読むとかなりお粗末ではないか。

 最低賃金を大幅に引き上げれば貧困層は救われるか。その分、企業は採用を抑制し、なるべく事業を海外に移して国内の労働需要はさらに減る。結果として失業者は増える。失業給付を充実させると、その分税金や保険料負担が増え、国民の不満はさらに高まる。制度変更が狙った意図とまったく異なった方向に物事が進むというのが経済学の知見である。本書にはこういう視点がない。湯浅氏は経済学を学んだことがまったくないのだろう。彼が善意であるだけに余計に始末が悪い。

 湯浅氏は貧困層を連帯させて政府や企業に分配を増やせと要求する運動を進めているようだ。ただ労働分配率はもともと不況期には上昇する傾向があり、今回の不況でもそれは同じだ。そんなときに労働分配率を無理に増やせば景気回復への障害となる。貧困層が存在することは紛れもない事実(それはもちろん湯浅氏の言う通り自己責任ではない)で解決すべき問題であることも間違いない。ただ湯浅氏の示すような旧態依然の階級闘争で解決できる問題でないはずだ。

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