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日本はどれほどいい国か みんなのレビュー

  • 日下公人, 高山正之
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空襲と15歳。

19人中、18人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:和田浦海岸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

梯久美子著「散るぞ悲しき」(新潮社)に東京空襲への書き込みがあります。ちょっと以前書いた書評から引用してみます。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

硫黄島は米海兵隊員たちによって「ブラック・デス・アイランド(黒い死の島)」と呼ばれ、米兵の発狂者を続出させたとあります。

そこに上陸するに際して、アメリカは昭和19年12月8日の一日だけで、戦闘機と爆撃機でのべ192機、投下された爆弾は800トン。また艦砲射撃が6800発。そしてその日から上陸までの74日間で、投下された爆弾は6800トンとあります。歩いて半日で回れる島に、上陸前にそれだけの爆撃をしてから、上陸は開始されました。上陸の20年2月19日午前8時の艦砲射撃は第2次世界大戦間で最大だった。とあります。


栗林忠道は、もしここを占拠されれば、次は東京を、この爆撃が襲うのだと確信しておりました。

それでは、昭和20年3月10日の東京大空襲。無差別戦略爆撃とされる絨毯爆撃はどのようなものだったのかというと、

「焼失面積は江東区・墨田区・台東区にまたがる約40平方キロ。まず先発隊が目標区域の輪郭に沿って焼夷弾を投下して火の壁を作り、住民が逃げられないようにした上で、内側をくまなく爆撃した」(p212)

そこに使われたM69焼夷弾というのは、どのようなものだったかというと「日本の木造家屋を焼き払うために実験を重ねて開発されたもので、屋根を貫通し着弾してから爆発、高温の油脂が飛び散って周囲を火の海にする。これを都市に投下することは一般市民を無差別に殺傷することであり、それまでは人道的見地から米軍も使用をためらってきた」という焼夷弾でした。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 じつは、日下公人・高山正之対談「日本はどれほどいい国か」(PHP)を読んでいたら、最後の方に、日下氏ご自身が、空襲体験を語っている箇所があり、思わず、梯久美子の本を思い浮かべたというわけです。では、日下氏の対談での言葉。


日下】・・・私も15歳のとき、『死んでもいいから、オレにも戦闘機を一機くれ』と思った記憶がある。敗戦間近、その頃は大阪の外れに住んでいましたが、一週間に一度は空襲に遭った。もう逃げるところがありませんから、いつも『今夜は焼け死ぬのかな』と思っていた。母も、妹も同じ思いだった。爆弾を投下しながら街を焼き払って悠々と飛び去るB-29を見上げながら、新聞に出てくる『神風特攻隊』が羨ましくて仕方なかった。この思いはいまの日本人に言ってもわかってもらえないかもしれないが、『戦闘機を一機もらって、敵に一矢報いて死ねる人は幸福だ』と思っていた。犬死するのを待ちながら暮らしていたからです。『一億総特攻』なんていうのは、いまの人にはまったく現実感がないだろうけれど、あの時代を生きた私にはあった。・・・(p190)

いきなり、引用すると誤解を生むかもしれませんが、この日下氏の対談を最初から読んでいると、納得できる展開としてあります。

たとえば、高山氏は、9・11のことをこう解釈しております。

高山】9・11テロでワールド・トレードセンタービルにテロリストに乗っ取られた旅客機が次々突入した光景を、アメリカの議会関係者なども『カミカゼ』と表したのでしょう。これはしかし、われわれ日本人にとっては心外な一面がある。心情的なものはともかく、彼らのテロとわが国の特攻隊員の行為は大きく異なります。日本軍の特攻は一般市民を巻き添えにしたことはない。・・・非対称の21世紀型戦争は、軍人と市民を区別しないと【解説】されても、先の大戦時の特攻と今のテロを単純に同一視するなということだけは言っておきたい。むしろ9・11の惨劇は、広島や長崎への原爆投下、B―29による東京への大空襲などに酷似している。ただ、突入した彼らの心情としては、『カミカゼ』のつもりだったかもしれない。(p144~145)


「そんなことを言ってとんでもない」などという空気が蔓延するご時世。読むのも自由。読まないのも自由でございます。ただ、私が思いますに、この対談には自由な見識が溢れており。たぶんに、言論の自由というのはこういうことなのだと思わしめる力あります。そう。とかくページ数を減らすことに、労力を費やす歴史教科書とは対照的に、この対談では歴史の魅力ある細部を持って来ては語らせる、輝きがあるのです。暗黒史観というものがあるとするならば(ですよ)、そこに松明(たいまつ)を照らして降り立つ気迫がございます。さて、無視するのも自由。非難するのも自由。どうやら、お二人とも、そんなものに囚われない闇夜を照らす自由をお持ちのようです。

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