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電子書籍

フィリップ・マーロウ みんなのレビュー

  • レイモンド・チャンドラー (著), 清水俊二 (訳)
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みんなのレビュー7件

みんなの評価4.3

評価内訳

  • 星 5 (4件)
  • 星 4 (2件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)
7 件中 1 件~ 7 件を表示

紙の本

長いお別れ

紙の本長いお別れ

2004/10/06 00:30

新たな小説の旅を続けるために

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:非出来 - この投稿者のレビュー一覧を見る

この作品は20世紀最高のミステリーだ。
作品が素晴らしいのは、
レイモンド・チャンドラーの才能は言うに及ばずだが、
翻訳者清水俊二の功績が大きい。
ハードボイルドはひらがなで書かれているのだ。
清水俊二が訳していなければ、
この小説はここまで有名たりえたか、
私はそこまで考えてしまうのだ。
名訳はひとつの新たな小説を作り上げてしまうことに等しい。

あまりに有名な小説だから、
とてつもない数の人が、
この小説の書評を書いている。
私は読んでいない人へ語りたい。

ここに描かれているのは、
美しい友情だ。
意固地で頑なな探偵フィリップ・マーロウの
生き様を体験しよう。
そして、
とてもシャイな友人テリー・レックスと出会ってみよう。
この小説はカッコよく生きるためのバイブルだ。
私はこの本を読みすぎたため、
どこからでも読むことが可能になってしまった。
どこから読んでも面白いのだ。
「長いお別れ」を注意深く読むと、
さまざまなことに気づくだろう。
それは、
皆さんがこれまで読んできた数多くの小説の中で、
「長いお別れ」が描かれているからだ。
ある作家はモチーフとして、
ある作家は主人公を同一人物として、
そして、
ある作家はオマージュを捧げている。
「長いお別れ」を読み終わった後に、
まだ次の旅がはじまることを期待する。
では、ゆっくりページを広げ、
退屈な日常から旅立とう。

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紙の本

長いお別れ

紙の本長いお別れ

2012/06/18 22:27

初めて読んだチャンドラー。なるほど「ギムレットには早すぎる」という名セリフはこんな具合に光って登場するものなのか。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

訳者清水俊二の「あとがきに代えて」で次のような紹介がある。
『長いお別れ』はレイモンド・チャンドラーの代表的傑作である。チャンドラーの作品を輝かせている魅力がすみずみまでゆきわたっているし、その上、彼の作品の中で一番の長編で読みごたえも充分だ。
推理小説の歴史の中でも取り上げて『長いお別れ』は後世まで語り伝えられる名作であろう。推理小説史上のベストテン選出などという催しのときも、『長いお別れ』が含まれていないことはめったにない。

清水俊二はこの作品の紹介に当たって「ハードボイルド」という一般化した俗語をひとことも口にしていないのだがこれがハードボイルド小説の代表作であることは知っていた。チャンドラーの生んだ名セリフのいくつかは知っていても、その作品までは知らなかった。原リョウが『愚か者死すべし』を上梓して、日本ミステリー界にも古典的ハードボイルド健在なりとした今だから、かなり遅ればせながらも手にとったものだ。原リョウがいかにチャンドラーに心酔し、その作風を踏襲してこれまでの傑作をものにしてきたかがわかる。

私立探偵マーロウと泥酔したテリーとの出会いから物語は始まる。
やがて「コーヒーをつぎ、タバコに火をつけてくれたら、あとは僕についてすべてを忘れてくれ………妻を殺したと告白して死んだテリー・レノックスからの手紙にはそう書かれていた。彼の無実を信じ逃亡を助けた私立探偵マーロウには、心の残る結末だった。だが………」
億万長者の娘で男漁りに夜も日も明けない女を妻にしたアル中の男テリー。腐敗と退廃、暴力と欲望に満ちた都市空間に棲息する孤高の男マーロウ。お互いに過去を語らずに深まる交誼。その象徴に「ギムレット」があった。
テリー「ほんとのギムレットはジンとローズのライムジュースを半分ずつ、ほかに何も入れないんだ」 
夕刻をすぎてからふたりで飲み交わすギムレット。

文字通り「謎が謎を呼ぶ」ミステリーであり、ラストのどんでん返しに見事一本取られることになる完璧な推理小説である。
それだけではない。コピーに「瑞々しい文体と非情な視線で男の友情を描きだす畢生の傑作」とあるように「男の友情」、よそ目には知りえない強い絆で結ばれた交誼。男と女たちの騒々しいいくつかの出会いと別れがあって、なかでセンチメンタルにこのテーマが一貫して流れる。現実の生活感覚からも遠いところにあって、また最近の小説にはトンと見られなくなったテーマだけにその新鮮さが郷愁をさそう。

謎が次々に解明されて、ホッと胸をなでおろすころには、読者はもっとも肝腎な謎を忘れてしまっていて
最終に近く「ギムレットにはまだ早すぎるね」
一瞬ぎょっとして、いったいナンナノダと思わずページをめくり返さざるをえない。
そしてラストにみえてくるものは形を変えた、しかしやはり「男の友情」への、ものしずかな賛歌であった。

「男はやさしくなければ生きていく資格がない」というセリフはチャンドラーの『プレイバック』を読んでいなくとも借用可能な便利な口上だが、「ギムレット………」はこれを読んでいないと使いようがないだろう。
古い世代のミステリーファンへ、まだお読みでなかったらぜひこの洒落たセリフの真髄を味わっていただきたいと思うのである。

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紙の本

湖中の女

紙の本湖中の女

2015/11/06 15:39

<ピューマ湖は両端と中央に銃を持った警備兵がいた>

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

いかにもそうあるべき謎があり、いかにもそうあるべき真犯人がいる。『湖中の女』はフィリップ・マーロウが活躍する長編小説群の中でもっとも探偵小説らしい探偵小説だ。時代背景さえうまく作り替えれば、日本の二時間サスペンスドラマにしてもいいぐらいだ。
 第二次世界大戦まっただなか、冒頭から供出の描写で始まる。

>トレロア・ビルはいまとおなじオリーブ通りの西がわの、六番通りに近いところにあった。ビルの前の歩道には黒と白のラバー・ブロックが敷かれてあった。政府に供出されるためにそれが取り除かれていて、いかにもビル管理人といった顔の蒼白い無帽の男が自分が痛い目に遭っているような目つきで作業を見つめていた。

 ほう、アメリカにも供出があったのか、と私は思ったのだが、後の方で、やっぱり、それでも日本とは違って余裕があったんだ、と思い直した。

>アスレチック・クラブはトレロア・ビルから半ブロックほど行ったところの向こうがわの角にあった。私は道路を横切り、北に向かってトレロア・ビルの入口に歩いて行った。舗道のラバー・ブロックを取り除いた跡にバラ色のコンクリートを埋め終わったところだった。

 供出で取り除かれたもののあとがちゃんと別の物で補充されているじゃないか。
 第二次世界大戦の前も、最中も、後も、アメリカの金持ちは放蕩し、警察とギャングは癒着し、マーロウは皮肉屋で孤高の騎士として、謎と悪に満ちた世界を紐解き嗅ぎ分け、殴られ縛られ閉じ込められ、脱け出し、殴り返し、酒を飲む。

>「この街は大掃除がすんで、きれいになったと思ってた」と、私は言った。「善良な市民が防弾チョッキをつけないで夜の街を歩けるようになったと思っていたよ」
>「きれいになりすぎると困るんだ。よごれた紙幣がよりつかなくなるからね」
>「そんないい方をしない方がいいな」と、私はいった。「組合のカードをとり上げられるよ」
>彼は笑った。「組合なんかどうでもいいんだ。二週間たつと軍隊に入るんだ」

 アメリカはフランスのように占領されたりイギリスのように空襲されたりしなかったが、そういう物理的な破壊がなくても、アメリカ人の精神が荒廃していくことが、チャンドラーは気になっていたようだ。
 マーロウは、悪徳警官に留置所に放り込まれたとき、彼自身が「この街の大掃除」をもたらした物語『さよなら、愛しい人』で知り合った女を思い出した。

>私は二十五番通りに住んでいる女を知っていた。なかなかいい通りだった。女は気立てがよかった。そして、ベイ・シティが好きだった。

『さよなら、愛しい人』のとき、小説には描かれていないが、既に、日系米人は収容所に入れられていた。だから、日本人が「描かれていない」のだった。
『湖中の女』では、山中の観光地の湖に警備兵がいた。ダムを通過する車は窓を閉めなければならなかった。
 ドイツがマンハッタン計画をスパイしていたとはいえ、日本はもちろんヨーロッパのどこの国もアメリカ西海岸のダムの破壊工作なんかできなかっただろうに、過剰警備じゃないか、などと私は思う。
 小説の登場人物たちも、そう思っていたのだろうか。たとえば、デガーモ警部補は、警備兵にはむかい、窓を閉めなかった。
 この小説では戦争の影響はずっと背景として控えめにしかし要所要所で描かれ続け、最後に表に出て重大な働きをする。登場人物のひとりの運命を決定してしまった。
 死後一箇月たって湖から引き揚げられた女は、マーロウの活躍の御蔭で成仏できただろう。キリスト教徒の世界なのに、成仏だなんて、変な言い方だけど。

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電子書籍

高い窓

電子書籍高い窓

2015/11/02 17:38

マーロウのベッドで寝た二人目の女

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

一人目は、『大いなる眠り』のカーメンだった。留守中にアパートの管理人をだまして部屋に入り、ベッドに潜り込んでいた。マーロウが帰ってくると<まん丸い、ふしだらな目で>彼を見ながら、「私、まるまる裸なの」と言ったものだ。
 その時に釘を刺されたのだろう、管理人は、今度はマーロウの事務所に電話をかけて確認をとってから、ミス・マール・デイビスを部屋に入れた。ただごとではないようすなので、マーロウが帰ってくるまでそばにいた。入れ違いに出て行った時には管理人の笑顔が<チェシャ猫の笑顔のように>部屋の中に残っていた。
 マールは椅子にすわっていた。
>彼女の表情は服装とはべつで、平常ではなかった。第一に、目に怒りの色が現れていた。虹彩のまわりが白くなって、焦点が一つに絞られていた。虹彩が動くと、動きがきわめてぎごちなく、ぎくしゃくと音が聞こえるようだった。口は端がかたく結ばれていたが、上唇のまん中の部分が目に見えない細い糸で歯から上につり上げられているように見えた。これ以上は無理と思われるほどつり上げられると、顔の下半分が痙攣を起こし、痙攣がおさまると口が固く閉ざされて、いままでどおりのことが再び始まるのだった。それに加えて、頸に異状があるらしく、頭がゆっくりおよそ四十五度ほど左に向けられ、そして、またゆっくりもとに戻るのだった。この二つの動作のくり返しが、こちこちに固くなって動かぬからだ、固く握りしめられて膝におかれた両手、じっとひと所を見つめている目と重なって、かたわらの人間の神経を苛だたせた。
 怒りの病の描写がうまい。『大いなる眠り』のカーメンも、鬼気迫っていた。
>私は顔を背けた。それからしゅっという騒音が突然、鋭く聞こえることに気づいた。私は驚いて、彼女の方に再び目を向けた。娘はそこに裸で座り、両手をついて身体を支えていた。口は僅かに開き、顔は磨きこまれた骨のようだった。しゅっという音は口から漏れ出ていた。本人には制御しきれないみたいに。彼女のどこまでも空虚な両目の奥には何かがあった。それは私がかつて女性の目の中に見たことのない何かだった。
 マーロウはカーメンに服を着て出ていけ、さもなければ裸で放り出すぞと言ったものだ。
 しかしマールには、医者を呼び、看護婦を呼び、彼女を自分のベッドに寝かせ、自分が部屋から出て行った。さらにマールの雇い主と交渉して退職金をせしめ、彼女の故郷の両親の家に<合衆国の半分をドライブ>して送り届けた。
 マールは、魔女に呪いをかけられて高い塔のてっぺんの窓のある部屋に閉じ込められたお姫様だった。もともと、呪いを受けやすい弱みもあった。ある時、ふとマーロウが肩に手をまわしたら、
>彼女は三フィートほど跳び上がって、目が恐怖で輝いた。
>唇を固く噛み合わせ、小さな、蒼白い鼻の穴を慄わせていた。その顔はメイクアップをやり損じたように蒼白だった。
 マールは幼い時に男性に脅かされたことがあったのだ。マーロウは、自分が彼女のからだに触れても椅子やドアに触れるのと同じだと言って安心させた。
 だから、二度目の大きな危機に見舞われた時、マーロウの部屋に来たのだ。
 一度目は、魔女に利用され、支配下におかれる契機となってしまった。二度目をマーロウが、魔女のもとから逃れる好機に変えた。
 マールの両親の家から離れる時、マーロウは、奇妙な感じにとらわれた。
>自分が詩を書き、とてもよく書けたのにそれをなくして、二度とそれを思い出せないような感じだった。
 ブラシャー・ダブルーン盗難の話が、こんな結末になるとは思いもよらなかったよ。

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紙の本

高い窓

紙の本高い窓

2001/08/31 19:59

高い窓

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:死せる詩人 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「高い窓(以下、本書)」はレイモンド・チャンドラーの作品で、私立探偵フィリップ・マーロウを主人公しにしたシリーズの中期の作品である。単文を吐き出す様にかかれた文体は、淡々として他を寄せ付けない雰囲気がある。それも原文のイメージを余すところ無く伝えている名訳のおかげだろう。チャンドラーの描くハリウッドは、乾いていて雑多だ。現在のハードボイルドでは、大抵の主人公は独白を通じて自己を語る。しかしながらマーロウはそれをしない。語らないことで語るのだ。行間に台詞がそこかしこと隠れているため、読むたびに印象が違う。
 チャンドラーの持つ高い筆力が、透徹とした非情の文学を作り上げている。

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紙の本

長いお別れ

紙の本長いお別れ

2001/03/28 00:24

やはりチャンドラー最高傑作

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:松内ききょう - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ハードボイルド部門、海外翻訳部門、探偵小説部門、新旧問わず人気投票アンケートにおいて、どの部門にも顔を出し、常に上位を争い、文中数々の名文句はマニア的ファンの間で絶えず口にされ、ああ、もうとにかく文句なしにチャンドラーの代表作がこれ。
 チャンドラーといえば、熱狂的なファンが多いことでも有名だが、とにかくその台詞の一行一行がいちいち人気を説得力あるものにしている。読み終わり、目を閉じて、タイトルの奥底の意味に思いをはせるとき、もうすでにチャンドラーマニアの道は開かれている。

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紙の本

プレイバック

紙の本プレイバック

2005/12/16 10:05

「男はタフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない」書評ではありませんがこの誰もが知っている名セリフについて、なにげなくBK1で引用してしまった僕からいいわけをひと言

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

女にモテる男を象徴する名セリフです。カッコイイ!!!これはレイモンド・チャンドラー『プレイバック』にある私立探偵マーロウのセリフだと、いつごろからか僕の頭にインプットされ、なにかと便利に使用しておりました。
だからこのBK1の書評欄でチャンドラー『長いお別れ』を投稿した際にもついつい引用してしまったのですが、実はとんでもない誤解だったのです。そこでお詫びかたがた本当のところを紹介させていただきます。
『プレイバック』を昭和30年代に初めて翻訳した清水俊二は次のように表現しています。
「しっかりしていなかったら、生きていられない。優しくなれなかったら、生きていく資格がない」
原文はこうなっています。
“If I wasn’t hard、 I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle、 I wouldn’t deserve to be alive.”
『プレイバック』ではマーロウが「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなに優しくなれるの?」と女に訊ねられて「わたしは」としてこのようにこたえるのであって、あの名セリフのように「男は」と一般論として表現されているのじゃあない。
だが男の魅力としては「タフ」のほうが「しっかり」よりふさわしいではないか。清水俊二訳よりはるかにインパクトがある。「しっかり」では教育的見地からお小言を言われているイメージですよ。
そして僕は一般論として表現したこの名訳を丸谷才一がどこかで取り上げていた記憶からてっきりこの才人の手になるものだろうとエッセー集を何冊も調べてみるハメになりました。
そもそも昭和37年に丸谷才一は「チャンドラー論」で清水俊二訳のこのセリフを取り上げた。それが反響を呼んだ。先生は16年を経て昭和53年「週刊朝日」でこの反響を次のように述べている。
「念のため断っておくが、当時はチャンドラー論なんてアメリカにもなかったし、従ってその手のものを私は参考にしてゐない。全部自分で考へたのである。このマーローの台詞も、わたしが名せりふだと指摘する前は別に大向こうをうならせてはゐなかったもので、つまり誰も注目していなかった」
「が、わたしのこの文章によってマーローのこの台詞はたちまち名声を確立した」「なるほどイカす、と感心して、いろんな人がこれを引用した」
ところがどっこい、上には上がいるもんだ。
昭和53年のある日、突然「男はタフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない」と空前のキャッチコピーが全国を駆けめぐったのです。
丸谷先生は怒った。
なんと「森村誠一原作の角川映画『野生の証明』の宣伝に使はれ、しかもこの台詞の原作者がチャンドラーであることも、チャンドラーがこれを言はせたのがマーローであることも断ってゐない」「角川映画の関係者なんていふ、チャンドラーなんか一ぺんも読んだことのない人たちの耳にまではいってしまって、心に焼き付き、その結果、今度のやうなことになったのだらうと思ふ」なんておっしゃられている。
しかし、あの当時の角川春樹というのはすごい商才だったんですね。ホリエモン並みでした。映画屋じゃあない身分で、たいした内容のない作品に膨大な制作費と宣伝でもってあれだけの観客を動員したのですから。映画を媒介にして、流行語を創造し、音楽と歌で主題歌をヒットさせる。新人のスターをつくる。それまでの文庫本といえば文化の香がする岩波文庫的存在だったイメージを一変させ、文庫本をもっぱらエンタテインメントのベストセラーに仕上げる。メディアミックスのはしりでした。
丸谷先生の胸のすく皮肉も既成の文化的秩序を破壊するこの勢いの前にはごまめの歯ぎしりでしかなかったんでしょう。

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