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電子書籍

実践 行動経済学 みんなのレビュー

  • リチャード・セイラー, キャス・サンスティーン, 遠藤 真美
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みんなのレビュー1件

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評価内訳

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紙の本

実践行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択

小さな政府/大きな政府の対立を超えて

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:梶谷懐 - この投稿者のレビュー一覧を見る

邦訳のタイトルはややミスリーディングだと思う。確かに前半は行動経済学の説明であるが、むしろそれはツールとしての必要からなされていて、主眼は著者の政治的立場である「リバタリアン・パターナリズム」の内容とその実践に関する説明の方にある。そしてそこにこそ、小さな政府と大きな政府という古典的な対立では捉えられない、現代社会の変化をとらえた本書の重要な問題提起があると思う。

 たとえば、学校の食堂カフェテリアのメニューの並び方は、学生たちの食事の選択に決定的な影響を与える。言うまでもなく、最初におかれたメニューほど選ばれやすいからだ。このメニューの並べ方を各種の政府による制度設計に置き換えてみれば、それはやはり必ず人々の行動に影響を与える。どうせならば、選んだメニューが子どもたちの健康を促進させるよう並べるべきではないのか?それがパターナリスティックな介入であり、「選択の自由」を奪うからといって、最初から全くのランダムにメニューを並べるべきだ、と主張するのはばかげているのではないか?

 このような議論をするとき重要なのが、「エコノ(経済人)」と「ヒューマン(普通の人)」の区別である。一言で言ってヒューマンにとって「選択の自由」はそれほどありがたいものではない。ヒューマンが自由に振舞うとき、かならず感情や雰囲気、周りの人々の決定に左右される。カフェテリアでおいしそうだが高カロリーのメニューが最初に並べられれば、ついそれを手にとってしまう。その結果、時に自分にとって不利な選択をする。この点において、本書はエコノを前提として選択の自由の重要性を説いたミルトン・フリードマンを痛烈に批判する。

 ここまでは、本書の立場はヒューマンの限定的な合理性ゆえに「大きな政府」を支持する立場と同じである。しかし、そこで政府がなすべきことは、直接的な所得の再分配や市場にゆがみを与える規制でなどではなく、あくまでも食堂のメニューの並べ替えのようなもの、つまりアーキテクチャ設計によってヒューマンによりよい選択のインセンティヴを与えること(=ナッジ)で実現しようというのが、リバタリアン・パターナリズムの立場である。そしてその制度設計には、従来の新古典派経済学ではなく、行動経済学こそが重要なツールとなる。

 そこで、新たな問題点が二つある。一つ目は、本当に望ましいアーキテクチャを設計できるだけの人材をうまく調達できる仕組みを、政府部門であれ民間部門であれ持つことができるのか、ということである。もう一つは、かりにそれができたとして、アーキテクチャの設計から排除され、自らは導かれるだけになった人々が、そのこと自体に不満を漏らすことはないかのか、ということだ。本当に重要な決定から排除されているということに気づいた人々が、パターナリズムに対する「理由なき反抗」を起こさないという保証はあるだろうか。

 いずれにせよ、ちょっと考えただけでもリバタリアン・パターナリズムは突き詰めていくと、民主主義の根幹に触れるような問題を含んでいるといえそうだ。「民意の反映であればたとえ愚かな選択であっても受け入れる」のが民主主義の精神であるとするなら、リバタリアン・パターナリズムは明らかにそれとは相容れない契機を持つからだ。そんな点からも、本書は小さな政府/大きな政府という対立を超えて、今後の社会にとっての重要な問題を提起している、といえるだろう。

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