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電子書籍

異形の王権 みんなのレビュー

  • 著:網野善彦
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みんなのレビュー3件

みんなの評価4.6

評価内訳

  • 星 5 (2件)
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  • 星 1 (0件)
3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本異形の王権

2008/11/29 01:04

「暗部」という言葉と「史的唯物論」なるもの。

8人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この本自体はスリリングなものさえ感じられる程、優れた研究だ。しかし、後醍醐天皇が性で日本を刺しだの日本の「暗部」が天皇制を指示する云々という箇所が、どうもひっかかる。多分ヤクザ社会や街頭右翼の事を指していっておられるのだろうが、結局そういった言葉を使ってしまう事が網野善彦史学の限界だろう。いわばマルクス主義的な差別感だ。多分貞和四年の高師直の軍勢による吉野攻めで南朝が、足利家の手によって北朝が滅びてほしかったようだ。
  それと、どうも著者が我が国を「異教」の残滓を克服した?12世紀ルネサンス以降の西欧より遅れた社会だとお思いのような感じがする。キリシタンの宗旨であるカトリック教会と世俗の王権が手を組んで、異端審問や魔女狩り、ユダヤ人を蔑視し彼等をゲットーに押し込んだ上で確立した結果、という視点が欠けているのは、マルクス主義的な西欧崇拝の変形だ。
 ピウス12世のような個人的には優れた人物だろうが、ヒトラーに協力したあげくに戦犯の逃亡に手を差し出すような人類史上最悪の「聖職者」を戴いてしまう運命にあるカトリック教会や浄土真宗の社会が日本の他の社会より優れたものと見なすのは、この双方に見られる一神教的排他性を無視したものだ。
 浄土真宗の場合、特に本願寺系は覚如上人以来、後の大谷家の当主を頂点にしたピラミッド形の社会を作り出しているのを、お忘れのようだ。親鸞聖人自身が日野家の傍流の傍系で伯父が後鳥羽院の寵臣だから、承元の法難を乗り越えられ(「四十八巻伝」の中で安楽房が後鳥羽院に対して「不敬」な発言をしているのに何故戦時中も、そのまま出版されたのだろう、と思うが、「勅修御伝」だから?)、本願寺も日野家や青蓮院の庇護の元、蓮如上人の時代を迎えた事も。
 お東騒動は戦前の体質を持ったままの法主を戴いた大谷派と清沢満之の流れを組む改革派の内紛にしろ、結局はここに行き着く。本願寺派は門主と前門が公職追放され、近衛内閣の閣僚まで出したから、いやでも改革に手をつけざるを得なかったわけだが。
 ついでながら皇室は、言うまでもなく北朝=持明院統だが、今でも南朝正統論だからかどうか知らないが、あまり北朝の実態は語られていないのでは。朱子学的な大義名分論は好きではないが、個人的には当方は北朝正統論(南朝の存在自体は否認しないが)で、花園天皇や光厳天皇のような数奇な運命をたどった御方や光嚴院院政下で編纂された「風雅和歌集」に対して、宗良親王が編まれた「新葉和歌集」や「李花集」と同じぐらいに関心があるので、無視出来ないと思うが。
 少なくとも正平の一統までは南朝方も後伏見院の院宣で践祚された光厳天皇と北朝の正当性を否認出来ないだろうし(何故、後醍醐、後村上の両院は光嚴、光明、崇光の三代に対して太上天皇の尊号を宣下したのだろう?特に光厳天皇が皇位に就かれた事を否認したはずの後醍醐天皇が尊号を宣下されたから、建武三年に御自らの立場を悪くしてしまう結果になった。)、無理に否定しようとすると後白河法皇の院宣による後鳥羽天皇の践祚を否認する事になるし、承久の乱の戦後処理で北条氏が仲恭天皇廃位と後堀河天皇の践祚及び後高倉院を治天の君に擁立した事までを否認しなければならなくなる。そうすれば南朝の自己否定になってしまう。

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紙の本異形の王権

2004/08/22 13:56

網野先生の代表作に哀悼の意を捧げます

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:hisao - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本中世史上不朽の名を残されながら、今年2月惜しくも逝去された先生の代表作に私なりの追悼の意を捧げます。
目的のためには手段を選ばず、観念的、独裁的、謀略的で不撓不屈まさに異常な性格の天皇、後醍醐を時代の表面に押し出した14世紀日本列島が分析の対象です。
先生はまず 当時の絵巻物に描かれた職人、検非違使、悪僧、非人達の婆娑羅的風俗から 彼らの“異類異形”ぶりを実証的に読み取り 同時に 彼らの生き生きとした描写から 恐れられる事はあっても決して差別された存在でなかった事を論証します。
後醍醐に最も大きな影響を与え伊賀兼光や”悪党”楠木正成を彼に近づけた妖僧“文観”。後醍醐は文観を通じて 文観や検非違使庁配下の“異類異形”の悪党、職人的武士達、非人までをその軍事力として動員、内裏、政権の中枢にまでこの人々を呼び込みます。武家勢力に対抗する後醍醐に動員され直属武力になったのは“非農業民”であり、この様な“自由狼藉の世界”の住人達だったのです。又 後醍醐の異様さは現職の天皇でありながら自ら法服を着、護摩を焚いて真言密教の祈祷を行ない幕府調伏した点にも現れます。
かような “異形”の王権は何故ここに現出したか?
鎌倉幕府の成立、承久の乱に於ける敗北、モンゴル襲来などで14世紀初頭天皇家支配権は九州を除く西国にしか及ばなくなっていた。
加えて 後嵯峨死後の大覚寺党時明院党間の抗争、王朝支配体制としての職の体系の揺らぎ、貨幣経済浸透。天皇制崩壊の危機に直面した後醍醐がまさしく“大乱”への道に自らを賭けます。
可能な限りあらゆる権威と権力——密教の呪法、“異類”の律僧、“異形”の悪党・非人までを動員し、後醍醐は新たな“直系”の創出、天皇専制体制樹立に向かって突き進みます。
洛中商工民を直轄下に置くべく貨幣鋳造、関所停止等大胆な専制的施策を施行します。
しかし 新しい“非農業民”勢力に擁立された後醍醐政権は、はや3年にして崩壊します。
後醍醐の大いなる妄執の結果とも言うべき南北朝動乱によって 東西の王権は二つながら瓦解する事になる。
貨幣経済の進展と相まって“聖なる”非農業民は“有徳”と“賤”に分解します。
商工民、芸能民はそれぞれに世俗的な権力(将軍、守護大名、戦国大名など)にそれまでの特権の保証を求める一方 顧客、観客を強く意識しつつ分化してきた職能を通して実利を追求し、富の力によって“有徳”の道を開いていった。自治的な都市はこうした人々によって形成されていく。
しかし その職能の性質から天皇・神仏の“聖性”に依存するところより大きく、このような実利の道に進みえなかった一部の芸能民、海民さらには非人、河原者などの場合は職能自体の“穢”との関わりなども加わって、ここに決定的な社会的蔑視の下に置かれる事になった。“聖なる異人”としての平民との区別は差別に転化し“異類異形”は差別語として定着する。聖から賤への転換である。
さらに織豊時代・江戸時代にかけての暴力的秩序維持や宗教弾圧とも相まって蔑視、差別は体制化・固定化され被差別部落、遊郭など 場所的にも固定化されていく。後醍醐という異常な天皇が刻印した天皇制の“暗部”、社会の基底になお生き続ける“呪術的世界”が語られます。

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紙の本異形の王権

2007/01/08 23:37

絵巻物からザクザクと溢れ出る新しい歴史

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る

今でこそ民衆史という視点はメジャーになっているかもしれないが、その過程にある緻密で労力をかけた論考集であり、好奇心をくすぐられる。まず中世の服装における摺柄の位置付けに、あーっそうだったのかーと感嘆するのは、衣服の柄からこれだけの社会構造の推論が出来てしまうことへの驚きに加えて、柄自体の民衆への受け入れられ方に現代と通底するものを僕が勝手に感じてしまったからなのだ。あのゾウリムシのような柄とか、似たようなものがいろいろある気がして、それは適切な連想かはわからないが、流れ自体には相似性があるのではなかろうか、それは僕の勝手な納得。
あるいは童形という言葉で言われているが、つまり社会の中での子供、加えて成人しても童形を持つ人々の役割を導きだしている。こういった著者の論考は、本書においては、絵巻物に関する出版に触発されているものとなっており、どうやらそれまでは歴史資料としてさほど重きをおかれていなかった、例えば「一遍聖絵」を始めとする数多くの絵巻物の再評価の流れと、そこから得られる成果の一端という意味になるらしい。実は今個人的に中世芸能民に関心があってそのへんの本を少しずつ読んでいるのだけど、政権でも、その周辺にある俗情でもない地点にある歴史の研究が進みつつあることが感じられて、たのもしさを感じた。
本書のメインはそれら民俗史的なものと、もう一つは後醍醐天皇に関する表題の論説だ。少年心のヒーロー楠木正成らの中心人物であり、戦乱の世の王である。戦前にあったらしい、親政復古と忠義のシンプルな物語はもはや通用するわけもなく、現代人にも納得できる世界像が必要であるだろう。ここではそれは、天皇自らが呪詛の儀礼を行っていたという史実への着目と、そのサポート、あるいは焚き付け役であった人物のクローズアップが為されている。歴史学の動向に熱心でない者には新鮮で、興味深い。ただ、それだけで南北朝時代の複雑な動きの説明にはまだまだ不十分で、著者本来のフィールドではなさそうでもあるが、この分野の研究の発展も気になるところだ。
民俗史に話を戻すと、若干無理があるとも思える箇所も目に付いた。特に「飛礫」つまり武器を持てない庶民の行為としての石投げを、なにか特別な象徴性を持った行為のように書いているのだが、ごく自然で一般的な暴力行為の範疇に過ぎないのではなかろうか。著者は自分であまりそういうことをしたことのない、イイトコの坊ちゃんだったのか。全体には、斬新かつ説得力のある内容が多く、この分野に少しはまってしまいそうな予感はある。

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