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ガーンディー自叙伝 みんなのレビュー

  • M.K.ガーンディー (著), 田中敏雄 (訳注)
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紙の本

ガーンディー自叙伝 真理へと近づくさまざまな実験 1

真理へと近づくさまざまな実験を重ねたマハートマーの実像!

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投稿者:藤井正史 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 非暴力主義で民衆を導き、大英帝国から独立を勝ちとったインド建国の父、マハートマー(「偉大なる魂」の意)・ガーンディー。これが大半の日本人が持っているイメージだろう。精神的指導者・禁欲的な聖者としての生き方を理想的に取り上げられる一方、現在は政治家としての功罪を厳しく批判されることもある。
 モーハンダース・カラムチャンド・ガーンディーは1869年 インドに生まれ、イギリスへ留学して弁護士となり、1893年 南アフリカに渡る。ここでの厳しい体験がイギリス仕込みの紳士を一変させる。インド人労働者を組織化し、差別虐待に対して非暴力による抵抗運動を始める。1915年インドに帰国。その後、国民会議派の指導者となり、不可触民への差別に反対し、何度も投獄されながら非協力運動を続ける。ヒンドゥー、イスラーム両教徒の協和を訴え、幾度もの断食を行うが、願いも虚しくパキスタンとの分離独立となり、1948年ヒンドゥー教狂信者によって暗殺された。
 この激しい歴史の流れのなかをガーンディーは何を考えどう実行していったのか。『自叙伝』は、ガーンディーが自ら発行する週刊誌「ナヴァジーヴァン」において、1925〜29年、彼の母語、グジャラーティー語で連載されたものだ。後に知識層向けに編纂された英訳版からの重訳とは違い、ガーンディーの肉声が残されたオリジナル本からの本邦初訳である。
 副題の「真理へと近づくさまざまな実験」とは、不服従・非協力のサッティーヤグラハ運動・ブラフマチャルヤ(性に関する禁欲)・菜食主義など、自ら真理を求めて実生活で試みたものだ。
 少年期の思い出、13歳での結婚、若き日の挫折、性欲の悩みや子供たちの教育法。インドの習俗など何事も具体的に書かれ面白いエピソードにあふれている。イギリス留学時代、ガーンディーは英国紳士を目指してシルクハットを着用し、ダンスやバイオリンを習い、毎日鏡の前でおよそ10分間ブラシで髪を整えていた。弁護士になっても法廷では上手く話せない。インドへ帰国後、多くの人を前にした演説では震えが止まらず頭がくらくらしてしまう。彼は決して生まれながらの偉人でも聖者でもなかった。
 イギリスに対する非協力運動を展開する渦中にあって、ガーンディーは「…この面白い話は、さあ、後で。」と親しみを込め、矛盾と迷いに満ちた自らの生きざまを読者に語りかける。
 絶望的な逆境に耐えつつ、生きる姿勢とユーモアで人々を惹きつけていったガーンディー。真理に近づこうと歩きつづけたマハートマーの生涯に、現代の読者もまた圧倒されることだろう。
(藤井正史/ライター)

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