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電子書籍

B6回顧録(国鉄編) みんなのレビュー

  • 瀬古竜雄 (著)
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紙の本

B6回顧録 国鉄編

紙の本B6回顧録 国鉄編

2001/01/26 18:15

裏方の力持ちとなったSLの履歴書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:小池滋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「B6」と言われても何のことかわからない人の方が多かろう。「本の大きさのことですか」というのが常識的な答えではあるまいか。
 鉄道に興味を持つ人なら、かつて英国で作られて日本に輸入されて、長いことはたらいていた蒸気機関車の通称か愛称だと思っている。かなりの年齢の人なら、現役で動いていたのを見た記憶を持つ人もいる。でも、C57とかD51というのは見たことあるが、B6などという番号がついていたのは見たことない、数字が4つ並んでいただけだと言う。
 わたし自身が、小学生だった戦爭中から大学卒業後の昭和30年ころまでの長い間、東京のあちこちで入れ替え作業をしていた小形のSLをよく見かけることができた。裏方の力持ちという印象がいまでも残っている。

 本書によって、このグループの機関車の履歴と活躍ぶり、幕が下りるまでの運命を、文字通り1両1両について教えられた。かなりのマニアと自負している人でも、知らなかったことが満載である。著者と背後から支えてくれた多くの情報・写真・図面提供者に深い敬意を表したい。
 明治23年(1890年)に英国で作られ、日本の官営鉄道(当時は鉄道作業局と呼ばれていた)で使われたのが最初の6両であった。そこでは、シリンダーから伝えられた力を棒によって受けて回転する車両(これを動輪と呼ぶ)が、片側に2つあるのをA、3つあるのをBと名づけた。Bの6番目の形式ということでB6と名がついた。1両1両には数字による(105番から)番号がついていた。
 重いので、どこの路線でも使えるわけではなかったが、力が強いので、重い貨物列車や、坂のきつい区間でのすべての列車を引くのに適していた。スピードよりも力強さによって重宝がられたのである。
 官鉄だけではなく、当時の私鉄でも使われた。家族の数はどんどん増えて、当時としては珍らしいことだが、1形式で100両を突破した。そこへ明治37年(1904年)の日露戦爭である。スピードよりも力で評判をとったB6は軍事輸送にもってこいの機関車と評価された。
 急いで英国に大量発注したが、それだけでは間に合わないということで、同じ設計図をドイツとアメリカの会社に示して追加注文した。戦爭が終ると、満州に送られて帰国した187両を含めて、家族総数はなんと528両に達していた。
 明治39年に、日露戦爭で鉄道の持つ軍事的役割を痛感した政府は、全国主要幹線の国有化を実施した。その結果大世帯になり、機関車の改番をすることとなった。B6の初期の英国製は2100、その後の英国製と10両の国産は2120、ドイツ製は2400、アメリカ製は2500と形式が改められて、全国にばらまかれ、昭和30年代初期まで生きのびることとなったのである。 (bk1ブックナビゲーター:小池滋/英文学者 2001.01.27)

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