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電子書籍

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語 みんなのレビュー

  • 斎藤兆史 (著)
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みんなのレビュー7件

みんなの評価4.2

評価内訳

  • 星 5 (2件)
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7 件中 1 件~ 7 件を表示

紙の本

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語

ボンクラの自分を見詰なおすいい本でした

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:BCKT - この投稿者のレビュー一覧を見る

著者(さいとうよしふみ)は1958年(栃木県)生まれ。東大文卒,同大修士課程修了,Ph.D(ノッティンガム大学)。現在は東大勤務(総合文化研究科,助教授,英語文体論)。著作は『英語襲来と日本人—えげれす語事始』など。
第I章 新渡戸稲造
第II章 岡倉天心
第III章 斎藤秀三郎
第IV章 鈴木大拙
第V章 幣原喜重郎
第VI章 野口英世
第VII章 斎藤博
第VIII章 岩崎民平
第IX章 西脇順三郎
第X章 白洲次郎
英学者以外の学者が2人(新渡戸(研究分野分類不能)と鈴木(禅)と野口(黄熱病)),美術家1人(岡倉),英学者3人(斎藤秀三郎,斎藤博,岩崎),外交官が1人(幣原),詩人1人(西脇),事業家1人(白州)。こう分類すると,やっぱ学者が多い印象(2+1+3=6人)。詩人部類の西脇は慶応で予科教員として教壇に立っているし,岡倉は東京美術学校で校長をしている。非大学人としては幣原と白州とギリギリで野口の3人くらい(もちろん3人とも大学教員としても使えたはず)。天才って職業分類が難しいのね・・・。
まぁこの10人,誰もかれも桁違い。大学2年で英検1級に落っちゃけ,東京外大受験から敵前逃亡した地方国立大学経済学部のアホとは比較自体が無謀(というか自殺行為)。岩波文庫をミカン箱で読破することが丸山圭三郎や桝添要一の時代は大学エリートの嗜みだったらしいが,この10人の中には“図書館”を読破したやつらもいるらしい。高校時代にGalbraithの_The Age of Uncertainty_を原書で読んでいたらしい根井雅弘(京大経済教授)もびっくり(だと思う)。
著者の選考基準は,たぶん英語を意思疎通手段として日本の独立と気概を表現し,かつ実行できたというものがあるに違いない。まったく同感だ。たぶん,教科書検定で扶桑社を叩いている人には不興な選考基準だと思う。
私も英語(なしでは済まされない職業)で身を立てられたらいいなぁと中学のときに思っていたが,まぁ,ボンクラの自分を見詰なおすいい本でした。これから謙虚に一つひとつ仕事をこなして参ります。(871字)

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紙の本

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語

やる気でる本

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:さすらい人 - この投稿者のレビュー一覧を見る

達人と呼ばれた人が、どれだけ凄まじい努力を積み上げて、あれだけの実績をあげたのかがよく伝わってくる本。

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紙の本

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語

豪快で痛烈なエピソード集

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:馬丁酔語 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書で取り上げられている人物は、みな日本国内で教育を受けながら(あるいは独学で)、ネイティヴをも圧倒するほどの英語力をもって外国人と渉り合った人々である。標題にもあるように、主題は英語力という点にあるのだが、紹介される個々のエピソードが実に面白い。それぞれの人が人間として実に豪快で魅力的なのである。

 伝説的な英語の達人である齋藤秀三郎は、英語の授業にポープ(18世紀の英国の文学者)の作品をテクストに使って、主任の米人教師から難しすぎると苦言を呈されると、「ほお、ポープはアメリカ人には難しくても、日本人にはこれが判るんですな」と平然と応えたとか。しかもこの齋藤秀三郎、英語学の貢献でノーベル賞候補にすらなりかけたというのだから驚きである。西脇順三郎などは、英語ではあまりにも「俗」だといって、卒論を全文ラテン語で書き上げた。本書はこの手の「武勇伝」が満載で、後から思い出しても、妙に元気の出てくるような話が盛り沢山である。兎に角、肩が凝らずに気楽に愉しく読み通せる。

 ボストンでの講演旅行のあいだじゅう羽織袴で通した岡倉天心は、「アメリカ人と同じように英語が喋れるようになったら羽織袴で通せば良い。英語も喋れないのに、羽織袴姿は見苦しい」という意見をもっていたそうだ。「国際化」ということについての実に堅実な見識が伺われる。気軽に欧米人に同化して(あるいは同化した気になって)しまうのでもなければ、頑なに日本人の特殊性にしがみつくのでもない方向。つまり、外国語を使いながら日本人としての自分を表現すること —— 本書の登場人物たちが目指したのが、まさにこのことにほかならない。

 本書を読んであらためて気づかされるのは、外国語の修得は、最終的には自分を表現する手段だという、半ば当たり前の事実である。本書で扱われている人々は、英語そのものに対する情熱はもとより、その英語を使って表現すべき事柄を存分に持っていた人たちでもある。身近なところでは、例えば鈴木孝夫『日本人はなぜ英語ができないか』(岩波新書)では、英語の習得の際には、日本のことを話す教育をすべきだという提言がなされているが、これなども、英語を使って「何を話すか」というレベルの議論である。「英語のための英語」ということであってはならないのである。

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紙の本

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語

英語を死ぬほど勉強できる才能をもった人たちの話

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:トムトム - この投稿者のレビュー一覧を見る

この本を読んでも英語の達人にはなれません。ただ、どうすれば英語ができるようになるかの方向性は示されています。それは、死ぬほど英語を勉強するということです。身も蓋もないですが・・。

「<彼らは特別なんだ>という思いのほうが強かった」と前の人が書評に書かれていますが、僕の感想は違って、たしかに才能の有無は大きいけれども、達人というのは天才的に努力することのできた人なのだと思いました。したがって達人になれる可能性は万人に開かれている。しかしこの誘惑の多い時代に、彼らほどに英語に没頭できるかどうかはその人次第、ということになるでしょうか。

また「<英語のための英語>ということであってはならないのである」とその前の人が書評に書かれていますが、これも僕の感想は違って、彼らに世界に向けて言いたいことがあったかどうかということよりも何よりも、西脇順三郎の英語への偏愛ぶりに代表されるように、英語が心の底から好きなんだなあというものでした。

著者は実際にあちこち足を運び、資料を読みあさった上で、それらを読みやすい文章で提示してくれています。そのなかには、19世紀から20世紀初めの日本の社会についてのおもしろいエピソードも満載ですし、「英語」関係以外のところでも十分に楽しめます。

しかし「漢文の素読が英語上達に寄与している」のはなぜなんでしょうねえ?

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紙の本

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語

むしろ英語が遠く感じる

3人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:山原水鶏 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 同じ日本人として、英語を極めた人々のエピソード集としては面白いし、「聞く」「話す」方向に向かうがあまり、「読む」「書く」を切り捨てようとする昨今の英語教育の傾向に対する筆者の考えにも共感する。
 しかし、本書を最後まで読んで、「これなら自分にも!」という思いよりも、「彼らは特別なんだ」という思いのほうが強かった。それは、本書に出てくる人々が、どのようにして英語を極めていったのか、その具体的な歩みがほとんど記されていず、「彼らが英語を学ぶ前からすごかったから、英語を極められたのだ」という思いを払拭することができないのだ。むしろ同じ著者の『日本人と英語』の方が、具体的な示唆に満ちている。
 本文中特に気になったのは、「ネイティブから英語をほめられたら、落ち込め」という部分である。そのような人間の生理に反することができたら、その人は聖人だと思う。「ほめられたら『自分の英語はまだまだ』と思え」といわれたほうが納得できる。

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紙の本

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語

岡倉天心、斎藤秀三郎、幣原喜重郎ら英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけた10人の達人たち。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:花田紀凱 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 岡倉天心が弟子の横山大観らとボストンの街を歩いていた時、ひとりの若者に声をかけられた。
 “What sort of ’nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Javanese?”
 決して好意ある言葉ではない。偏見に満ちた意地の悪い質問だった。
 天心はどう答えたか。
 くるりと若者の方を向いてこう答えたのである。
 “We are Japanese gentlemen. But what kind of ’key are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?"
 みごとな切り返しではないか。よほどの英語の達人でなければ、とっさの場合にこれほど気のきいた返事ができるわけがない。

 新渡辺稲造から始って、岡倉天心、斎藤秀三郎、鈴木大拙、幣原喜重郎、野口英世、斎藤博、岩崎民平、西脇順三郎、白洲次郎まで、この本に取り上げられている10人は(日本にいながらにして英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけ、決して西洋かぶれになることなく、日本と外国との橋渡し的な役割を演じた)人々である。
 彼らの英語学習法を中心にしたライフ・ヒストリーはエピソードに満ちている。冒頭の天心の話なんて、読んだらすぐに誰かに話したくなるでしょ。

 もうひとつ。これは英文学者の斎藤秀三郎。斎藤秀三郎といえば高校、大学時代、『熟語本位 英和中辞典』という辞書を愛用した。もともとは父のものだったが、使ってみると抜群におもしろい。熟語を使った例文の訳が独特なのだ。今、ひとつくらい紹介したいと思って本棚を探したのだが、整理が悪いので見つからない。
 30歳で神田に正則英語学校を設立、カリスマ的人気を呼んだ斎藤は、38歳の時、東京帝大(今の東大)に招かれて英語を教えることになった。学生の英語力の低下を憂えた坪井九馬三学長が強く望んだからだった。
 ところが斎藤の教え方があまりにも厳しかったため、学長自身が不満を抱き、斎藤に皮肉たっぷりな手紙を送った。
 「あなたのシステムで英語を研究したら、どんな本が読めますか」
 それに対し斎藤は、
 「あなたはどんな本が読みたいのですか」
 と返事を出して大学を去った。
 斎藤はそのくらい自分の教え方に自信を持っていたのである。
 斎藤はその強烈な個性ゆえに、晩年、必ずしも幸福ではなかったけれど、ほとんど目が見えなくなってからも講義を休もうとはしなかったという。

 著者は現在進められているオーラル中心の英語教育にやんわりと疑問を呈してもいるのだが、同感である。英語は喋れりゃいいってもんじゃない。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/MWメンズウォーカー編集長 2000.08.25)

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紙の本

英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語

為にはならない。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:匿名 - この投稿者のレビュー一覧を見る

英語の達人の英語力の高さを教えてくれる本。
武勇伝である。
しかし、凡人にはどうも関係がないように思われる。
つまるところ、彼らがただ元々出来が良かっただけ、と結論が出た。

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