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電子書籍

物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国 みんなのレビュー

  • 黒川祐次 (著)
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みんなのレビュー2件

みんなの評価3.8

評価内訳

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紙の本

物語ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国

物事を見る視点

23人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本の教育の最大の失敗というか欠点は、物事には何でも正解があると子供達に思い込ませてしまうこと、そして答えは必ずひとつであると刷り込んでしまうことであろう。しかし、人間の世界というものは複雑であり、答えはひとつとは限らない。その代表例が「正義」という概念であって、誰しもが同意できる「正義」などというものは実はこの世に存在しないのである。早い話、正義というものは国が違えば異なるし、人間の数だけ正義も存在するとさえ言えるのだ。日本人が大好きな「不偏不党」「公正中立」という概念も、実は大変マユツバだ。神ならぬ人間である以上、誰しもバイアスの虜であり、公正中立などありえないのだ。日本ではNHKは不偏不党ということになっているが、実は極左暴力集団のシンパが、いまだ相当数紛れ込んでいて、公正中立を装いながら安倍晋三内閣の倒閣運動を行なった職員が相当数いたことは、今や公然たる事実である。

さて、本書である。私は著者の黒川大使と面識がある。彼は優れた外交官であり、非常に該博な知識を蓄えた教養人でもあることをまず断っておく。本書に対し、あらぬ誹謗中傷を試みる浅学非才な輩がいるようなので、一言、まず断っておく。その上で、書評を書かせてもらうが、本書は日本人にかけているジグソーパズルの歴史知識のピースを補うような仕上がりとなっている。日本人の大半はそもそもウクライナに対し知識も無ければ関心も無い。「ロシアの一部分に過ぎない」などと勝手に思い込んでいる連中が大半である。このことを痛いほど知っているからこそ、大使は、あえて筆をとって本書をものしたのである。ウクライナに行けば分かるが、ウクライナには強烈な反ロシア感情が渦巻いている。このウクライナ人の感情を代表する政治家が、首相の座に返り咲いたティモシェンコ女史である。ロシア語とウクライナ語は語彙もほとんど同じである。キエフに立っている寺院だってロシアの寺院とほとんど変わらない。少なくとも我々日本人には同じに見える。しかしウクライナの人々はロシアとウクライナを同一視することW許さない。ロシアとは明白に一線を画すのであう。なぜか。それはロシアとの間で、血で血を洗うような凄惨な歴史と闘争を彼らウクライナ人は経験しているからである。もっとも卑近な例が、ロシア革命直後にウクライナを襲った大飢饉であろう。農民嫌いのスターリンはウクライナ農民を敵視し、ウクライナの農村を徹底的に破壊して「農業の集団化」を強制的に推し進めた。しかし、この農業の集団化とは、農村も農業も知らない都会のエリートが脳内で勝手に描いた妄想の類で、このスターリンの暴政の結果ウクライナの農業は崩壊し、ウクライナは農村を中心にものすごい飢饉に見舞われる。ウクライナの農村では自分が生んだ赤ん坊を鍋で煮て飢えをしのいだ母親の話さえ残っている。だから、ヒトラー率いるドイツの戦車部隊がウクライナに侵攻して来たとき、ウクライナ人たちは銃を取って戦うどころか、ヒトラーの軍隊を「解放軍」として歓迎さえしたのである。それほど彼らウクライナ人はロシアを憎みスターリンを憎んでいたのである。「文化的に類似点が多く言語的にも類似点が多い」くせに憎しみあっている民族・国家なぞいくらでもある。早い話、韓国の日本に対する態度、あるいは中国の日本に対する態度なぞ、黒川さんが紹介するウクライナのロシアに対する嫌悪感にかなり似ているのではないか。もしこれを「かなり偏った一部の分裂主義者の思想」などと片付けるのであれば、「日帝36年の支配」なぞとほざく韓国人の連中の言い分も「かなり偏った偏見に満ちた歴史観」といわねばならないし、わずか20万人しか人口のいなかった南京で「30万人が虐殺された」とほざくチャイナ人の主張も「白髪三千丈の類」と一笑に付さねば釣り合いが取れないであろう。大半の日本人が知ろうともしなかったし興味も持たないウクライナとロシアの間の複雑な関係にスポットを当てたことは大川大使の偉業と言わねばなるまい。

ついでながらウクライナは、大体ドニエプル川を挟んで東側、つまりロシアに近いほうはロシアとの経済的つながりも深く「親ロシア的」だが、川の西側は非常に「反ロシア的」である。そして現在はドニエプル川の西側の方に勢いがあるのである。

本書を、ただ「偏った本」などとレッテルを貼って切り捨てようとしていては、なぜウクライナ政府が執拗にNATO入りを希望し続け、ロシア政府がこうした動きに神経を尖らせているかも理解できないであろう(別にブッシュ大統領の陰謀のせいじゃないんだよ、ウクライナのNATO加盟の動きは)。本書は、浅学非才な連中の「蒙を啓く」うえでも必読の書といえよう。物事を知るためには、まず無闇にレッテルを貼っては思考停止に陥る悪い癖から改めていく必要があることは言うまでも無いのだが。

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紙の本

物語ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国

かなりウクライナ被害者史観に偏っている。もう少し中立性を確保出来なかったのだろうか?

16人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:温和 - この投稿者のレビュー一覧を見る

かなりウクライナ被害者史観・嫌露プロパガンダに偏り過ぎ。星1つ。こんな人物が駐ウクライナ大使だったとは、やはり我が国の外交官って駐在先に異様に偏った見解を身に着けるのがスタンダードなのだろうか?

1、ウクライナはロシアとは全く違う。
2、ウクライナはロシアから虐げられ続けてきた。
3、ウクライナはフメリニツキー以来の悲願であったロシアからの独立を、ソ連崩壊時にようやく果たした。
4、キエフ・ルーシはウクライナのものであってロシアのものではない。

通史という体裁はとっているが、これらが本書の眼目だ。確かに一面の真理は含まれているし、ウクライナのナショナリズムを全否定する気は私には無い。だがそれぞれについて突込み所が満載なのも事実だ。

━「ウクライナはロシアとは全く違う。」について━

ウクライナ語とロシア語の距離は、実は日本語の各種方言の差より小さいと言われる。それなのに「ウクライナ語はロシア語と全然違う」「ウクライナとロシアは全然違う民族だ」と謂うのは、ただ単に特定の政治的恣意に偏った認識に過ぎない。無論、全ての民族という概念が一部にそうした恣意性を盛り込むのは当然なのだが、ウクライナという概念についてのみそうした恣意性に対する疑義を一切差し挟まないのは不公平というものだろう。しかも西ウクライナとコサックを一まとめにしてウクライナ人の祖形とする根拠はどこにあるのか。この辺りはもはやウクライナの特定勢力のプロパガンダのコピーでしかない。

━「ウクライナはロシアから虐げられ続けてきた。」「ウクライナはフメリニツキー以来の悲願であったロシアからの独立を漸く果たした。」について━

ウクライナがロシアから虐げられ続けて来たとは、冗談ではない。ピョートル大帝以来のロマノフ朝で重用されていたのはウクライナ人だった。

例を挙げよう。ピョートル大帝時代は高位聖職者の過半数がウクライナ人だった(127人中70人)。宗教規定を策定したF.プロコポーヴィチもウクライナ人だった。エカテリーナ2世の時代から活躍していた作曲家ボルトニャンスキー、そして19世紀のチャイコフスキーもウクライナ人だった。軍事面ではツァーリに対してコサックが貢献した(なぜか本書ではそうした面は一切触れられていない)。

ロマノフ朝という西欧化を志向するロシア帝国において、西欧との接点にあって西欧化された素養を持つウクライナ人は非常に王朝にとって重宝する存在であり、王朝の下にあった官僚・芸術家の中にはウクライナ人が大勢居た。

つまりウクライナ人にとってロマノフ朝はありがたい揺籃(ゆりかご)であったという面もあったのだ。ちなみに同じく征服されたノヴゴロドやプスコフといった旧北方都市国家は同じような恩恵を受けてはいない。

ロシア人の中には「ロマノフ朝に取り入ったウクライナ人によってロシア正教会は西欧化され、本来の伝統を失った」と息巻く人間も居るほどなのだ。

一方、本書ではポーランドからの侵略には異様に甘いのだが、リトアニア・ポーランド王国ではウクライナ人は冷遇され、教会も東方典礼カトリック教会といった形態をとってローマカトリックに編入されていった。果たしてロマノフ・ロシアと、ヤゲヴォ・ポーランドのいずれがウクライナ人にとって文化を損なう存在だったのか?そういう視点は不思議にも一切本書には表れない。

ウクライナ人がどのようなナショナリズムを持とうと構わない。しかしながら日本人がそれに合わせて視点まで一面的にする必要は無い。被害者史観を喧伝して正義の立場を獲得しようとする姿勢にはどの国のものであろうと好感の対象とはならないし、日本人、しかも元外交官がその代弁をただ垂れ流しているとすれば、尚更疑問の対象となる。

━「キエフ・ルーシはウクライナのものであってロシアのものではない。」について━

キエフ・ルーシは北東ルーシ(現在のロシア西部)まで支配権を及ぼしていた。もしキエフ・ルーシの後継者たる地位がウクライナのみに受け継がれていると主張するならば、ウクライナはロシアに対する領土的野心も丸出しにしているとも受け取られかねないのだが、そう解釈されても良いのだろうか。

━外交官としての著者の姿勢に対する疑義━
著者である黒川祐次は元駐ウクライナ大使であり、平成16年のウクライナ大統領選挙における決選投票のやり直しにおいては日本政府から選挙監視団の一人として派遣された人物だが、こうしたウクライナにおける反ロシア・嫌露的・親欧的なプロパガンダを鵜呑みにした人物が、我が国の対ウクライナ外交を担っていたのだと思うと、疑問を感じざるを得ない。

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