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太平記 鎮魂と救済の史書 みんなのレビュー

  • 松尾剛次 (著)
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紙の本

太平記 鎮魂と救済の史書

紙の本太平記 鎮魂と救済の史書

2001/10/26 12:21

通説批判の面白さと難しさ

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投稿者:小田中直樹 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 南北朝の動乱っていわれても、日本史に詳しくないので、この時代を論じるのは戦前はタブーだったとか、滅びゆく楠木正成や後醍醐天皇は人気があるけど勝ち残った足利尊氏はいまいち人気がないとか、エピソード的なことしか知らない。この本を読んで、『太平記』が南北朝の動乱を語り尽くした史書だったことを知った(たぶん高校の日本史で勉強したはずだから、「知った」じゃなくて「思い出した」のほうが正しい)という情けなさ。日本史を知らない日本国民も「あり」だとは思うけど、自分がそうだと格好悪いものだ。
 さて、これまでの通説によると、『太平記』は滅びゆく南朝の正統性を後世に伝えるために書かれた。全三部からなり、第一部は儒教的道義論、第二部は仏教的因果応報論、第三部は儒教も仏教も廃れた非条理な世界観に各々立脚する。著者は南朝方の人物、おそらく小島法師と推定される。これに対して、この本で、著者の松尾さんは、『太平記』の性格と構造と作者の三点について、通説を再検討する。そして、次のような課題を設定して、この作業をおこなう。性格については、全三部を通じて、モチーフは一貫してるか。本質的な主人公は誰か。主要な登場人物はどのように描かれるか。彼らの描かれ方は、実態と、どのように異なってるか。構造については、各部について、道義論と因果応報論の各々にもとづく記述はどのような比率か。第三部が非条理な世界を描くという通説の根拠は何か。それは正しいか。作者については、新しい資料『難太平記』を利用すると、作者像は変化するか。内容を読み直すと、どのような作者像が浮かび上がるか。
 この本のメリットは次の二つだ。第一、上に書いた三点について、通説と異なる見解を打ち出したこと。松尾さんによれば、『太平記』は「室町幕府(北朝方)の正史に準じる歴史書であり、南北朝動乱で死んだ人々への鎮魂の書」(はじめに)であり、全三部は道義論と因果応報論が補完的に並存する観点から書かれてる。また新しい資料などを見ると、法勝寺を拠点とし、南北朝から中立的な律僧集団が『太平記』を書き継いだと推測できる。この本は通説に対するトータルな批判になってるのだ。
 第二、「怨霊の物語」ってキーワードを用いて、自分の見解に筋を通したこと。つまり、『太平記』は怨霊になった南朝方の人々を鎮魂し、その上で北朝が他の人々が自分の行動に納得するための物語(神話)として機能した。通説が第三部を「非条理な世界観」に立脚してるって判断するのは怨霊が活躍するからだけど、中世の仏教は怨霊鎮撫の宗教だったから、第三部だって仏教的な因果応報論にもとづいてるって考えられる。そして、怨霊を鎮撫するために、『太平記』の作成は中立的な人々に委ねられたわけだ。
 それじゃ通説に対するこの本の批判は説得的だろうか。そう考えだすと、いくつか疑問が出てくる。性格については、『太平記』の著者が怨霊の存在を信じ、鎮魂が必要だって考えてたことはわかったけど、だからといって『太平記』自体が「鎮魂の書」だってことにはならない。『太平記』が「平和になってめでたい」で終わり、室町幕府の検閲を受けたことはわかったけど、だからといって「室町幕府の成立を正当化し、それに結集した武士たちが自己あるいは先祖の存在を納得するための神話という機能をも果たしていた」(一五七ページ)ってことにはならない。構造については、仏教と怨霊鎮撫の関係を指摘したのは大切だと思うけど、そもそも道義論と因果応報論の関係って議論が『太平記』の構造を理解するうえでなぜ重要なのか、僕にはわからない。つまり「怨霊の物語」だってことはわかったけど「鎮魂の書」なのか否かはわからなかったので、通説に対する批判としては「もう一歩」って感じがする。[小田中直樹]

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