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「戦争体験」の戦後史 世代・教養・イデオロギー みんなのレビュー

  • 福間良明 (著)
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紙の本

「戦争体験」の戦後史 世代・教養・イデオロギー

左翼学生、日本共産党、全学連、全共闘が、いかに戦後の日本を毒したかというお話

14人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

戦争体験を如何に語り継ぐかで戦後主導権を握ったのは左翼陣営だった。左翼陣営は共産主義革命の到来は歴史の必然であり自明であって、「現政権を打倒し革命を成就するためには全て(殺人、テロを含む)が許される」というとの強い信念のもと「戦争体験を政治の手段、政治の道具として利用しつくそう」とする。ところが戦争体験の政治利用に反発を覚える人たちもいて、戦争体験は政治的に利用しないと意味が無いと思う左翼の間で大きな論争が繰り返される。

左翼は戦争体験の改ざんを公然とすすめた。「きけわだつみのこえ」に収録されたのは戦争を呪い、戦争で死ぬことの無意味さを嘆く左翼の政治目的に沿った声ばかりだが、当然ながら、出陣学徒兵たちが残した遺書はこうした趣旨のものばかりではなかった。「自分のため家族のため国のため民族のために進んで死んでいきます」という絵に描いたような忠君愛国の遺書も多数あったわけだが、こうした「左翼の政治目的に不都合な真実」は全部カットされ掲載されなかった。それでも日本の軍国主義を徹底非難することは、当初軍国日本の解体を最優先しようとしていたGHQの占領目的に沿ってもいたからGHQの庇護の下、左翼は大手を振って歴史の改ざんを推し進めることになる。今から思うと、これがそもそもの「戦後日本の不幸」の始まりだったように思える。

こうした「戦争体験の政治利用」に対しオールドリベラリスト(田中耕太郎、和辻哲郎、竹山道雄など)や安田武、渡辺清ら少なからぬ人々が違和感を覚え、異議を唱えた。オールドリベラリストと目された人たちは高い教養と常識を身につけた知の巨人たちであり、知識が浅く視野が狭い当時の若者たちのようには短兵急な共産主義革命の情熱に絡め取られなかった。そして革命にはやる若者たちに対し「学生の本分は教養を磨くことだ」と諭したのである。ところが、傲慢にも当時の若者たちは、こうした知の巨人たちの讒言をものともせず、むしろ「黙れ、ジジイ」と罵声を浴びせたのである。この罵声を煽ったのが共産主義者吉野源三郎率いる岩波書店の雑誌「世界」であり、そこに集った共産主義シンパの丸山真男、都留重人、羽仁五郎、加藤周一ら所謂進歩派知識人たちであった。当初、オールドリベラリストも盛んに「世界」に寄稿していたが、やがてアカの吉野によってオールドリベラリストら「古い教養人」は「世界」から追放され、雑誌「心」に流れていく。今となっては後講釈の香りも多分にするゆえ恐縮だが、「共産主義革命は自明」という思い込みは完全に間違っており、共産主義に殉じた国々はいずれも経済が窮乏して貧困化が進み恐怖政治に陥って最後は崩壊したことは良く知られている。自分とは意見を異なる考え方をする人々にひたすら「保守反動」というレッテルを貼って、その意見を封殺し、人格を全否定し、罵倒しつくし罵詈讒謗を浴びせた連中は、私の目から見ると、まさに竹山道雄・田中耕太郎らが指摘するように戦前の右翼、ファシスト、青年将校と瓜二つである。またその20年後に、今度は時代の寵児だった丸山真男がキャンパス内で左翼学生に拉致され罵声を浴びせられるのだから歴史は皮肉である。

不幸なのは、このとき「教養」までが政治闘争の巻き添えを食って、やがて「没落」の運命をたどり始めることである。「黙れ、ジジイ」と当時の左翼学生らはオールドリベラリストらを嘲った。「革命に資すことの無い教養など無意味だ」というメッセージが学生から教授に向かって投げつけられたのである。更には、戦前に存在した物凄い格差社会が戦後崩壊を始めたことも、これに微妙な影響を及ぼす。そもそも戦前の高等教育は金持ちの資産階級に独占されており、帝国大学の教授というのは今の基準からすると高額所得の社会的成功者であった。彼らが身につけた「教養」とは「階級」の副産物のような意味もあり、「上層階級が上層階級足りえる存在証明」「支配階級の被支配階級に対する差別装置」という意味合いもあった。左翼の目からすると、こうした支配階級は人民の敵であり打倒されるべき階級であった。後に「わだつみ会」で主導権を握る柳田謙十郎のような貧乏人上がりの「場違いな部外者」的帝大教授は、こうした左翼学生の増長にオールドリベラリストに対する積年の恨みを晴らすチャンスを見出し、これに便乗する。これに戦後の「大学大衆化」「大学生人口の急増」が拍車を掛ける。戦前、帝国大学の学生や東京商科大学の学生は文字通りのエリート中のエリートだった。しかし戦後の大学生人口急増の中で、彼らは次第に単なるサラリーマン予備軍となっていく。サラリーマンに求められる第一の資質は協調性であり周囲と和すことであるから、周囲との差別化装置であるところの教養は、次第に邪魔なものとなったのだ。ただサラリーマン予備軍といっても大部分の有名大学卒は広い意味では引き続きエリートなのだから、彼らが「教養」から離脱し始めたことは如何にも惜しい気もする。

こうした中で光るのが、戦争体験の政治利用を頑なに拒否し、事実をありのままに伝えることにこだわり続けた安田武の存在である。日本は今も昔もKY(空気読め)国家で、状況に流されるのを良しとし頑固者を忌避する社会だが、今から思うとこういう頑固者こそが本当の意味での知性の持ち主なのではないかと私には思える。私たち日本人はなぜ滅亡の戦争へ嬉々として参加したのだろうか。それは戦前の日本が北朝鮮のような軍国主義教育で、教養が欠如し、判断力がなかったからなのだろうか。あるいは判断力はあっても、それを行動に移す勇気の無い「新しき星菫派(加藤周一)」ばかりだったからなのだろうか。そうではないのではないかと私は考える。戦前は今と違って白人絶対優位の恐ろしいまでの差別社会だった。世界には欧州諸国と米国以外で独立国と呼べる存在はほとんどなく、アジア、アフリカの大半は彼らの支配下にあった。世界は白人どもによって支配され、分割され、そこで暮らす「有色人種」の大半は、事実上白人たちの奴隷だった。その中で、ほとんど唯一の例外が我が日本だったのである。19世紀末、白人たちの間で流行ったのが社会的ダーウィニズム(適者生存)という考え方で、やがて人類は「神の最後の審判」を仰ぐ最終戦争に突入するという多くの白人が思い込むようになって、それが具体化したのが第一次世界大戦であった。幸い日本はこの第一次大戦で大きな被害を受けることはなかったが、白人優位の世界構造は変わらず、ヴェルサイユ講和会議で日本が提出した「人種平等案」もあっけなく否決される中で、やがてこの「適者生存」の考え方が日本にも強い影響を及ぼすようになる。「このままでは日本が駄目になる」「やがて白人どもの奴隷に成り下がるかも知れない」。こうした恐怖心に日本人の多くが脅えるようになって、そうなってはならじと日本も植民地獲得競争に乗り出していくのである。本書では、こうした「戦前の日本を覆った社会的雰囲気」についての記述はまるでないが、このあたりにも触れないと片手落ちだし、こうした視点からの考察を加えることで「そもそもなぜ日本人は戦争に踏み切ったのか」を理解する手がかりが増えると私は信じるのである。

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