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紙の本

私たちはこうして「原発大国」を選んだ

原子力日光の陽だまりの中で微睡みながら

16人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:栗山光司 - この投稿者のレビュー一覧を見る

僕たちは恐らく「原発大国」というメニューを選んだのであろう。
ヒロシマ、ナガサキという被爆国でありながら、何故、「原発大国」を国策として採用したのか。
戦後の焼け野原からの復興が最優先で「経済大国へ」の国民的コンセンサスが疑念なく信じられた。
日米安保という核の傘の下であろうとも「豊かになれば」いいのだと、ナイーブにお金稼ぎに邁進した。
所得倍増を唱えた池田勇人がド・ゴールフランス大統領に「トランジスターラジオのセールスマン」と揶揄されようと、経済重視は国民こぞっての路線であった。
そして、とうとう変動為替相場に移行。本家のアメリカさを脅かす経済成長を遂げた。
日米安保≒国体という骨格が戦後天皇制に支えられて1940年体制が切れ目なく駆動していたとも言える。
焼け野原、原爆被爆、1945年8月15日戦後以降、果たしてこの国は変わったのか、
今年、3月11日以前と以降と世界は変わったのか、変りつつあるのか。
アメリカ国債を90兆円も保有していても換金できないし、未曽有の経済状況でありながら、円高は止まらない不思議はなんとも納得出来かねる。
そんな検証を歴史的にしたくなる冷静さを日夜福島原発、東北震災報道を視聴しながら持ちたいと思い、手に取ったのが武田徹の『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』のです。
本書は僕自身もbk1に書評投稿している。『「核論」―鉄腕アトムと原発事故のあいだ』に加筆・修正をした上で改題して刊行されたもので、クロニクルに書けば、2002年11月、勁草書房より単行本として刊行、2006年2月、中公文庫として刊行され、今回、新書として増補されたというわけです。
武田徹はいわば「スイシン派」、「ハンタイ派」のどちらにも組しない立ち位置と言って良い。だけど、「安全・安心」についての拘りはジャーナリストとして持続しており、『偽満州国論』(河出書房新社 1995年)、『「隔離という病い』(講談社メチエ)を含めた三部作として「共同体」をキーワードとして通底している。
「満州国」、「ハンセン病療養所」そして、3・11以降のフクシマ、東北の復興は……。
あとがきで彼はとてもシビアなことを言っている。彼の言説に違和を感じる人が大半かもしれない。でも、受け入れがたいと目を閉じ、耳を塞ぐことがあってはならないと思う。事件、事故は起きたのです。歴史は「なかったこと」には出来ない。
>>
 確かに四十五年七月一六日にニューメキシコ、トリニティサイトで実施された最初の核実験以後、世界は「原子力的日光」に照らされることになったのだ。核エネルギーは解放された。それは清水幾太郎が述べていたように人類が「自殺装置」を手に入れたということだ。自殺装置は核兵器だけを意味しない。原子力発電も、人類を破滅させるに足る量の核分裂生成物を内部に貯め込んでいる。反核運動家が願うように原発を停止したとしても核分裂生成物は残り、その絶対安全な処理法は確立されていない。つまり、ひとたび核エネルギーを原子核内に閉じこめていた封印が剥がれてしまえば、地球規模の破壊は故意でなくても可能となる。核エネルギー利用が、そのようなスケールの技術であることはまずリアルに認識すべきだろう。
 そして――、先にハンセン病療養所では終末論が世俗化されていると書いた。それに倣って言えば、核の封印が切られたことは終末論的思考の脱(国家、民族……)共同体、つまりは普遍化をもたらしたのだ。核エネルギーの解放後、世界の終りは人間の力で迎えられるようになった。その「終り」は地球市民いずれにも「公平に」訪れる。原子力的日光に照らされている世界とは、日常の中に「終り」の可能性が偏在している世界でもあるのだ。
 そうした事実を前提とする時、私たちはハンセン病療養所の元患者たちと同じく終末論的思考を日常に及ぼすことが出来るはずなのだ。(もちろん、ここでも都市的な共同体を作れるようになったのだから、核エネルギー利用の封印を切ったことはむしろ良かったのだという短絡的な議論をするつもりはない。それはあくまでも一つの歴史の帰結である。)
 しかし、そうした気運はどこにも見当たらない。価値観の相違は増幅され、むしろ冷戦後に多くの地域紛争を導いている。そんな国際情勢に加え、人々の思考法にも問題を感じる。核時代に至って、なお人類に未来は永遠に続くべきだと根拠もなく前提にする思考が育まれるのはなぜなのだろう。たとえば核の廃絶を求める市民活動家は「自分たちの子供達に核のない未来を」をというようなスローガンを疑いもなく使う。だが未来を破滅させられる技術を既に実現した社会において、未来が今後も変わらずにあるということはもはや自明ではない。未来が存在するに値すれば、それを求めることも正当化されるが、存在するに値しない未来であれば、人類はそれを放棄することも可能なのだから。核時代に、自分たちの今の社会の延長上に導かれるだろう未来は、本当に存在するに値するものか、人類は未来にも生き続けるに値するか、ラディカルに問われるべきなのだ。

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紙の本

私たちはこうして「原発大国」を選んだ

「原発大国」日本

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投稿者:ゴジラ - この投稿者のレビュー一覧を見る

この本は日本が「原発大国」となる経緯を述べているものです。
福島第一原発事故以降、原発の推進派と反対派の議論が活発化しているように思えますが、すでにいわれているでしょうがこの本はその推進派と反対派両方に読んでいただきたいです。

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