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ニュース一人旅 みんなのレビュー

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紙の本

ニュース一人旅

ニュース一人旅

2009/05/02 19:26

『諸君!』巻頭の「紳士と淑女」が覆面を脱ぐ。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:和田浦海岸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

失礼。
最終号の『諸君!』を取り上げさせていただきます。
2009年6月号「諸君!」は、最終号特別企画。となっております。
表紙の上には「日本を元気にするオピニオン雑誌」とある。
もうそろそろ、自分で元気になれよ。まわりを元気にしてみなさい。そんな感じでの最終号。

私に興味深かったのは、「『諸君!』と私」と「輝ける論壇の巨星たち」と
二つの特集でした。さて、今回それをどう拾い上げればよいか。

石井英夫氏は「山本夏彦」のテーマで、3ページほど書いておりました。
そこに「 『諸君!』の読者は、巻頭の『紳士と淑女』で溜飲を下げ、巻末の『笑わぬでもなし』でうっぷんを晴らすのを常としていた。いうならば『諸君!』は【尾カシラつき】を売り物にする雑誌だった。この6月号は最終号だから、たぶん『紳士と淑女』の執筆子も覆面を脱ぐ、と勝手に想像している。 」(p265)とあります。
渡邉恒雄氏は、こうはじめておりました。
「毎号『諸君』を手にして、とびつくように読んでいたのは、巻頭の匿名時評『紳士と淑女』だ。巧みなユーモアと、批評の切れ味の良さは、時には抱腹し、時には感嘆し、読後満足感にひたらせる。誰が執筆者か知らぬが、休刊によって『紳士と淑女』の読後の快感を味わうことが出来なくなるのは本当に残念だ。」(p158~159)

その最終号の「紳士と淑女」は、最後に「読者へ」とあり、近況を語りながらこうあるのでした。「なお、三十年にわたって、ご愛読いただいた『紳士と淑女』の執筆は、徳岡孝夫というものであった。」

うん、最終号の雑誌で、徳岡孝夫氏の名前を明かされたわけです。さっそく、雑誌の次に、この本『ニュース一人旅』を読むことにします。といっても、今日雑誌を読んだばかりなので、単行本「ニュース一人旅」は、まだ手元にない(笑)。ということで、ここでは、せっかくなので、最終号「諸君!」の続きを語ります。どうか、お付き合いをお願いいたします。

最終号というので、私に思い浮かぶのは、
山本伊吾著「夏彦の影法師」(新潮社)にある言葉でした。
単行本のp126に、平成13年7月2日(フォーカス廃刊)
「二十年続いた『フォーカス』が休刊になってしまった。私は、最後の編集長として、残務整理をするかたわら、『フォーカス』の二十年をまとめた単行本を創る作業にかかっていた。その本のPRのためにテレビに出演したのだが、それを見た父は、『編集長ってのはね、雑誌の創刊と廃刊に立ち合うのが一番勉強になる。その時に出会ったらよく見とくことだよ』
もちろん、私にいったのではない。私と父の関係は、相変わらずロクに口も利かぬまんまであった。」(p126)

さて、諸君!の最終号で、私が印象深く読んだのは特集「『諸君!』と私」でした。そこには各界32人が語っているのですが、そこでの、編集人への言及をつなぎ合わせるという読み方をすると、独特の味わいがあります。

たとえば曽野綾子さんは、
「大江健三郎氏が『沖縄ノート』の中でこの守備隊長を『あまりにも巨きい罪の巨塊』とかいていることだった。私は『罪の巨塊』と、神からではなく、人間から断じられるような人を現世でまだ見たことがなかったから、そういう人には会っておきたいと好奇心から思ったのである。それから始めた調査の結果を、私は『ある神話の背景』という題で、『諸君』の1971年10月号から1年間連載させてもらった。『諸君』編集部に対する言論界の風当たりは強かっただろう。沖縄の言うことはすべて正しく、それに対していささかの反論でも試みる者は徹底して叩くというのが沖縄のマスコミの姿勢だったが、その私を終始庇ってくれたのが、田中健五編集長と、私の担当だった村田耕二氏だった。或る日、一度だけ私は遠回しに村田氏に、『多分ご迷惑をおかけしているんですね』と言ったことがある。すると村田氏は『社の前に赤旗の波が立ってもかまいませんよ』と言う意味のことを言った。反対する人たちがいたらどうぞご自由に、という感じだった。田中編集長と村田氏は時の潮流に流されなかったほとんど唯二人の気骨ある編集者だった。・・・」(p166)

屋山太郎(ややまたろう)氏は、
「注文はペラ(二百字)60枚だったが、書き終ったらなんと120枚になっていた。村田さんは一読して『これ全部行きましょう』という。この人の見出しの付け方は名人芸でこれには心服した。その年の年賀状に『屋山さんは怒ってさえいればいいのです』とあったのには笑ったが、これは尊い私の人生の指針となった。その年の正月、家にいたら村田さんから電話があり『いま社長の池島信平さんが諸君!の編集部に降りてきて、屋山さんの原稿を指して【このライターを大切にしろよ】といいましたよ』という。」
屋山氏は文の最後をこうしめておりました。
「今は編集者とライターは顔も見ずに付き合っているが、それでは互いに触発されるものがないではないか。」(p168~169)

ちょっと、これを丁寧に拾ってゆくと全篇読んでもらいたくなるので、
もうちょっと引用して、きりあげましょう。
福田和也氏
「二十代最後の歳、当時の編集長白川浩司氏が、はじめて私に原稿を依頼してくださった。一挙掲載百枚・・・・若い書き手に場所を与えるとともに、厳しくしごく道場だったと思う。白川さんには、何度怒鳴られたか分からないが、それはかけがえのない『親切』だったと思う。親でもない人から、こんな恩恵を受けることが出来た場所が『諸君!』だった。」(p193)

最後にもう一人だけ
櫻田淳氏
「言論家と編集者の緊張関係と協働から生み出される言論は、その『質』において、明らかにネット言論に凌駕されることはない。編集者が世の要請の何たるかを示し、言論家が世の要請に応えた原稿を用意する手順には、言論の『質』を保つ意味が確かにある。・・・」(p194)


これでもって、最終号「諸君!」を切り上げて、
おもむろに、「ニュース一人旅」の本の到着を待つことにいたします。ほんの、待ち時間におつきあいしていただき、どうもありがとうございました。

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