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山水思想 もうひとつの日本
  • みんなの評価 5つ星のうち 3 4件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2003.6
  • 出版社: 五月書房
  • サイズ:22cm/452p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-7727-0380-2
  • 国内送料無料

紙の本

山水思想 もうひとつの日本

著者 松岡 正剛 (著)

雪舟・等伯が発見した「日本」とは何だったのか? 中国山水から近代日本画まで、水墨山水画の流れにのせて、日本の来し方行く末にある方法を導く画期的な試み。【「TRC MARC...

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山水思想 もうひとつの日本

5,076(税込)

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商品説明

雪舟・等伯が発見した「日本」とは何だったのか? 中国山水から近代日本画まで、水墨山水画の流れにのせて、日本の来し方行く末にある方法を導く画期的な試み。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

松岡 正剛

略歴
〈松岡正剛〉編集工学研究所所長。帝塚山学院大学教授。ISIS編集学校校長。情報技術と情報文化をつなぐ編集工学を確立。異色の日本文化研究者。著書に「自然学曼陀羅」「知の編集工学」など。

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みんなのレビュー4件

みんなの評価3.0

評価内訳

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紙の本

内容紹介

2003/04/20 06:07

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:bk1 - この投稿者のレビュー一覧を見る

【本書あとがきより】

私は、ずっと方法に関心をもってきた。
主題ではなくて、方法だ。
事態や趣向を実際に動かしたもの、それが方法である。主題はなにも動かさない。世界平和・環境保全・経済成長といった主題はだれも反対しないかわりに、なにも動かさない。むしろ、方法が主題を包摂し、包摂された主題が方法によってその内側に頑に閉じていた内実をひらく。したがって、方法はいつも何かを連れてくる。方法にはいつも「連れ」がいる。
私はこの「連れ」に注目し、本書ではたとえば横山操の、たとえば狩野元信の、たとえば等伯の、たとえば鉄斎の方法が何を引きこみ、何を連れてきたかを考えてきた。そこにどのような「連れ立ち」が生まれていったかを凝視してきた。
私はこういう方法こそが思想であり、方法こそが芸術であり、方法こそが音楽だとおもっている。
[つづきはこちら]

『山水思想』刊行記念 松岡正剛フェア開催中

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紙の本

日本的なるものの「方法」とは

2003/06/06 15:21

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:藤井正史 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「日本の水墨画を完成させないで死ぬのは無念だ。ぼくはもう一度、雪舟から等伯への道程をたどってみたかった」日本画家・横山操の遺言である。

 画聖と呼ばれる雪舟、日本人に最も好まれるという「松林図屏風」を残し、雪舟五代を名乗った長谷川等伯。二人の間には100年の歴史がある。何故ここに日本画の将来を見出すヒントがあるのか。その疑問を解くため、著者は水墨山水の原点へと遡る。中国水墨画の歴史、それを取り巻く山水思想、道教、仏教などの思想的背景をたどり、技法の発展に言及する。

 思索の旅は縦横無尽に時代と分野を超えていくが、テーマはあくまでも日本である。著者は禅画として日本に入った水墨画が、法華信仰の者たちの手へと移る?過程に注目した。雪舟は臨済宗の僧であり、狩野派と等伯は法華宗徒なのである。

 取り上げられた画家たち一人一人が、それぞれの思うところのため力強く動いていて魅力的である。雪舟は東山山荘(銀閣)の障壁画の依頼を受けるが辞退し、狩野派の祖である正信を推薦し、日本中を旅する。等伯は一大勢力となった狩野派の永徳に追随してもがき続けるが、ついにその呪縛を脱し「大いなる余白」を生かした境地を手にする。「三玄院襖絵」を描くシーンは息をのむように感動的である。

 さて、日本画とは何か。日本的なるものを求める論考は、日本文化全般において、海外文化を輸入し、我がものとしていく「方法」を追求することになる。著者はきちんとその結論を用意している。

 贅沢をいうなら、山水河原者について、特に時衆との関連についてはもう少し読みたかった。仏教に関する記述はかなり強引であり、首肯しかねるところも散見する。しかし、昨年の雪舟没後500年に際し、その宗教的背景をあえて無視して評しようとする意見が多かったことを思うに、美術から思想に挑んだ著者の姿勢は極めて真摯なものである。(藤井正史/文筆家・僧侶 2003.06.04)

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紙の本

日本的なるもの観念と感覚と方法

2003/09/28 20:34

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 二○○○年、NHKの視聴者アンケートによる日本の美術作品一○○選の特集で、俵屋宗達や葛飾北斎を尻目に第一位に輝いたのは長谷川等伯の『松林図屏風』だった。著者が「透明な奔放」あるいは「水水しい」と形容するその画風は、中国の水墨山水画に例を見ない日本独自の方法、すなわち「余白」と「湿潤」を特徴とする「山水思想」の奇跡的な出現を告げるものであった。

 本書はこの等伯による日本画の「発見」を中心に据え、水墨画の導入・模倣から和様山水の出現へと到る「中国離れ」の前史と、江戸中期の俳諧や文人画や俳画における「遊芸」を例外として、その「方法の魂」とも言うべきもの(負の介在)が見失われていった後史とを、著者の個人史を織り込みながら丹念に、また東アジアとヨーロッパの動向を交錯させながら大胆に叙述した作品である。

 「和の山水」のうちに結晶した日本的なるものの観念と感覚と方法を余すところなく摘出し、たんに美術史上のことを超えて、西洋文化の意匠をまとった近代日本の「鍵と鍵穴の関係」にまで説き及ぶ。編集史観ともいうべき著者の方法=思想は、いよいよ深遠の域に達しつつある。

《まず中国的な山水がある。これは当時の日本から見れば、「真の山水」のモデルともいうべきものである。それが日本に移行されるにしたがってサイズを変え、画境と心境の合致に進むにあたっては激しい消去と限界の精神をともなった。道元の思想の特色はそこにある。
 そこには実在の山水よりも「思えば山水」ともいうべき発想への転換がおこっている。枯山水とは「仮山水」でもあったのだ。
 つまりは、どこかで「負の介在」がおこったとおもうべきなのである。
 枯山水は、あたかも山水の実在を否定するかのような“無化”をおこしているかに見える。けれども、そうではなかったのだ。“無化”をおこしていそうなのだが、それとともに、その石ばかりの石組に日本人は峨々たる遠山と滔々たる水流を見た。それを見る心の中には水しぶきがあがっていた。“無化”ではなかったのだ。
 ここには、どうも無から有への、あるいは半有への転位のようなものがある。いや、思索と作為の途中にのみ「半ばの無」がかかわったようなのだ。したがってこのような事情については、私はこれを「無」と言わないで、「負」とよぶべきだと考えている。つまりは私があらかじめつかった用語でいえば、ここには「負の介在」があるということなのである。
 その「負の介在」が、おそらくは中国的山水と日本的山水を決定的に別のものにした“何か”なのではあるまいか。》(371-372頁)

 補遺。中公文庫から出たばかりの『遊学』に「道元」の章がある。そこで著者は『正法眼蔵』の山水経から「而今の山水は古仏の現成なり」云々を引いている。この「而今の山水」のくだりは『山水思想』でもとりあげられていて、同書のほとんどハイライトをなしている。『遊学』の原著は一九八六年刊で、執筆時は三十そこそこ。既にその頃から著者の「山水思想」は芽吹いていたのだ。

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2014/11/15 13:37

投稿元:ブクログ

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