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チャップリン自伝 若き日々 改版(新潮文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.1 27件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2005.4
  • 出版社: 新潮社
  • レーベル: 新潮文庫
  • サイズ:16cm/390p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-218501-1
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

チャップリン自伝 若き日々 改版 (新潮文庫)

著者 チャップリン (著),中野 好夫 (訳)

〔1966年刊の抜粋〕【「TRC MARC」の商品解説】

チャップリン自伝 若き日々 改版 (新潮文庫)

724(税込)

ポイント :6pt

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評価内訳

紙の本

名著というべき自伝のひとつ

2011/08/13 11:45

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:本を読むひと - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書、チャップリン自伝の上巻「若き日々」と下巻「栄光の日々」を読み、それに合わせるようにチャップリンの映画をずっと観ながら、彼こそ〈映画を超えている〉まれな映画人・映画監督であるという感慨をもった。
 たとえば『キッド』についての25分ばかりのドキュメンタリーを観ると、イランの都市、(たぶん)テヘランの街角にチャップリンの大きな似顔絵が描かれていて、その前を通る子供や女性を含む人々に、彼は誰か知っているかという質問が投げかけられる。もちろん誰もが彼を知っていて、なかには物まねをする子供さえいる。他のどんなアメリカの映画監督が、アメリカ嫌いのこの国の普通の人々にそのような親近感を抱かせることができるだろうか。
 この自伝には少年時代の驚くべき彼の貧困生活が描かれている。彼には兄シドニイがいて、14歳になった彼は配達夫として働くが、制服しかないため日曜日に友だちに馬鹿にされる。そのため母親はシドニイのために一張羅を買ってやるが、その服を彼が着ない月曜日から土曜日まで質屋に入れないと生活できない。そんな調子で一年間も毎週、服を質屋に預け続ける。やがて服にほころびができ、いつものように7シリングを借り出すことができず、一家の生活は追いつめられる。
 これはチャップリン家の貧しさを明かす一エピソードに過ぎない。あるいは日本の同時代なら、ちらっと思い出すのは一葉の短篇「大つごもり」だが、そこではシドニイと同じくらいの歳の娘の奉公に毎日曜の休みなどはなく、日本のほうが苛酷だと感じる。だがチャップリンの母親は貧しさと栄養失調のために狂気に陥るほどだった。
 その母親が小間使い役の舞台女優だったこともあって、チャップリンは5歳のときに初舞台を踏み、オーケストラの伴奏で当時よく知られていた歌を歌う。《半分ぐらいまで歌ったころ、小銭の雨が舞台に降った。とたんにわたしは歌をやめて、お金を拾ってからまたつづけます、とあいさつした。よほどおかしかったとみえて、一時にワッと客席がわいた。監督がハンカチを持って現われ、金を拾うのを手伝ってくれた。これは、てっきり監督に巻きあげられるのではないかと思った。するとまたその気持が観客に通じたらしく、笑いはますますたかまった。そして引っこむ監督を心配のあまり、追っかけてゆくと、ついに笑いは最高潮に達した。》
 チャップリンの『偽牧師』という初期の映画を観ると、これによく似た場面がある。牧師に間違えられた脱獄囚の主人公が教会で説教をするのだが、集められる寄付金のゆくえを気にする。チャップリンのギャグはそのように現実に根ざしたところから生まれるがゆえに悲哀感とともに絶妙な説得力をもつ。
 この子供時代、この境遇にして、このチャップリンの映画、という思いを抱く。他のどんな映画監督とも違うとしか言いようがない。〈映画を超えている〉と思うのもそこのところだ。

 だが映画を超えると言いながら、チャップリンが本当に凄いと思うのは、彼の最高の映画が、舞台でも小説でも絶対に不可能な面白さと美しさに満ちているからである。
 あまりにも名高い『街の灯』のラストシーンを舞台でやれると思う人がいたら滑稽である。小説に書いて感動させられると思っているとしたら、とんでもない見当違いだ。チャップリンがガラス越しに花売り娘を見つけて驚くシーンは、舞台で決してできない。チャップリンの背後には車が流れ、人通りがあり、まるで作り物のセットとは思えない。その精緻な臨場感がこの映画のラストシーンに必要だったが、もちろんロケは論外。この自伝には『独裁者』においてヒットラーとムッソリーニが出会う駅のシーンに登場する列車はわざとチャチなものにしたことの説明がある。それとは反対に『街の灯』の「街」には現実味が必要だった。
 このシーンが舞台で不可能なのは、娘を見つめるチャップリンのショットの後に、今度は彼女のほうをとらえるショットが続くからだ。画面には花売り娘(今は花屋のオーナー)が、自分を見つめ続ける浮浪者のことを彼女の祖母とともに笑うところが映される。直後の英語字幕に戸田奈津子が下品な日本語訳をほどこしているのを観てゲッソリしたが、ヴァージニア・チェリルに対するチャップリンの演出は完璧である。
 チャップリンはこの映画のロサンゼルス初日公開の劇場に行き、そこで《最後のシーンではアインシュタイン博士が目を拭っているのを》見るだろう。

 この自伝では、チャップリンが製作したジョゼフ・フォン・スタンバーグの映画『海の女性(かもめ)』についてはふれていない。もちろんそのネガが焼却されたことも。
 だがこの映画に主演した初期チャップリン映画の相手役エドナ・パーヴィアンスについては、共演した女優のなかで誰よりも温かな視線があてられているような気がする。自伝の最後のほうに彼女からの手紙が二通ほど紹介されているが、そのどちらにも、あまり面白くない小噺をエドナは手紙の最後に付している。
 自伝は二通目の手紙のあと、彼女が病気で死んだことにふれている。彼女と共演していた時代は、チャップリンにとって懐かしくも幸せだったのかもしれない。
 チャップリンの映画をまとめて観るための参考の書としては、貴重な、見事にその人生が振り返られた、素晴らしい本である。

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2008/08/27 01:06

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