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社会契約論/ジュネーヴ草稿(光文社古典新訳文庫)

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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2008.9
  • 出版社: 光文社
  • レーベル: 光文社古典新訳文庫
  • サイズ:16cm/575p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-334-75167-8

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社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫)

著者 ルソー (著),中山 元 (訳)

社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫)

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社会契約論/ジュネーヴ草稿

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2010/02/28 16:07

投稿元:ブクログ

東浩紀さんの連載「一般意思2.0」と併読。主権と国家、統治と権力、そして立法と民意。現代のわたしたちが当然のものとして受け取っている社会のありかたにも源流があり、またルソーがこの本を著したときと同様に、ありうべき社会のありさまを構想することが私たちにもできると知ることに、この本をいま読む価値はある。

2016/01/11 18:18

投稿元:ブクログ

教科書でもこの書名は出てくるでしょう。
でも大学等でこれを読み進める機会がない限り
読む機会もまずないでしょう。

非常に難解です。
そう、理想の国家について長々と出てきます。
ちなみにこの2つは同じものですが
微妙に違います。

共通なのはキリスト教のところですね。
これは当時としては強烈なことを
いってしまっているので教会を
確実に敵に回しています。

この本はフランス革命の
きっかけになったそうです。
ある制度にどっぷりつかってしまってましたからね…

2010/07/09 18:14

投稿元:ブクログ

書かれていることは比較的抽象的な国家論であって、当時の情勢を直接記している訳でない。それでも、読んでるだけで当時の市民社会の熱気が伝わってくる。市民階級が力を蓄えて、封建体制が揺らいでいた時代、市民の積極的な社会参画への希望、といったものがよくわかる。「ベルばら」で描かれていたのはこういうことだったのか。きっと、ここでルソーがもっとも重要視している一般意思というのも、そういった市民の主体的な意思を思いっきり取り込んだものなんだろう。

ただ、国家や社会制度の行く末を決める一般意思が、どのようにしたらうまく成立し機能するのか、そこのところは疑問が残る。国家としての一つの意思として国益を優先できる意思が、個人意思からどう生まれるのか。個人意思は個々人の意思を優先しがちであるし、それの単純合計は一般意思ではないことはルソー自身も述べている。だから、一般意思が成立するような体制や仕組みが必要になると思うのだけど、それは簡単にはいかないと思うし、今でも実現していない。2世紀以上もつづく大事な課題ということなんだろう。

2010/10/17 17:34

投稿元:ブクログ

自然状態から社会状態へ移行し、利己心を持ってしまった人間たち。そこから、社会の成員全員の自由と正義が守られる理想政体を作ることは可能なのか? 前著の『人間不平等起源論』を受けて、この『社会契約論』ではその可能性が探られる。前著に引き続く壮大な思考実験だが、国家の規模や風土に応じて望ましい政体の幅を持つなど、現実を見据えた議論でもある。

さて、ここで理想政体を作るための鍵概念となるのが、「全員の、全権譲渡による社会契約」であり、「一般意志」(一個の精神的存在としての政体の意志)に基づいた徹底的な人民主権だ。高校の公民レベルの知識しかない僕には、これまでこの「一般意志」がひどく全体主義的なものに思えて仕方なかったのだが、初めて本書を手にとり、いくつか学んだことがある。

第一に、ルソーがこれによって「一人の成員も犠牲にしない」「正義と幸福が一致する」「存在と幸福を同胞と分かち合うことで、存在も幸福も強まる」社会を目指していたこと。第二に、その「一般意志」が形成されるためには、個人の多様な意見の違いが必要であるとすること。特に後者は意外だった。多様性に基づいてこそ一般意志が生まれるとは! 残念なことにそのプロセスがよくわからないのだが、少なくともルソーが僕のイメージしていたような全体主義者でないことは確実だ。

なるほど、利己心や個人の多様性からスタートして社会全員の自由・幸福・平等を追求するルソーの社会は、確かに美しい理想であるに違いない。しかし、まだ僕には釈然としない点も多い。例えば、一般意志を無謬とするルソーは、自分の個人的意志と一般意志が齟齬を来した場合に、自分の個人的意志が正しいということはありえないとする。

「もしもわたしの個人的な意志が、一般意志よりも優位に立つならば、それはわたしが自分の望んでいなかったことをしたことになる。その場合にはわたしは自由ではなかったのである」(215ページ)

これは、本当にそうなのだろうか? 僕はここには強い抵抗を覚える。この場合の「自由」とは何なのだろうか?これは拘束からの自由ではなく、アイザィア・バーリンの言う「積極的自由」なのかもしれないが、そうだとすると、僕たちが守るべき「自由」はそれなのだろうか? もやもやが残る。

と、まあ、自分の力不足で、まだ「読めた!」という感じにはならない本。しかし、ルソーの理想の美しさへの共感と、にもかかわらず僕の中に残った大きな違和感。これは大事にしていきたい。

2012/04/22 23:18

投稿元:ブクログ

近代国家観の基礎。
ただ、ホッブズ-ロック-ルソーという、
社会契約論の三大古典として並べると、
やはりルソーは、研究者気質の書き方ができない性質の人であることから、
一般意志を始めとして、重要な概念の捉え方に難儀する。

殺人者に対する処刑や、徴兵の記述は、
原理論としてはそうなることも仕方ないと今の立場からは思うが、
本人も気付いて記しているように、著者自身、大変困惑している。

いくつかの注意点を挟みながら、
今と照らし合わせながら読めれば面白く感じるかな、と。
(この中山訳は、読みやすさを考慮してかの意訳が多く、原文や岩波や中公などの別翻訳版と比較して読まれることが望ましい)


不平等起源論→ジュネーブ草稿→社会契約論
この流れの中で読むとルソー本人の意図が良くわかるかも。
社会契約論は、自然状態から社会状態への転換が早足でわかりにくいから。

2011/11/17 09:43

投稿元:ブクログ

契約論の、おそらくは現代もっとも読みなおす必要と価値のある著作。ぜひまた原典で味わってみたい。訳はすらすら読みやすい。ひっかかりがなく読めることで、重大なモチーフがその重みを減じてしまっているのではないのかとも思ったりはするのだが。

2012/07/14 00:00

投稿元:ブクログ

説明不要のルソーの名著「社会契約論」。社会契約論のプレ版ともいうべき「ジュネーブ草稿」も収録。

ジュネーブ草稿にあるように、著作の主題は、統治の原則と市民法の規則について論じている。そこには、当時のルソーが、新たな社会体を創造しようという、意欲が満ちあふれている。

ルソーは、世の中が自然状態から社会状態に移行するための、新たな胎動を「社会契約論」によって創造しようとしたのであろう。
それは、本文中の「自然状態から社会状態社会状態に移行すると、人間のうちにきわめて大きな変化が発生することになる」という一文から察することができる。

では、本書で述べられている本旨は何か。
統治の原則は国民の共通の善を目指すことであり、
市民法の規則は、契約によって結ばれなければならないということである。

統治の原則である、共通の善を導く方法として、ルソーは「一般意思」という概念を提示した。
一般意思とは、国家の構成員の異なった利害のうちに、すべての構成員の利害が一致する共通の要素のことであると、ルソーは説く。
一般意思が存在するからこそ、人間社会は成立するのであり、逆に一般意思が存在しなければ、いかなる社会も成立することができないといったように、人間社会を成立させるための前提条件として提示している。
ルソーは一般意思を「国家の全ての構成員の不変の意思」と綴る。
大事なことは、この一般意思に適切に問いかけることだという。
「一般意思に対象をありのままに眺めさせること、場合によってはあるべき姿で眺めさせることであり、一般意思が探し求めている正しい道を示す事、個別意思の誘惑から守り、みずからの場所と時間をしっかりと認識させ、目の前にあるわかりやすい利益の魅力と、遠く離れて隠れている危険を秤にかけて示すことである」
という一文から、国家の構成員に自立した判断を期待する姿勢が垣間みられる。

しかし、ルソーは人間の理性を、諸手を挙げて信じきっているわけではない。それは、次の一文からも察せられる
「先見の明のない大衆が自分たちの必要なものが何であるかを理解しているのはごく稀な事であり、自分たちがそもそも何を求めているのかも知らない事が多い」
この矛盾について、ルソーは次の言葉で説明する「一般意思は常に正しいのだが、この意思を導く判断がつねに啓蒙されたものとは限らない」
一般意思が正しく機能するためには、啓蒙された国家の構成員というのが前提になるのである。
国家の構成員が正しく啓蒙される道筋として、導き手が必要であるのだと言う。国家の構成員が自らの意思を理性にしたがわせるように強制しなければならならず、啓蒙によって徳を高めて社会体の知性と意思が一致するようすべきであると説く。

国家の構成員を啓蒙するための方法として、法による社会規範にその答えを求めた。
では、一般意思を正しく機能させるための、社会規範となる法の正義は、何を基盤につくるべきか?
ルソーがその答えを求めたのが神である。
「人間に法を与えるのは神々でなければなら���いだろう」という一文にそれが表れており、「全ての正義は神に由来する。神だけがその源泉」とい一文にも正義に関するルソーの思想的背景が伺える。
そして古の建国時代(ユダヤの法とイスラムの法)を例に挙げ「人間の思慮分別に訴えても動かす事ができない人々を神の権威に頼って動かした」と説き、絆を永続的なものとするのは、(神の)叡智だけであると結論づけた。

つまり、導き手である神の意思に沿って立法し、国家の構成員を啓蒙する。それによって社会全体の知性が向上したときこそ、国家の構成員から導きだされた一般意思こそが正しく機能されるということである。

ルソーが議論の余地のない原則として提示する、
「国家というものは、共通の善を目指して設立されたものであり、国家の力をその目的にしたがって導くことができるのは、一般意思だけ」
という、国歌論についても社会全体の知性が向上する土壌があってはじめて可能になることを示唆しているのではないかと考えられる。

さらにルソーは、
「一般意思によって実現される共通の善が受け入れられるためには、国家の構成員にとって相互的なものでなければならない」
と説く。
相互的とは、国家の構成員の法の下の平等を指すと同時に、国家の構成員同士の間で相互的な契約によって成立することを指す。
この国家の構成員同士の相互的な関係を維持するための方法としてルソーが掲げたのが「社会契約」である。

国家の構成員と、それぞれの個人の間で結ばれる相互の契約によって国家を統合し、社会を成立させるという論理こそがこの著作の最も革新てきな部分ではなかろうか。

王制や貴族制の下では、王と個人の結びつきによって権利と義務の保証がなされていたが、社会契約により主権者である人民はみずからと契約を交わすと同時に、国民であるそれぞれの個人とも契約をとり交わすことになる。
この契約によって統一された国家は、人民の共同の自我とその生命と意思を受け取る。国家の構成員としての人民は、主権に参加する市民と法律に従う国民という二つの性質を担う。
ルソーは王制による支配と契約により成立した社会との違いを次の言葉で簡潔に説明している。
「自分に義務を負う事と自分がその一部を構成する全体に対して義務を追うことは大きな違いがある」

国家の構成員が社会契約によって獲得したものは、社会的な自由を約束された自由権と所有しているすべてのものに対する所有権である。
この権利は国民全体によって尊重されると同時に一般意思によって制約を受ける。これこそが、国家の構成員の相互関係によって成立した新秩序である。

ここでは、社会契約によって契約者ごとの特殊な人格の集まりから、社会的で集団的な一つの団体をつくりだすという新たな国家統治の原則をルソーは示している。人民にとって、受動的な意味での「国家」が存在するとともに、自らが能動的な意味での「主権者」となる国家。

ルソーはそれを「主権国家」と名付けた。

主権国家における国家の防衛について、ルソーは国家の構成員の能動的な行動の正当性を以下の言葉で綴る。
「個人は国家に生命を捧げたが��この生命は国家によってつねに保護されている。個人は国家を防衛するためには生命を危険にさらすが、これは国家に与えられたものを国家に返すだけのことではないだろうか」

社会的秩序を重んじるルソーは「主権国家」における、犯罪に対する考え方も、非常に厳しい。
「社会的な権利を侵害する悪人は、すべてその犯罪のために、祖国への反逆者となり、裏切り者となる。法を犯すことによって、祖国の一員であることをやめたのであり、祖国に戦争を仕掛けたのであるから、どちらか一方が滅びるまで続く」という理論展開とともに、死刑に対しても明確な言葉でそれを綴っている。
「罪のあるものを殺す時は、市民を殺すのではなく敵を殺すのである。
罪人を裁判にかけて判決を下すという行為は、罪人が社会契約に違反したことを証明し、もはや国家の一員ではないと宣言することなのだ」

この社会契約における、国家の統合と社会秩序の確立により、ルソーは国家の構成員の道徳的価値と行動における変化に期待を込めて以下の言葉で綴っている。
「それまで人間は本能的な欲動によって行動していたが、これからは正義に基づいて行動することになる。人間の行動にそれまで欠けていた道徳性が与えられる。
人間は欲望ではなく、権利に基づいて行動するようになる。
自分の好みに耳を傾ける前に自分の理性に問わねばならないことを知る。
自然状態において享受していた様々な利益を失うが、その代わりにもっとも大きな利益を手にするようになる」

人間が社会契約によって失った、自然状態のもとで享受していた無制限の自由と権利。これは、その人の力によって左右されるだけのものであり、力による占有か先に占有した者に認められる所有であった。
社会契約によって、一般意思による制限を受けるものの、体力や才能にでは不平等でありうる個人が、取り決めと権利によってすべて平等となる。
また、平等の権利を理論的には国家の構成員相互によって保証され、実質的には国家によって保護されることによる、自力救済を前提としない安定した社会生活を享受できることになるのである。

社会契約論におけるルソーの主張は以上であるが、例外的な事態に陥った時の対処法についてもルソーは解決策を提示している。
「政府が危険に陥った場合は、政府の一人又は二人に政府のすべての力を集中させる。
この場合は法律の権威に手を加えることなく執行の形式を変えるだけにとどめる。危険が極めて深刻であり、祖国を防衛するためには法律という装置が障害物になるためには最高の指導者一人を任命し、その者にすべての法律を沈黙させ、主権をしばらく停止させる。
このような場合にも一般意思が存在すること、そして人民が何より目指すのが国家の滅亡を防ぐことであるのは疑問の余地がない」

ここで重要なのは、ルソーの主張は国家の存続が最優先事項であるということである。一般意思を尊重しつつも、国家の存続が第一で、法及び主権については国家という形の下に存在するべきものということになる。

感想としては、「社会契約論」、国民国家誕生の契機となった歴史的な書であるということが理解できた。
ルソーは王制や貴族制に変わる新しい国家の統治方法を提示するとともに、自論の弱点も知り尽くしていたと思う。
それは人民に対する期待と懐疑が交互に記された文章から察せられる。
この一貫しない人民に対する姿勢が、読者を混乱させるのかもしれないが、ルソーの政治思想をよく表しているともいえる。
分かりやすい例としては、「暫定的独裁」を肯定した文章によく表れていると思う。
それは、社会契約・一般意思といった新しい秩序を構成する様々な理論展開を行いつつも、自論の弱点と葛藤する思想家の背中が垣間みられるようでもある。

このルソーの体現者が、ヒットラーなのではないかと読書中考えたりした。
秩序による国家の統合と一般意思による自由と権利の保障と、社会的集団による国家的興隆。
そして民意を背景に、独裁を手に入れた。

「政府は主権者ではなく、主権者である人民の召使いにすぎない」
「人民が首長に服従する行為は社会契約には含まれない」
以上のルソーの考えを大きく逸脱するものの、独裁までのプロセスは社会契約論との共通性を感じたりはした。

2012/06/26 10:10

投稿元:ブクログ

魂をひっくり返す本の一つ。当時、君主制やキリスト教や、こうした規制価値をここまでひっくり返したルソーの勇気はすごいっす。

2012/02/10 22:43

投稿元:ブクログ

東浩紀さんの『一般意志2.0』を読んだ後、そのベースとなった本書を読んだ。当時は「一般意志」を実現できる情報インフラが整備されていなかったから、「一般意志」とは、あくまでひとつの思考実験に過ぎなかった。だけど、現代はSNSやTWITTERなど市井の人の声を拡散・収集するツールが揃いつつあるので、やる気になれば特殊意志(個人の自分勝手な意志)を吸い上げ全体意思(特殊意志の全部集めたもの)を可視化することはすぐできるし、また社会契約に基づく共同体の意志としての「一般意志」を表出させるのも、(いくつかハードルはありそうだけど)可能性はありそう。民主主義のあり方が根本的に代わるかもしれない今こそ読む価値のある一冊。抽象的な話が多くやや難しいが、翻訳が良いからか読みやすい。

2013/01/06 12:38

投稿元:ブクログ

初めて読みました。いや、なるほど!ということも多く、これからも勉強していきたいと思いましたが、結構コワい感じもしました。一般意志の構築のために、「われわれのすべての人格とすべての力を」差し出さなくてはならない、ことになるんでしょうかね。。

2015/10/15 18:52

投稿元:ブクログ

『社会契約論』と巻末の解説を読んだ。ルソーの言う「一般意志」というのが、昔からどうもうまくイメージできなくてもやもやとしていたのだが、これを読んでやっとわかった。やはり解説本を何冊も読むより原典(訳本ではあるが)にあたる方が早いなと思った。「一般意志」についてルソーはかなり丁寧に繰り返し書いてます。「一般意志」は立法を行うのであり、執行権に関わるものではない、ということ、また、一般意志とは、自分よりも全体を優先するということではなく、それぞれの成員が他人にも納得できるような自分の都合を出し合う中で形成されるものであるということがわかっただけでも収穫でした。

2014/10/19 18:52

投稿元:ブクログ

社会契約論のみ読破。訳がわかりやすく珍しくやや理解できた。
「どうすれば共同の力のすべてをもって、それぞれの成員の人格と財産を守り、保護できる結合の形式をみいだすことができるだろうか。この結合において、各人はすべての人々と結びつきながら、しかも自分にしか服従せず、それ以前と同じように自由であり続けることができなければならない。」という問題の解決策が社会契約論。
具体的には自らと自らの所有する全権利を共同体の全体に譲渡する。(誰にも同じ条件が適用され人びとは他人の条件に無関心になるとあるがどうだろう。)
そして自らがさしだしたものと同様の権利を契約によって受け取る。

全ての人民のとって共通する利害が一般意志は常に正しい。
よってこの一般意志への服従を拒み個人意志を優先する者は抑圧されても仕方が無い(本末転倒?)

現実的には難しいよなー

2014/12/07 20:09

投稿元:ブクログ

主題:人間をあるがままの姿において捉え、考えられるかぎりで最善の法律を定めようとした場合に、市民の世界において、正当で確実な統治の規則というものがありうるのか。

社会構築の唯一の原理としての「合意」
 ルソーはまず、「社会」というものがいかにして成立したのかを考察する。なぜなら、ルソーにとって「社会」とは人間にとって自明ではないからである。古代ギリシア哲学 と異なり、ルソーは人間の「自然状態」を想定する。自然状態こそ、人間にとって「自然な」状態であり、社会を構築するのはある種「特殊」なのである。自然状態では、誰もが独立して生きており、他者と恒常的な関係を結ぶことはない。そこでは、「彼が気にいり、しかも手に入れることができるものなら何でも自分のものにすることのできる無制限の権利(P50)」がある。このように、ルソーにおける自然状態は肯定的に描かれる。ではいかにして「社会」は発生したのであろうか。この問いに対し、ルソーは二つの側面から説明する。一つ目は、なぜ社会を構築する必要が生じたのかという側面。二つ目は、どのような手法によって構築されたのかという側面である。第一の側面では、ルソーは「環境の変化」から説明する。なんらかの偶発的な環境の変化により原始状態を存続することができなくなるのである。「人類は生き方を変えなければ、滅びることになる(P38)」。このようにして「共同」の必要性が生まれた。第二の側面では、まさに「社会契約」から説明する。ルソーによれば、自然に社会が生じることはない。そこには構成員の「合意」もしくは「契約」がなければならないのである。その社会を構築する最も初めにかわされる契約を「社会契約」と呼ぶ。社会契約は、必ず全員一致である必要がある。その契約の内容は、「社会のすべての構成員は、みずからと、みずからのすべての権利を、共同体の全体に譲渡する(P40)」というものである。こうして社会が発生する。社会状態では、社会的自由、所有権、道徳的な自由といった、自然状態には存在していなかった様々なものを獲得できる。

最高原理としての「一般意志」
 社会契約によって社会を設立したことは既述したとおりである。社会契約は市民に平等を確立する。なぜなら、平等な契約でなければ、合意は成立しないからである。社会契約によって、市民は「すべて同じ条件で約束しあい、すべての市民が同じ権利を享受する(P72)」のである。その結果生まれるのが、個人の意思の集合体である共同体の意志、すなわち「一般意志」である。共同体の主権者はこの一般意志であり、市民は一般意志に絶対にした絶対に従わなければならない。一般意志は最高の原理であり、政府も一般意志の召使いに過ぎないのである。だから、「主権者はこの権力を思いのままに制限し、変更し、とりもどすことができる(P120)」のである。

理想の国家に関する考察
 以上のようにして、社会が「社会契約」によって設立されたこと、そのような社会における最高原理が「一般意志」であることが示された。では、本書の主題である理想の国家に関してルソーはどのように考えているのであろうか。大きく二つを提示している。
 一つ目は「素朴な国家」である。前提として、ルソーによれば「一般意志」は常に存在するものである。しかしながら、衰退した国家では、一般意志よりも特殊意志が優先される。特殊意志とは、共通の利害とは異なる自己の利害に関する意思のことである。したがって、特殊意志の影響力が弱く、一般意志が優先される国家こそ、ルソーの理想であるはずだ。そのような国家をルソーは「素朴な国家」と呼ぶ。素朴な国家とは、農民たちが樫の木の下に集まって国事を決め、いつも賢明に振る舞っているような国家である。そこでは、多数の人間が結びついて一体になっていると感じている。このとき、「共同体を維持し、市民全体の幸福を高めようとするただ一つの意志しかない(P206)」のである。
 二つ目は、ローマである。ルソーはローマを「地上でもっとも自由で、もっとも強力だったローマの国民(P223)」と評している。そして、ローマの統治の方法を探究するのである。ローマの統治における重要な制度は「民会」である。そこには三つの条件があった。①民会を招集した団体または行政官が、招集に必要な権限を持っていること。②集会が法律で認められた日に開催されること。③占いで吉とでることである。他に、選挙の方法や、監察制度、宗教に関してもローマの制度を探究していくのである。
 以上のようにして、ルソーは一般意志が主権者であり続ける理想の国家像として二つを提示したのである。

2013/12/13 13:56

投稿元:ブクログ

「エミール」「告白」「新エロイーズ」など様々な著作のあるルソーの著書。

難しい。

これは購入してじっくり読み込む部類の古書です。