サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

送料無料 日付更新(2017年7月)

【HB】人生を変えるきっかけの5冊(~8/21)

電子書籍化お知らせメール

商品が電子書籍化すると、メールでお知らせする機能です。
「メールを登録する」ボタンを押して登録完了です。
キャンセルをご希望の場合は、同じ場所から「メール登録を解除する」を押してください。

電子書籍化したら知らせてほしい

世紀の発見
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 7件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2009.6
  • 出版社: 河出書房新社
  • サイズ:20cm/142p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-309-01915-4
  • 国内送料無料

紙の本

世紀の発見

著者 磯崎 憲一郎 (著)

幼少の頃に見た、対岸を走る「黒くて巨大な機関車」「マグロのような大きさの鯉」、そしてある日を境に消えてしまった友人A−。小説に内在する無限の可能性を示す表題作ほか全2編を...

もっと見る

世紀の発見

1,512(税込)

ポイント :14pt

現在お取り扱いができません

電子書籍化お知らせメール

電子書籍化お知らせメールサンプル

電子書籍化お知らせメールヘルプ

メールを登録する

新刊お知らせメール登録

この著者の新着情報

一覧を見る

あわせて読みたい本

この商品に興味のある人は、こんな商品にも興味があります。

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

このセットに含まれる商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

商品説明

幼少の頃に見た、対岸を走る「黒くて巨大な機関車」「マグロのような大きさの鯉」、そしてある日を境に消えてしまった友人A−。小説に内在する無限の可能性を示す表題作ほか全2編を収録。『文藝』『群像』掲載を単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

世紀の発見 5−111
絵画 113−142

著者紹介

磯崎 憲一郎

略歴
〈磯崎憲一郎〉1965年千葉県生まれ。早稲田大学商学部卒業。会社員。2007年「肝心の子供」で文藝賞を受賞。著書に「肝心の子供」「眼と太陽」がある。

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

みんなのレビュー7件

みんなの評価4.2

評価内訳

  • 星 5 (3件)
  • 星 4 (1件)
  • 星 3 (3件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

20世紀少年→21世紀中年

2009/07/02 10:12

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る

「いまではまったく信じがたい話だが、私たちはついこのあいだまで花は花屋で、肉は肉屋で、服は仕立屋で買う世界に住んでいた」

という書き出しを読んでいたら、30数年前住んでいた練馬の小さな商店街が浮かんできた。コンビニエンスストアはまだなく、旧盆や正月3が日には一斉に店を閉め、さながらゴーストタウンだった。ぽつんと点いている灯りは、一杯呑み屋かお茶漬け店だった。

前半は、仕立屋の家に生まれた主人公の子ども時代の思い出が記されている。豊かな自然、友だち、親のことなど。表紙にもなっている機関車、蒸気機関車が象徴的に出てくる。しかし、ノスタルジックな文学的な甘美さよりも、硬質な文明論的なものを読み取れてしまう。

で、大人になった主人公は、「石油掘削設備の技術者」になり、「ナイジェリア」に派遣されるという、いきなり話は急展開していく。あえて強引とも思える話のつなぎが、リアリティや深みを生み出している。荒涼とした風景、異郷の地でありながら、子ども時代を過ごした土地とまったく似ていないのだが、オーバーラップしてくる。

10数年ナイジェリア暮らしを経て主人公は帰国する。そこで老親と再会する。仕立屋を細々と営んでいる。結婚している彼は、親とは次第に疎遠となるが、母の病気をきっかけに会うようになる。子どもにとって親は最初の社会(もしくは社会の入口)だ。良きにつけ悪しきにつけ、コンラート・ローレンツ言うところのすりこみをされてしまう。しかし、就職などで親元から独立する、そこから先は、自分次第。ふと気がつくと、自分が子どもだった頃の親の年齢よりも齢を重ねてしまったいまの自分。親という揺り篭を出されたような、なにか居心地が悪く、胃が痛くなりそうな。

それにしてもこの書き出しは、どうよ。と思いつつ最後まで読んでいくと、腑に落ちる。文章は手書きではなくパソコンで打つようになった。缶ビールは酒屋でなくコンビニエンスストアで買うようになった。一見新しいように見えても、実際のところ、奥の奥の部分は、変わらない、旧態然としている。そういうものではないだろうか。文化が集積して文明となるならば、人々、家族の軌跡が堆積して歴史となるのだろうか。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

「世紀の発見」タイトルが大げさすぎ、それほどの内容は語られない

2009/11/29 19:33

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:soramove - この投稿者のレビュー一覧を見る

「この大げさなタイトルが
読んでる間中、頭のどこかにあり
一体そんな世紀の発見というほどの
何を見つけたのかと思いながら読んだ、
110ページなので1時間とかからない」


読み終えて、未整理な部分を抱えて
もう一度読み返した、
そして笑いそうになる
なんだ、「世紀の発見」って
まさに子供が自分で発見した「何か」を
まさに他の誰も知らないだろう、
知っているのはこの世の中で自分だけじゃないだろうかと
興奮しきったようなそんな感じなのだ。

もちろんこれは表面的な部分で
その奥にあるものを作者は書いたのだろうが
いくらなんでも題名とかけ離れているというか、
ちぐはぐな感じはこれを書いている今も
同様の割り切れない感じは拭えない。

ひとりの人間が自分のこれまでの
10年余りを振り返った時
「何もなかった」ようなそんな感覚にとらわれるのは
分かる気がする
例えば、自分にしたって4年前と5年前の違いなんて
全く分からないというか、今から振り返れば
そんな違いなかったようなものなので、
10年をひとくくりにして簡単に語れるような気さえする。

でも10年だからね、
この本の主人公は海外で11年を過ごすが
それら10年余りがたったの30ページくらいで語られ
子供のころの記憶やとりとめない挿話が
ちらばり、一見すると妄想のようにも思える。

きっと人の心のうちなんてこんなものだろう、
人生を決定するほど重要なことも
ある時点で振り返れば、そのときの些細な出来事のほうが
印象強くそれに捕らわれ、
過去の様々なことはどれもが
あったような、なかったような
今となってはどうでもいいような。

この本には何かあると思えるが
それさえも「あるような」「無いような」
どうでもよくさえある、でもこの作者の書いた
3作を短い時間で一気に読んでいくと
何か全体として言いたいことの輪郭が見えてくるような
気がしている。


さて次は「終の住処」だ。

★100点満点で65点★
http://yaplog.jp/sora2001/

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

2009/11/18 14:51

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2010/12/13 11:00

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2009/10/18 12:04

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2011/04/07 14:23

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2011/08/13 00:30

投稿元:ブクログ

レビューを見る

日本の小説 ランキング

日本の小説のランキングをご紹介します一覧を見る