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カティンの森(集英社文庫)
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2009.10
  • 出版社: 集英社
  • レーベル: 集英社文庫
  • サイズ:16cm/367p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-08-760590-7
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

カティンの森 (集英社文庫)

著者 アンジェイ・ムラルチク (著),工藤 幸雄 (訳),久山 宏一 (訳)

第二次世界大戦中、ソ連の捕虜となったポーランド人将校数千人がソ連内のカティンの森で密かに虐殺された。そのなかに、フィリピンスキ少佐がいた。だが、この事件を知らない少佐の娘...

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カティンの森 (集英社文庫)

946(税込)

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商品説明

第二次世界大戦中、ソ連の捕虜となったポーランド人将校数千人がソ連内のカティンの森で密かに虐殺された。そのなかに、フィリピンスキ少佐がいた。だが、この事件を知らない少佐の娘ニカは、母と祖母と一緒に少佐の帰還を空しく待ち続けていた。やがて彼女の前にある過去を持った青年が現れる…。美しく悲しいニカの恋の物語と共に、ポーランド史の暗部を巧みに描き出す。【「BOOK」データベースの商品解説】

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みんなのレビュー9件

みんなの評価4.2

評価内訳

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紙の本

偉大なるポーランド文学者・工藤幸雄の翻訳遺稿。ナチス・ドイツの仕業をよそおった、ポーランド壊滅シナリオのためのソ連国家犯罪――その犠牲となった遺族の運命を追う小説。アンジェイ・ワイダ監督映画作品の原作。

2010/02/16 21:29

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 当然だと認めるしかないのか、仕方なくあきらめるしかないのか分からないが、「歴史」というのはほっくり返すと死体がいくつも出てくるものである。旧ソ連領内「カティンの森」からも数千にのぼる遺骨が発見された。元はポーランドの将校や有識者であった犠牲者たちは、収容所に捕虜の身で拘束されていた。実はソ連の手によって虐殺されたわけだが、それはナチス・ドイツによる仕業なのだということに公式にはされていた。
 大戦後、ポーランドが東側諸国の一員となったため事件の真実についての訴追は不可能となる。1990年になり、ようやくゴルバチョフ大統領がカティンはじめピャチハトキ、メドノエにおける同様の虐殺もまたソ連の犯行であったことを認める。犠牲者数は1万数千人にのぼるのだという。ソ連は1929年の「戦時捕虜の待遇に関するジュネーヴ協約」に加盟しておらず、そのため将校たちの待遇に対して法的拘束がなかった。

 本書はアンジェイ・ワイダ監督が映画を作るために書かれた原作小説である。インタビューを元に、犠牲者遺族の視点で描かれたフィクションとして仕上げられている。巻頭にはワイダ監督から寄せられたメッセージがあり、そこには、映画制作の目的は、すでに歴史的・政治的次元でなされている真実を明るみに出すということではなく、事件によって永遠に引き離された家族の運命を追い、個人的な苦難を表していくことだという言及がある。史実はあくまで人間の運命の背景であるに過ぎないという認識だ。

 しかし、訳者のひとり久山宏一氏が付したカティン事件に関する解説の次の部分を読むと、やはり個人の運命の背景である史実が、いかに個人の運命の多くを規定してしまうのかという点に、気が遠くなっていく感覚がのしかかってくる。やり場のない絶望感にも似た気持ちにさせられる。

(以下引用)
 彼らはなぜ虐殺されたのか。ポーランド・ソ連関係の「過去」と「未来」に関わる二つの理由が指摘されている。
 「過去」――ポーランド・ソ連戦争(1920-21)でソ連は敗れ、スターリンは、ポーランド軍人に対して強い不快感を持っていた。実際、虐殺された捕虜の中には、ポ・ソ戦争に従軍した者が多かった。
 「未来」――ポーランドの軍人と知識人の精華である捕虜たちを肉体的に破壊することで、ポーランドに指導力を失った真空状態を作り出し、将来的にそこへソ連仕込みの連中を転入させるため(戦後、1956年までのポーランド共産化は、この通りに展開した)。
(P352)

「過去」の項目については、史実が捕虜や家族に規定した運命を考えるとともに、屈辱的敗戦という史実がスターリンにもたらした運命についても考えなくてはなるまい。それはそれで1つの小説題材、研究対象たり得るものだ。
「未来」については、犠牲者と遺族のみならずポーランド国民、ソ連国民、それだけでなく、共産主義を利用した東側諸国が世界にもたらした緊張について考えるとき、私たちの運命もまた影響下にあるとも言える。
 もっともそのように史実をたぐり寄せていけば、アレクサンダー大王やチンギス・ハーンまでもが私たちの運命の規定者ということになってしまう。
 何が言いたいのかというと、私たち一個人は史実を構成していくコマだとも言えるが、私たちの運命の中にも、史実という背景が含まれてしまっているという認識もできるということだ。それは、カティンの犠牲者であるフィリピンスキ少佐の一人娘ニカを中心に書かれた、この小説を読んでいくとさらによく分かる。

 小説の書き起こしは現代を舞台としている。考古学者となったニカ(ヴェロニカの愛称)が紀元前に埋められた人たちの大量の遺骨について説明している象徴的な場面であり、「歴史において死が、どのようにして個人的な次元を失っていったか」というニカの講義の言葉に、ある家族をめぐる小説、フィクションとしてカティン事件が扱われたことの意味が表されている。

 やがて時代がニカの娘時代にさかのぼると、祖母、母、娘という三世代家族が、父の不在をどう受け止め、どう引き摺り年月を重ねて行ったのかが明らかにされていく。母は夫のフィリピンスキ少佐(元は大学教授)がカティンの犠牲者となった可能性はリストで知り得ているのだが、それを裏付ける証拠はないとして、帰還を信じて待っている。祖母も同じである。
 しかしニカは、カティン事件当時を知らないこともあり、カティン以前の家族として幸福だった過去への追慕をいい加減にすべきだという気もしている。彼女は自分の将来のために建設的に生きたいと願い、その思いは走り出した恋が形をなしていくに連れ、強い思いへと変って行く。
 ニカの恋の進展と共に、ソ連の収容所から戻った将校が一家の前に現れ、父の消息が少しずつ明らかになって行く。父の身の回り品を渡してくれた後も一家と関わりを持とうとする将校は、カティン事件の真相を探り始める。

 この人物が「東の世界」がどういうものであるかを語り出すくだりがある。ひとりひとりの人間が蝋燭(ろうそく)のように溶けていく様、それは個人が敵を己が内部に取り込んでいく過程だという主旨だが、共産主義支配の管理体制の怖さを「ふるえ」として伝える長く印象的な台詞だ。
 運命的皮肉とも言うべきものに人生を大きく支配されてしまった三代の女性たちを追いながら、万人にとっての幸福の理念が相互監視へと転化した、もうひとつの収容所「東の世界」に対する静かな批判を含めている。

 ポーランド文学者、名文筆家として大きな足跡を残した工藤幸雄が、最期の日々に心血を注いだのはなぜかということがよく分かる小説である。

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2009/11/07 14:14

投稿元:ブクログ

 物語の時代背景は
1939年、ナチス・ドイツとソ連は不可侵条約を結び、二国による
ポーランド分割を秘密裏に決定。9月1日、ドイツが西から、同月17日ソ連が東から
ポーランドに侵攻。ソ連の捕虜になった将校は、ソ連国内の各地に収容された。
1940年3月5日に下されたソ連共産党政治局の決定により、同年4、5月に
ソ連内収容所に抑留されていたポーランド人将校一万数千人が虐殺された。
犠牲者の遺体はカティンをはじめとする三ヶ所に埋められた。
しかしこの事実は、公式にはナチス・ドイツの犯罪とされた。(帯より引用)

著者は事件関係者に取材を重ねてモデルらしき人物もいたと、訳者あとがきに書かれてるので
そうした史実に基づいて描かれたものである。

 大学の講義か。考古学者である女性講師がプロジェクターに映し出される
始皇帝戦闘部隊の兵馬俑などの映像で講義をしてる。
北京郊外で発掘された50万年以前の北京原人の骨片
彼らが食人風習の儀式となって死んだことを示すものであると
講義の冒頭、彼女はこう語った
「食人の悪習は存続しました。二十世紀になってその姿は変えはしましたが。
それはもはや個人が対象ではなく、一国の国民が他の国民を食い尽したのであり、
遺骸はすべて地中に埋められました。
こうすれば、後々、何千年となく、発見されずに終わるとの悪企みによって・・・・・」
そして、彼女は、ソ連の捕虜となっていたポーランド人将校一千数千人が虐殺された
とされるカティンの森へと旅立つ列車に乗り込むというのが、物語の導入部である。

 主人公である彼女・ヴェロニカの高校時代にまで遡り
母のアンナとともに家族の回想として
事件の真実に迫っていく姿が描かれていく。
カティン事件の生き残りであるアンジェイの同僚・ヤロスワフ大佐が
ある遺品を渡すように託されたと、
アンジェイの母・ブシャ、妻・アンナ、一人娘のヴェロニカの前に突然現れるのである。
無事帰還を信じる妻アンナもヤロスワフも互いに惹かれあっていくが貞節を守り通す。
そんな様子をヴェロニカは察知しているのであるが
ヴェロニカもまた、元地下活動家で画学生のユルという恋人と出会う。
事件の真実を探ろうとすればするほど
男たちが突如として彼女たちの前から姿を消してしまう・・・・・・。

戦争に送り出す際に、寒いからと冬外套持って行くように云う。
持っていくのをアンジェイが渋っていたら
「戦争するのは、男だけど、負傷兵の世話は女の仕事ですからね」と
母・プシャの一言が、残されていく者の切ない思いがしてならない。
大国の思惑や論理によって事実が隠ぺいされ葬り去られる怖さ
時代によって正義が逆転してしまう。
その国、その民族が悪者であるとかイメージし人をモノ化してしまう戦争の狂気
一番の犠牲者は残された女性や、子どもたちであると改めて感じた。
P:S この原作は、カティン事件の被害遺族でもあるアンジェイ・ワイダ監督により12月5日より映画公開される。

2010/04/08 22:52

投稿元:ブクログ

(2010.04.06読了)
アンジェイ・ワイダ監督の映画「カティンの森」の原作本です。映画のために書かれた本なので、映像を意識した文章になっています。
「カティンの森」と言うのは、第二次大戦中にソ連軍に連れ去られた1万5千名のポーランドの将校が、カティンの森の他全部で3か所に分けられて虐殺された事件の呼び名として使用されています。
事件が明らかになったのは、1943年4月、ソ連に攻め込んだドイツ軍が、カティンで虐殺された数千人のポーランド将校の遺体を発見したことによります。
国際委員会が調査し、「40年春にソ連が虐殺した」と結論付けました。
1943年9月にカティンを取り戻したソ連は、1944年1月に調査結果を発表。ポーランド将校を虐殺したのは、ドイツで、時期は41年秋。ドイツ軍は、43年の調査の際、死体の衣類から1940年4月以降の日付のある一切の記録文書を取り除いて再び死体を墓に戻した、と発表。
1945年からの共産党政権下では、カティンの森に関することはタブーとなった。
1990年に、ゴルバチョフ・ソ連大統領がソ連の犯行と認め、ポーランドに陳謝。
虐殺が行われたのは、1940年4月~5月と言うことです。目的は、知識人や指導者となりうる人を取り除き、ソ連の言いなりになる政権をつくるためです。

物語は、1945年5月ごろ、戦争が終わり、兵士が少しずつ帰還してきており、共産党政権も動き出している時期に設定されています。
おばあさんと、母と、高校生の娘の3人家族が主人公です。
祖母は、ブシャ。母は、アンナ。娘は、ヴェロニカ、愛称ニカです。
アンナの夫であり、ヴェロニカの父、アンジェイ・フィリピンスキ少佐の帰還を待っています。カティンで死亡した人たちの名簿に入っていたのですが、名前が微妙に違うし、名簿に乗っていた人の中で、帰還した人がいるので、実際に死亡を確認できる証拠を見るまでは、死亡を認めることはできません。
娘のニカは、現在を楽しみたいのですが、アンナは、夫の思い出のみに生きています。
気持ちのすれ違いは、やむを得ないことなのですが、・・・。
ある日、アンジェイ少佐の元部下が訪れ、少佐のことを調べる手伝いをしてくれることになります。元部下のヤロスワフ大佐は、ソ連に協力したので、殺されずに済みました。
ヤロスワフ大佐は、カティンの森での発掘現場を見て、その際仲間が殺された薬莢を拾ってきていました。その他の証拠を入手しようとしますが、密告によって捕まってしまいます。密告したのが、ニカの恋人のユルだったのです。
ユルの兄が反政府活動で捕まり、兄を助けてもらう約束で密告したのですが、約束は果たされませんでした。その上、ユルも捕まってしまいます。
ニカも母親と同様、待つ人になり、母親の気持ちが分かるようになります。
ヤロスワフ大佐の仲間によって、アンジェい少佐の遺品が、アンナのもとに届けられました。遺品となった手帳をアンナとニカで少しずつ読む日々が始まります。
カティンに連れて行かれ殺される直前までの様子が分かるようになっています。

●ソ連での俘虜生活(161頁)
「あそこにいたのは、えりすぐりのインテリゲンツィアです―教���、医師、技師、学者。一人残らず、子どもに様に純真だった。」
家族宛の手紙は月一回、切り取り式の手紙発送許可証を使う。入浴も禁じられていた。衛生状態は、家畜以下だった。野戦病院とは名ばかりで、死に場所も同然。そこで私たちは、戦時俘虜に関する国際赤十字のジュネーヴ協約の適用を主張した。所長からどういわれたと思います?「ジュネーヴだの赤十字だの、そんな協約はロシア人には無関係」
●共産主義の美点(221頁)
「共産主義の唯一の美点は、そこの世界では、誰も孤独ではないということだ。誰に対しても、守護天使がついてまわるから。人は脅されれば沈黙する―それが、連中の狙いさ」
●ホラティウスの詩句(285頁)
この日を楽しめ。明日の日はどうなることかわからぬから
●死とは(342頁)
死ぬとは存在しなくなることではない。存在しなくなるのは思い出の持ち主がいなくなった時だ。

☆関連書籍
「ワルソー・ゲットー」リンゲルブルーム著・山田晃訳、カッパブックス、1959.12.05
「ワルシャワ物語」工藤幸雄著、NHKブックス、1980.08.01
「ポーランド 労働者の反乱」芝生瑞和著、第三書館、1981.05.10
「ワルシャワ貧乏物語」工藤久代著、文春文庫、1985.06.25
「ワルシャワ猫物語」工藤久代著、文春文庫、1986.07.25
「カチンの森とワルシャワ蜂起」渡辺克義著、岩波ブックレット、1991.06.13
「戦場のピアニスト[新装版]」ウワディスワフ・シュピルマン著・佐藤泰一訳、春秋社、2000.02.10
「戦場のピアニスト」ロナルド・ハーウッド著・富永和子訳、新潮文庫、2003.02.01
「天の涯まで ポーランド秘史(上)」池田理代子著、朝日新聞社、1991.06.05
「天の涯まで ポーランド秘史(下)」池田理代子著、朝日新聞社、1991.06.05
(2010年4月8日・記)

2010/04/16 01:09

投稿元:ブクログ

専用機墜落で死亡したポーランド大統領夫妻が出席予定だったのがソ連によるカティンの森でのポーランド捕虜虐殺慰霊祭。その犠牲者の家族の物語。

2010/11/24 21:52

投稿元:ブクログ

映画のカット割りのような文章、堅い訳文が読みにくく序盤で断念。テーマには関心があるので、DVDで見るか。

2012/01/30 11:04

投稿元:ブクログ

第二次世界大戦中にソ連の捕虜となったポーランド人将校がソ連内のカティンの森をはじめとする数箇所で密かに虐殺されたという実際の事件を基に描かれている「真実」の物語です。女性たちの姿が心を打ちます。

この本はいまだにその真実が明らかになっていない2万にも上るポーランドの将校がソ連によってひそかに虐殺された「カティン事件」を基にした映画のノベライズ版です。描かれているのは、行方不明となったアンジェイ・フィリピンスキ少佐の帰りを今か今かと待ち続ける母ブシャ、妻のアンナ、そして娘のヴェロニカ(ニカ)を軸にして描かれています。

ポーランドの歴史の闇とユルという青年とニカとの恋。アンナの前に現れるカティンの森の生き残りであるヤロスワフ・セリム大佐も物語に絡んでくる中盤になってくるにつれて、アンジェイがもう二度と彼らの前に帰ってこないんだという事実と、彼が残した遺品。手帳の中に俘虜となってから自分の今際までを書き記した言葉がどうしようもなく、陰鬱にさせました。

僕がこの事件を知ったのは、高校の世界史の授業で、サブテキストである資料集にカティンで発見された遺体の写真が掲載されており、これがおそらくカラーだったら直視ができないようなむごたらしい写真で、どこをどうしたらこういうことができるのかと、ずっと長年の疑問で、この本の巻末に書かれてある答えがひとつ、スターリンがソ連とポーランドとの戦争で完膚なきまでに負けて、それ以来彼らに強い恨みを持っていたこと。第二にインテリ階級である彼らを抹殺することで指導者層に空白地帯を作るという目的があったのだそうです。なるほどなとは思いましたが、決してこれが許されるものではないことはここで言うまででもないでしょう。

すべての結末は本書に譲るとして、アンジェイはもちろんのこと、母親のブシャやニカとユルの恋の結末や、アンナやセリム大佐の運命も国家や歴史に翻弄されたのだ、ということはあくまでフィクションながら、僕の心に迫ってくるものでありました。

さいごに、この映画を創作したアンジェイ・ワイダ監督の父親もまた、カティン事件の犠牲者だそうです。NHKのインタビューで
「これはどうしても作らなければならない映画だった」
と語っていたのが印象的でした。

2012/04/17 07:53

投稿元:ブクログ

1939年9月17日 独ソポーランド侵攻、分割占領
1940年4-5月 ソ連による1万人を超えるポーランド人将校の大量虐殺
1943年 ソ連に侵攻したドイツによる現場発掘、検証
ソ連はドイツのやったことと主張

そして第二次大戦後のソ連とポーランド共産党政権による虐殺の隠蔽
真実を求め、追究する遺族や関係者は裁判もなく消されてゆく

その後
1990年ゴルバチョフソ連大統領が自国の犯行と認めポーランドに謝罪

カティン事件の被害遺族であるアンジェイ・ワイダ監督
(父親が犠牲者)により映画制作、2007年9月17日試写

ポーランド文学者工藤幸雄が邦訳、最後の作品となった
(2007年12月映画『カティンの森』を見て年末に着手、
 2008年3月7日訳了4か月後逝去)

行方不明となった将校の母、妻、娘の戦後の生活を描くことをとおして
ソ連、ポーランド共産党政権による捏造とそれを維持する過酷な政治の実態が語られている

2013/11/30 01:36

投稿元:ブクログ

レポートのため読破。

カティン以前以後、という表現が何度も登場。それだけでこの事件の衝撃が伝わってきた。


また社会主義の最も恐怖的な面としての「監視社会」が物語に止めをさし、社会主義の性質である「秘密」という名の情報隠しで全てがストップしてしまう。

カフカの城・審判の雰囲気を持つ。
カフカもユダヤ人であることから、こういったところがよく分かっているのではないか。

ソ連が一時的に連合国側として闘ったため、戦後も連合国各国は事実を秘匿してしまう。そこに社会主義ということが重なる。


登場人物の人生、一度しかない人生、全て「何も分からないまま」終わっていってしまう。

2013/02/11 21:43

投稿元:ブクログ

ちょっとまだ自分では消化しきれなくて、ここに感想を書くのはやめようと思ってた。

なのに、何らかの思いを綴らなければ次の本へ進めない。
いつまでも本棚に戻せない、机の上にあり続ける一冊があった。

そういう作品もあるんだな、と知る。

だが、読後半月以上経過しているため、詳細は定かでない。


*


それが、『カティンの森』。

随分長く積読していた本だが、わが年下の彼女(笑)、ブロ友nanaco☆さんの、映画化された同作品のレビューで読む決心がついた。


そこで彼女も触れていたが、思い出すのは 2010年4月に起きたポーランド空軍墜落事故。

カティンの森犠牲者追悼式典に出席するためにロシアのスモンレスクへ向かった、ポーランド大統領夫妻と同政府要人96名を乗せた飛行機が墜落、全滅した事故だ。

私はその事故で初めて、背景にあるカティンの森事件を知る。
ニュースに疎い私がそれを強く記憶し、ざっと歴史を調べた理由は、その翌月にモスクワを旅することにしていたからだろう。

あの時、プーチン首相(当時)の冷めた目に、ロシアに対する胡散臭さをどうしてもぬぐえなかったことを覚えている。


また、その事故の3日前にも行われた式典に、ポーランド首相と共に参列したプーチン首相は、カティンの森事件について改めてソ連の責任を認めた上で、ロシア国民に罪を被せることは間違いだとし、謝罪しなかった。

その式典参列者の中に、この作品の映画監督アンジェイ・ワイダ氏もいた。

ロシア側のその態度に、その時 ワイダ氏はどう思っただろう。

ワイダ氏の父は、カティンの森事件で虐殺されている。


ひょっとしたら父親は生きている、、、
彼の母親は、ほとんど生涯の終わりに至るまで夫の無事を信じ、帰りを待ち続けたという。

彼は、この映画があの事件の真実を明るみに出すだけでなく、
カティン犯罪の巨大な虚偽と残酷な真実を、永遠に引き裂かれた家族の物語として描くことで、
歴史的事実よりはるかに大きい感動を引き起こし、祖国の過去から意識的、かつ努めて距離を置こうとする若い世代に語りかけたかったのだ。


この作品は、そう映画化されることを前提に、アンジェイ・ムラルチク氏によって執筆された。

ムラルチク氏は言う。
「独りでは、この主題を取り上げる勇気はなかったと思います。
カティンについて虚構の物語を書くと考えただけで、身が震える思いでしたよ。
でもそれが映画の原作となれば、別です。俳優が演じるわけですから、仮構も可能になるのです(訳者あとがきより抜粋)」

「ワイダと約束しました ― 彼には映画監督として独自のヴィジョンを創造する権利がある。
わたしは自著で自分のヴィジョンを守ると。
でも、映画と小説は理想的に補い合っていると考えています(同)」


私も思う。
この作品は原作を読み、映画を観ることによって、より深く理解できると。

映画の中で強烈な印象を残すのは、エンディングの、ただ淡々と、同じ血が通った人間の仕業とは思えない凍りつくような虐殺シーンだが、
片や原作では、そのような露骨な描写はなく、待ち続ける家族の痛々しい感情が細かく丁寧に記されている。
待つ女性たちに、一段とスポットを浴びさせている形だ。


それは、ポーランド将校であるアンジェイ・フィリピンスキ少佐の、母・ブシャと妻・アンナ、そして娘・ニカの物語。

ブシャとアンナは、アンジェイの生還をひたすら信じて待ち続けている。
「カティン以前」の光に満ちた生活と、「カティン以後」。

娘ニカも父との懐かしい想い出、父の誇らしい姿を忘れたわけではないのだが、彼女は父との再会をほとんど諦め、今を楽しみたいという気持ちの方が強くなる。


カティンを奇跡的に生き抜いたアンジェイの部下・ヤロスワフ大佐と、
後にニカのボーイフレンドとなる、戦時にパルチザンとして抵抗運動をしていた美術学生のユル、
この2人も物語を展開さす上で要となる人物である。

その6人の苦しみ、哀しみ、諦め、うらぎり。
ニカはある出来事から、アンナと同じ道(気持ち)を歩むこととなる。

それらを生み出したのが、カティンの森事件であり、その罪をナチス・ドイツになすりつけたソ連の嘘であり、
そして、その真相に触れることすら しばしタブーであったポーランドの弱さであった。



強国に挟まれ、常に侵略され続けたポーランド。
このカティンの森事件の直接な背景に、1939年のドイツとソ連によるポーランド侵攻がある。
さらに遡ると、ドイツ・ロシア・オーストリアの三国に分割された時代にぶつかる。


弱国ゆえの宿命か。


だが、だからといって、なぜソ連によって優秀なポーランド将校がカティンを含め1万数千人も虐殺されなければならなかったか?

訳者はこう記す。

それは、ポーランドとソ連関係の「過去」と「未来」に関わると。

「過去」とは、ソ連が敗北したポーランド・ソ連戦争を根に持つスターリンが、ポーランド軍人に対して強い不快感を持っていたこと。
事実、虐殺された捕虜の多くが、ポ・ソ戦争に従軍した者だった。

それではなぜ、そのポ・ソ戦争が起こったかというと、第一次世界大戦後、ロシア革命で混乱しているソ連(ロシア)に対し、ポーランドがかつての領土を取り返すために侵略したからであった。


では、なぜそこに「未来」も関わってくるのか?

それは、ポーランドの軍人と知識人たちを抹殺することで、指導者を失ったポーランドに真空状態を作りだし、そこにソ連仕込みの連中を入れることで、


結局、いつの時代もソ連(強国)の思惑通りにされてきたということだ。


これらを頭に入れた上で改めて物語と向き合うと、もっとすんなり話に入っていけるだろうし、

映画の冒頭シーン、ドイツ軍から逃れるアンナ母娘たちと、ソ連軍から逃れてきた人達が橋の上ですれ違う、進んでも引き返しても先はないポーランド人の姿��理解できるだろう。

真実を闇に葬る為に消された人々のことも。。。




真実を知ろうとすると、いつも現れる「なぜ?」。

この「なぜ?」に歴史があり、「なぜ?」をどんどん遡っていくことが歴史教育だと思う。

答えは見つからないかもしれないが、
それを導き出そうとする過程が、今後 我々の未来に必要なこと、同じ過ちを繰り返さずにすむヒントを教えてくれると思っている。


ほぅ。。。苦し紛れにこう締めくくろう。(笑)