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火山の下(エクス・リブリス・クラシックス)
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火山の下 (エクス・リブリス・クラシックス)

著者 マルカム・ラウリー (著),斎藤 兆史 (監訳),渡辺 暁 (共訳),山崎 暁子 (共訳)

ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている...

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火山の下 (エクス・リブリス・クラシックス)

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ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている。一九三八年十一月の「死者の日」の朝、イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。しかし領事は心の底で妻を許すことができず、ますます酒に溺れていき、ドン・キホーテさながらに、破滅へと向かって衝動的に突き進んでいく。ガルシア=マルケス、大江健三郎ら世界の作家たちが愛読する二十世紀文学の傑作、待望の新訳。【「BOOK」データベースの商品解説】

1938年11月の「死者の日」。故郷から遠く離れたメキシコの地で酒に溺れていく元英国領事の悲喜劇的な1日を、美しくも破滅的な迫真の筆致で描く。20世紀文学の金字塔の新訳。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

マルカム・ラウリー

略歴
〈マルカム・ラウリー〉1909〜57年。ニューブライトン生まれ。イギリスの小説家、詩人。ケンブリッジ大学に進み、創作を開始。航海日誌をもとに自伝的小説を執筆する。その後も精力的な執筆活動を続けた。

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みんなのレビュー8件

みんなの評価4.8

評価内訳

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紙の本

マルカム・ラウリーの傑作

2010/04/29 13:59

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:K・I - この投稿者のレビュー一覧を見る

大江健三郎さんがたびたび言及することによって『火山の下』という作品の存在を知った。
そして、今年、新訳で白水社から出版された。今までは図書館で読むか古書として買うしかなかった。しかし古書の値段はとんでもないことになっていた。
一読しての感想は、「20世紀文学の金字塔」の文句に偽りなしだな、ということだ。
メキシコが舞台。イギリスの「領事」、領事の元妻、イヴォンヌ、領事の弟、ヒュー。この3人が主な登場人物である。
章ごとに「視点人物」が切り替わり、その人物の「視点」から物語が描かれる。しかし完全な一人称ではなく、三人称にその「視点人物」の一人称が組み込まれているという感じである。
1938年の11月2日、という1日を舞台に限定している。それは「解説」がいうとおり、ジョイスの『ユリシーズの』影響をうかがわせる。
「解説」によれば、あるいは、それを読まなくても『火山の下』には豊かな「間テクスト性」がある。言及される文学作品は、『神曲』『聖書』『失楽園』だけでなく、ジョセフ・コンラッド、ジャック・ロンドン、『戦争と平和』など多岐に渡る。
作者ラウリーは「領事」と同じようにアルコール依存症だったようだ。そして、生前形になった作品は、『群青』という自伝的小説と本書『火山の下』のみだったようだ。
この本は値段が若干高め(3150円)だが、それだけのお金を払って読む価値は十二分にある、と思う。この水準の文学が日本に紹介されるというのは、5年にあるかないかだろう。そして、読む人にとっては、10年、20年、いやおそらく、死ぬまで心のどこかに残り続ける作品だろう。
もう一度言う、「20世紀文学の金字塔」のオビ文に偽りなしである。

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紙の本

本格的な小説だけが保ちうる芳醇な文学的香気

2010/05/15 17:09

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

読んだことはないのに、著者と題名が記憶に残っている本というものがある。どこかで目にして興味を持ったものの、手近なところに見つからないので、読まずにきてしまった本。マルカム・ラウリーの『火山の下』も、そういう本である。ずいぶん前に翻訳されてはいるのだが、絶版で古書価格が高騰し、読むに読めない状態が続いていた。それが今回白水社から新訳で出た。

小説の概要は、カバー裏にある文章が簡潔で要を得ている。「ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている。一九三八年十一月の(死者の日)の朝、イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。しかし領事は心の底で妻を許すことができず、ますます酒に溺れていき、ドン・キホーテさながらに破滅へと向かって衝動的に突き進んでいく。」

章ごとに視点人物が交代するところや、長篇小説であるのにたった一日の出来事を描いたものである点、中心となる人物が二人の男性と一人の女性である点、舞台となる町を人物が移動することで物語が展開している点、ダンテの『神曲』「地獄篇」やセルバンテスの『ドン・キホーテ』ほか古典や先行するテクストに依拠した構成等々、ジョイスの『ユリシーズ』の影響下にあることは誰の目にも明らかである。

三人称限定視点で語り出されながら、会話の最中に話者の目に映る眼前の光景の描写やそこから引き起こされる連想、追想が次々と挿入され、時空を跨ぎ越えてどこまでも延々と続いていく文体は「意識の流れ」の手法をグロテスクなまでに誇張したもので、特筆すべきは、アルコール中毒患者である領事の視点で描かれる章の叙述である。視点人物が酒浸りという設定は、調べればほかにもあるのだろうが、ここまで精緻に記述された作品を他に知らない。突然の意識の断絶。さらにまた突然の覚醒。時間感覚の麻痺。幻聴や幻視のリアルな描写。中でも、壁の染みや傷跡が昆虫や芋虫に変化し蠢く様子の描写は読んでいて本当に怖くなる。評者も酒は好きな方だが、少し酒量をひかえようかと考えたくらいだ。

領事の鬱屈は、どうやら戦争中のドイツ軍捕虜の扱いをめぐる毀誉褒貶にあるらしいが、コンラッドの『ロード・ジム』の自己懲罰を真似たのか、人の行きたがらない任地を経巡った最後が国交の途絶したメキシコであった。帰国要請に従わず任地に留まった後は、異端神学やら錬金術関連の書籍を集め、本を書くと言いながら酒浸りの毎日である。屈折しているのは領事ばかりではない。弟のヒューもスペイン内戦の義勇軍に共感を抱きながら、それを余所目に兄の妻と一緒にいることに幸福感を感じている自分を内心で恥じている。

自分自身に対して自分自身が「諾」と言えない、流行りの言葉で言うなら自己肯定感を持てない兄弟の造型は、作家自身をモデルにしたものであろう。若い頃の自分をヒューに、現在の自分を領事に投影していると見ることもできる。そういう意味ではアルコール中毒患者であった作家の自伝的小説とも言える。ナチスの台頭、スペイン内戦という時代を背景に、理想を胸に抱きながら挫折してしまったインテリの自己韜晦を、異国情緒溢れるメキシコの風景の中に、酔いどれの見た夢幻劇として描いた作品と括ることができよう。

「意識の流れ」や間テクスト性といった技法、構造もさることながら、読後に感じるのは、濃厚かつ芳醇な文学性である。遠くから聞こえる祭のざわめき、突然の雷雨、谷間から吹き上がる雨上がりの爽やかな風、といった叙情味を帯びた筆触。死者の日の骸骨、尻に7という数字の焼き印のある馬、ドミノを啄む鶏を連れた老婆、という宿命を暗示させる表象の多用。領事の演じる道化ぶりが醸し出すバロックの祝祭劇にも通じるグロテスクなユーモア。渇を癒すという言葉どおり、近頃、これほどまでに小説を読む喜びを感じたことがない。表紙カバーを飾るディエゴ・リベラの絵さながらに、目眩くような読書体験が読者を待っている。

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2010/09/23 22:58

投稿元:ブクログ

妻と離婚し酒浸りの日々を送っていたメキシコ駐在の元英国領事の最後の一日。

正直言って一読では消化しきれなかったのだが、アル中領事のめくるめく幻覚幻聴、半分以上意味不明な言動の異様なまでの迫真性と、元妻との復縁の可能性をつかみつつも避けがたく破局へ突き進んでいく全体の勢い、これらの点だけでも読ませる作品と思う。
とりあえず「地獄の機械」のくだりはかなり笑えた。
そのほか、政治経済的な背景や、他の文学作品などからの引用等等、相当の質量をもった作品であるが、それだけに電車の往復で細切れに読むには荷が勝ちすぎた。

こういう本は、もう何年かして読み返した時に、きっと新たな発見があるパターン・・・。

2011/11/28 12:28

投稿元:ブクログ

 ジョン・ヒューストンが監督した映画版(邦題『火山のもとで』)をまた観たいんだけど、DVD化されてないんだな。一見フツーなのに、じつはヘベレケなアルバート・フィニーの酩酊ぶりがすさまじい。

 徹頭徹尾、これは男が描いた男のための物語。こういう男たちにとって女は理想化された偶像で、永遠のマドンナだったりするので、当事者である女にはかなり厄介。目の前に本人がいるのに、彼女より彼女が送った手紙に執着する男に、いったいどう接していけばいいのやら。男は男でアルコールに逃避していて、ゆるやかに、でも確実に破滅への道を辿っているのだけれど、本人はもちろん彼女にもそれを止めることはできない。

 大昔、ちょっと困った男とつきあってる友だちがいて、彼女がこんなことを云っていた。「ああいうタイプとつきあうには、こっちも野良猫みたいになるか、でなきゃ聖女さまになって見守るしかない」って。本人は聖女さまになりたかったらしいけど「んなもん無理やし」で、かといって野良猫(あ、野良犬だったかも)にもなりきれず、予想どおりふたりはほどなく破局。

 そんなわけで、ジェフリーとイヴォンヌも悲劇的な最期を迎える・・・と、纏めてしまうとなんだか通俗小説のようになってしまうけれど、いや、要するに筋だけを追っていくとそうなっちゃうんだけれど、この小説のたぶん、いちばんの凄さはそういう筋を超えたところというか、はみ出した部分にあるとおもうわけです。

 どこがどう凄いかは「読めばわかる」という常套手段で逃げちゃったらあまりにズルっこいので、ひとつとりあげるならば—もし、お酒を止めたくなったら読むといいですよ。きっともう二度と飲みたくなくなる。そのくらい、生理的に飲むのがキモチ悪く、そして恐くなります、とだけは云っておきましょう。

 難解とか実験的とか20世紀屈指の傑作とかいわれている作品ですが、おそらく原書だと英語とスペイン語がチャンポンでもっとわかりづらく、だからこそ主人公の意識混濁ぶりが迫りくるようにのしかかってきたとおもわれます。翻訳版はうまくルビをふってあるので、「何回読んでもワカランくらい難解」なことはありません。
 ただ、読んでいてひさしぶりに疲れました。サイバーパンクが登場する以前から、感情を侵蝕されるような読書体験は、すでにハッキングというか、クラッキングだったような気がします。なので、テンションが落ちてるときには読まないほうがいいし、テンション高めでも“聖女”のごとき寛容をもって読み進めるがよろし。

 例によってまた書きすぎてしまいましたが、この作品を生涯読み続けているという作家のことばを紹介して、駄文を強引に結ぶことにします。

おそらく、これまでに私が読み返した回数のいちばん多い小説。もう読みたくないが、無理だろう。その隠された魔力がどこにあるのか発見できるまでは、気分が落ち着かないから。—ガルシア=マルケス

2014/10/11 10:11

投稿元:ブクログ

[ 内容 ]
ポポカテペトルとイスタクシワトル。
二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている。
一九三八年十一月の「死者の日」の朝、イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。
ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。
しかし領事は心の底で妻を許すことができず、ますます酒に溺れていき、ドン・キホーテさながらに、破滅へと向かって衝動的に突き進んでいく。
ガルシア=マルケス、大江健三郎ら世界の作家たちが愛読する二十世紀文学の傑作、待望の新訳。

[ 目次 ]


[ 問題提起 ]


[ 結論 ]


[ コメント ]


[ 読了した日 ]

2015/01/05 22:33

投稿元:ブクログ

 四年前ロサンゼルスからはるばる車を飛ばしてクアウナワクにやって来たジャック・ラリュエルは、明日この地を去る。土手を登り耕しかけの畑の道をゆけば、取り巻く紫色の山々から鬱然と沸き出す不思議な力が過去の重みとなってのしかかる。それは悲しみの重みであった。丘を越えれば迂回して町に戻れる。轟く雷鳴で照明の消えた映画館の軒下に滝の雨を避けた。

2011/05/23 16:59

投稿元:ブクログ

読んだことはないのに、著者と題名が記憶に残っている本というものがある。どこかで目にして興味を持ったものの、手近なところに見つからないので、読まずにきてしまった本。マルカム・ラウリーの『火山の下』も、そういう本である。ずいぶん前に翻訳されてはいるのだが、絶版で古書価格が高騰し、読むに読めない状態が続いていた。それが今回白水社から新訳で出た。

小説の概要は、カバー裏にある文章が簡潔で要を得ている。「ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている。一九三八年十一月の(死者の日)の朝、イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。しかし領事は心の底で妻を許すことができず、ますます酒に溺れていき、ドン・キホーテさながらに破滅へと向かって衝動的に突き進んでいく。」

章ごとに視点人物が交代するところや、長篇小説であるのにたった一日の出来事を描いたものである点、中心となる人物が二人の男性と一人の女性である点、舞台となる町を人物が移動することで物語が展開している点、ダンテの『神曲』「地獄篇」やセルバンテスの『ドン・キホーテ』ほか古典や先行するテクストに依拠した構成等々、ジョイスの『ユリシーズ』の影響下にあることは誰の目にも明らかである。

三人称限定視点で語り出されながら、会話の最中に話者の目に映る眼前の光景の描写やそこから引き起こされる連想、追想が次々と挿入され、時空を跨ぎ越えてどこまでも延々と続いていく文体は「意識の流れ」の手法をグロテスクなまでに誇張したもので、特筆すべきは、アルコール中毒患者である領事の視点で描かれる章の叙述である。視点人物が酒浸りという設定は、調べればほかにもあるのだろうが、ここまで精緻に記述された作品を他に知らない。突然の意識の断絶。さらにまた突然の覚醒。時間感覚の麻痺。幻聴や幻視のリアルな描写。中でも、壁の染みや傷跡が昆虫や芋虫に変化し蠢く様子の描写は読んでいて本当に怖くなる。評者も酒は好きな方だが、少し酒量をひかえようかと考えたくらいだ。

領事の鬱屈は、どうやら戦争中のドイツ軍捕虜の扱いをめぐる毀誉褒貶にあるらしいが、コンラッドの『ロード・ジム』の自己懲罰を真似たのか、人の行きたがらない任地を経巡った最後が国交の途絶したメキシコであった。帰国要請に従わず任地に留まった後は、異端神学やら錬金術関連の書籍を集め、本を書くと言いながら酒浸りの毎日である。屈折しているのは領事ばかりではない。弟のヒューもスペイン内戦の義勇軍に共感を抱きながら、それを余所目に兄の妻と一緒にいることに幸福感を感じている自分を内心で恥じている。

自分自身に対して自分自身が「諾」と言えない、流行りの言葉で言うなら自己肯定感を持てない兄弟の造型は、作家自身をモデルにしたものであろう。若い頃の自分をヒューに、現在の自分を領事に投影していると見ることもできる。そういう意味ではアルコ���ル中毒患者であった作家の自伝的小説とも言える。ナチスの台頭、スペイン内戦という時代を背景に、理想を胸に抱きながら挫折してしまったインテリの自己韜晦を、異国情緒溢れるメキシコの風景の中に、酔いどれの見た夢幻劇として描いた作品と括ることができよう。

「意識の流れ」や間テクスト性といった技法、構造もさることながら、読後に感じるのは、濃厚かつ芳醇な文学性である。遠くから聞こえる祭のざわめき、突然の雷雨、谷間から吹き上がる雨上がりの爽やかな風、といった叙情味を帯びた筆触。死者の日の骸骨、尻に7という数字の焼き印のある馬、ドミノを啄む鶏を連れた老婆、という宿命を暗示させる表象の多用。領事の演じる道化ぶりが醸し出すバロックの祝祭劇にも通じるグロテスクなユーモア。渇を癒すという言葉どおり、近頃、これほどまでに小説を読む喜びを感じたことがない。表紙カバーを飾るディエゴ・リベラの絵さながらに、目眩くような読書体験が読者を待っている。

2014/10/05 17:13

投稿元:ブクログ

ダラダラ読むにいいです、こういうの ^^
たった1日の話を何日もかけて読む、このシュールさがいいです~

どんどんどんどん、脱線するする ^^;;
あんまり真面目に生きている気がしない人たちばかりが
ぞろぞろ出てきてテキーラ飲んで・・・

メキシコっていうと、長らく「ショーシャンクの空に」のラスト、ジワタネホの天国的イメージをずっと持っていたんですが、コーマック・マッカーシーの国境三部作で覆され。 ><。。
さらにまた変わりました・・・

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