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ムッシュー・アンチピリンの宣言 ダダ宣言集(光文社古典新訳文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.9 11件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2010.8
  • 出版社: 光文社
  • レーベル: 光文社古典新訳文庫
  • サイズ:16cm/313p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-334-75209-5
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

ムッシュー・アンチピリンの宣言 ダダ宣言集 (光文社古典新訳文庫)

著者 ツァラ (著),塚原 史 (訳)

ムッシュー・アンチピリンの宣言 ダダ宣言集 (光文社古典新訳文庫)

782(税込)

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ダダ評論集 97−188
ダダ詩集 189−211

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みんなのレビュー11件

みんなの評価3.9

評価内訳

2013/05/14 01:49

投稿元:ブクログ

 別の訳を図書館で読んだことがあった。あと、どこかで立ち読みもしてると思う。でも、今回また目を通してみてもあまりに良く分からなさ過ぎて、本当に以前読んだことがあるのかすら怪しい。その都度混乱して記憶飛んでる。混乱するが、嫌いじゃない。

2011/06/30 11:50

投稿元:ブクログ

「ダダとは強烈さだ。」「ダダは何も意味しない。」
何か強烈さがあれば、爆発すれば、それがぼくであり、きみであり、ぼくらだ。何故そうなのか、意味を問うことは見失うことなんだ。

2010/09/08 23:16

投稿元:ブクログ

おれは宣言を書くが、何も望んでいない。
腹を空かせたどんにょ九な大衆のもとには決して辿りつかない文学が存在する。作家の真の欲求から作家自身のために出現した、創造者たちによる文学だ。最高度のエゴイズムの認識。
芸術には手術が必要だ。
自然発生的アクロバットという反哲学。
思考は口の中で作られる。
思考し、望み、思考することを望む。
芸術は、時代の幼年期には祈りだった。木と石が真実だった。
幻想が目的となったので、人間は神を凌駕することを望んだ。けれども、波乱に満ちた人生の諸問題が怒って、人生は興味深く、あいにくながら生産的にさえなった。
詩はまずはじめに、ダンスと宗教と音楽と労働の務めを果たすために存在する。
知性は秩序を創造し、光のない暗い場所を明るくするのに役立ちます。

2010/10/19 22:37

投稿元:ブクログ

ツァラはチューリッヒで華々しくダダ宣言をして、パリに移ってからまたちょっとダダをこねて、こねくりまわして、それで終わっちゃったみたいに思われている節もあるけど、どっこい1963年のクリスマスまで生きて詩作をつづけていたわけだから、ケネディ暗殺をたぶん知っていたはず。
ほんのちょっとの期間だけれど、ツァラと同時代を共有していたなんて、なんだか感慨深い。そんなこと言ったら高橋新吉とはかなりの期間を共有してたわけだけれど、それはまた・・・別の機会に。

ツァラが亡くなった翌年、The Whoが結成され、“それ”は預言になった。ピート・タウンゼントはステージで楽器を壊した(おそらく)最初のミュージシャンだ。ピートは詩や小説を書くひとだけど、ツァラを読んでいたかどうかは知らない。

ツァラの詩を読むとThe Whoが聴きたくなる。

・The Who--My Generation, Monterey Pop Festival 1967
http://www.youtube.com/watch?v=kUseoWDXqvg&feature=related

追記:
ちなみにジミヘンのギターを燃やすパフォーマンスはこのあとなんですけど、なんかダダのあとにシュールレアリスムがうまれたみたいな流れですね。デュシャンの『泉』と“Wild Thing”が意味するものはじつはヒジョーに近いのかもしれませぬ。

Jimi Hendrix - Wild Thing, Monterey Pop Festival 1967
http://www.youtube.com/watch?v=gPvehX2aWb8

2011/04/03 13:31

投稿元:ブクログ

トリスタン・ツァラによる「ダダ宣言」などを収めた本。
ダダ宣言自体は昔読んだことがあるが、この本は評論なども載っている。いつのまにかこういう文庫本が出ていたらしい。
第一次世界大戦下、1916年以降順次出された「ダダ宣言」は、「DADAは俺たちの強烈さだ」「DADAは何も意味しない」と、激しい革命的意志をもって表明される。
既製のアカデミックな芸術観を否定しようというこの激しい「若さ」は、ヨーロッパが直面した世界大戦という危機とシンクロしているが、現在でもパンクとか、ノイズミュージック、ハードコアとか、そういう音楽に集っている若者たちの感性と通底していると思う。
DADAはこのように普遍であり、「何も意味しない」行為を意図することによって、明確な意味を持つのであるから、それは決して本当に無意味なのではない。意味を無意味へと変換してしまう終末的カタストロフィーの衝撃的快感を求め、そこに意味を見いだしているわけだ。
ここに収められたツァラの文章や詩にも、語句の選択に一定の方向性が見える。真に意味を排除していけば、方向性のないカオス状態になるはずだが、ここではそうならない。まだ若く、エネルギーが躍動している。
モダニズムである。それは、何かの始まりでもあった。
芸術を志す人は一度読んでおいて損はない。

2010/09/22 22:49

投稿元:ブクログ

美術史を紡いでいくのは、必ずしも画家だけとは限らない。
ダダイズム(「反芸術」運動)の創始者である詩人ツァラの
ダダ宣言集。あくまでも時代の記念碑的な感じがしたのと、
現代でもツァラの方法論がインパクトあるかといったら、
?なので、星三つ。でも、勉強にはなった。

2013/10/27 03:52

投稿元:ブクログ

とても独特な印象で楽しい。
が、語呂合わせや二重の意味が翻訳しきれるわけもなく、やや煩雑に感じる部分もある。これをわざわざ日本語にして意味はなんだろうね。
(フランス語との対訳などが出たら嬉しいなー)

2012/10/29 23:09

投稿元:ブクログ

『オデオン通り アドリエンヌ・モニエの書店』にブルトンが登場していたので、流れで。
DADAについて、内容まではよう知らんかったのでいい機会だと思ったんだけども。
うーん、よく分からん、特に前半の宣言の方が……終わってるな自分(笑)
評論集はなかなか面白いし、ガチガチに凝り固まった既存芸術と社会情勢(第一次世界大戦)への憤懣が、チューリッヒでのDADA宣言・創設に至り〜瞬く間に世界へ波及〜ブルトンとの決裂等を経て、最終的に政治運動にのめり込んでいく様も読み物としては興味深い。
しかしだ。どうにもその宣言とやらが響いてこない、ふーん、そうなんだ。で?ってカンジ(笑)

ほかの方のレビューを見て、理由が何となく分かった気がした。
私はもとより、良作に触れる機会に早い遅いは関係ないと思っていた。だが、本書は関係あると思う。
若いうちに読んでおかないと、(私のように)魅力を感じ取れない恐れがある。なぜなら、DADAはパンクだからだ。

とは言え、パンクも成就するとメロディックになったりするからねw
それを丸くなったとか、切っ先が錆び付いたとか言うのは簡単だけど、若いうちにしかできないことがあるのと同時に、年取ってからじゃないとできないこともあるから!ホントだよ(笑)………ようは自分が年食ったってことだorz

DADAが徐々に衰退し、シュルレアリスムに吸収された理由も、そのあたりから説明がつくんじゃって思う。
キョーレツさは大変結構だけど、いつまでも地団駄踏んでばかりで大人になりそこねた(体系化に失敗した)活動の結果——というか何というか……この種の運動は、大人になったらその時点で終了だけども。
しかし、いい意味で大人になれていたら、シュルレアリスムに吸収されずにすんだかもしれない(運動にはジレンマが内包されているものだ)。

さらに、個人的にノリきれない理由のもう一つに、訳者の“DADAすげー、ツァラすげー”が、ウザいっていうのもある。訳者あとがきを読んで萎えた(笑)

とはいえ、シュルレアリスム好き、クレー好き、オルタナティブ・ロック好きにとって、無下にできないのは確か。

さて、久しぶりにキャバレー・ボルテール(バンド)でも聞くかな。

2012/05/16 00:55

投稿元:ブクログ

トリスタン・ツァラ(塚原史・訳)『ムッシュー・アンチピリンの宣言』 光文社古典新訳文庫版。
塚原せんせいの素晴らしい訳と解説でござる。
この強烈なアジテーションが素敵すぎて一気読みしてしまった。

どこかで「ダダ1918年宣言」も「ムッシュー・アンチピリンの宣言」も読んでいたはずなんだけど、こんなに生々しく響くなんて、ほんまに翻訳の力が大きいな、どんどん自己否定/自己破壊し、脱臼・骨折していくテキストの醸すビートの合間に、ときどきハッとするようなフレーズがあって、曰く「柔軟さ、熱狂そして不正の快楽さえもが、腐ったバナナたちが無邪気に実行しているあの小さな心理が、腐ったバナナたちを美的な存在にしてくれる」だの「おれは行為には反対だが、途切れない矛盾にも肯定にも賛成なのだ」だの、振幅だよね、振幅、つまりこれは宣言というかたちを装った生の記録であって、あんまり難しいことは考えず、生を組織化しようとは決してしない100年近く前のダダイストたちの心意気を感じるのが吉ということじゃまいか。

そう思った。

2016/07/14 19:10

投稿元:ブクログ

足穂や中島らもが幾度も言及しているツァラ、そしてダダ。
一体なんぞ? とずっと気になっていたところに刊行されたので、思い切って読む。
ダダは無意味のお祭り、シュルレアリスムは無意識をあぶりだそうとする(恒久化を目指した)運動、といえるのか?
まだはっきり断言できそうにないが、精神分析への態度が何かかかわってきそう。

2013/09/09 19:56

投稿元:ブクログ

DADAはおれたちの強烈さだ。意味を破壊する。
ひたすらに言葉で遊び組み合わせの妙を生む。
元々難解な表現で詩に実は込められた意味をこちらが窺わせてもらわなければならないのが好きではなく、詩における対象と対象、言葉と言葉の衝突や愛撫の面白さや余韻を楽しんでいる俺としては実に好み。

音楽のラップでいうパンチラインの嵐のような感覚だからHipHop好きにも響くと思う。