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葉隠物語
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2011.3
  • 出版社: エイチアンドアイ
  • サイズ:20cm/415p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-901032-97-1
  • 国内送料無料

紙の本

葉隠物語

著者 安部 龍太郎 (著)

佐賀鍋島藩祖直茂、初代勝茂は、戦国の余燼くすぶる時代を生き、仕える家臣たちも、主君の馬前で討死して武士道の全うを願った。しかし、時代は大きく変わる。二代光茂は武断な家風を...

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葉隠物語

1,728(税込)

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商品説明

佐賀鍋島藩祖直茂、初代勝茂は、戦国の余燼くすぶる時代を生き、仕える家臣たちも、主君の馬前で討死して武士道の全うを願った。しかし、時代は大きく変わる。二代光茂は武断な家風を厭い、追腹(殉死)を禁止。自らは命を懸けて和歌を極め、古今伝授の秘伝を受け、超一流の文化人となる。光茂が没するまで懸命に仕えた『葉隠』の語り手・山本常朝は、命を懸けた覚悟ある生き様こそ、人の命が輝くことを伝えたかった。【「BOOK」データベースの商品解説】

今、命を懸けて信義を貫くとはどういうことか。佐賀鍋島藩三代と家臣たちの命懸けの言行録である「葉隠」。その誕生の背景と現場を描いた物語。『月刊武道』連載を加筆修正して単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

安部 龍太郎

略歴
〈安部龍太郎〉昭和30年福岡県生まれ。平成2年「血の日本史」でデビュー。平成17年「天馬、翔ける」で中山義秀文学賞受賞。ほかの著書に「彷徨える帝」など。

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みんなのレビュー6件

みんなの評価3.5

評価内訳

  • 星 5 (1件)
  • 星 4 (1件)
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  • 星 1 (0件)

紙の本

「葉隠」については詳しくない。ただ、その語感にはつつましさに潜む熱い思いがある。いつのまにか失ってしまった日本人の美徳を象徴しているようで、引きつけられるところだ………が。

2011/05/19 00:25

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

ところで、最近評論家の語るあるべき国家論やあるべき日本人論のなかに、よくこの葉隠精神をみかけるのだが、そこにはなんとなく胡散臭いものを感じるのだ。歴史小説家の安部龍太郎がこれをどういう具合に料理したのかを確かめたかったのである。

本著では、「葉隠」は鍋島藩の元武士・山本常朝が語る彼の見聞や体験を弟子・田代陣基が筆記し、享保元年(1716年)ごろに完成、鍋島藩主・宗茂へ献上されたものしている。
第一話から第二十三話と終章、本著は二十四の逸話からなる。おそらく逸話のすべては「葉隠」に記されたものであり、これを安部龍太郎の筆が小説として構成したものだろう。安部は山本常朝が抱いた当時の武士のあるべき姿をできるだけ忠実に表現しようとしている。著者が著者自身の現代的解釈をあえて回避しようとした姿勢に好感が持てる。
いわば実話のエピソード集であるから、一つ一つの逸話は創作が生み出すような劇的展開はないのだが、葉隠研究者はともかく小説好きの読者が好奇心から手にするにはちょうどよい「葉隠入門書」といえる。

第一話「沖田畷(なわて)」は秀吉の統一前夜。まだ九州地方が群雄割拠の戦国の地であった、天正12年(1584)ころのお話。
島原の領有を巡り、薩摩・有馬連合に龍造寺とその一門であった鍋島家が戦を起こす。肥前の熊と言われた龍造寺隆信の無謀な作戦を家来筋である鍋島直茂(鍋島藩の藩祖)が死を覚悟して諌める。さらに戦場では変わって直茂が短慮で突っ走るのに対して、家臣である中野清明(山本常朝の祖父)が「馬鹿を申されるな、肥前を見捨てるのか」それはならぬと力でねじ伏せる。
主君と忠臣がいる。主君の無謀や短慮に忠臣はお手打ち覚悟で諫言する。主君は後に彼を忠義の士として認めることになるのだ。常朝は死を賭した家臣の行動を武士のあるべき姿として称賛している。そしてこのパターンはその後の逸話でもたびたび登場するのである。
時代小説、歴史小説に限らない、義を貫く男の生き方を描いたものなら現代小説にもあって、私は優れた作品の場合は共感することも多いのだが、どうも今回の場合はかなり異質なものを感じた。家臣は主君が名君であるか暗君であるのかは問わないこと、主君の誤った判断についてはその責任を追及しないこと、そして一身を捨てあらゆる手段を講じて「お家」の安泰を図ること、を美徳としているからである。

鍋島藩、藩祖・直茂の時代が終わり、初代勝茂では第十一話から第十三話の「島原の乱」、寛永14年(1637年)があったが、それは戦乱の世の終結点である。以降、武士は文字通り命のやり取りをする戦闘員であると同時に為政者的性格を持つようになったはずである。
だから私は、第十四話からは、鍋島藩主について、人心をひきつける指導者的徳性が語られるものと思っていた。だが、「葉隠」では為政者としての君主のあるべき姿は説かれていない。逸話として表れる内政問題は、領国の安定と繁栄という高い次元の政治課題ではない。幕府との確執、龍造寺家と鍋島家との主導権争い、後継者問題であり、いわば「お家の事情」が逸話を中心となる。
そして勝茂は読者から見れば決して英明な君主ではなく、むしろ凡庸さが目立つ人物なのである。君主論はなく臣下論なのだ。成功を収めた判断はすべて殿の叡慮であった、失策はすべて臣下の不覚であったことが、第三者に理解されるよう周到の支度を整えなければならない。そして成功の手柄をひたすら隠す謙虚・謙譲、失策にはいかなる責任をも引き受ける死の覚悟、潔さ、これを平常心において実践するが武士の誉れとされる。裏を返せば、死の覚悟であたればなしえないことはなく、それは生を全うすることなのだ。そして隠れた忠義心はやがて主君の前に現れることになり、忠義の士として顕彰されるというのが、この武士道論の底流に存在する。事実、この逸話に登場する忠臣たちはみな殿様からお褒めをいただいている。

ところで平安末期に誕生した武士階層は当初は朝廷につかえる戦闘員であったのだが、やがて、朝廷から政治権力を奪取する。しかし精神文化の中心は引き続き貴族階層が担っていて、自分たちには欠けているとのコンプレックスをいつまでも払拭できなかったのだ。猿真似から始まった「文化」であり、いつ武士が文化発信の中心階層であると自負できるようになったのかは知らないが、少なくとも、徳川時代の初期はまだまだ文化コンプレックスが強く残されていた。
「葉隠」を『葉隠物語』として、全体をこの流れにそって組み立ててみせた安部龍太郎の着眼と構成は並みの鋭さではない。 

すなわち、軍事・政治にくわえ、二代光茂の治世では文化の担い手という役割が強調される。文化を「葉隠」は歌道で象徴する。武道、政道、歌道の三点セット。
飾り帯のコピーには
「しかし、時代は大きく変わる。二代光茂は武断な家風を厭い、追腹(殉死)を禁止、自らは命を懸けて和歌を極め、古今伝授の秘伝を受け、超一流の文化人となる」
とある。

第二十二話「骨髄に徹す」第二十三話「古今伝授」がこのくだりである。
大納言三条西実教が歌道の奥義・古今伝授は西三条家と仙洞御所だけに伝わる秘伝であったのだが、この秘伝を光茂が伝授されたのである。
「つまり、鍋島家は仙洞御所や三条西家と肩を並べる文化の名門になったのである。」
ただ、この逸話を素直に読めば光茂が歌道を極めたほんものの文化人であったとは思えないのだ。公家たちの面談テストに臨んだのは家臣である常朝であり、また常朝が公家に大量の賄賂を贈ったことが語られている。常朝の働きはこの文化活動においても死と一枚になり死身に徹したものであり、これが忠孝の道と説かれるのだ。
が、私は彼の行動をサラリーマンとしては尤もの働きであり、共感もする。処世術としては妥当だとの思いはするものの、感動をおぼえることはないのだ。

ところでこのくだりには別に興味深い見解と出会った。
葉隠には「忍ぶ恋こそ至極の恋」という武士道らしからぬ箴言があるが、その意味がようやく理解できたような気がした。
主君と臣下の関係は臣下の絶対服従という上下関係なのだが、一方では双方が「情」を通わせている関係であることを重要視していることだ。その情もひとかたならぬものであり、「恋情」に近い濃厚なものなのだ。光茂と常朝がその典型であり、衆道の関係をにおわせている。しかもこの交情を秘することが武士の道だとする。「忍ぶ恋こそ至極の恋」とするのも、なるほど武士道なのだと納得した次第。

「葉隠」は他にも、威厳、矜持、廉恥、容貌や言葉遣いや起居動作による強みの発揮、礼節など多方面にわたってあるべき姿が説かれている。ちょっと前のことだが、朝青龍騒動にあった相撲道によく似ているね。
そしてこれらを個々にとりあげれば、なるほど現代人にこそ求められるエッセンスであるかもしれない。今こそ武士道!などと葉隠再評価もわからないわけではない。
ただこの『葉隠物語』読めば、あくまでも江戸初期という時代の枠の中での思想だと理解できるのである。

葉隠礼賛もいいが「誰のための武士道であったか」をよくよく考慮しなければならないだろう。

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2013/03/23 13:41

投稿元:ブクログ

鍋島直茂が藩の礎を築くところから葉隠が誕生するまでの過程を描いた物語。文体が味気ないのと、後半は山本常朝の周りで起きた小咄が続く感じなので、若干飽きがくるのは否めないが、佐賀県人として、初期の佐賀藩の成立過程や佐賀の武士の気質が描かれており興味深かった。

2011/07/03 15:44

投稿元:ブクログ

文体が余り好きではない。
「死ぬこととみつけたり」が大好きなもので、どうしてもその比較で読んでしまった。逆にいうと、そこから抜け出るようなものではなかった。

2013/04/28 12:14

投稿元:ブクログ

直木賞作家、安部龍太郎氏の作品。

葉隠の中で描かれるいくつかのエピソードと、葉隠を纏めた山本常朝と田代陣基について描かれる。

原文や三島由紀夫、隆慶一郎をとも思ったのだが、読みやすいとのことでまずこちらを。

佐賀鍋島藩で言う所の武士道、家臣たちが藩主にいかに忠義を尽くして来たかが主な内容で、有名な一節「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」が根幹。

なかなか今の世の中、「死を覚悟して」と言われても現実味がないが、覚悟して臨めば「人のあやまりを正すこと」も「自分を磨きあげること」もできるという考え方は今にも通じるものがある。

以前に読んだ「光圀伝」とも繋がる所があり、読み物としてとても楽しめ、葉隠入門として最適だと思う。

次はぜひとも原文にチャレンジしたい。

2015/06/21 02:13

投稿元:ブクログ

葉隠をわかりやすく、エピソードで内容を紹介したもの。
分かりにくい原文にも訳が伴わなく少し残念な点はあるが、分かりやすい。
誤解されがちな、武士道と云ふは死ぬ事と見付けたりや、忍ぶ恋が衆道の恋であることなどにきっちり触れている。

内容的には、正直、現代人の私には引く点も多い。
義に殉じる感覚は理解できる私にも、そんな事で死なんでもいいやん…みたいな。
佐賀藩を実質的に龍造寺家から奪ったが、悪者になり切りたくない鍋島家の言い訳を家臣が綴った話というイメージ。没落していく主家を支えたし、鍋島家の客分?家臣として成り立つように役目も与えてあげたでしょう?という雰囲気で実支配権を握る鍋島家。下剋上してないよ、主家を思いましたよというポーズをとる分、私には却って不快感を催した。

藩祖の直茂、初代勝茂はそれなりに人格が優れている。直茂が人の命のほうが法度より大切と述べるシーンなどもあり。しかし、2代目の光茂は貧困にあえぐ藩を尻目に道楽の歌のための御殿を建てたりと結構な悪政。この人に主に使えた家臣が書いた鍋島4代記。

勝茂が老いてもなかなか嫡男の光茂に家督を譲らず、弟に譲ろうと画策するが、家臣に策略を練られ光茂が跡目となる。その彼が悪政気味なので、勝茂には光茂の器量のなさがわかっていたのではないか、家臣の忠誠とは、諫言とはなんぞやと少し考えてしまった。

通商を求めてきて、結局断ることになるイギリス船のエピソードが興味深かった。非常に丁寧に応対する日本人を信用し、好感を持ってくれたらしく、少し感激した。

2012/04/19 22:06

投稿元:ブクログ

武士道というは、死ぬことと見つけたりは有名な言葉で知っていたが葉隠からきていたのは知らなかった。鍋島家の波乱万丈な歴史を知ることができ幸いである。