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「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について
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  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2012/03/29
  • 出版社: 河出書房新社
  • サイズ:18cm/339p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-309-02092-1
  • 国内送料無料

紙の本

「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について

著者 高橋 源一郎 (著)

「非常時」における「正しい」思考とは何なのか?果たして「答え」は存在するのか?高橋源一郎と一緒に考え、そして体験する、「あの日」からの297日。【「BOOK」データベース...

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「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について

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商品説明

「非常時」における「正しい」思考とは何なのか?果たして「答え」は存在するのか?高橋源一郎と一緒に考え、そして体験する、「あの日」からの297日。【「BOOK」データベースの商品解説】

「非常時」における「正しい」思考とは何なのか? 果たして「答え」は存在するのか? 高橋源一郎と一緒に考え、そして体験する、東日本大震災からの297日。ツイッターをはじめ各媒体で発表したものをまとめる。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

高橋 源一郎

略歴
〈高橋源一郎〉1951年広島県生まれ。「さようなら、ギャングたち」で群像新人長編小説賞優秀作を受賞しデビュー。「優雅で感傷的な日本野球」で三島由紀夫賞、「日本文学盛衰史」で伊藤整文学賞を受賞。

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みんなのレビュー31件

みんなの評価3.9

評価内訳

2012/11/24 16:35

投稿元:ブクログ

作家のたわごと…といってしまったら口が悪いのかな。
文学的な表現で(そして上から目線で)、作家という立場から彼がこういう内容を主張していて、それを果たしてどんな人が納得感を持って読んでいるのか、私にはわからないかもだなぁ。。
てか同じ作家でも内田樹氏は説得力がすごくあるのに、彼の文章がそうでないのはなぜか。私がそう感じるだけ?

Twitterを、こんな凄い使い方してるかたがいるのねー

2012/05/07 00:58

投稿元:ブクログ

タカハシさんが、3.11以降にTwitterなどの電子媒体を中心に発信した情報をほぼそのまま時系列的に出した本。3.11以降の1年の「ことば」をひとところにまとめることで「「あの日」の前と後で、なにが変わったのかを知りたいと思った」からだと言う。その間にはメイサク『恋する原発』を書き、少し問題を起こした後、世に出している。リアルタイムで見た"書き下ろしの小説のタイトルは「恋する原発」です。いままで書いた中で、いちばんクレイジーな小説になると思います。"というツイートも載せられている。これを読むと、『恋する原発』に込められた意味も少しだけよく分かるかもしれない。

タカハシさんとTwitterと言えば、たまに予告の上で放たれる午前0時から始める連続ツイート「午前0時の小説ラジオ」が有名。この本にも3.11以降に発せられた何本かの「小説ラジオ」が収められている。祝島に関しての「小説ラジオ」も印象的だ。

本書で紹介された発言の中でも3.11のために卒業式開催が自粛された著者が教授として勤める大学の卒業生に対して「小説ラジオ」の形でTwitter上で捧げられた「祝辞」は素晴らしい。学生にとって、卒業式でその祝辞を聞いても左から右であった可能性が高く、こうやって世に出て目にすることができるのはある意味での幸運でもあるのかもしれない。この中で最も言いたかったことは次のことだろう。

"「正しさ」の中身は変わります。けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。「不正」への抵抗は、じつは簡単です。けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。...「正しさ」への同調圧力によって、「正しい」ことをするべきではありません。"(p.33)
→ 全文はココ: http://togetter.com/li/114124

この1年の発言には当然原発への言及も含まれているが、当然のことながら「反原発」でも「原発推進」でもない。まだ生まれていないひとたちへの倫理を持ち出すことで、どちらかというと反対の立場を取っているのかもしれない。ただ、どちらの立場であるのかを選択することよりもタカハシさんが恐れているのは、「反原発」と「原発推進」の間の対話不能性であり、「正しさ」への同調圧力だ。3.11以降に起きたことは「正しさ」と「倫理」について何らかのことを考えざるをえないできごとだった。

タカハシさんが3.11の後も積極的にTwitterに関わろうとするのは、表現者としての倫理の問題であるとも思う。新しい「ことば」の表現手法について、積極的にその意味付けを行おうとしているのか。それは失敗することもあるのだろうけれども、試行することは責任でもあるのだと考えているのではないか。

"ことばを書く、ことばを他人に向けて使う、どちらもほんとうに、恐ろしいことだ、と思うことがあります。ふだんは忘れているけれど、時々、しみじみとそう感じる。いま、たぶん、そうなんだと思います。それでも、使うしかないんだけど。"(p.153)

というのは印象深いツイートのひとつだ。

深く「小説」について思考してきたタカハシさんのそれを生の形で届けられた本。 読んでみてほしい。

---
この本には当然掲載されていないが、この本の出版に際してこの本自体について、2012年3月4日にも「小説ラジオ」を行っている。
→ 全文はココ: http://togetter.com/li/267309

「正しさ」と息苦しさについて、ハンナ・アーレントと親鸞を持ちだして論じている。こちらもチェックしてほしい。

2012/03/20 03:04

投稿元:ブクログ

「祝辞」収録。
これを手元に置いておけるだけでも購入の価値があると私は思っている。

【祝辞】
P29・・・「祝辞」2・いまから四十二年前、わたしが大学に入学した頃、日本中のほとんどの大学は学生の手によって封鎖されていて、入学式はありませんでした。それから八年後、わたしのところに大学から「満期除籍」の通知が来ました。それが、わたしの「卒業式」でした。

「祝辞」3・ですから、わたしは、大学に関して、「正式」には「入学式」も「卒業式」も経験していません。けれど、そのことは、わたしにとって大きな財産になったのです。

「祝辞」4・あなたたちに、「公」の「卒業式」はありません。それは、特別な経験になることでしょう。あなたたちが生まれた1988年は、昭和の最後の年でした。翌年、戦争と、そしてそこからの復興と繁栄の時代であった昭和は終わり、それからずっと、なにもかもが緩やかに後退してゆきました。
・・・・・・・・(省略)

「祝辞」15・わたしは、二つのことを、あなたたちにいいたいと思っています。一つは、これが特殊な事件ではないということです。幸いなことに、わたしは、あなたたちよりずっと年上で、だから、たくさんの本を黄泉、まったく同じことが、繰り返し起こったことを知っています。

「祝辞」16・明治の戦争でも、昭和の戦争が始まった頃にも、それが終わって民主主義の世界に変わった時にも、今回と同じことが起こり、人々は今回と同じように、時には美しいことばで、「不謹慎」や「非国民」や「反動」を排撃し、「正しさ」への同調を熱狂的に主張したのです。

「祝辞」17・「正しさ」の中身は変わります。けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。「不正」への抵抗は、じつは簡単です。けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。

【父としてのあたたかなまなざし】
P68 …この子が、ここにいるとき、ほかのどんな子も、かさなって、いることは、できない。そしてそれは、ほかの子を排除するのではなく、同時にすべての『この子』を受け入れることでもある。マメのような赤ん坊がミルクを飲み、ご飯を食べてどんどん成長し、小さなゾウのようになっていく…

…そのとき、それをいとおしく思う自分さえ消えて、世界は世界だけで、たくさんのなずなを抱えたまま大きくなっていくのではないか

まど・みちおの詩にも、堀江さんの小説にも、共通してあるのは、「自分を中心とはしない」考え方だ、とぼくは思う。ぼくたちは、「ぼくはなに」「ぼくはなんのために生きている」という考え方から、なかなか逃れられない。けれど、子どもを見ている時、そのことをすっかり忘れているのである。

ぼくもまた、一日中、子どもを見つめている。そんなに熱心に他人を見ることは、ほかにはない。おそらく、恋愛がもっとも燃え上がっている時の恋人を見る時以外に、そんな風に見ることはないだろう。そのような視線だけが「いること」を確認できるのである。


ツイッター公表時から、ひとつも文章を変えてないらしい。「見られる」ということを常に意識して書かれた文章には、常に、緊張感と社会的責任がにじみ出ているように思うんだけど、全然、説教くさいとは感じないのです。やさしくて、あたたかくて、好ましいと、感じさせる。言葉の力とか、そんな陳腐なもんじゃない。言葉で食っている人はやはりすごいということを再確認した一冊でした。

2012/05/31 16:21

投稿元:ブクログ

最近高橋さんにはまっている。

レンちゃんやシンちゃん、奥さんを含めて。

ツイッターはその時の気持ちを切り取るのに適しているが、まとめて後から読むとその時の空気までも思い出して時代を表現するのに適していると思った。
月ごとの年表と合わせてみるとより思い出す。
なんともいえないざわざわ感を。

2012/05/22 00:45

投稿元:ブクログ

わたしが疑問に思っていたことの答えがここにある気がする。
「正しさ」を武器にするのは危ういと云うこと。
「正しさ」が常に「正しい」とは限らないこと。

2014/05/26 20:47

投稿元:ブクログ

東日本大震災とそれに伴う原発事故。Twitterで語り続けた作家の「考え」がリアルタイムで記録されていたことに注目したい。時間と共に「考え」は変わっていく。あまりにも巨大な「敵」の出現に翻弄されながらも、日常のくらしは続いていて、ささやかな子供との対話に救われたりもする。この3年間で変わってしまったのは直接の被災者はもちろんのこと、すべての日本人がそうであるようにも思う。「正しさ」について考え続けることはなかなか大変だ。でもそれをしなくてはいけない。

2013/06/13 16:25

投稿元:ブクログ

高橋源一郎はやっぱりほんとうに信頼できる。真摯な、やわらかい言葉はすっと入ってきて違和感がない。高橋源一郎のことばを読むと、なんとなく良さそうに見えていた実はそれほど良くないことば、というのがはっきりとわかるようになる。心が折れそうになっている個人の側に立つ、真の文学者によるこの本を読むことで、わたしはすこしずつ、あっだいじょうぶかもっておもえるようになる。ありがたいなあ。


--「正しい」という理由で、なにかをするべきではありません。「正しさ」への同調圧力によって、「正しい」ことをするべきではありません。あなたたちが、心の底からやろうと思うことが、結果として、「正しさ」と合致する。それでいいのです。もし、あなたが、どうしても、積極的に、「正しい」ことを、する気になれないとしたら、それでもかまわないのです。……あなたたちには、いま、なにかをしなければならない理由はありません。その「時期」が来たら、なにかをしてください。その時は、できるなら、納得ができず、同調圧力で心が折れそうになっている、もっと若い人たちの分も、してあげてください。

2015/09/25 23:44

投稿元:ブクログ

ツイッターの言葉は日記風で内容が乏しいように感じたけれども、後半の色々なところへ寄稿した文章集は味わい深いものが多かった。
高橋源一郎は随筆が良い。

2013/01/27 18:59

投稿元:ブクログ

2011年3月11日以降、この年に高橋源一郎が書いたツイッター上の「ことば」と、この年に書いた小説、評論、エッセイ(ものによってはその書き出し部分)が編まれた本。3月11日からのあの年に、何を書こうとしたかを知ってもらいたいと思った、と書いてある。

2009年の暮れにツイッターを始めたという高橋は、ある晩「午前0時の小説ラジオ」という番組を始めた。午前0時から1時間近く、一つのテーマについて連続してツイートする。そうしてインターネットの「海」へ流れていった「ことば」について、高橋は、「街頭に立って、ギターを弾いたり、詩を朗読する人のようだった」(p.4)と書く。

▼多くの場合、街頭を歩く人は、ほとんど無関心で、その弾き手や、朗読者の横を通りすぎてゆく。それでいいのだ、と思った。生々しい「ことば」が飛び交い、直接、取り引きされる現場に、自分の「ことば」を置いてみること。それは、ずっと、ぼくがやりたかったことのような気がした。(p.4)

高橋はそれまで、ツイッター上の「ことば」を出版してみませんかという申し出を断ってきた。だが、このたびの本に出版するつもりのなかった「ことば」を載せようと思ったのは、「「あの日」の前と後で、なにが変わったのかを知りたいと思ったからだ」(p.7)という。

そんな高橋の「午前0時の小説ラジオ」で流された「ことば」の一節。

▼「正しさ」の中身は変わります。けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。「不正」への抵抗は、じつは簡単です。けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。(p.33、2011年3月21日の「午前0時の小説ラジオ」、テーマは「祝辞」)

▼プラグマティズムは南北戦争の焦土の中から生まれた。「自分たちは正しい」という二つの主張のぶつかり合いが無数の死者を作り出した。だから、一群の人たちは、対立ではなく、自分の正しさを主張するのでもなく、世界を一歩でも良きものとする論理を生み出そうとしたのである。(p.132、2011年10月17日の「午前0時の小説ラジオ」、テーマは「分断線」)

▼祝島は、みんなで手をつないで、ゆっくり「下りて」ゆく場所だ。「上がって」ゆく生き方だけではない、そんな生き方があったことを、ぼくたちは忘れていたのだ。それは、確実に待っている「死」に向って、威厳にみちた態度で歩むこと、といってもいい。(p.163、2011年12月12日の「午前0時の小説ラジオ」、テーマは「祝島」)

『We』が、"「こうあるべき」という正論を極力排して、「ゆらぎ」や「迷い」を大事に"誌面をつくっていきたい、と言ってるのと、なんか似てる気がした。

私はむかし、かなり「正しい」人だった。「正しい」ことを言いつのる人間だったな…という自覚がある。その「正しさ」で人との間がぷつっと切れたこともあるし、ぶったぎったこともある。いまもたまに(あ、自分は「正しい」ことにこだわっているかも)と思うことがある。私がなんで「正しさ」につかまるようになったのか、そこは自分でもよくわからないけど(親の影響もそれなりにある気はするが)、「正しさ」は気をつけ���いとこわいもんなんやと、あるとき気づけたことは、よかったなと思う。

私はいまのところツイッターをしてみようという気はないが、路上のギター弾きのような、というのはちょっとおもしろいなと思った。

(1/23了)

2012/04/25 07:22

投稿元:ブクログ

子どもへの愛情、人間への愛情、世界への愛情、それゆえの悩みや苦しみ。そういうものを素直に感じさせてくれる、高橋源一郎さんの優しく、絶妙な言葉がたくさん詰まった素晴らしい本でした。

2012/06/24 21:21

投稿元:ブクログ

――幾人かの教え子は「なにかをしなければならないのだけれど、なにをしていいのかわからない」と訴えました。だから、わたしは「慌てないで。心の底からやりたいと思えることだけをやりなさい」と答えました。彼らは、「正しさ」への同調圧力に押しつぶされそうになっていたのです。
(中略)
 わたしは「正しい」から寄付をするわけではありません。わたしはただ寄付をするだけで、偶然、それが現在の「正しさ」に一致しているだけなのです。「正しい」という理由で、なにかをするべきではありません。「正しさ」への同調圧力によって、「正しい」ことをするべきではありません。
(中略)
 もし、あなたが、どうしても、積極的に、「正しい」ことを、する気になれないとしたら、それでもかまわないのです。
いいですか、わたしが負担となる金額を寄付するのは、いま、それを心からはすることができないあなたたちの分も入っているからです。30年前のわたしなら、なにもしなかったでしょう。いま、わたしが、それをするのは、考えが変わったからではありません。ただ「時期」が来たからです。
(中略)
 その「時期」が来たら、なにかをしてください。その時は、できるなら、納得ができず、同調圧力で心が折れそうになっている、もっと若い人たちの分も、してあげてください。共同体の意味はそこにしかありません。(32‐34頁)


 3.11からの「考え」を、ツイッターで呟き続けた高橋源一郎氏の思考の記録。あの日からの日々を振り返り、これからを見つめるのに最適の一冊。

読了。鶴見俊輔さん、祝島の話に泣きそうになった。

ところで祝島!埋め立て工事の免許失効おめでとうございます!!30年間も原発に反対し、週に一度のデモ行進を続けてきた祝島の方々、本当に素晴らしい。
「原発がなければ国が立ち行かない」というご意見もなるほどな~と思いますが、こういうニュース見るとどうしてもご老人方の応援をしたくなる。
でも応援するなら自分が節電しろよって話ですよね。もう寝ます。

2012/06/10 17:24

投稿元:ブクログ

3.11以降に高橋源一郎さんが書かれた諸々の文章のまとめ。震災以降、なんだかすごい時代を生きているんだなぁ私たちは、としみじみと実感したのでした。随所に織り込まれるれんちゃんとしんちゃんのお話に和みます。

2012/07/12 20:27

投稿元:ブクログ

地震のあった年に、氏が発信したtweetと書いたものの冒頭の引用。
趣旨には賛同したのだけれど、私にはtweetは再読だし、書いたものは冒頭の一部だしで、残念だけれど物足りない。結局、かなりの消化不良。

2016/03/25 08:26

投稿元:ブクログ

311以降の1年を振り返った、ツイートやエッセイ、論評や小説の冒頭などで構成された本。メディアも、SNSやブログ、新聞・雑誌と多様だ。内容の重複もあり、これら全てが綺麗にまとまるはずもなく、その混沌があの日からの日々そのものだったと、著者は語る。
震災と津波そのものの災害よりも、長引く原発事故から巻き起こる非難の応酬や同調圧力、エネルギー問題などを巡る人々の混乱が、それぞれの相容れない「正しさ」を創り上げていく。そんな中で、著者は日常通りの生活を過ごすことで、変化を受け入れようとする。

5年目を迎えた2016年3月11日は、あの日と同じ金曜日だった。著者がパーソナリティーを務めるNHKラジオの番組「すっぴん!」では、著者自身によってこの本からの抜粋が朗読された。あの日は、ご長男の保育園の卒園式という記念すべきハレの日。日常の一部であり、それでいて特別な家族の平和なシーンの朗読をバックに、保育園で人気だという歌『LET'S GO! いいことあるさ』が流れた。
メロディーはどこかで聞いたことがあると思えば、オリジナルは"Go West" The Village Peopleで、カバーはPet Shop Boys。東日本で起きた災害で、自国民でありながらどこかしら疎外感が離れなかった西日本にいる自分は、これからどこへ行こうか?何を開拓しようか?いいことあるだろうか?そう思わずにはいられなかった。
ただ過ぎ去っただけでなく永遠に失われた未来を背景に、子供たちの無邪気で元気な声で希望と未来が連呼される。慌ただしい朝の番組なのに、聞いていて思わず泣けてきた。
http://www.nhk.or.jp/suppin/podcast.html

また、著者が教壇に立っていた大学では卒業式が中止されたが、卒業生に宛てた祝辞は複数のツイートとして贈られた。これも、自身によって改めて朗読された。最後の卒業から時間が経った大人にも、今も深く響くメッセージだ。
作家・高橋源一郎(@takagengen)さんの「震災で卒業式をできなかった学生への祝辞」
http://togetter.com/li/114133

元々、書籍の内容が多面的・多層的だった上に、さらに時間軸という深さも加わった。今も残るソースを一緒に辿ることで、改めて立体的に「あの日」を感じられる本であった。

2012/04/04 14:39

投稿元:ブクログ

午前0時の小説ラジオ「分断線」が良かったです。例えば、東北への支援に重きをおく人と、原発に関わる問題に重点を置く人たちの間の線。「あの日」からの分断線。説得を受け入れて変わる。こういう分断線があちこちにひかれてしまったが、自分と違う考え方の人がいて良かったと自分たちでこの線を消していこうという内容です。

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