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悪霊 別巻 「スタヴローギンの告白」異稿

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  • 発行年月:201202
  • 出版社: 光文社
  • サイズ:16cm/363P
  • ISBN:978-4-334-75245-3

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悪霊 別巻 「スタヴローギンの告白」異稿 (光文社古典新訳文庫 Aト 1-14)

著者 ドストエフスキー (著),亀山 郁夫 (訳)

悪霊 別巻 「スタヴローギンの告白」異稿 (光文社古典新訳文庫 Aト 1-14)

967(税込)

悪霊 別巻~「スタヴローギンの告白」異稿~

918(税込)

悪霊 別巻~「スタヴローギンの告白」異稿~

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収録作品一覧

失われた「告白」 亀山郁夫 著 15−85
『悪霊』第2部第9章−「チーホンのもとで」初校版 87−169
『悪霊』第3部第1章−「チーホンのもとで」ドストエフスキー校版 171−255

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みんなのレビュー4件

みんなの評価3.9

評価内訳

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紙の本

ドストエフスキーの思考を追体験する

2012/03/12 10:54

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:桑畑三十郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 1871年1月より、家庭向けの雑誌「ロシア報知」に連載されていた「悪霊」。その第2部9章に予定されていた「スタヴローギンの告白」は、その少女凌辱というショッキングな内容から、社会的な影響と検閲に対する配慮により編集部の意向で、掲載差し止めになった。
 本書では1906年に一部が発表され、1921年にふたつの異稿が発見されたこの「スタヴローギンの告白」を3つ載せている。この3つを読むことによって、我々はドストエフスキーの思考の過程を追体験できる。本書にあるようにこれを併せて読むことで二つの意味を理解できる。ひとつは「ロシア報知」の編集人の意に沿えるように改作することであり、ふたつめは作者自身による純粋に芸術的な見地からのブラッシュアップである。
 ドストエフスキーが表現上どこにどんな言葉を入れ、または削るかを考え、悩んだあとを知ることができるのは物書きを目指すものにとって、この上のないぜいたくであり、第一級の資料である。
 たとえば最後にチーホンがスタヴローギンに呼びかける場面。初校版では「あなたは、もう出口を求めるみたいに、新しい犯罪に身をなげだしてしまう。」が、ドストエフスキー校版では、「おまえは、もう出口を求めるみたいに、新しい犯罪に身をなげだしてしまう。」となっている。「あなた」を「おまえ」に変えるだけでずいぶん印象がちがってくる。
 また、アンナ版だけに見られる、象牙の磔像を真っ二つに割る場面。ドストエフスキーがなぜこのエピソードを挿入したのか、想像するのもおもしろい。
 ただ内容が重いだけに続けて3つを読むと、精神的にどっと疲れる。

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2012/12/18 23:51

投稿元:ブクログ

マニアックではあるけど、ドストエフスキーの苦悩の過程はよくわかる。人物の造形を変えて受け入れられやすくする努力はもちろんのこと、とても些細な部分にもそれぞれの版で修正が入っているところに作家の作業、こだわりを感じる。

2013/09/12 12:30

投稿元:ブクログ

『永遠のロストナンバー』という宿命を持ち続けるドストエフスキーの『悪霊』の中にある「チーホンのもとで」の中にある『スタヴローギンの告白』ここでは世界初の試みとして現存する3つの告白を収録しております。

「<告白>のない『悪霊』は丸屋根のない正教寺院である」

これはロシアを代表するドストエフスキー学者の一人であるユーリー・カリャーキンの言葉です。『永遠のロストナンバー』という宿命を持ち続ける“スタヴローギンの告白”を含んだ『チーホンのもとで』。これは小説『悪霊』の劇中で重要なクライマックスのひとつとして第2部9章、もしくは第3部1章に収録される予定ではありましたが、掲載誌である『ロシア報知』編集長のカトコフからあまりにも内容がインモラルであるという理由からNGが出て、その後1年以上にもわたって両者の間であらゆる綱引きが行われた末に結局はドストエフスキー側の敗北に終わるという結果となり、都合100年近くの間、現在我々が目にすることが出来る状態での悪霊を目にすることは無かったという運命を持ったものでございます。

本書では世界初の試みとして3つのヴァージョンの『告白』を訳出し、一冊にまとめたものです。それは『初稿版』『ドストエフスキー版』『アンナ版』です。それぞれ説明をすると


・初稿版…ドストエフスキーが『ロシア報知』に送った最初の原稿を活字に組んだものであり、原書出版のさい、そのプリント(初稿ゲラ)では、誤植などのごく初歩的な誤りの修正のほか、いっさい手が加えられていない。初稿版における「チーホンのもとで」は第2部9章として位置づけられている。
・ドストエフスキー版…ドストエフスキーが初稿ゲラに赤字を加えた版にいくつかの段階での直しが含まれている可能性がある。ドストエフスキーはこれを第3部1章として位置づけていた。
・アンナ版…アンナ・ドストエフスカヤが筆写したもの。筆写された時期は特定できないが、初稿版、ドストエフスキー校版との間に重大な変更が見られる。1,2において欠落しているプリントの15枚目が復元されているのが大きな特色だが夫人が終わりの筆者を断念している。
(本書より引用・抜粋)

内容の流れを簡単に分けると3節で成り立っており、


・スタヴローギンが『告白』を携えてチーホン僧正のところへ行き、そこでの対話。
・チーホン僧正が『告白』を黙読する。
・『告白』を読み終えたチーホン僧正とスタヴローギンとの対話


です。『告白』の特徴は「スタヴローギンより」で始まりその「より」という言葉の使い方は江川卓先生によると『~からの福音書』という使い方だそうで、聖書の福音書になぞらえて自らのおぞましい悪行の数々を語るという構図を後で知ったときはあまりの恐ろしさに言葉もありませんでした。書かれている文章は原語となっているロシア語でも訳出するのは本当に大変だったそうで、亀山教授いわく『あいまいかつ舌ったらずな表現/頻繁に用いられる副詞./回りくどい表現/同語反復/意味不明な言い回し/明らかな事実誤認』という言葉のオンパレードらしく、訳出するのは本当��苦労したのだそうです。

内容を簡単にまとめてみると


1.4つの『罪』の告白―ペンナイフの紛失とマトリョーシャへの折檻。35ルーブル窃盗事件。マトリョーシャ陵辱。マリヤ・レビャートキナとの結婚。
2.世界遍歴の物語
3.黄金時代の夢
4.『告白』発表の意図


です。その中でもハイライトでは『14歳の少女(ヴァージョンによって年齢が違う)を自身のあまりの退屈さに陵辱して、その上に彼女を自殺にまで追いやってしまったはいいものの、事あるごとに出てくる彼女の幽霊に悩まされ続けている』という箇所でしょう。それを読み終えた後に展開されるスタヴローギンとチーホン僧正の息詰まるようなやり取りは本当にスリリングなものでありました。

全体を一度通して読んでみると、構図そのものはあまり変わらないといえば変わらないのですが、細部のディティールに当時、ドストエフスキーと『ロシア報知』側との鬼気迫るような攻防が構成を表す太字の箇所から感じることが出来るのです。スタヴローギンがペテルブルクで放蕩生活を送っていたときに重ねた悪行の数々は先述しましたが、35ルーブル入った給料袋を盗んで飲み代に使って後日、持ち主の役人から問い詰められてもシラを切りとおしたり、その3日後にマトリョーシャを陵辱した後、彼女がしきりにうわごとで
「恐ろしい」
「神様を殺してしまった」
という言葉には彼自身が恐怖を感じ、後日、マトリョーシャが絶望の末、スタヴローギンのところに行って、小さなこぶしを振り上げ、顎をしゃくりあげたあとに彼女が縊死を遂げるまでの描写は何度読んでも恐ろしいものです。「黙過」という言葉をこの小説で知ることが出来ましたが、それを象徴する出来事のひとつだと思います。

さらにスタヴローギンは自分に夢中になっているマリヤ・レビャートキナとの結婚を決意する際にも、《酒盛りのあとの飲み比べ》や
「かのスタヴローギンがこんなくずみたいな女と結婚するというアイデアが神経をくすぐった」
という恐ろしいことを言うのです。立会人となったのはピョートル。レビャートキン。プロコル・マーロフ(故人)。キリーロフで、ここで彼はこの事実を他言無用とするのです。その後、帰省するもスタヴローギンは気候を起こし、放逐されるのです。

その後、彼は聖アトス山→エジプト→スイス→アイスランド→ゲッチンゲン大学で聴講生となる→パリ→スイスというまさに「魂の遍歴」をし、彼が「黄金時代」と称する『アキスとガラテア』を見たりするのですが、得られたものは何も無く、大きな徒労だけが彼を包むのです。最後のほうにも女性を死なせた話や決闘で二人の命を奪ったこと。さらには一人の命を毒殺で奪ったことが記されており、これを公開する意図があるとほのめかし、『告白』は終わります。ここまで書いていて本当に疲れました。

これを1時間かけてチーホンは読み終えた後、スタヴローギンと対話をするのです。チーホンが『懺悔に見せかけた挑戦』と『告白』を断じ、
「汚辱のためにわざと費やされた、大きな無為の力」
といい、対するスタヴローギンも
「あらいざらい真実を言いましょうか。ぼくはね、あなたに許してほしいんで��よ。あなたのほかもう一人、いや、二人ぐらいのひとにはね」
と揺れ動く複雑な心理を表します。さらには
「自分で自分を許したいんです。これが最大の目的、目的のすべてです!」
とまで言うのです。

チーホンはスタヴローギンに修行を勧め、さらには『告白』の公開の延期を示唆します。しかし、最後のほうにはチーホンが
「(中略)新しい犯罪に身を投げ出してしまう。それも文書の公表を逃れるためだけに」
(ここはヴァージョンによって表現が違う)
というようになり、対するスタヴローギンも
「この、いまいましい心理学者め!」
と吐き捨ててチーホンの暗室を去り、決裂してしまうのです。

アンナ版以外には最後まで記されているのですが、そこに至るプロセスが「微妙に」違うのです。前述しましたが、この「微妙さ」が重要なのです。しかし、ここまで自分がこの「告白」に固執したのはなぜなのでしょう。それは恐らく「内なるスタヴローギン」を出してみたかった。その理由に負うところが大きいのかもしれません。

2014/01/12 20:32

投稿元:ブクログ

はっきりいってつまらない。内容が難しいとか登場人物がわかりづらいとか、そういった理解を阻む要素はあるけれども、それを抜きにして考えても単純におもしろくない。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』も、おなじように哲学的で難解な内容や、わかりにくい人物関係を含んでいるが、この2作品を読んだときは難しくもおもしろさを感じて、やっぱりドストエフスキーは凄い、と思ったものである。本作の場合はどうか。いつまで経っても恋愛だの活動だののいざこざが終わらず、そうこうしているうちに火事が起きてバタバタと人が死ぬのである。徹底的に私小説であればまだ楽しめるのだろうが、こういう「内輪」の話がいつまでもダラダラと続いているだけでは読んでもぜんぜんおもしろくない。むろん、わたし自身に読む能力が欠如しているという問題点はあるだろう。ただ、それでも先に挙げた2作は難しいなりにも楽しめたのに、本作にはそれがないので、やはり作品の問題ではないかと思う。世界的文豪の作品をこう称するのは気が引けるが、長いだけであんまり優れているとも思えない、悪い見本のような作品だと思う。