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小説のストラテジー(ちくま文庫)

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  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2012/11/07
  • 出版社: 筑摩書房
  • レーベル: ちくま文庫
  • サイズ:15cm/309p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-480-42979-7

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紙の本

小説のストラテジー (ちくま文庫)

著者 佐藤 亜紀 (著)

フィクションとは、作者と読者が互いの手の内をうかがいながら丁々発止とわたりあう、遊戯的闘争の場である。超一流の書き手にして読み手である著者が、選りすぐりの実例にもとづき、...

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小説のストラテジー (ちくま文庫)

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商品説明

フィクションとは、作者と読者が互いの手の内をうかがいながら丁々発止とわたりあう、遊戯的闘争の場である。超一流の書き手にして読み手である著者が、選りすぐりの実例にもとづき、その戦略・技法の全てを実践的に伝授する。【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなのレビュー6件

みんなの評価4.9

評価内訳

  • 星 5 (3件)
  • 星 4 (0件)
  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

読み手も書き手も読むとより一層小説を楽しめる本

2014/03/05 23:47

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:アキ - この投稿者のレビュー一覧を見る

説を読むにあたって、小説を読むとは何を読んでいるのかが作例を用いて分かりやすく(時に分かりにくく)説明されてた。読み手も書き手も1度目を通して見てはどうか。小説という作品を読むことに闘争心が湧き立ちますよ。

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2014/12/26 13:11

投稿元:ブクログ

書き方が少々不親切。オペラ的とかメロドラマとか定義してから使って欲しい。

この人の文体というか、語り口はかなり好き。


大学図書館901.3SA85

2012/10/15 19:45

投稿元:ブクログ

祝文庫化!書くための戦略の手解きを望む者は必読。。。

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「フィクションとは、作者と読者が互いの手の内をうかがいながら丁々発止とわたりあう、遊戯的闘争の場である。超一流の書き手にして読み手が、古今東西から選りすぐった実例にもとづき、その戦略・技法の全てを具体的かつ実践的に伝授する。 」

2013/06/10 23:26

投稿元:ブクログ

話が難しいですが、その分だけ小説の深い部分について言及しています。なんだか、必要なことはすべて古代ギリシャ人が語りつくしているって感じです。

2014/08/20 01:23

投稿元:ブクログ

読み途中だけどけったくそ面白い。
思考回路がそのまま入ってくるような感覚が味わえて新鮮。
--
引用文献一覧
・アイスキュロス『アガメノムーン』久保正彰訳、岩波文庫、1998年
・『アリストテレス全集17』岩波書店、1972年
・『ナボコフ短編全集II』作品社、2001年
・『オスカー・ワイルド全集』第四巻、出帆社、1976年
・ドストエフスキー『悪霊(上)』江川卓訳、新潮文庫、1971年
・G・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』中村保男訳、創元推理文庫、1982年
・プラトン『国家(上)』藤沢令夫訳、岩波文庫、1979年
・ホメロス『イリアス(上)』松平千秋訳、岩波文庫、1992年
・ミハイル・バフチン『小説の言葉』伊東一郎訳、平凡社ライブラリー、1996年
・『志賀直哉全集』第三巻、岩波書店、1999年
・笙野頼子『説教師カニバットと百人の危ない美女』河出書房新社、1999年
・デイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』柴田元幸、斎藤兆史訳、白水社、1997年
・ウェルギリウス『アエネーイス(下)』泉井久之助訳、岩波文庫、1976年
・ヴォルテール『カンディード』吉村正一郎訳、岩波文庫、1956年
・ソルジェニーツィン『収容所群島1』木村浩訳、新潮文庫、1975年
・マルグリッド・ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』多田智満子訳、白水社、ユルスナール・コレクションⅠ、2001年
・ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』若島正訳、新潮社、2005年
・笙野頼子『水晶内制度』新潮社、2003年
・ウラジーミル・ナボコフ/エドマンド・ウィルソン『ナボコフ=ウィルソン往復書簡集 1940-1971』中村紘一・若島正訳、作品社、2004年
・『エドマンド・ウィルソン批評集2 文学』中村紘一・佐々木徹・若島正訳、みすず書房、2005年

2016/10/31 16:27

投稿元:ブクログ

哲学とフィクションの言葉はなぜ徹底的に異なるのか。メロドラマの戦略。表現者と鑑賞者の闘争的な関係。剛腕小説家の創作論。

以下、本文からの引用

──いやもう、ちょっとお目に掛からないくらいテンションの高い会話、ということが、引用部分だけでもお判りでしょう。クレドまで転用している。ひとつ間違えば滑稽になりかねないくらいのハイテンションです。
 ドストエフスキーの作品をメロドラマ呼ばわりしたら罰が当たると思う人がいるかもしれませんが、心配はいりません。間違いなく、メロドラマです。ただし、所謂メロドラマにおいて陰謀や発狂や自殺や殺人だらけの筋書きを動かし、登場人物に到底正気とは思えないような行動を取らせて観客をわくわくさせるのはもっぱら金と権力とセックス(時にはその三位一体)ですが、ドストエフスキーはその三つをほぼ丸ごと採用した上、天才的創意を働かせて、人間が同じくらい必死になり、残酷になり、時としては殺人さえ辞さないドラマチックな要素を持ち込んだ。それが「思想」です。

──われわれの実際的なあり方に照らして判断するなら、真を語る声も、真を語る声を模倣した声も、ほとんど区別がありません。われわれが聞くのは、あることを語る声だけです。もちろん、それが真か偽かを判断する方法はあります。ただし、キケローの演説を聞いた何人かが確実にそう判断したであろうように、偽であるとしても真としたほうが得策かもしれないし、真であるとしても偽以上に有害だから退けることもあるわけです──真によって人を騙すことも充分に可能なのですから。論理的に真であることは、予めそう定められていない限り、同意の充分な条件にはなりません。
 そうした現実の場において、語ることは真を述べることというより、ある命題を投げかけて賛否を問うことです。もちろん情理を尽くすことも、感情に訴えて煽動することも可能ですが、同意するか否か、は受け手に委ねられます。一目瞭然の偽が喝采で迎えられることもあるでしょうし、完璧に論理的な真を証明してなお、石もて追われることもあるでしょう。更に言うなら、語ることによって語る者もまた揺らぎます。語ることは同時に聞くことであり、語り手が最初に出会う聴衆は、まず自分自身だからです。