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父の生きる
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.3 26件
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  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2014/01/17
  • 出版社: 光文社
  • サイズ:20cm/181p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-334-97763-4
  • 国内送料無料

紙の本

父の生きる

著者 伊藤 比呂美 (著)

詩人・伊藤比呂美が、遠距離介護を通し、親の最期に寄り添った三年半の記録。【「BOOK」データベースの商品解説】老いてなお生きる苦しみを、死と向き合う寂しさを、娘に打ち明け...

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父の生きる

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商品説明

詩人・伊藤比呂美が、遠距離介護を通し、親の最期に寄り添った三年半の記録。【「BOOK」データベースの商品解説】

老いてなお生きる苦しみを、死と向き合う寂しさを、娘に打ち明ける父であります−。詩人・伊藤比呂美が、遠距離介護を通し、親の最期に寄り添った3年半の記録。ブログをもとに大幅に加筆して単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

伊藤 比呂美

略歴
〈伊藤比呂美〉1955年東京都生まれ。詩人。78年「草木の空」でデビュー。「河原荒草」で高見順賞、「とげ抜き」で萩原朔太郎賞、紫式部文学賞を受賞。

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みんなのレビュー26件

みんなの評価4.3

評価内訳

  • 星 5 (8件)
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  • 星 3 (3件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

親の介護のかたち

2015/09/20 22:53

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:双子ママ - この投稿者のレビュー一覧を見る

ここに記録されているのは、熊本とアメリカの「超遠距離介護」の姿だが、歩いて5分の距離で親を介護している人にも、あるいは親と同居して介護している人にも共通するものがあって、思わず「そうそう」とうなずきながら読んでしまった。表紙は著者が子どもの頃に父親に抱かれている写真。そう、親の介護の時に気持ちを前に奮い立たせてくれるのはこういった記憶ですよね。

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紙の本

終末期の父を思う

2014/02/15 11:16

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:HAHA - この投稿者のレビュー一覧を見る

意思表示できない父の思いを知りたくて手にした本。
どうして、父「の」生きる、なのか、読んでわかった気がします。

伊藤比呂美という人でも、介護では、看取りでは、娘としては、凡人と同じような思いの中で揺れるものでした。
それぞれの正直な思いの吐露が、私の心を整理してくれたようで、読後は少し冷静になれ、現実と向き合えている感じがします。

さまざまな選択を迫られる終末期医療の渦中にある家族の方へ、静かに寄り添ってくれる一冊だと思います。

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2014/02/28 21:02

投稿元:ブクログ

これが老いの真実なんだろうな。もちろんこのお父さんと違う進行をする人もいるだろうけど、人はだんだんに衰えて、死ぬ。
衰えるっていうことは死ぬ準備なのであって、ピンピンコロリの方が、不自然で無理があるような気がしてきました。

2016/10/20 18:15

投稿元:ブクログ

年老いて、独りになった老父が
死への不安や、現状への不満、日常の退屈を言葉にして
娘である著者に投げつけて来る。
遠く離れたカリフォルニアに住む著者は
その言葉に、傷つけられたり申し訳なさを感じるのだけれど
不平不満を訴える父の言葉の中に著者はやがて
父の『死』ではなく、『生きる』気持ちを見つけるのです。
独りぼっちで死んでいく父を見送る気持ちがとにかく切ない。
老いて変わっていく親の姿とは、子どもにとってこんなにも悲しいものなのか。
お父さん、お父さんと呼びかける
著者の声が聞こえてくるようでした。

2014/03/13 10:00

投稿元:ブクログ

介護というのは、かくもすさまじいものなのか。親を看取ることは、自分もそこで生きるということ。
「退屈で死にそうだ」といいながら「何もする気力がない」、生きるとはかくも大変なこと。でも生き続ける人間。

2014/10/28 12:16

投稿元:ブクログ

カリフォルニアに住む詩人の著者が3年間に渡り熊本に一人住まいをする父を遠距離介護して看取る。
父は徐々に老いて弱って行き、毎日の電話でも同じことを繰り返すようになる。
老いるというのは孤独との戦いなのだなあと思った。
時には「やってられない」という思いを持ちながらも妻、母、娘、詩人として頑張りぬく姿に心打たれた。
親を看取ることが自分の成長の完了。

著者のエッセイ「おなかほっぺおしり」の中で赤ちゃんだったお嬢さんたちがすっかり大人になって祖父の介護の手助けをしている姿に感動した。

著者の二十年前の育児エッセイをもう一度読みたくなった。

2014/07/09 12:02

投稿元:ブクログ

カリフォルニアに住んでいる伊藤比呂美が、母が死んだあと、父が一人で暮らしている熊本と行ったり来たり、そして毎日のように電話をかけたりしていたのを、メモやブログから再構成したらしき本。

母が死んで父が残った2009年から、父の死ぬ2012年までのことが書いてある。80代の父と50代の娘は、もともと仲が良かったらしい。それでも、電話をかけるとやたら不機嫌なときがあったり、退屈だぁと言ったりする父親のことが、娘にとっては時にめちゃくちゃめんどくさい。父は来てくれと言うけれど、娘はなかなか仕事がはかどらなくてイライラしたり、むかつくことがあったりもする。老いて、ちょっとずつ弱ってくる父のことが悲しくなったり、つらく感じるときもある。そんなことが縷々書いてある。

読んでいて、母が死んだあと一人で15年暮らしている父のことを、ところどころで思い浮かべたりもした。父自身が老いる自分をどう感じているだろうか…ということを、伊藤比呂美の父の言動を読みながら考えたりもした。

▼父は、いつも一人でした。穏やかに、偏屈に、母にうっとうしがられながら、母との暮らしに満足していたようです。人づきあいは決してよくないのですが、人に向かったときには快活で、人なつっこくて、素直で、人に頼るのをいやがらない人でした。それでヘルパーさんたちとは、どの人ともとてもうまくいきました。幸いでした。(p.8)

そういう伊藤比呂美の父のことを読んでいて、同じように偏屈で、人づきあいが悪いうえに、人に向かったときに黙りこくってしまったりもするうちの父は、この先、もっとよぼよぼになったときに、どうなるやろうなあと思った。

伊藤比呂美の父が、とうとう死んだ4月の、最初の日にはこんなことが書いてある。
▼人がひとり死ねずにいる。それを見守ろうとしている。いつか死ぬ。それまで生きる。それをただ見守るだけである。でも重たい。人ひとり死ぬのを見守るには、生きてる人ひとり分の力がいるようだ。(p.148)

この、父を送るまでの3年ほどの日記のようなのを読みながら、たしか前に、伊藤比呂美が母について書いた、似たような本を読んだなー、あれはどの本やったかなと思いだそうとしていた。『閉経記』だったか、それとも『女の絶望』だったか、記憶がはっきりしないが、あれをもう一度読みたいと思う。

父が死んで、伊藤比呂美はめそめそとしていた。何ヶ月も父が出てくる夢を見、数ヶ月にわたって悔いてばかりいた、という。

▼悔いている。そう言うと、みんなに言われる。よくやったじゃない、何を悔いることがあるの、と。それでも私は悔いている。もっとそばにいてやれた。もっといっしょにテレビを見てやれた、三月に帰ってくることもできた。夜だって、自分の家に帰らずに父の家に泊まってやることもできた。それをしなかったのは自分の意思だ、てなことは、お天道様でも知るまいが、私にはちゃんとわかっている。私は父を見捨てた。親身になって世話しているふりをしていたが、我が身大事だった。自分のやりたいことをいつも優先した。父もそれを知っていた。(p.174)

私も父のことがめんどくさい。カリフォルニアと熊��のように離れているわけではないものの、ここ数年は月に1度様子見に行くくらいだ。先月は、父が故障したパソコンを買い換えることになって、買い換えたあとの設定だの何だのがうまくいかないというので、しかたなく何度も実家へ行き、父に代わってサポートに電話をかけ、うまくいかないというパソコンをさわった。

このめんどくささは何なんやろうなと思う。親でなければ、同じ年頃の年輩の人には、私はもっと親切にできる気がするからなおさらに。伊藤比呂美が書いているように「重たくのしかかりながらも、父はつねに、私に無理はさせまい、乗りかかりすぎまいという、抑制も努力もしていたのはたしかなんである」(p.175)という気配を、私も父から感じる。

父は、親を助けるのはアタリマエで当然というような態度はとらない。たぶん遠慮していて、そして自分でなんとかしようという気概はある。だけど、思うようにできなくなっていて、手近なところに頼らざるをえない自分に、父ががっかりしているのも感じる。

母のときもそうだったが、周りから孝行娘のように言われるのは違和感ばかりある。そのせいで、私は父に対して、よけいにめんどくささを感じるのかもしれない。私もいつか、悔いるのかもしれないと思う。そのときは、今感じてるめんどくささをしっかり思いだして、そして悔いたいと思う。

(7/6了)

2014/05/27 12:48

投稿元:ブクログ

じわじわ、じわじわと、涙がとまらないのだ。
読みながらも、読んだ後も。
こうなると分かっていながら本を開いて、今もなお読み返しては何度も涙をぬぐう。
本の中には、亡父がいて、それから私がいる。
相違点は、私は姉との二人三脚で介護が出来たと言う点と、カリフォルニアと熊本という遠距離の行ったり来たりではなく緩和センターと自宅との往復だった点。
あともうひとつ、ののしられたりしたことは、一度もなかったという点。
最後の最後まで父は冷静この上なかったし、周りを気遣って微笑んでくれる人だった。
「大人の対応」と言えば聞こえはいいが、ある意味私への信頼も甘えも薄かったのかもしれない。
その分比呂美さんよりマシだったかというとそんなことはない。
亡くなって行く人の凄まじいまでの孤独にどこまで寄り添えたかと問われると、私は言葉を失ってしまう。
もっともっと、出来たはずだ、もっともっと。

比呂美さんもたびたび書いているが、この自分が何が好きで何が嫌いかなど、こちらにどんな事情があるかなど、そんなことは本当にどうでも良いのだ。
ひとりぼっちで、夫の理解も得られない中で仕事もしながら、離れているときは電話もかけて、かけた電話でののしられたりもして、本当に良くやったよ、比呂美さん。
心の中で、どれほどの葛藤や煩悶があったことだろう。
どれだけ自分を責めたりもしたことだろう。
あなたの気力とその高い矜持に、心から敬意をはらってしまう。
そして、お父さん亡き後のあなたの言葉の数々に、いくつも大きくうなずいた。
とりわけ、両親の介護(下のお世話も含めて)について【人生の最後に二人がそういうことをさせてくれた】という記述には、ボロ泣きさせてもらった。
そうだ、父といた時間がこんなにも幸せな記憶として思い出せるのは、そこなのだ。
私は「させてもらっていた」のだ。
私がしてもらっただろうことを、今度は私がしている。しかも、してくれた当の本人に。
こんな機会が、介護以外のどんな場であると言うのだろう。
支離滅裂なことを言って困らされることこそなかったけれど、秘かに心待ちにさえしていたのだ。
さすった背中や握り締めた手の感触が鮮やかなうちは、そのたびに泣き崩れた。
でもやがて、涙の間隔があくようになり、もろい足元ながらも歩き出すのだ。
そうだ、私は幸せだったのだ、そう確認して。

これから親を見送るかもしれないひとは、どうか不安がらずにいてほしい。
比呂美さんの友人からのメールにあるように、【病と老いはどんどん拡大して父を消していく。】ことがあっても、【見送るとまた立ち上がってくる。ここまで来た道を。あの父とあの私が、確かにいたことを】。
本当に、その通りだから。どうか、恐れずにいてほしい。

紹介してくれたブクログのお仲間さん、どうもありがとう!

2014/02/02 14:03

投稿元:ブクログ

海外で暮らす娘と年老いた父との電話のやりとり。退屈をどう克服するかが、これからの老後のテーマですね。

2014/02/26 16:51

投稿元:ブクログ

「閉経記」「犬心」でも同時期のことが綴られていたが、ここでは父をみとるまでのことに焦点が当てられている。これは切なかった。

死に近づくにつれ、自分が愛し、また、愛された「父」は失われていく。父母を捨て、遠いアメリカに住んでいることで、伊藤さんは自分を責める気持ちにさいなまれ続ける。熊本とカリフォルニアを幾度となく往復しながら、これでいいのか、いやこうしか私にはできないともがき続ける様が胸に痛い。

著者の「情の濃さ」と「我の強さ」はまさに表裏で、分かちがたいものなのだろう。老いた父に精一杯のことをしてあげたいと思う一方で、仕事をせずにはいられず、熊本にいても夜は自分の家で一人にならずにはいられない。同じ愚痴を繰り返す父にイライラし、億劫でたまらないが、毎日何度も国際電話をかける。彼女のように徹底的に、そういう自分であることを見つめ、引き受けてきてなお、葛藤は消え去るわけではないのだ。そのことがつらく、また同時に、なぜか救いのようなものも感じる。誰だって苦闘しているのだと思って。

胸に迫ったところをいくつか。

「やがて死ぬ。それは知っている。でもやっぱり怖い。死ぬのは怖い。死はどんどん近づくが、どんなに近づいてもやっぱり遠い。その怖くて遠い道を一人で歩いていく。一歩一歩、重たい足を引きずりながら。そこにたどり着くまで、一日また一日を生き延びる。その孤独を、その恐怖を、娘に打ち明ける父であります」

「うちの家族は、妻と母を欠いてクリスマスと新年の重なるこの時期を過ごしている。そして私は仕事が捗らない。こうやって人を食い荒らしつつ人は生きていかねばならないものかと、一日に数回考える。
 てな感じの愚痴を友人に垂れ流したらスッキリするかと思ってやってみた。却ってよくないことがわかった。その瞬間は、声に出して吐き出すことでストレスの度合いがさっと下がるが、ここもいやよねあそこもいやよねと声に出して言っているうちに父のわるいところばかり見えてくる。しかしそれは父の本質ではなく、本質は老いの裏に隠れているのだ。父の本質は、私を可愛がってくれて、自分よりも大切に思ってくれて、私が頼りにもしてきたおとうさんだ」

「『病と老いはどんどん拡大して、父を消していくと思う。でも、見送るとまた立ち上がってくるよ。ここまで来た道を。あの父とあの私が、確かにいたことを』と一年前に父親を見送った友人がメールしてきた。ちょっとほっとした」

「人前で泣くのは恥ずかしいが、とめられない。悲しいというのではない。悲しくない。後悔もしてない。早すぎたとは思わない。意外でもなかった。悲しいというのではない。ただたんに父の死に顔やからだを見ていると、子どもだった頃の父が思い出されてきて、なつかしいのである。なつかしさのあまりに涙が出る」

こうやって書き写していたら、また泣けてきた。

2014/10/16 17:38

投稿元:ブクログ

カリフォルニアと熊本を行き来しながらの遠距離介護の記録。詩人の作者は、さすがに言葉の重みが凄い。つらくて、少しずつしか読み進められなかった。作者はわたしであり、作者の父もまたわたしである。

2014/07/29 03:57

投稿元:ブクログ

父が30代著者が数歳の頃の、表紙の写真が人の一生を物語っている。
介護やら、老いた両親を見るのは大変だが、それを通してヒトは人になる、伊藤氏はそう言っている。
介護経験のない私自身が今は見られる立場になり、老い方の難しさ、しかし、人生は成長の一度きりの場面にそれぞれ難しさはあって、どれも上手くはいかないもので、かっこよく老いようなんて諦めた。

2014/07/08 12:45

投稿元:ブクログ

20140705読了
カリフォルニアと熊本を往復しながら84歳の父親を看取るまでの記録。ひとりでも暮らせるよう介護サービスを組み立て、話題がなくてもカリフォルニアから毎日電話をして会話をし(そして父親の愚痴や不満に自分が潰されそうになり)、定期的に熊本へ帰る生活。遠距離で看取る現実を切り取って静かに差し出してくれているような本。●遠くにいても近くにいても、死ぬときはみな一人なのだという当たり前のことを、心に刻むことなく年を重ねてきた老人の最晩年は、当人にとっても家族にとっても多大なエネルギーを消耗するものだ。●へとへとになりながら父親に関わるのを、今の家族を犠牲にしてまですることなのかと夫から文句を言われる…「前の敵と戦っていたら、背後から一斉射撃された感じである」。味方だと思っていたのにあんたも敵だったのかよと、ここまでくると呆れるような心境かも。相手が夫ではないが、こういう状況は経験あり。

2014/04/14 10:41

投稿元:ブクログ

少し前に読んだ「閉経記」と同じひろみさんが書いたとは思えない印象。
赤裸々な性の話もなければズンバも出て来ない。
そこには濃密な父のと最後の日々がただ淡々と記されている。
読者へのサービス精神も捨て去ったありのままのひろみさんの姿はかえって切ない。

海を越えて日米を行き来する尋常ではない介護の日々。
熊本にはただひたすら娘が帰ることを待っている父がいて、カリフォルニアには自分の家族がいる。
誰にも代わりになる人はいなくてさぞしんどかっただろうなあ。
すごいよ、ひろみさん。本当によくやったよ。
と、誰しも思うに違いない。
でも、本人は悔やんでるんだよね。あんなに頑張ったのに。

私の夫は10代の頃に母親を亡くしている。長い長い闘病生活を在宅介護で支え続けた。
中学生の頃は学校から帰宅すると母にお水を持って行くのが日課になっていた。
だが、ある日それをサボった。一刻でも早く友達と遊びたいがために。
夫は私に言った。
どうしてたった数分の事ができなかったんだろうと。
母のおむつ交換もお風呂の介助も厭わずやってきた人が悔やむのである。

傍から見れば十分すぎるほど介護を頑張ったのに悔やむ人は多いのだろう。
もちろん、やり尽くしたと言える人だってすごい。
果たして私はどうなるのか。次は私の番だ。
ちょっと心配だけどやるしかないんだなぁ。

それにしても、ひろみさんと父上の親子関係は羨ましい限りだ。
こんなに父親から愛されることってあるんだなあ。想像もできない世界。
だから頑張れたのかなとも思ったり。
老人とは思えないほどの機知に富んだ会話を読むと、ひろみさんの文章力は父親譲りなんだろうか。
最期まで意思疎通を取れたこと、これって本当に幸せだと思う。
なかなか実際はそうもいかない。
入院はしない、救急車も呼ぶなと張り紙をしている父上。
ひろみさんもすごいけれど、この父上もすごい。
あっぱれである。

2016/08/19 21:39

投稿元:ブクログ

伊藤さんの著作に、「おとうさん」は幾度も出てくる。
生きることがしんどくてしょうがなくなった伊藤さんが、お父さんのところへいく。すると、お父さんは仕事の手を止め、「よし、いつまでも聞くぞ」というふうに黙って向き合ってくれる。そんな姿が描かれていたのは、どの本だったろう。

そのお父さんが死に向かっていく。娘はうろたえたりむかついたりしながら、父の、死の道に寄り添っていく。

おそろしいのは、読んでいるうちに、伊藤さんの「お父さん」が自分の「お父さん」に重なっていくことだ。自分の父もいつか死ぬ存在である、ということを、まざまざと突きつけられる。

老いと病は、親をどんどん遠くへやってしまうのだろうか。でも、子どもにとって、お父さんはお父さんであり、お母さんはお母さんであり続ける。

文庫版帯に書かれている「57年間かわいがった娘として。むきあってほしい」という言葉が、目をそむけたいほど切ない。

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