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告白 1(中公文庫)
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  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2014/03/15
  • 出版社: 中央公論新社
  • レーベル: 中公文庫
  • サイズ:16cm/355p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-12-205928-3
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

告白 1 (中公文庫)

著者 アウグスティヌス (著),山田 晶 (訳)

ローマ帝国末期のキリスト教最大の教父、アウグスティヌスによる古典的名著。幼少年期の過ちと怠惰、青年期の放埒を赤裸々に告白し、信仰に生きるに至るまでの半生を綴る。第1巻から...

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告白 1 (中公文庫)

967(税込)

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商品説明

ローマ帝国末期のキリスト教最大の教父、アウグスティヌスによる古典的名著。幼少年期の過ちと怠惰、青年期の放埒を赤裸々に告白し、信仰に生きるに至るまでの半生を綴る。第1巻から第6巻までを収録。〔「世界の名著 16 アウグスティヌス」(1978年刊)の再編集〕【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなの評価4.5

評価内訳

  • 星 5 (0件)
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  • 星 1 (0件)

2014/10/09 22:36

投稿元:ブクログ

アウグスティヌス(山田晶訳)『告白Ⅰ』中公文庫,2014年(初版1978年)
 『告白』はアウグスティヌス(354-430)が400年前後に書いた著作である。全13巻、第1巻〜第9巻までは自分の生涯を神に告白している。基本的な構造は自分がどんな悪人であったを語り、神を賛美している。訳者も指摘しているが、おどろおどろしい暗さはなく、希望が語られていて、総じて雰囲気は明るい。巻10はヒッポ(カルタゴ)の司教であったアウグスティヌスの「現在」の告白、巻11から巻13までは『聖書』創世記の注解を通した自己告白だそうである。
 山田晶は『告白』について「自己を例として、みなの前にさらけだしている」とし、「愛のある人ならば、私をあわれみ、神をたたえるであろう」(アウグスティヌス)と「神の讃美にいざなう」書物であるとしている。
 翻訳一巻は巻6までを収めており、幼児期から31歳くらいまでを扱っている。まだ、回心(387年)はおこらず、洗礼はうけていない。
 アウグスティヌスはカルタゴのタガステの地主階級の長男にうまれた。父はパトリキウスで、母はモニカである。父は洗礼志願者、母は敬虔なキリスト教徒であった。7歳からタガステで学びはじめ、13歳で近郊のマダウラで修辞学を学ぶ。雄弁によって出世してほしいという父の希望であった。15歳でいったん勉強をやめ、16歳のころ父が死んだ。地元の資産家ロマニアヌスの援助でカルタゴに遊学し、名前の残らぬある女性と同棲生活をはじめる。18歳で長男アデオダトゥスが誕生、マニ教に入信した。20歳で学業を終え、タガステで文法を教える。22歳ごろカルタゴで修辞学(官僚になるひとが学ぶ弁論術)を教えはじめ、26歳ごろ処女作『美と適応について』を書くが、この著作は生前に散逸した。29歳ごろ、マニ教への疑いをもち、マニ教の司教ファウストゥスと話して失望、カルタゴの学生の野蛮さに厭気がさして、母をだまして、ローマにいく。自由七科を学び、ローマではアカデミア派の懐疑論に傾倒する。30歳、ローマ市長官シュンマコスの推挙で、ミラノの国立学校の修辞学教授に任命され、ミラノで司教アンブロシウスと知り合い、聖書の読み方(象徴的解釈)を啓蒙される。31歳、母モニカがミラノにおしかけてきて、母の意に沿う相手と婚約する。婚約者は成人まで2歳たりないから待つことになった。当時の女性の成人は12歳であるから10歳くらいの少女と婚約したのであった(山田はあまりに幼いので異説がでるかもしれないとしている)。それまで内縁関係にあった女性は長男をおいて去った。
 山田によると、『告白』は母モニカや司教アンブロシウスなど、アウグスティヌスにとって重要な人物の死後に書きはじめられており、内縁関係にあった女性も亡くなっていたのではないかとされている。『告白』は内縁の妻の追悼にもなっているのではないかとのことである(『アウグスティヌス講和』講談学術文庫)。アウグスティヌスは、この名前も残らぬ女性を、ほんとうに愛していたのである。ただし、どうしても女性が好きだったらしく、内縁の妻が去ったあと、婚約者の少女の成人をまつ間に、いわば「つなぎ」の女性ともつきあっている。なんとも正直に書いたものである。まあ、神はすべてを知っているのだから、隠しようがないのだが。
 このように、アウグスティヌスは、いわば「酸いも甘いもかみわけた」成熟した男で、言ってみれば、ダンディーだった。『告白』は人間と人生に対する細かな洞察にみち、宗教的な著作ではあるが、現代の心理小説を読んでいるような感じもする。幼児期の自己中心を「ほかの幼児」から自分もそうであったと推測し、少年期の嫉妬や、仲間と「盗むこと」を楽しむため、梨を盗んだと述懐し、少年期も罪から逃れていないことを述べる。現代でも子供が無垢ではなく、自己嫌悪や差別や嫉妬をする存在であることは、児童文学や教育学で習うが、こうした児童心理もアウグスティヌスの著作がその源なのだろう。学校に行く意味が分からなかったり、語学教師の脅迫が恐ろしかったりと、ふつうの子供がもつような感慨ものべている。友人の死にあい、自分も死ぬのではないかと恐れたり、悲しみに沈む自分から逃れられない辛さも味わった。
 キリスト教について、若い頃のアウグスティヌスは、神を想像できず、目に見えるものしか信じなかった。かれは新奇なマニ教に傾倒した。マニ教の基本は光と闇の闘いという二元論で、悪の起源を説明しなくてもよく、ある意味ですっきりした教えであった。聖者が植物を食べると、その内部にとじこめられている「光のかけら」(生命)が解放されるとマニ教は説いていて、アウグスティヌスもせっせと「聖者」に食べ物を貢いだ。マニ教の有名な司教ファウストゥスにあって話をしたが、結局、悪の起源などの問題については、ファウストゥスも無知であり、失望することになる。しかし、アウグスティヌスはファウストゥスが「自分が知らないということを知っている」ことはみとめ、「心がある人」だったとしている。ローマで再会した地元の友人と語るうちに、神は至善至高なのだから、悪に傷つけられることがないはずだから、神が悪と戦う必要もないことに気づき、だんだんマニ教をはなれて、アンブロシウスの話をきくうちに聖書の解読法にもめざめて、カトリックにひかれていく。結局、悪は人間の自由意志に根ざすという結論になる(仏教の煩悩のようなものじゃないかと思う)。神は悪をも善用して世界を全体として美しくつくったが、悪だけをみると悪は依然として醜いとなる。友人といっしょに財産を共有し、俗世をはなれ、修道院のような生活をしようとも計画するが、ともに暮らす女性のことも考えると、そうもいかず、やめたりもしている。
 母モニカは自分をだましてローマにいった息子を追いかけ、地中海を船でわたった。途中で船が難儀にあったが、信仰深いのか胆がふといのか、こんなことで自分が死ぬはずがない、かならず神の加護があると信じて、気落ちするどころか、かえって船乗りを励ました。モニカはそういう女性で、生涯息子がキリスト教徒になることを望んでいた。なかかなたくましい女性である。
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2014/06/14 23:34

投稿元:ブクログ

アウグスティヌス(山田昌訳)『告白』中公文庫。古典的名著の歴史的名訳待望の文庫収録。安易な外部の物語に依存する心性からの超越を克明に記録する偽りのない徹底的な自己内対話は、読み手の心を捉えてはなさない。解説「『告白』山田昌訳をもつということ」(松崎一平)も秀逸。手元に置きたい三分冊。

2016/09/18 09:22

投稿元:ブクログ

一者はいたるところに存在しながら、しかもどこにも存在しない、という新プラトン派の思想が面白い。1巻ではマニ教の影響を受けた青年期の人生を主に描く。
松崎一平氏の解説では訳者の山田晶氏との思い出が描かれているが、古い良き?アカデミズムの世界があったかのようで羨ましかった。