サイト内検索

詳細検索

送料無料(~12/31)

[CPあり]2016年年間ランキング【ランキングTOP】(~12/14)

電子書籍化お知らせメール

商品が電子書籍化すると、メールでお知らせする機能です。
「メールを登録する」ボタンを押して登録完了です。
キャンセルをご希望の場合は、同じ場所から「メール登録を解除する」を押してください。

電子書籍化したら知らせてほしい

電子書籍化お知らせメールサンプル

アルグン川の右岸
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.5 7件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×

新刊お知らせメール登録

この著者の新着情報

一覧を見る

  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2014/04/06
  • 出版社: 白水社
  • サイズ:20cm/365p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-560-09033-6
  • 国内送料無料

紙の本

アルグン川の右岸 (エクス・リブリス)

著者 遅 子建 (著),竹内 良雄 (訳),土屋 肇枝 (訳)

エヴェンキ族最後の酋長の妻、90歳の「私」は、仲間が定住地に移住していくのを見ながら、森の中で最後までトナカイと一緒に残ることを決意して、これまでの人生を語り始める。もと...

もっと見る

アルグン川の右岸 (エクス・リブリス)

3,024(税込)

ポイント :28pt

紙の本をカートに入れる

電子書籍化お知らせメール

電子書籍化お知らせメールサンプル

電子書籍化お知らせメールヘルプ

メールを登録する

このセットに含まれる商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

商品説明

エヴェンキ族最後の酋長の妻、90歳の「私」は、仲間が定住地に移住していくのを見ながら、森の中で最後までトナカイと一緒に残ることを決意して、これまでの人生を語り始める。もともと民族はバイカル湖周辺に住んでいたが、ロシア軍が侵攻してきたため、アルグン川の右岸に渡る。そこは当時、清国だったが、やがて中華民国となる。そして日本軍の対ソ連前線基地となり、男たちは軍事訓練を受けるが、日本軍は敗退していく。やがて中華人民共和国の内モンゴル自治区に変わり、社会主義体制のもと、政府は医療の改善と教育の充実、また動物保護を名目にして定住生活を推し進める。だが彼らのトナカイとの共存共栄の生活が理解されず、狩猟民としての生活が破壊されていく。都市での定住生活に適合もできず、将来を見出せない狩猟エヴェンキ族。民族は徐々に衰亡し、やがて絶滅してしまうのではないか、と危惧する…。【「BOOK」データベースの商品解説】

【茅盾文学賞(第7回)】トナカイとともに山で生きるエヴェンキ族。民族の灯火が消えようとしている今、最後の酋長の妻が90年の激動の人生を振り返る。中国東北部の大自然に根ざした狩猟と遊牧生活、消えゆく少数民族への挽歌。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

遅 子建

略歴
〈遅子建〉1964年生まれ。大興安嶺師範専科学校中文系卒業。ハルビンの文芸誌『北方文学』の編集部勤務などを経て、専業作家に。魯迅文学賞の短編小説賞ほか、受賞多数。

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

みんなのレビュー7件

みんなの評価4.5

評価内訳

  • 星 5 (3件)
  • 星 4 (2件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

2014/11/05 08:29

投稿元:ブクログ

[ 内容 ]
エヴェンキ族最後の酋長の妻、90歳の「私」は、仲間が定住地に移住していくのを見ながら、森の中で最後までトナカイと一緒に残ることを決意して、これまでの人生を語り始める。
もともと民族はバイカル湖周辺に住んでいたが、ロシア軍が侵攻してきたため、アルグン川の右岸に渡る。
そこは当時、清国だったが、やがて中華民国となる。
そして日本軍の対ソ連前線基地となり、男たちは軍事訓練を受けるが、日本軍は敗退していく。
やがて中華人民共和国の内モンゴル自治区に変わり、社会主義体制のもと、政府は医療の改善と教育の充実、また動物保護を名目にして定住生活を推し進める。
だが彼らのトナカイとの共存共栄の生活が理解されず、狩猟民としての生活が破壊されていく。
都市での定住生活に適合もできず、将来を見出せない狩猟エヴェンキ族。
民族は徐々に衰亡し、やがて絶滅してしまうのではないか、と危惧する…。

[ 目次 ]


[ 問題提起 ]


[ 結論 ]


[ コメント ]


[ 読了した日 ]

2014/05/06 16:51

投稿元:ブクログ

物語の舞台となっているのは、中国内モンゴル自治区とロシア国境を流れるアルグン川の東岸。かつて日本が満州国と呼んで支配していた土地で、中国最北端の地である。語り手はその地に長く暮らすエヴェンキ族の最後の酋長の妻で齢九十歳をこえる。エヴェンキ族は、古くからバイカル湖周辺一帯にトナカイを飼育しながら狩をして暮らす狩猟民族であったが、ロシア人により迫害され、アルグン川を渉り、その右岸に逃れ住んでいた。

二十世紀に入ると、アルグン川右岸は時代の波に翻弄されるように、清国、中華民国、日本軍の対ソ連前線基地、中華人民共和国と次々に新しい国家によって支配されるようになる。厳しくとも豊かな自然環境のなかで、民族の伝統を守り、季節によって餌となる苔や草木を求めて移動するトナカイの群れとともに、獲物を求めて狩を続けるエヴェンキ族であったが、自然とともに生きる彼らにも、時代の流れは押し寄せてきていた。あれほど豊かであった森林は伐採され、原野に道路が切り拓かれ、トナカイの群れを鉄条網に囲うという国家の政策が待ち受けていた。

狩猟民族であるエヴェンキ族にも、健康や教育文化振興という名の下に、猟銃の保持が禁止され、居留地への定住化を推し進める力が迫る。最後の酋長ワロジャを亡くした部族は、その妻であった語り手と孫一人を残し、皆山を下ることになる。話をするのも聞くのも嫌いなアンツォルにではなく、シーレンジュを打つ雨や囲炉裏の火に語りかけるように、老婆は自分が産まれた頃から、今に至る一族の歴史を話し出すのであった。

エヴェンキ族は、シャーマンの語源であるサマンと呼ばれる祈祷師を中心とした一族で集団を作り、その住居はシーレンジュというテント式の小屋である。トナカイの背に荷や人を乗せて移動し、熊やキタリス、ヘラジカ、あるいは川魚や鳥を獲って食料とし、白樺の樹皮から取れるものを、衣食住に利用し、信仰にあつい氏族である。ただ、自然は時に過酷であり、語り手の姉妹も冬の厳しい寒さの中で命を落とす。そんな中、氏族の温かな目に見守られ、少女は成長し、やがて夫となる人を見つける。

目次の後に「人物相関図」という樹形図が付されているが、なるほど、これがなければ誰が誰の兄であり、伯父であるのか、さっぱり分からぬくらい大家族の歴史を描いたもので、比喩的な言い回しを許してもらえるなら、氏族の一大叙事詩と言ってもいいほどの大河のような物語が、この樹形図のなかに封じ込められている。広大な自然の中、首長やサマンといった力のある者を中心として、氏族はまとまって暮らしているが、始終顔と顔をつき合わせて暮らしていかねばならない男と女の間には恨みつらみや妬みがつきまとう。

美しい者や力ある者ばかりが集まっているわけではない。中には、足を失った者、子のできない夫婦、妻のいない男、鼻の曲がった女や、口の歪んだ女もいる。また周囲も羨む美貌や腕力に恵まれた若者もいる。清冽な北の自然を背景に、それらの人々が、愛し合い、憎みあい、時には奪い、また逃げる。人にすぐれた能力を授かった者には、それゆえに耐えねばならない試練がつきまとう。サマンとなった義理の妹ニハオは、他人の命を救うために我が子の命を捧げる運命に逆らえない。人と人の間だけではない。人の代わりにトナカイの仔が死ぬこともある。

大昔から伝えられてきた言い伝えや祈り、呪いが、太古のままに力を残している氏族の生き生きとした暮らしぶりが、大自然の景観の中で時を越えてよみがえる。時折りはさまれる時事的な話題の何とつまらぬことか。しかし、その些末な人間界の出来事が、この美しい生活を今も生きる人々を追い詰めてゆく。川や、山を自分たちの言葉で名づけてゆく人々を、日本軍が、中国共産党が、戦争と革命の二十世紀のなかに、否が応でも引きずり込んでゆく。『アルグン川の右岸』一篇は滅びゆく者たちに捧げられた挽歌、といえるだろう。何と美しくも哀しい歌であることか。表紙を飾る大きな角を持ったトナカイの写真がじっとこちらを見つめるさまに胸を打たれた。その内容にふさわしい見事な装丁となっている。

2016/03/27 01:13

投稿元:ブクログ

森を往く旅人はナイフで木に小さな傷をつけて歩む。
その印を手掛かりに、自分が歩んだ道のりで自分を見失ってしまわぬよう。
これを樹号という。

人生はしばしば航海や旅に擬えられるが、エヴェンキ族の語り部は物語に喩える。
私たちが人生の節目節目で出会う出来事は、旅人にとっての樹号であり、物語にとっての句点である。

シーレンジュの人々が、過去にそれぞれの歳月を経た思い出の品々と共に火を囲み、時にはそれらを手掌で玩びながら(あるいはそれらに玩ばれながら)、語り部の語る話に思い思いの樹号を振る時、そこには静謐と法悦が訪れるだろう。生命の明滅とウリレンの消長の美しさゆえに。すなわち、天行の健やかなるがゆえに。

時間は常に禍福の均衡を保つ。サマン(=シャーマン)を介して人に彼岸の声を届け、生と死の代償を支払わせる。その詳細な経緯は、理論が決して語れない情緒の襞を優渥に満たす。訳者は作品を貫くのは「悲涼」という感情だと言うが、それでもこのことは言える。喜びと悲しみを誰かと共にするということは喜びなのだ。エヴェンキ族の暮らしがいつまでも続いていって欲しいという夢が適わぬと知りつつ、滅びゆく一族に祝福と哀悼の意を送らずにいられない。

2014/04/24 08:36

投稿元:ブクログ

「滅びゆく民族への鎮魂歌」評者:泉京鹿(翻訳家)北海道新聞
http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/new/4.html

エヴェンキ族、、、聞き慣れない。どのような人達かなぁ~

白水社のPR
http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=09033

2016/09/14 22:39

投稿元:ブクログ

山の中でトナカイとともに暮らすエヴェンキ族。
狩猟、採集の生活の中、満州国、共産主義、現代へ移り変わる時代は彼らの暮らしをも少しずつ変えていく。

時代の流れに乗るもの、取り残されるもの。
少数山岳民族、近現代の物語は、月と風に見守られながら
懐古と「悲涼」とともに語られる。

2014/09/25 23:14

投稿元:ブクログ

書き記された言葉を一字一句読み落とすことなく読み終えたい、頁をめくるごとにそう思った。
国境の大河・アルグン川の流域に生きる狩猟民族エヴェンキ族の、一世紀に渡る物語。風、森、月夜、祈り、童話を思い起こさせるシンプルなことばを連ねて、多くを語らぬ態度を貫きながら、あらゆる事をあふれるように伝える。
この本に多く描かれる死は皆、印象的。英雄のようには死ねないが、虫けらのようには決して死なせない一族の流儀も、100年の物語が今世紀を描く終盤にはいかんともし難く移り変わってゆく。哀切。
今年はこの本を読めたからもういい、そんな気にさせられる一冊だった。

2015/07/12 21:38

投稿元:ブクログ

中国の少数民族、エバンキ族の物語。中国の近代化により、たくさんの少数民族が管理、統制化に置かれ、自らの文化を放棄、やがて消滅する。自然に寄り添うように生きる、エバンキ族の生活は何も無いがとても豊かです。人が生まれ、愛し合い、やがて死ぬことが、豊かな森の中で淡々と繰り替えされていることを感じた。自分は小さな存在だと思った。エバンキ族がアイヌ民族と重なって見えた。