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徘徊タクシー

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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2014/07/31
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/138p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-10-335951-7

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紙の本

徘徊タクシー

著者 坂口 恭平 (著)

認知症の親を介護されている方に朗報!二十一世紀に誕生した新しいサービスその名も「徘徊タクシー」!記憶に一番残っているあの場所へ―『独立国家のつくりかた』の著者による新しい...

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認知症の親を介護されている方に朗報!二十一世紀に誕生した新しいサービスその名も「徘徊タクシー」!記憶に一番残っているあの場所へ―『独立国家のつくりかた』の著者による新しい知覚と希望に満ちた痛快小説。【「BOOK」データベースの商品解説】

認知症の親を介護する方に朗報! 徘徊という記憶による時空の旅をエスコートする新サービス「徘徊タクシー」をぜひお試しください−。祖父の危篤で熊本に戻った恭平は、認知症の曾祖母と再会し…。『新潮』掲載を書籍化。【「TRC MARC」の商品解説】

人間はつい目の前の現実を世界のすべてだと思ってしまう。でも、実はそうじゃない! 祖父危篤の知らせに故郷の熊本に戻った僕は、認知症の曾祖母と再会。彼女に導かれるように出かけたドライブで、徘徊老人を乗せて時空を旅するタクシー会社を思いつく。この世にボケ老人なんていない。彼らは記憶の地図をもとに歩いているだけなんだ。『独立国家のつくりかた』の著者による新しい知覚と希望に満ちた痛快小説!【商品解説】

著者紹介

坂口 恭平

略歴
〈坂口恭平〉1978年熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。東日本大震災後独立国家を樹立、新政府総理大臣に就任。「幻年時代」で熊日出版文化賞受賞。他の著書に「独立国家のつくりかた」等。

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みんなのレビュー34件

みんなの評価3.0

評価内訳

紙の本

想像力の徘徊

2016/12/02 10:36

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る

鉄くずでアダムスキー型の窯を作ってしまう鍛冶屋にたくましさを感じた。高齢化社会に向ける著者の暖かいまなざしもよかった。

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2015/06/20 03:33

投稿元:ブクログ

祖父危篤の知らせに故郷の熊本に戻った僕は、認知症の曾祖母と再会。彼女に導かれるように出かけたドライブで、徘徊老人を乗せて時空を旅するタクシー会社を思いつく。この世にボケ老人なんていない。彼らは記憶の地図をもとに歩いているだけなんだ。『独立国家のつくりかた』の著者による新しい知覚と希望に満ちた痛快小説!
大学の建築科を出ても、就職できない。祖父危篤で熊本に帰る。祖父は俳優志望。老人にんってからも下ネタ桃太郎。
桃からターミネーターを真似て全裸で登場、長茄子を股にはさんで鬼退治。母と祖母は俯いていた。
祖父が死に葬式。曾祖母がボケているので世話した。
ドライブに連れて行く。山口に行ったのと勘違いしている。これがヒントとなり惚けた老人をドライブに連れて行く徘徊タクシーを始める。役所に登録するが不合格。
勉強のためにタクシーに乗る。運転手に相談。運転手の惚けた母をドライブに連れて行く。M21に行くたい。
プラネタリウムに連れていいった。
子供の頃、亡くなった父。宇宙に行ったという嘘を母がついていた。宇宙の難しい質問をすると、母も詳細に答えた。
徘徊タクシーの最初の客は車にひかれたばかりの瀕死の猫。動物公園でみとってもらい死骸をひきとる。
徘徊タクシーを改造する工場のそばに埋葬。

2015/01/01 16:15

投稿元:ブクログ

徘徊という時空の旅!そう考えられると認知症という世界の暗闇に明るさがかんじられるではないか!その明るさは、介護に苦しむ家族の心の明るさなのかもしれません。
そうはいっても、介護がたいへんなことは山ほどあって並大抵のことではないのは確かです。でも、心の中で現在ではない世界を生きていることを認められると少し気持ちが軽くなる。
そして、ワタシもハハを施設に迎えに行こう。

2014/12/18 13:32

投稿元:ブクログ

自分のおばあちゃんを車に乗せて走ったことがきっかけとなり、徘徊タクシーという会社を作ろうと頑張る25歳の青年だが、発想がちょっと突飛過ぎかな。
自分が今、介護真っ最中なのもあってか、M31に行きたい京子さんへの対応も無茶だとしか思えない。
恭平さんの優しい気持ちはわかるんだけどね。

2014/11/18 20:36

投稿元:ブクログ

痴呆と言われる老人には、別の世界があってそこで生きているだけではないのか、と考えた主人公が「徘徊タクシー」を始めようとする。

ちょっと想像してた感じとは違いましたが、さらっと読み終わりました。

2014/08/28 18:24

投稿元:ブクログ

フィクション・ノンフィクションのMIXだと思う。
曾祖母をドライブに連れて行ったときの反応に触発され、認知症とされている人の記憶の中の行き先へ向かう「徘徊タクシー」を思いつく。
その見方、考え方はとてもいい。
徘徊する人は焦燥感や帰巣本能のようなものにかられて歩くが、その衝動は「行かなければ」「帰らなければ」という強い使命感に置き換えられる。
記憶の中のその場所は現実にはもうないが、「ここじゃないことだけは確か」なのだ。
だから、車で移動することは、景色が変わることは、衝動を鎮める効果が期待できると思う。
老人を預かるにも、施設として部屋を用意するより、介護タクシーとして車を用意する方が、簡単そうだ。

ただ、数時間走り回るガソリン代を考えるとペイしない、あるいは利用料が高額になる。
たまのガス抜きで利用するか、太陽光発電と電気自動車ならあるいは・・・と想像したくなる一冊だった。

2014/10/26 01:05

投稿元:ブクログ

恭平は東京の有名建築家の設計事務所で働いていたが、祖父の危篤で熊本の実家へ帰る。
亡くなった祖父の代わりに、ボケて徘徊するようになった曾祖母のトキヲを車に乗せたところ、トキヲは「ヤマグチ」という言葉を発する。「ヤマグチ」はトキヲさんが昔住んでいた場所だった。恭平は、徘徊という記憶による時空の旅をエスコートする「徘徊タクシー」というアイディアを思いつく。



実際の徘徊を知らないけれど、こういう考え方をしてもよいのではないかと思えるお話だった。徘徊で介護が必要な人を、人として捉えようとするこの発想はいいと思う。

P68
彷徨っているように見えて、実はその徘徊には目的地がある。それなら徘徊を嫌悪するのではなく、むしろ積極的に、しかも安全に行うきっかけを作ってみよう。

実際にこの仕事は公式には認められるにはいたらないのだけれども、偶然出会ったタクシー運転手の母親を乗せることになる。

P110
今、生きている現実は、それはたった一つの世界の在り方なだけであって、他にも無数に存在するんだと思ったんです。曾祖母はトキヲというんですが、トキヲ次元が存在するはずなんです。ボケているなんて言葉は嘘で、むしろ現実が一つしかないというその場に留まっている僕たちのほうがおかしいのかもしれない」

最後の京子さんのエピソードはうまいが、おしまいがちょっと尻切れトンボのような感じがしてしまうのが、もったいないな~~

2014/09/27 20:53

投稿元:ブクログ

小説だけれど、発想の転換を示した本。
苦難も角度を変えれば楽しみや幸せにつながる。

存在しないものは無理だとみんな端から諦めてるけど、やってみたら意外とうまくいくもんだ。

というズベさんの言葉が染みた。

2014/11/14 23:51

投稿元:ブクログ

認知症の人がおかしなことを言うように思う時があるが、それは私たちのいる次元を超えた、その人自身の次元に彼らがいるからである。
彼らは、私たちの見ている世界とは別の世界を見ている。
なんとも突飛な考えのようだが、とても夢のある人間らしい発想のようにも思う。
認知症をテーマにしていながら、切なさは感じさせず、著者の優しさが伝わってくる心温まる内容であった。

2014/11/27 09:48

投稿元:ブクログ

話題の1冊である。

主人公「恭平」は、都会の建築事務所でボランティアのようなことをして過ごしていたが、祖父の葬式で田舎の熊本に帰る。
亡くなった祖父が認知症の曾祖母をよくドライブに連れて行ったという話を聞き、曾祖母を車に乗せて出かける。曾祖母は着いた先を「ヤマグチ」だという。曾祖母は気が済んだようにおとなしく家に戻る。
徘徊行動が周囲を悩ませている彼女が、なぜおとなしくなったのか疑問に思った恭平は、あれこれ聞くうち、「ヤマグチ」とは、曾祖母が生き生きと暮らしていた頃の山口の炭坑町だったのではないかと気づく。
彼女の脳内は呆けているのではない。そこでは、過去と現在、そして遠い地とここを結ぶ、四次元世界が展開されているのだ。その扉を開くのが車なのだとしたら。
恭平は認知症老人を客として、望むところに連れて行く「徘徊タクシー」の営業を思いつく。

この作品を読む気になったのは、『驚きの介護民俗学 (シリーズ ケアをひらく)』の六車由実さんの好意的な評をどこかで目にしたためだ。読んでなるほど、と思った。どこか、六車さんの研究とも結びつく話だ。

138ページほどの本作は、小品といってもよい作品だろう。
著者と主人公は同じ名だが、そもそもどこまでが著者の実体験がベースになっているのかよくわからず、そして小説世界の中の空想と現実が手際よく整理されているとは言えず、読み手によっては読みにくさを覚えそうにも思う。
また、曾祖母の他に「客」となる認知症老人が1人であるのもいささか心許ない。数多くのエピソードを重ねることによって説得力が増すテーマであるように思うからだ。このあたり、小説の「書き手」としての基礎体力がもっとある人ならば、取材を重ねるなり、空想をふくらますなりして、重厚な大部に練り上げることもできたのではないか。
ただ、著者略歴を見るに、この人は小説家となることを目指して歩いてきている人ではなさそうで、だからこそこの世界が作れたのかもしれないとも思う。
すなわち、既存の枠ではない「何か」を探し続けている人だからこそ、見えるものがある、ということなのだ。

「介護」は重い問題である。
かくいう自分も自分が第一責任者となって認知症の人の介護をしたことはまだないわけだが、その「重さ」は想像するに余りある。
「恭平」の発想がお気楽に思える人がいるだろうというのも想像は付く。
だが。

全般にふわふわした感じを受けるが、しかし、こうしてふわふわした人が存在する「余裕」が、実は大切なことなのではないか。
例えば、落語の世界に与太郎が存在できたように、例えば、縁台でヘボ将棋を指しさらにはそれを眺めて好きなことを言っていられる暇人がいたように、ばあちゃんの「いつもの話」をはいはいと聞き、ときにはばあちゃんの行きたいところに付き合ってあげる、そんな「余裕」こそが実は必要なものなのではないか。

ふわふわしているけれど、豊かな世界。
不思議な読後感である。付いてくる付録は決して軽くない。


*以前住んでいた家の隣に、認知症のおばあさんがいた。息子さんはおばあさんの介護のために、住み込みで面倒を見ては、時々おばあさんを叱っていた。ある日の夕暮れ、おばあさんは「子どもが帰ってこない」と近所を探し歩いていた。「あなたの息子さんは、相変わらずあなたのことを思っているけれど、もう髭面のおじさんで、あなたの探している小さい子はもう帰ってこないんですよ」と思うと何だかちょっと悲しかった。
あのとき私は、何と言うべきだったのだろう。

2015/01/10 19:01

投稿元:ブクログ

いまいち、よくわからないが、著者の実体験が反映されているように思う。
熊本県の風土なり、気風を感じることはあるが、
介護の問題に関しては普遍化できるのかどうか、謎だ。

2014/09/09 11:02

投稿元:ブクログ

M31がアンドロメダ銀河に結びついてすっきりしました。おじいちゃん、おばあちゃん、ボケちゃった、でなくて、おじいちゃん、おばあちゃんは、別の世界の地図上にたっていると考えるとその行動が腑に落ちる。その別の世界の地図上をドライブしますというタクシーの話。

2015/08/28 12:02

投稿元:ブクログ

今は認知症のトキヲさん。
主人公の恭平は4歳の頃、トキヲさんにおんぶされて花火をみに行ったことを思い出す。
「あのときの僕もトキヲが行こうとしていた方向と違う道を進もうとしていたのではないか。〜〜はっきりとした意識となかなか動かない体。4歳の僕もまた分裂した人間であった。」

私は30代で、まだ一応老人とはいえない若さを持っているので、老人がどのような世界観で現実を捉えるているのかわからない。けど、子供の頃の自分ならわかる。確かに、気持ちと体がチグハグだった。例えばまだまだ遊びたいのに睡魔がすごくて泣いてしまうような。

痴呆で徘徊する老人たちも、このような視点で世界をみているのでは?という考えは、まさに新たな視点だった。

歳を重ねれば常識ある人間になる、というのは、ただの妄想だ。恋人のルーがいう。
「すぐ他の人が正常だと思っちゃうんだから。〜〜分からないことは想像しないほうがいいよ。」
分からないことは想像しないほうがいい。でも、分裂しているとはいえ、しっかりとした意思が分かるのであれば、他人でもそれを補助するロボットになれる。補助ロボットが分裂した人間を幸せにすることができる。
目の前の現実はひとつじゃない。

〜〜
無いものを探しにどこかへ旅に出るのではなく、目の前の世界を慈しむこと。選ばず、見えたもの、出会えた人々に感謝するんだ。
〜〜

2014/11/24 21:37

投稿元:ブクログ

http://blog.goo.ne.jp/nakamana825/e/81cf5426fdde2ff13d19e7c4c1d54544

2014/12/08 10:15

投稿元:ブクログ

住所不定無職の25歳男性が徘徊老人を乗せるタクシーという思いつきのアイデアをもとに、熊本の田舎町で起業しようとする青春物語。認知症患者の見る世界だとか、徘徊に秘められた想いだとかを主に描いたものではなく、あくまで起業にまつわるところがメイン。福祉や徘徊を題材にする必然性は正直感じられず。著者の来歴や過去の出版物を見たら予想がつくものではあるけど、ちょっと期待外れだった。

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