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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2014/08/26
  • 出版社: 集英社
  • サイズ:20cm/383p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-08-771570-5
  • 国内送料無料

紙の本

かたづの!

著者 中島 京子 (著)

慶長五年(1600年)、角を一本しか持たない羚羊が、八戸南部氏20代当主である直政の妻・祢々と出会う。羚羊は彼女に惹かれ、両者は友情を育む。やがて羚羊は寿命で息を引き取っ...

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かたづの!

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商品説明

慶長五年(1600年)、角を一本しか持たない羚羊が、八戸南部氏20代当主である直政の妻・祢々と出会う。羚羊は彼女に惹かれ、両者は友情を育む。やがて羚羊は寿命で息を引き取ったものの意識は残り、祢々を手助けする一本の角―南部の秘宝・片角となる。平穏な生活を襲った、城主である夫と幼い嫡男の不審死。その影には、叔父である南部藩主・利直の謀略が絡んでいた―。次々と降りかかる困難に、彼女はいかにして立ち向かうのか。波瀾万丈の女大名一代記!【「BOOK」データベースの商品解説】

八戸南部氏当主・直政と幼い嫡男の不審死。その影には南部藩主・利直の謀略が絡んでいた。次々と降りかかる困難に、直政の妻・袮々はいかにして立ち向かうのか。波瀾万丈の女大名一代記。『小説すばる』掲載を加筆修正。【「TRC MARC」の商品解説】

江戸時代、“女性"という立場で、清心尼はいかにして有象無象の敵を前に生き抜いたのか。「武器を持たない戦い」を信条とした、世にも珍しい女大名の一代記。著者初の歴史小説にして新たな代表作。


【商品解説】

著者紹介

中島 京子

略歴
〈中島京子〉1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。出版社勤務、フリーライターを経て、「FUTON」で作家デビュー。「小さいおうち」で直木賞受賞。

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みんなのレビュー68件

みんなの評価3.8

評価内訳

紙の本

今月のプラチナ本。

2015/08/18 22:28

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:うさこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

ダヴィンチの今月のプラチナ本になっていたので購入。
買ってから知ったのですが、装幀は名久井直子さんでした。

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紙の本

女大名一代記

2016/04/15 01:51

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:westtribe - この投稿者のレビュー一覧を見る

ちょっとファンタジー要素の入った女大名一代記。
面白く読めました。主人公にとって幸せな時代が短すぎて、辛いというか切ない。
遠野物語ってちゃんと読んでないんだよなあ。現地にも行ってみたくなった。

「小さいおうち」含め著者の他作品は未読。これから少しずつ読んでみようかと。

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紙の本

奇抜に見える設定が、案外素直に生かされている。

2015/08/23 20:53

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:紗螺 - この投稿者のレビュー一覧を見る

女藩主を描いた歴史小説、かと思いきや、語り手はかもしかという変わり種。しかも、最初に出会った時は生きてたけど、その後死んで角が箱に納められたというかもしか、その角がこの語り手なのだ。なんという変わった設定…。出だしは少し戸惑ったけど、しかしこの設定がなかなかいい。ただただ歴史を紐解かれるのより、想像力がはばたく感じがある。かたづのが見守る女藩主には厳しい試練が次々ふってかかり、あまり幸せなことが起こらないのでまともに話が進むとかなり鬱屈する話かと思う。それが、途中で河童やぺりかんなどの人外のものが登場してくることで、多少明るくなっている。結末、かたづのの決心が味わい深い。

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2015/11/09 06:35

投稿元:ブクログ

歴史もののわりに読みやすく、羚羊視点がなかなかに面白かった。しかし、奪われたものや失ったものが多かったわりに、胸がすくような救済がなかったなが残念。それが歴史なのだろうけど。

2015/02/07 15:28

投稿元:ブクログ

なんか史実とファンタジーないまぜな世界観についていけないままダラダラ読んだ。考えてみると山田風太郎もそうなんだけど、角が語ってるのがわけわからなかったんだと思う。黒地花卉群羚羊模様絞繍小袖が東京博物館に実在すんじゃん!って思ったけど群鹿模様なのね。そりゃそうだ。

2015/05/14 15:37

投稿元:ブクログ

亡き八戸南部当主の後を継ぎ、女大名となった主人公。彼女の叔父・南部宗家当主が野心家で、彼女の夫、後継の長男も彼の手により殺害されたとう噂が。八戸を護ろうとする彼女と叔父御との攻防が見ものです。
なので一巻、叔父御の思惑通りにいかせず「娘婿を時期八戸当主に据えるまで」は、ドキドキしながら読みました。
二巻。結局は宗家である叔父御には逆らえないという理不尽さに怒りが…。遠野への国替えの話しは後半から。でも遠野が舞台になってからは面白くなくなったかも。^^;たくさん物の怪が出てきて、民話ぽい。

2016/02/11 20:04

投稿元:ブクログ

江戸時代のはじめに、唯一実在した女大名を描いた作品。
彼女に出会った羚羊を語り手に、ファンタジックな展開を見せます。

慶長五年(1600年)、角を一本しか持たない羚羊が、目力の強い少女に命を救われて、一目惚れ。
八戸南部氏20代当主である直政の妻・袮々でした。
羚羊は城に出入りし、袮々を見守ります。
寿命がつきた後も一本の角に意識は残り、いざというときには思わぬ活躍をする南部の秘宝・片角(かたづの)となるのでした。

幸せな年月が続いたある日。
城主であるまだ若い夫と幼い嫡男が、遠方で命を落とします。
叔父である本家の利直の謀略と思われますが、袮々は女ながらに領土を守ることを決意。
天下分け目の時節、跡継ぎに任せられるときまでと、駆け引きを重ねながら。

家臣との結婚を迫られたり、娘の婚約をほごにされたり、頼りになる人物を召し上げられたり、遠野に配置換えとなったり。
戦で大事なこととは、やらないのが一番。
どちらに参戦しているか、存在を示すだけでいい場合もあると。
父祖の教えを守りつつ、あの手この手で家臣と領民を守ろうと懸命に働く袮々。
河童が出てきて、遠野の領地とつながったり。
「かたづの」として秘宝となっている羚羊の出会う不思議なものたちとは‥

袮々の苦労が実感ありすぎて、その運命が哀しい部分と、妖怪?たち(複数!)の存在感の強さが、摩訶不思議な混ざり具合。
まさかこんなところまで、絡んでくるとは。
河童に惚れられていたという話を、険悪だった母娘が互いにして大笑いするシーンが印象に残りました。

第28回 柴田錬三郎賞
第4回 歴史時代作家クラブ賞作品賞
第3回 河合隼雄物語賞
確かに、インパクトの強い、なかなか出会えない物語です☆

2015/06/03 16:35

投稿元:ブクログ

八戸南部氏の21代当主、女亭主となった祢々・清心尼の、愛するものを奪われ続けながらも、争いを大きくせず、知恵で生き抜いた生涯を、カモシカの一本角が語る。
八戸そして転封された遠野の動植物さらには河童、鵺、経立、座敷童といった妖怪、何より南部の秘宝とされた片角様も人の暮らしの近くにあるふんわりしたお話だった。
15-131

2015/10/05 22:42

投稿元:ブクログ

世界のトップがすべて女性だったら、この世から戦争はなくなるのに…という言葉をどこかで聞いたことがある。
その言葉のように「戦わない」ことを常に選び、置かれた場所をよりよくすることに粉骨砕身がんばった女大名一代記である。
夫も子も殺され、やむなく女大名となった主人公は生きるために「戦わない」ことを選び、自分も家臣たちも守ってきた。しかし、戦わないことは美しいが、そればかりではすまされない現実も描かれる。眉間に深い皺を刻み、煙管をふかし続ける女大名は常に決断を迫られ続ける過酷な人生を送った。
語り部である「かたづの」こと羚羊(かもしか)、河童、大蛇、ぺりかん、座敷童など、物の怪(?)たちがいかにも自然に登場し、なごませる。
まあ、とにかく面白い一冊であった。かたづのも、主人公も、愛さずにはいられない。

2016/05/07 13:13

投稿元:ブクログ

ひとことで言えば、ファンタジー時代小説とでもいいましょうか…羚羊の一本角「片角様」が語る八戸・遠野の物語。史実に沿いつつファンタジーな味付けがしてあるので、まぁ楽しく読めましたが、ちょっと駆け足な感じで物足りないというか。東北の歴史や地理についての知識がほぼないので、楽しさが半減した感はあるかな。

2015/01/19 09:59

投稿元:ブクログ

歴史に詳しければ、さらに内容がわかり楽しみが倍増しそうなのなのだが、なにぶん歴史に疎くてそこまでに至らなかった。
やっぱり物語は読んでいるときにどこまで頭の中でイメージできるかだわ。
戦だなんだと言っている時代なら、先のことは全くと言っていいほどわからないので、自分だけの心の拠り所があれば、それだけで随分気が休まるのではないかと思う、それが角だったのだなぁ。
何でもいいけれど、頼れる、信じられるものがあるっていいな。

2016/06/05 10:02

投稿元:ブクログ

歴史とファンタジーの融合が面白い
三戸から遠野へ移るところも興味深い
遠野の河童、蛇、ぺりかんなどの動物の使い方が上手
ねねの戦わないやり方




南部編コラム25話 南部氏唯一の女の殿様・清心尼
http://rekisi-kaido.owl-aomori.com/?eid=137
出典:八戸市史(近世資料編)、みちのく南部八百年(地の巻)平成南部藩ホームページ

南部編第25話 八戸根城南部氏、遠野・横田城移封される ~南部利直の陰謀~
http://rekisi-kaido.owl-aomori.com/?eid=123

南部家
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%88%B8%E6%B0%8F

シシ踊り=鹿踊り
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E8%B8%8A

オシラサマ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%89%E6%A7%98

遠野おんな殿さま
http://www.burat.jp/members/blog/entry_disp.200609201200-0010004.200609301630-3000001.200702251944-3000089

八戸の河童=メドツ
櫛引八幡宮
http://guide.travel.co.jp/article/14949/
http://blogs.yahoo.co.jp/sadisticyuki10/11952662.html

集英社
http://renzaburo.jp/kataduno/

中島京子インタビュー
http://bookshorts.jp/interview-nakajimakyoko/

WEBきらら from BOOK SHOP中島京子インタビュー
http://www.quilala.jp/pc/fbs/pickup_interview14_11.html

遠野不思議 第八百三十九話「片角様(遠野のハロウィン)」
http://dostoev.exblog.jp/23412872/
吉田政吉「新・遠野物語」

南部家第46代当主の南部利文氏
http://dot.asahi.com/wa/2014052100072.html
南部という姓は、初代・光行が、領地だった甲斐の南部郷(現在の山梨県南部町)からとりました。光行は、源頼朝の奥州攻めに参加して手柄を立て、今の青森県の東半分と岩手県北部を拝領したと伝えられています。最初は青森・三戸にお城がありましたが、秀吉の時代に岩手・盛岡に移ります。

 光行から約800年たって、僕で46代目。若くして亡くなる当主も少なくないので、代は進んでいます。

 江戸時代以降、南部家の歴代当主の名前には「利」がつけられていますが、これにはわけがあります。

 秀吉が天下人になったときに、南部家も自分たちの領地を認めてもらう必要がありました。中央から遠い東北にいた南部家は、前田利家を通して秀吉に認めてもらいました。そのご恩を忘れないように、ということで南部家では、名前に「利」の字を使わせていただくことが多くなりました。

 江戸時代もずっとお国替えはありませんが、これは珍しい。鎌倉時代から同じ領地だった家は、大きな藩では、ほかに島津家と相馬家くらいじゃないかな。

 最盛期には青森県のほぼ全域までも支配していました。ところが秀吉の時代に、青森県の西半分が、配下だった武将に奪われて津軽藩になります。だから、南部藩は青森県の東半分と岩手県中部までとなりました。

 そんな歴史があって、南部と津軽は犬猿の仲、とか言われてきました。もちろん、今は僕と津軽藩の当主・津軽さんとの間に遺恨はないですよ。ただ、青森県では、東の南部と西の津軽の間に、むかしの確執みたいなものがまだ残っているらしくて……。

 青森県の県庁所��地は青森市だけど、南部の人たちは八戸が中心だと思っていて、津軽にとっては弘前が中心なんですよ。言葉も南部弁と津軽弁で、お互い理解できないほどちがう。

 東北自動車道が通るとき、地元では、南部側が八戸を経由しろ、津軽側は弘前を通せ、と言って互いに譲らなかった。結局、道路は津軽さんにあげますよ、そのかわり電車はうちを通してもらいます、という話になって、東北新幹線は八戸回りになったらしい。でもこれ、本当かどうかはわからないですよ。

 ほかにも、八戸の人たちはテレビアンテナが岩手のほうを向いていて、青森放送でなくて岩手放送を受信する、とかね。ほとんど酒の席での話ですが、僕に気をつかっているんでしょうかね。三戸や八戸あたりに行くと、「殿様、うちは岩手の新聞取ってます」とか、そんなことを言う人もいますからね(笑)。

 お城のあった盛岡には、テニスコートもあるお屋敷がありましたが、戦後、GHQに接収されて、今は中央公民館になっています。東京だと、上屋敷が日比谷公園に、下屋敷は南麻布の有栖川宮記念公園になっています。有栖川宮記念公園の近くには、南部坂とか盛岡町交番といった南部家にゆかりのある名があります。盛岡町はもうないけど、交番の名前で残っている。

 とはいえ、南部家と言っても、東北以外だと知らない人が多いでしょう。南部せんべいと南部鉄瓶は、全国区の知名度だからみんな知っているようですけど。
(構成 本誌・横山健)

※週刊朝日  2014年5月30日号

http://dot.asahi.com/wa/2014060400122.html
前田利家のおかげで、天下人になった秀吉に領地を認められた南部家ですが、僕で46代になります。

 父の利久は長男でしたが、家督を継ぐ前の「若殿」のときに亡くなっています。同じ年の暮れに祖父・利英も亡くなりました。僕はまだ10歳だったから、祖父は父の弟・利昭に、当主として南部家を守っていきなさいと言い残しました。

 利昭は三男で帝王学を学んでこなかったから、とても苦労した、と言っていました。父たちが子どものころは、祖父母と父が同じテーブルで食事をして、ほかの子どもたちはちがう部屋で食べたりしていたみたいです。これも一種の帝王学だったのでしょう。

 僕も父から受けた帝王学を一つだけ覚えています。父と家の近くの東郷神社までお参りに行ったときのこと。境内は工事中でフェンスが張られていましたが、ちょうど僕が入れそうなくらいのすき間があった。それを見つけた父が、賽銭(さいせん)を入れてこいと言うんですよ。僕が躊躇(ちゅうちょ)していると、「何か文句を言われたら、『俺は南部家の跡取りなんだ。参拝しているんだから邪魔をするな』と言えばいい」って。恐る恐る賽銭を投げ入れて急いで戻ってきました。

 大人になってからわかったことなんですけど、当時の東郷神社の宮司さんは、父の同級生だった。だからあんなことを言ったのかと思いましたけれど、将来の当主としての心構えを教えていたのかもしれませんね。「どんなときでも臆せず、堂々としていろ」と。

 旧南部領の人たちは、今でも大事にしてくださる人が多いです。旧士族だけじゃない。農家の人にも「うちは江戸時代���ら先祖代々ここで畑やってます。殿様のおかげです。ありがとうございます」なんて言われることがあります。

 皆さん、「殿様」って呼んでくださるんですよ。盛岡の知り合いで、僕のことを「南部さん」って呼ぶ人はあまりいないですね。

 幼なじみの友人が、お祭りが見たいっていうから盛岡へ連れていったことがあります。僕は子どものときのあだ名が「ブン」だった。利文の「文」。いつも通り、友人が「ブン」って呼んだら、周りの人がびっくりしていた。「やっぱり俺も『殿』って呼ばないとだめなのかなぁ」って悩んでましたよ(笑)。

 先代・利昭のかわりに、神社のお祭りなどの行事で盛岡に行くようになったのは26、27歳のころ。当主の代理だから、酒宴では、とにかくみんなにお酌される。

 実は、それまでお酒は一滴も飲んだことがなかった。それが、いきなり一升くらい飲まされた。お酒飲めない、って言っているのに……。ホテルへ帰ってベッドに倒れ込んだら、目の前がぐるぐる回りました。

 本当にひどいこともあります。「今日は寒いから熱燗ですよねぇ」とか言って、朝から飲む。昼はそば屋に誘われて、そばが出てくるまでまた飲む。お祭りが終わると、直会(なおらい)だからと夜中の1時くらいまで酒宴が続く。一日中飲みっぱなし。体質で顔に出ないらしくて、いつまでもすすめられる。

 でも、どれだけ飲んでも、その場では酔わないようにしています。酒に強いのは南部の血だと言われますよ。

※週刊朝日  2014年6月13日号
井上ひさしさんが「新釈遠野物語」


貴婦人と一角獣
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E3%81%A8%E4%B8%80%E8%A7%92%E7%8D%A3


<参考文献>
新遠野物語 伝承と歴史 吉田政吉
南部叢書 第三冊 祐清私記
〃    第四冊 遠野古事記
青森県史 資料編 中世Ⅰ
遠野市史 工藤利悦
祐清私記を読む 小原六郎
盛岡南部氏物語
新版 河童の世界
カモシカの生活誌 落合啓二 どうぶつ社

古代七宝 文様 蛭子屋小野染彩所様

2016/02/22 16:34

投稿元:ブクログ

かたづのとは片角、一本角のカモシカ。この角を通して見た江戸初期の八戸南部氏、転じて遠野南部氏の話。 異貌清公という戒名を送られた称々が戦わずして家を守るために奮闘する様に、遠野の河童や座敷童等のエピソードを絡めている。遠野では知られた女性のお殿様らしい。南部宗家や伊達家の権謀にどう抗うのか、決して大勝利とはいえない地味な話に、ファンタジーを添えて飽きさせることなく最後まで読ませてくれた。

2015/11/17 13:16

投稿元:ブクログ

おもしろかった。

東北の江戸時代とかそのあたりの歴史にはうといので、(戦国時代の動きもよく知らない・・・)
「ほほーこんなひとがいたのか」と感嘆する、と同時に、それを、「かたづの」という不思議な存在を通してファンタジックに、軽やかに書いて見せる作者の力量に脱帽。

「長いお別れ」を書いたひとなんだよな、とちょっと信じられない感じ・・。あまりにちがう。どっちもすごい。

2015/02/07 00:00

投稿元:ブクログ

青森・八戸に南部氏という一族がいた。清和源氏の末裔という。
鎌倉から続く家柄であったが、江戸初期、当主と幼い世継ぎが相次いで命を落とす悲運に見舞われる。親戚筋でもある三戸南部に吸収されるかに思われたが、夫とわが子を失った若妻・祢々は、夫に代わり、八戸根城の主人となることを決心する。
これは、江戸期唯一の女大名、祢々(清心尼)の物語である。

著者初めての時代小説である本作は、しかし、そんな前置きが想像させるような、鹿爪らしいお話でも小難しいお話でもない。
何せ、語り手は、少しおっとりした羚羊(カモシカ)の「角」なのだ。
祢々と夫が結婚してまもなくの頃、角が一本しかない珍しい羚羊が、祢々の前に姿を見せる。一本角の羚羊は、土地の伝説から「天竜の片角(かたづの)」と呼ばれ、祢々のお気に入りとして、城に出入りするようになる。祢々のよき友となり、やがて生まれた子供たちのよき遊び相手にもなった。羚羊としての命が終わった後も、魂は角に宿り、南部の秘宝「片角」として祢々の近くに仕え、その危機を救うことになる。

小柄ながら度胸のある祢々は、次々と生じる難問を解決し、「殿様」として八戸を統べていく。美しく気っ風のよい祢々を慕うのは、羚羊だけではない。河童も小猿も、土地に残る怨霊も、影に日向に祢々を守り、困難から救う。
腹黒く、野望を抱く叔父。血気盛んな家臣たち。娘の悲恋。老母の死。遠野への国替え。
さまざまな困難を乗り越えても、なお襲いかかる難事に、祢々は時に悪態をつきながら、時に涙しながら、しかし敢然と挑んでいく。

本作は、時代小説でありながら、遠野や八戸の伝承・伝説を巧みに織り込んだファンタジーでもある。2つの融合を可能にしているのは、みちのくという土地の持てる力でもあるだろう。
著者の筆は、実在のものに少しずつフィクションを混ぜ合わせるさじ加減が嫌みなく、絶妙である。豊富なバックグラウンドがありながら決して押しつけがましくならずに御する「力量」が生む「爽やかさ」が感じられる。
幾重にもオマージュが重ねられ、フィクションの世界に遊ぶ楽しさを存分に味わえる。

長い時を経て、祢々も疾うに世を去り、片角は江戸城のあった町にいる。見せ物となる予定の場所で、片角は西洋のタペストリーに出会う。身分の高い女性と、側にそっと寄りそう一角獣。まるで、あの方と私。織り込まれた文には、「我が唯一の望み」と書かれているという。あの方の望みは、そして私の望みは何だっただろう。
片角の想いはふるさとへと飛ぶ。
そして読者もまた、物語の幕切れに、遠野へ八戸へと誘われるのだ。潮風で胸を満たし、雲海に遊び、羚羊や河童、ももんがと戯れる。
河童や片角を育んだ風の香りを、遥かに思い描きながら。