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スターリン 「非道の独裁者」の実像(中公新書)
スターリン 「非道の独裁者」の実像(中公新書) スターリン 「非道の独裁者」の実像(中公新書)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.1 24件
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  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2014/07/23
  • 出版社: 中央公論新社
  • レーベル: 中公新書
  • サイズ:18cm/318p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-12-102274-5
  • 国内送料無料
新書

紙の本

スターリン 「非道の独裁者」の実像 (中公新書)

著者 横手 慎二 (著)

「非道の独裁者」はなぜ今もロシアで支持されるのか。ソ連崩壊後の新史料をもとに、グルジアに生まれ、革命家として頭角を現し、ソ連の最高指導者としてヒトラーやアメリカと渡りあっ...

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スターリン 「非道の独裁者」の実像 (中公新書)

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商品説明

「非道の独裁者」はなぜ今もロシアで支持されるのか。ソ連崩壊後の新史料をもとに、グルジアに生まれ、革命家として頭角を現し、ソ連の最高指導者としてヒトラーやアメリカと渡りあったスターリンの生涯をたどる。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

横手 慎二

略歴
〈横手慎二〉1950年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程中退。慶應義塾大学法学部教授。著書に「日露戦争史」「現代ロシア政治入門」など。

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みんなのレビュー24件

みんなの評価4.1

評価内訳

  • 星 5 (6件)
  • 星 4 (11件)
  • 星 3 (5件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

手軽な一冊

2014/08/16 09:05

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ニッキー - この投稿者のレビュー一覧を見る

スターリンの伝記などスターリンものは、内外に数多く書籍がある。しかし、新書や文庫など手軽に読めて、なおかつ分かりやすくないような濃いものは、あまりなかった。本書は、入門書や基本書としてお勧めである。

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2014/11/22 22:48

投稿元:ブクログ

スターリンとは何者だったのか。非道な独裁者として語られるスターリンの実像を最新の公開資料と積み上がってきた研究成果をもとに描きつつ、スターリンを通してロシアを理解しようと試みた内容。



残念ながら、この本ではスターリンについてよく知ることはできるが、ロシアについて理解が深まるかどうかは定かでない。スターリンについて肯定的な評価をするロシア国民がいまだにいる理由も本書を読んでも分からない。
急速な工業化のために農業を犠牲し(農場集団化)大量の飢餓者を出した事実や共産党幹部の大粛清といった暗い過去があっても、ロシア国内でスターリンが歴史的に評価される不思議は外部の人間にはやはり謎である。
推測するに、ヒトラーと戦い第二次世界大戦に勝利したことと、戦後の冷戦でアメリカと渡り合ったということが、スターリン評価を上げているのではないだろうか。もちろんロシアの国柄や国民性という不確かな要素もあるだろうが、どっちにしろそれはこの本からは見通せない。
ただスターリンの生涯については糾弾か擁護かどちら一方に終始することなく歴史的事実に即しながら実像に迫っているので勉強にはなる。



不勉強ながらスターリンがグルジア生まれのグルジア人とは知らなかった。生い立ち、家庭環境、学校で書いた詩からは、子どものころは素朴で優秀そうな少年だったようだ。カフカースの革命家として頭角を現しつつも逮捕、流刑、脱走と潜伏と殺伐とした日々を送った青年時代。こうした革命運動のなかでスターリンは組織をつくることの重要さや集団内で敵と味方を区別する感覚を磨いていったという。
その後、レーニンに認められ革命運動から共産党に。トロツキーとの対立から党内部での権力闘争、そして最高指導者へと階段を上がっていく様がロシア革命から第一次大戦の時代背景を織り交ぜつつコンパクトにまとめられている。



余談。興味深いというか怖ろしかったのが、スターリンが行った幹部の大粛清。
スターリンはソ連を工業化するために農業を犠牲にした。しかし集団農場化という政策は大量の飢餓者を出し失敗した。これらをスターリンの間近で見てよく知っていた側近たち。彼らが次々と粛清されていく。つまり独裁者の粛清とは意のままにならない政治的反対者を排除するために行うのでなく、トップの失敗を知り過ぎたがゆえに殺されるというところにその核心と怖さがある。

2014/09/29 12:25

投稿元:ブクログ

「毎日新聞」(2014年9月28日付朝刊)で、
加藤陽子さんが紹介しています。
(2014年9月29日)

2014/08/19 20:46

投稿元:ブクログ

冷酷な独裁者としてのイメージが強いスターリンだが、ロシア国内では依然として支持する声が多い(ロシアで最も偉大な政治家は誰か、というアンケートで3位になるほど)。
スターリンは何をしたのか。何が国民を惹きつけるのな。ヒトラーとの違いは何なのか。湧き上がる疑問を、生い立ちから歴史を辿り答えてくれる。
歴史を評価する際に、政治と倫理という異なる尺度が混在すると問題が複雑になるのだと、考えさせられた。

2014/09/18 18:26

投稿元:ブクログ

“スターリン”の少年期から晩年に至るまで、様々な研究や論考や史料に依拠しながら、行動と性格、或いは行動の理由と性格形成のようなことも交えて語っているものである。また全般に、「スターリン視点で語るロシア革命と大戦間期と第2次大戦や戦後の通史」という体裁でもあり、非常に興味深い。

2015/09/11 12:17

投稿元:ブクログ

スターリンという人物の概略を知りたかったので読んでみた本。著者のいうところでは,一般に持たれているような残虐非道の政治指導者ではなく,国内外での評価も相半ばしているそうだ。

2014/08/13 16:32

投稿元:ブクログ

スターリンの伝記。彼は決して生まれながらの「怪物」だったのではなく、家族を思いやる普通の人間であったことが分かる。

2014/08/07 22:51

投稿元:ブクログ

どんな難問でも自分こそが解決できるという自負心と、どんな失敗をしても絶対に自分の非を認めず全て他人に責任転嫁できるだけ厚顔さがないと、”独裁者”にはなれない。
何が詩を書く少年から独裁者へと変貌させたのか、興味はつきない。

2015/02/14 21:04

投稿元:ブクログ

スターリンの生涯を概説しつつ、その評価を試みる一冊。
評伝としてもよくまとまっており、
分かりやすく彼の生涯を辿ることができる。
その一方、彼の評価がいかに難しいかを
多くのページを割いて記しており興味深い。
人が人の一生涯を裁くことの難しさを垣間見る。

2014/09/07 03:45

投稿元:ブクログ

スターリンとか独裁者はイメージがつけやすいから、みんな知ったような気になっている。とりあえず悪党。でもロシアでは偉大な人でもある。こういう人物こそきちんと知っておかなければいけない。

大事なのは、なぜ悪いのか。なぜ悪いことをしなければならなかったのか。冷静に知識を得ること。

 この本は広く浅くスターリンを知る本である。そしてスターリン寄りのところもある。各歴史的事件についてウィキペディアを見ながら読むといい。

_____
p14  父の暴力、母の愛
 スターリン(ソソ)は幼少期に酒飲みの父に母子ともに暴力を振るわれたと言われる。それ故に優しくしてくれた母への愛と英雄思想が生まれたという研究もある。しかし、当時のロシアでそういう家庭は珍しいものではなかっただろうから、それが決定的とは言えないから注意されたい。


p27  スターリンの性格
 スターリンの性格を幼少期から検討しているものは、独裁者としての彼のイメージに合致する資料を用意してきているように思える。詩才などをみても、幼いころからそんなに暴力的だとは判断できないと思われ。
 むしろ、学業も優秀で、詩の才能もあり、家族を愛する手紙など、多彩な才能の持ち主であったことだけはわかる。

p33  クリミア戦争
 クリミア戦争で英仏に敗北したロシアはヨーロッパでの後進性が露呈した。アレクサンドル2世は近代化政策をとり、農奴解放などを実施した。当時の知的エリートはクリミア戦争での敗北をきっかけにヨーロッパの先進的思想に強い興味を抱き始めた。社会主義や無政府主義など新しい社会にあこがれ、それを獲得するには革命が必要であるという考えに至った。クリミア戦争が大事な契機である。


p56  スターリンの若かりし頃
 スターリンの若き日々は革命の実行部隊だった。社会主義の勉強は浅かったようで、漠然とした革命的ロマンティシズムに没頭する男だった。若いころから功名心や支配欲に囚われた腹黒い人間というよりは、もっと単純な人間だったようである。


p59  スターリンと十月革命
 ボリシェビキが権力を集めた1917年十月革命。この時スターリンはボリシェビキの古参の党員として頭角を現し始めた。それまでは理論よりも実行力を重視する革命家だったが、1903年シベリア流刑から徐々に経験に基づく革命思想を持ち始めたようである。


p90  スターリンの論文(民族自決について)
 スターリンは民族自決についての論文を書いており、ロシアに多数散在する少数民族の自決権を社会主義は擁護すると述べている。この主張がロシア共産党のその後の少数民族からの指示につながった。


p92  スターリンとレーニンの考えの違い
 レーニンはヨーロッパの先進的社会主義をロシアでも実現させることを考えていた。理論重視だった。
 スターリンは理論よりも現実の社会主義革命の達成を優先していた。革命が達成すればスムーズに社会主義への移行が始まると単純に考えていたようである。この点、小難しい理論派よりも活動的なスターリンの方が民衆にとって身近で理解しやすい存在であったようである。


p144  組織腐敗のしくみ
 ロシア共産党の人事制度に「ノーメンクラトゥーラ制」というものがあった。建前上階級の存在しないソ連では政治の要職に就くものを名簿(nomenclatura)に登録し、そこから順次割り当てるという制度にした。その結果、その名簿に載って要職に就くのは共産党に忠誠を尽くす者のみになり、共産党の一党独裁は完成した。これは1923年から始められ、早い時期から共産党の支配が可能な仕組みができていたのである。
 「スターリン詣で」という役職斡旋のご機嫌伺いもあった。


p187 スターリンの権力欲
 1932年の段階で、第二次大戦を乗り切るにはロシアに急進的工業化が必要であるとスターリンは政策を強行した。都市化の進行と輸出のため厳しい穀物調達を実行し、ウクライナなどでは飢餓も発生した。この政策に対抗し、党を除名されたり逮捕された者が多数出た。
 この時のスターリンの権力欲は、彼自身が折れたら政策が水の泡になり結局ロシアの破滅しか待っていないという強い義務感にも支えられていたのだろう。それほど権力に縛られていたのである。


p203  粛清の責任
 1936~38年の間に政治犯として134万人がとらえられ、68万人もの人が処刑された。当時の政治犯は党への抵抗者だけでなく、政策事業の失敗者も破壊工作者として責任を負わされたり、スパイ嫌疑をかけられた当上層部の妻や愛人、聖職者など党の方針に従がえない者、スパイ嫌疑のあるドイツや日本に近い異民族の人々など幅広かった。これはスターリンによる手が下されただけでなく、地方官の責任転嫁の犠牲や政治闘争の謀略などもあり、厳しい規則の負の側面の暴走という側面もある。スターリンの持つ政治目標を達成するための強すぎる意思が、いつのまにか正義の感覚をマヒさせた。それ故に「大粛清」は起きてしまったといえる。粛清の原因はスターリンの人格だけで片づけられるものではない。


p226  スターリン背水の陣
 1942年のドイツ戦線で敗北を重ね、スターリングラードや南カフカスが危機的状況になったスターリンは、軍に厳しい指令を発した。戦時に戦地撤退など弱気を見せた士官を集めた部隊を被懲罰部隊として激戦地の前線に配置し、さらに士気の上がらない師団の背後に特別阻止部隊を置き、逃げ出すものは打ち殺すという恐怖指令を出した。大戦力をつぎ込んで戦果をあげられないソ連軍に背水の陣をしかせた。


p227  スターリンの厳格さ
 スターリンの最初の妻との息子が1941年にドイツ軍の捕虜になった。ドイツはそれを利用したがスターリンは息子を特別扱いすることなく、息子ヤコフは捕虜収容所で亡くなった。「ヤコフはどんな死でも母国の裏切りよりも望んでいる。」スターリンは母の死に目に会うことなく、自分の政務を優先している。それほど党首として厳格な意識で職務についていた。


p228  戦術と戦略の区別
 スターリンはあくまで実務的な人間で、戦地での戦術と戦略の区別を持っており、きちんと戦術は指揮官に任せ、自分は政治的戦略に注力した。士官への信賞必罰の態度をきちんと持っていて、実に冷��であった。


p239  ドイツ分割への懸念
 第二次大戦後のスターリンの懸念は米ソ対立になかった。そもそも資本主義の発展版が社会主義という理念だから、あんなに過激な冷戦になるとは予想しなかった。それよりも、ドイツや日本が復讐戦を始めることの方を危惧していた。ナポレオン戦争で分割されたドイツはその時から愛国主義者が力を持ち始めて、のちの普仏戦争での強さを見せた。その再現を防ぐため、ドイツの分割は繊細に扱うべきだと考え提案していた。冷静な指導者である。


p248  ギリシアへの内政干渉
 スターリンは戦後に米ソで対立する気はなかった。それほどの余力が残っていなかった。しかし1946年のギリシア内戦でソ連がギリシアの共産政府を支援すると米英はトルーマン・ドクトリンを発してそれに対抗してきた。ソ連はその支援がギリシアへの内政干渉にまでなるとは考えていなかった。米英とむきに争うほどギリシア情勢はソ連にとって重要ではなかった。ソ連はギリシアへの支援を中止し、ギリシアは民主主義国として独立したが、スターリンは米英のソ連への姿勢を疑うようになった。


p250  マーシャルプラン
 スターリンが米国と覇を争う意志を持ったのはこの政策が出されたから。マーシャルプランは、戦後のアメリカの経済調整策(モノ余りを輸出する)の側面と民主主義勢の拡張という対外政策の側面がある。
 ソ連も戦後の疲弊はひどく、マーシャルプランの援助は受けたかったが、対抗者の施しを受けるのは共産主義の指導的立場として憚られた。スターリンはこれをもってアメリカがソ連の弱体化を狙っていると確信した。これに対抗してコミンフォルムを作った。


p267  朝鮮戦争
 ソ連は朝鮮戦争に積極的に加担しなかった。米ソの軋轢を深めることをしたくなかった。支援部隊も中国軍に偽装し、表立たないようにした。


p277  スターリン欠乏症
 ソ連国民はスターリンの死に涙した。ソ連を偉大な力で牽引してきた指導者の死は、人々をある種の不安に陥れた。
 たしかに酷いこともあったが、スターリンがいなければソ連が自壊していたかもしれない。彼に頼っていたところも多分にあった。拠り所を失ったとき、人は自然と感情的になる。
 スターリンにより人生が狂ったものもいる。しかし、その者も彼の死に涙した。自分の人生を解雇して泣いたのか、将来への光が見えて泣いたのか、いずれにせよスターリンの存在の大きさを物語る。
________

 スターリン寄りの本だった。しかし、それだけのものがあった。
 スターリンはイヴァン雷帝かピョートル大帝か。毛沢東かポルポトか、それともナポレオンなのだろうか。
 

 しかし、スターリンはやはり時代が生んだ巨大な指導者だったと思う。月並み。

2014/09/03 12:21

投稿元:ブクログ

ロシアで歴史認識を二分するスターリンの評価。倫理と政治を峻別していた当時の風潮を強調し,急進的な農業集団化と工業化が不可避であったこと,それが第二次世界大戦の勝利に直結したこと,フランス大革命など変革に際して混乱が伴うのは普遍的現象であること等を挙げてスターリン擁護に回る歴史学者も少なくない。
本書は今も物議を醸し続ける独裁者スターリンの評伝。生い立ちから,革命思想への傾倒,内戦,権力闘争,膨大な死者を出した穀物調達と大テロル,ヒトラーとの,そしてアメリカとの戦争まで辿っていく。
二人の妻を病と自殺で亡くし,母親の葬儀にも行けず,息子はドイツの捕虜収容所で死亡,晩年は老化と猜疑心に悩まされるという,まあ当然だけど個人としては不幸な人生だったんだなぁ。もちろん餓死したり粛清された犠牲者,抑圧された国民の方が不幸ではあるのだが,権力者の悲哀もそれはそれであるわけで。そんな環境を作り出す人間社会というものの闇に想いを馳せつつ読了。

2014/10/05 14:39

投稿元:ブクログ

スターリンについての本。スターリンについて知りたいって人についてはこの本で彼の実態に迫ることができる。だけど、分厚い本と比べてみると描写が簡素化されている部分があるので個人的には物足りなかった。

2015/02/20 17:07

投稿元:ブクログ

ソ連史について殆ど予備知識なく読んだが、このスターリンという男は、農民を餓死させ、妻を自殺に追い込み、側近を粛清しまくったという、ある意味イメージ通りの超絶非情な人物であった。唯一評価できるのは、ヒトラーを打ち負かしたという一点ではないだろうか。某元都知事や某新聞社オーナーがまるで少年のように思えてきた。

2015/01/03 21:05

投稿元:ブクログ

有名すぎるソ連の独裁者、その生涯と、その行動に対する分析、国内と諸外国の評価など、多岐にわたる視点から書かれています。スターリンとはどういう人だったのか、なぜあのような判断・行動をしたのか。当時の帝政ロシアからソビエト連邦への変遷の中での人々の思い、希望なども交えつつ書かれていますので、非常に分かりやすかったです。

2014/08/25 00:00

投稿元:ブクログ

青年期から殺伐とした革命運動に身を投じた結果、政治における組織論の重要さに早くから気づき、また組織内の敵・味方を峻別する鋭敏な感覚を身に付けていったスターリン。その結果、彼は革命成就後も「社会主義-資本主義」という国家外部におけるイデオロギーの対立を国家組織内部の「体制-反体制」という構図に投影してしまう。これが第一次世界大戦におけるそれよりも多くのロシア国民犠牲者を出し、後世まで彼の評価が定まらない最大の原因である「大粛清」に繋がったと著者はみる。

本書の出色はレーニン没後の共産党内部における権力闘争の記述。第一次世界大戦により荒廃した産業の再建策についての深刻な対立の結果、スターリンが政敵として後に追い落とすトロツキー等の主張に結局は沿った形で(しかし方法としては比較にならないほど苛烈なやり方で)農業を犠牲にし工業の発展を優先するに至るまでの経緯が、当時のロシアを取り巻く国際情勢やスターリン自身の性向と絡めながら理路整然と描写されており、非常に判り易い。

本書で紹介されるスターリンの少年期の詩や、レーニンの著作を詳細に読み込んでいたというエピソードからは、自分が心酔する対象に無心に打ち込む「素朴な優等生」というイメージが浮かび上がる。この一途さが農民の虐待や大粛清等に寄与した一方で、(政治的要請によるものではあっても)少数民族の権利を尊重し、ロシアそのものの国内事情を重視する「一国社会主義」の提唱、さらには工業化の成功による第二次世界大戦の勝利など、ロシア国民によりアピールする結果に繋がったのは間違いないだろう。ある国における最大の成功と最大の失敗の原因が同時に一指導者に帰せられるとしたら、彼に一体どのような歴史的評価がなされるべきなのだろうか。

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