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共通感覚論(岩波現代文庫)
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2000.1
  • 出版社: 岩波書店
  • レーベル: 岩波現代文庫
  • サイズ:15cm/382,7p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-600001-4
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

共通感覚論 (岩波現代文庫 学術)

著者 中村 雄二郎 (著)

共通感覚論 (岩波現代文庫 学術)

1,404(税込)

ポイント :13pt

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評価内訳

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  • 星 1 (0件)

紙の本

思考の実例、自分でとりあげた疑問を自分の思考で分析・統合

2003/03/30 18:44

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 常識は、日常経験の知として、素朴な意見と優れた経験知という両面性、両犠牲を持つ。この常識と、感覚特に視覚と触覚、および言語、記憶・時間・場所、との関連を論じることで、共通感覚をめぐる諸問題を多角的、包括的に考えた、哲学書である。共通感覚とは、すべての人間に共通な感覚のことではなく、個々の諸感覚(五感)の良く規制された使用から生まれる、諸感覚に共通で、それらを統合して働く、総合的で全体的な感得力である。 西洋哲学史概論のように、先人の思想の解説ではなく、又他人の思想を他人の思考で考えるのではなく、自分でとりあげた疑問を自分の思考で分析・統合し、自分の思想を作りあげている。内容は十分の一も解ったとは言えないが、 哲学では何を問題にし、どのように論理を展開し、種々の対象や概念を関係付けて捉えていくかは、分ったと思う。哲学に関する入門書や概論書を読むより、この本の様な思考の実例を読む方が良い。哲学者は、自然科学、心理学、精神病理学、絵画、音楽、あらゆる分野の知識を駆使して、論理を構成している。感心するほかはない。

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紙の本

衰弱化・神経症化・鋭敏化の進む現代人の「精神」。私たちは、「心」を、「生活世界」を取り戻さなければならない。そしてそれは、見落とされていた「共通感覚」を捉え直すことから始まる。

2004/08/20 12:33

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中堅 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 なんだか専門用語の匂いの、近づき難い感じがする「共通感覚(common sense)」だが、普通は「常識」と訳される身近な言葉なのである。
 本書は、「感性の覚醒」「哲学の現在」の二つの著作を貫く思索を決算するために、美術・哲学・動物学・精神分析・修辞学など、「かなり種類の異なった広範囲の文献」を利用しながら、common sense を巡り書かれたものである。

 common sense とはなにか? 
 消極的に、しかし簡単に答えれば、common sense とは、それなしでは、「誰もが知って守っているルールがわからず、他人とのあたりまえのつきあいができず、あたりまえのことを変に感じて、自分で自分が頼れな」くなってしまう、それなしでは、人間を「論理的に考えることのできる動物以上のものではない」生物としてしまう、人間を人間たらしめている総合的な能力、第六感なのである。

 小学生が「バトル・ロワイヤル」に感動し、あげくの果ては友達を殺してしまうような重度の神経症な症状を呈する現代において、この「日常生活」を支える知はいくら問い直されても、問われすぎではない。

  松岡正剛の「この人はよほどの編集哲学者なのである。」という言葉どおり、哲学者とは一冊の哲学書を書くのにこれほどの読書をこなさなければならないのか、と驚かされる程、多くの量の文献が注に記されている。しかし、だからといって他の哲学書の報告に終始しているわけではなく、著者は終始自分の課題に向けて力強い思索を貫き通しており、今から二十年以上前の著作だと感じさせない現代性を保っている。

 多くの人に本書を読んでもらい、日本にも哲学学者ならぬ哲学者がいることを知ってほしい。
------
「そうですね、彼らは頭で考えるからです。しっかりした人は頭で考えません、われわれは心で考えます」(C.G.ユングが伝える未開人の言葉)

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2004/09/27 00:22

投稿元:ブクログ

「常識」とは何ぞ?と長年思っていたので、やや難しい内容ではあったけど納得できるところが多かった。哲学的切り口で論じるとこうなるのかぁ、と思った。難しいテーマなのに、わかりやすい文章だったのには感謝。

2007/11/21 11:51

投稿元:ブクログ

宮沢賢治やモーツアルトがそうだったのではないかといわれていた「共通感覚者」について興味を持って読み始めた本。一回読んだだけではよくわからない。

2010/02/12 09:59

投稿元:ブクログ

第1章 共通感覚の再発見
第2章 視覚の神話をこえて
第3章 共通感覚と言語
第4章 記憶・時間・場所
終章

現代選書版あとがき
現代文庫版によせて
[解説]私事と共通感覚 木村敏
索引
(目次より)

2012/02/05 21:53

投稿元:ブクログ

雄二郎のことはけっこう気にかかってはいた。彼は「臨床の知」なる概念を提唱していたからである。つまり、病気と呼ばれるものに対して、科学的客観的に判断して投薬治療などを加える精神医療に対して、いわゆる患者が抱えている問題に対して、その患者の視点で捉えていくという、カウンセラーや心理療法の礎のような考えを広く提唱した人物なのであるが、それと本著の内容はまるで関係なかったりもする。

本著で分析されるのは「共通感覚」である。似た名前に共感覚というものがあるがこれとは違う。後者は、感覚器官が在る意味ばくっているといった感じで、文字を読んで色のイメージがわくといった形である。個人的にはたまーにそういう経験があるのだけど、共感覚者はそれがいつもらしい。だが、共通感覚は少し違う。この共通感覚ってやつは、コモンセンスとかセンスコムーニスとか呼ばれているが、現代的な意味で訳すときには、「常識」となる。要するに、コモンセンスには二つ意味があり、一つ目が「常識」で二つ目が「共通感覚」なのである。常識は、まあ、いいだろう。これは非常に実践的な概念で、キケロがその親の存在であるという。キケロとは、ストア派の時代にいた人物であるが、彼は非常に「実践性」を推すのである。堅苦しい理論よりは実践性を尊んだ人物である。で、もう一つが「共通感覚」である。共通感覚っていうのは、つまり、個人に対してかつ、集団に関しての共通という二重の共通性があるように個人的には感じられる。個人に対しての共通というのは、「すべての感覚の基礎にある」感覚といった意味合いである。これは現代的には「視覚」として考えられがちだが、しかし、著者はここで「触覚」の重要性を提唱する。確かに一見視覚が優位に見えるが、視覚ではものを真には感じられないのではないか?つまり、視覚によってわれわれの感覚は順序付けられるのだが、それは表面的なものであり、その前に裏方的な礎として働いているのは、触覚などの「体性感覚」であるというのが著者の主張である。で、これは個人的な共通性なのだけれども、実はこれが個人を超えて集団においても共通しているのである。これはフッサールの言うところの相互主観性とでも呼ぶべきものなのだろう。


ちなみに、精神病理学者の、木村が解説を書いているのだが、この論点が木村にかなりの影響を与えている。つまり、分裂病者はこの共通感覚が崩れてしまったのではないか?だから、個人内における感覚が共通性を失い調和がとれない上に、それが相互主観的に一定の合致を示すということへも実感がもてなくなる。だからこそ、世界から分離してしまったような違和を感じることになる。それは、つまり、世界の中において、自分という「場所」=「トポス」を失ってしまったということである。その場所というのは、つまり、主語であるところの自分にあれこれ納まってくるはずのが述語の収納所である。その場所がわからなくなるせいで、うまく述語が収まらず自分がいまいち自分であるという感覚がつかめなくなる、わけである。と木村にシフトしてしまったが、中村⇔木村がリンクするこの部分が本著の最大の魅力だと思われる。

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