紙の本
国籍に悩む。
2010/07/30 08:59
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る
君はこの国を好きか 鷺沢萌(さぎさわもえ) 新潮文庫
この作家さんのインタビュー記事を読んだのは5年から7年ぐらい前のことでした。そして、まもなく彼女は亡くなりました。自殺でした。そのようなきざしはまったくなく、突然のことでたいへん驚きました。日頃から、作家とは、自殺と隣り合わせで物を書く仕事だと感じています。
作者は在日韓国人です。その視点で小説は書かれています。本には小説が2本掲載されています。「ほんとうの夏」そして「君はこの国を好きか」です。
「君はこの国を好きか」
「君は」は、在日韓国人を指します。「この国は」は大韓民国です。作者は主人公である木山雅美さんになってこの小説に登場します。日本に生まれて、日本で育ったのが在日韓国人3世の雅美さんです。彼女は、韓国へ留学します。在日韓国人、そして韓国で生まれ育った韓国人の大学生たち、さらに韓国人の大学教授、自分の親族、下宿や食べ物屋の人々が登場します。
人付き合いが濃厚な韓国社会となにかと過ごしやすい日本の生活を比較しながら、韓国人になりきれない、かといって日本人ではないという、心の整理がつかない状態が続いた雅美さんは心も体も不安定になります。彼女のハングル文字に対する興味は強く、ハングルと漢字の関連に熱中したりもします。ふたつの名前をもっていること、選挙権がないこと(韓国の選挙権はあるのだろうか。)などが語られる反面、年齢の上下にこだわる、プライバシーの保護がない窮屈な韓国社会に対する違和感があります。さらに恵まれた日本の大学生と経済的に親に頼ることができない厳しい生活を送っている韓国の大学生をみて、雅美さんは、自分はこれでいいのかと悩むのです。彼女はか弱い。そして若い。
10代から20代にかけて、対象物(人、場所など)に対する憎しみが愛情に変わる時期があります。不自然なことではありません。彼女の場合は「韓国」あるいは「韓国籍」でした。
韓国金浦空港へ向かう飛行中の飛行機の中で降ろしてくれと泣き叫ぶパニック状態の雅美さんには困りました。迷惑なおねえちゃんです。拒食症なのでしょうか、彼女は食べたものを吐き続けます。国(国家)は自分を守ってくれない。守ってくれるのは「人」です。ひとりでもいいから慰めてくれる人がそばにいてほしい。
紙の本
在日韓国人の覚束ない毎日を描く秀作二編。絶版なのが惜しまれる。
2010/01/04 08:28
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ほんとうの夏」と「君はこの国を好きか」の2つの中編を収録。前者は1992年、後者は1997年に発表されました。
俊之は在日韓国人。そのことを告げずに芳佳とつきあっている。彼女を乗せて運転中に追突事故を起こし、警官に提示しなければならない免許証から自らの国籍を知られることを恐れた彼は、芳佳をじゃけんに遠ざけてしまう。(「ほんとうの夏」)
在日韓国人の雅美は“母国”に留学する。しかし日本人に比べるとあまりに濃厚な韓国人たちの対人距離感、そして在日僑胞への疎外意識に強い拒否反応を示してしまう。(「君はこの国を好きか」)
二人の20代の若者は、自分の国籍から来る足元の不安定な揺らぎを常に意識せざるをえません。
この物語を読む私は、自分では普段決して抱くことのないそうした心もとなく覚束ない思いを主人公たちとともに味わい、めまいを感じるほどでした。
私もちょうど90年代後半に雅美同様「ハングルに感電した」くちで、かの地の言語を学び、かの地に旅をしたものでした。そしてまた雅美同様、濃度が高い国民性に臆してしまった記憶があります。
しかし私にとって韓国は「帰国する場所」ではなく、思いのままに距離をとることがかなう国でした。それに対して俊之と雅美にとってそれは抜きがたく自らの体内に組み込まれた存在であり、同時にまた異分子として排除してしまいたいものでもあります。かかえきれない自分を強く意識し続けるこの生活の戸惑いを、鷺沢萠は実に見事に描いてみせます。
そして、どちらの物語も若い主人公たちは困惑をすべてぬぐいきったわけではないにしろ、ともかく前に一歩踏み出す道を選びます。一夜にして彼らの苦悶が晴れるわけはそもそもありませんが、その場に戸惑いながらとどまることだけはすまいとする彼らの姿に、希望を感じるのです。
ともに当時、芥川賞候補となっただけのことはある、読者をうならせる作品二編です。
紙の本
誰も教えてくれなかった
2003/01/31 18:26
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投稿者:jiri - この投稿者のレビュー一覧を見る
「在日」「韓国人」
これらの言葉何はなぜか灰色のイメージを持っている。
韓国という国、そして韓国人に向かう日本人の姿勢がそのままイメージとして言語にこびりついていた。少なくとも、私にはそうだった。
この本を読むまで知らなかった。
他の日本人はひとつの物語すら誰も教えてくれなかった。
在日韓国人と呼ばれる人々がどのように生きどのように感じているかを。
日本にいても韓国にいてもたくさんの葛藤を覚えていることを。
韓国の今。韓国の人たち。そして「在日」の人たちのことを
在日韓国人アミの目を通し、手を伸ばせば触れられるかのように描いている。
作者サギサワの力量が伺える一冊。
紙の本
最後まで読んで欲しい
2002/04/20 19:43
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投稿者:鴇 - この投稿者のレビュー一覧を見る
鷺沢萠氏は恋愛小説の旗手、なんてよく言われている。それが在日をテーマにした作品であろうと、ラブストーリーーであろうと、私はある一貫する雰囲気を感じる。それは一言で言えば。暗さとでも言うべきものなのだが…何といったらいいのだろう。
例えばこの物語の場合。
在日韓国人3世の雅美、韓国籍でありながら母国が喋れない。日本に住みながらも日本人ではない。そのことに違和感を感じていた雅美は、アメリカ留学中に出会った韓国人女性の言葉により母国でハングル語を学ぼうと決意する。でも、そこに待っていたのは異文化に対応できない自分だった…。
そう、異文化の中にいる自分。その他者であることの哀れみや悲しみというようなものを、このひとは人間の内側から見事に描写すると思う。そして、ラストには感動。
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小説としての面白さを失わずに、アイデンティティの葛藤を丁寧に描いた作品。
メメさんの視点の鋭さに脱帽です。
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鷺沢 萠の【君はこの国を好きか】を読んだ。
突然こう問われたらあなたは即答できるだろうか?僕は即答できる自信がある。
おそらく多くの若者は欧米の生活や文化に憧れを抱いているであろうから「嫌い」と即答するかもしれな
い。そういった類の憧れは僕にだってある。しかし、この国、つまり「日本」が好きか嫌いかという話と
なると別問題で僕は間違いなく「好き」だと即答するだろう。と、この本を読むまでは思っていた。
鷺沢 萠の【君はこの国を好きか】に登場する人物は、主人公の雅美も含めて韓国人である。日本で生ま
れ育った韓国人の3世の世代だ。
日本で生まれ育ち、日本語を第一言語としている雅美は大学を卒業したあと「もう少し学生でいたい」と
いう甘えからアメリカに留学する。そこで出会ったのが韓国からの留学生ジニー。成真伊(ソン・ジニ)
という二十歳の女の子はアメリカでジニーと呼ばれていた。
韓国籍でありながらハングルが一切話せない雅美とジニーの会話はお互いの祖国語ではなく英語である。
ジニーは初対面の雅美にいきなり韓国語で話しかけてきた。
国籍は韓国であっても自分の家は親の代からすでに日本で生まれ育っていて、教育もすべて日本で受けて
きているから韓国語は話せないのだと雅美は英語で説明する。
「Are you quite sure you are a Korean?」(あなたは、自分が韓国人であると確信しますか?)
ジニーは韓国人でありながら韓国語が話せない雅美を責めているのではない。単に疑問なのだ。その後も
「日本で暮らす2世、3世はみんな韓国語が話せないのか」や「どのくらいの数の韓国人が日本にいるの
か」などの疑問を雅美にぶつける。雅美は言葉に詰まった。
雅美は歴史的に考えて、在日という差別的な用語をもって見られていた世代ではない。だから苦渋を舐め
るような差別も受けたことがないし、それについて深く考えたこともなかったのだ。
この出会いをきっかけに雅美の中に流れる韓国の血が目覚める。日本にいた時には、自分の周りの人間の
ことを韓国籍であることや韓国語が話せない問題など含めて「あなたたちは何も知らない」という思いを
募らせていたがアメリカに来てジニーに出会い「何も知らない」のは自分だったのだと気付く。
ジニーに韓国語を教わり、次第にハングルに夢中になる。それは自分の血だとか国籍だとかとは関係なく
単純に言葉として「面白かった」からだ。
あたしはハングルに感電したのだ ―。
雅美の心は強く韓国に魅かれる。そして、韓国に行って韓国語を学ぼうと決意するのだった。
初めて自分の祖国・韓国に足を踏み入れた雅美に待ち受けていた現実は過酷だった。
韓国人でありながら満足に韓国語が話せないということで受ける差別、韓国という国のガサツさ、いい加
減さ、すべてがショックだった。極度のストレスで拒食症にまでなり、祖国でドン底にまで落ちていく雅
美。「自分は一体なんなのか?」目まぐるしく交差する自己の葛藤。そんな雅美を支えてくれたのが、同
じ日本から韓国に留学にきた3世の仲間たちであった。
韓国人でありながら祖国の壁にぶち当たる若者たちの葛藤は凄まじい。そしてつい口走ってしまうこんな
セリフ。
「だから結局韓国ってさ・・・。」
韓国を否定することは自分の存在さえも否定することである。
「でも、あたしたちの国なんだよね・・・」
雅美はそう言ったとたんに冷たい涙が噴出すように流れた。
幾多の苦難を乗り越え、韓国の大学院を卒業し日本に「帰る」日。
見送りに来てくれたジョンヒ(在日3世で雅美よりも先に韓国に留学に来ていた男性。物語の中では雅美
のよき理解者でありよき兄役であり親密な関係を築いていく重要人物)が言った一言が雅美の心に突き刺
さる。
「あんた、この国を好きやった?」
自分がこの立場だったらどうだろう。祖国を「好き」だと言えるだろうか。胸を張って「好き」だと言え
るようになるには、まだまだこの国について、日本という国について知らないことが多すぎる。
安易に好きだとか嫌いだとか言ってはいけない気がする。政治の腐敗も、企業の腐敗も、凶悪な犯罪も、
自分たちの国で起こっていることだ。関係ないことではない。こんな日本に憤りを感じるのもやはりそれ
が自分たちの祖国であるからではないだろうか。
もっともっと自分の祖国を知らなければ。そんな気持ちにさせられる作品だった。
ご存知の通り、鷺沢 萠は韓国人とのクォーターである。そんな彼女だからこそ書けた世界だろう。
他に、同じ在日3世を主人公にしてその問題を取り上げた【ほんとうの夏】も併録されたこの1冊は、ぜ
ひとも機会があれば読んでもらいたいが、すでに絶版となっているため古本屋で見かけたら迷わず買うこ
とをお薦めしたい。
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数年ぶりに再読しました。彼女の作品は古くならないのがすごい。描かれる感情が現代も全く褪せていない!感電したのは私のほうでした。
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「この国」とは日本のことだと思って読み始めたら、韓国のことだった。2つの話が入っていたが、「君はこの国を好きか」を読んだとき、著者が自殺してしまった理由がなんとなく一部分だけ分かったような気がした。こんなに自己分裂的な感情を持ちながら2つの国の文化に真摯に相対するのは著者にとっては苦痛だったのではないか、考えるだけでぞっとする。国とは、文化とは、風土とは何かを改めて考えようと思った一冊。
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「君はこの国を好きか」
学生時代、激しく共感して泣きながら読んでいた本。
“あたしはハングルに感電したのだ・・・。どんな状況に陥っても―たとえこれよりも何キロ痩せようが―、あたしにはハングルがある、「韓国語がある。」”
鷺沢さんがひりひりと感じていたであろう感覚が、生々しく伝わり、心を突き刺す。
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日本にも帰属できない、夢見た祖国には不適応を起こしてしまった―そんな在日コリアンの女性の成長物語。「在日コリアン」としてのアイデンティティを獲得する描写は見事。
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在日韓国人が日本人でもなく、韓国人そのものでもなく、自らのアイデンティティを把握しかねて悩みのうちにある様子が手に取るように分かりました。決して私達が差別をしようとしていなくても、本人たちにとっての純然たる祖国がないということだけでも大きな悲しみなのだということが良く分かりました。思わず惹きこまれ一気に読むことになりました。
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葉桜忌の再読。
在日三世の若者の戸惑いを描いた二つの中編を収めた物語。
この当時の鷺沢さんでしか描けないビビットな作品。
40代の鷺沢さんが描く物語が読みたかったなぁ。
そして、この作品を2015年に出版できる出版社はあるだろうか。
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ジニのパズルを読んで読むシリーズ その2
群像さんリツイートありがとうございます。あの作品を読んでまだまだ読書の波が。
葉桜の日から7年が経ち、鷺沢さんも30歳近くになっての作品。
実際には「ほんとうの夏」が92年の作品で、芥川賞候補になって、そこから韓国の大学に留学して、97年「君はこの国を好きか」でこれまた芥川賞候補。
むつかしいなぁと。
「ハングルに感電」でして韓国留学、そして大学に進むんだけど、その話どうしても「ナビ・タリョン」「由熙」の世界とダブってしまうんですね。
由熙が89年に芥川賞を受賞している。
それが私頭から離れない、となると選考委員の人たちも(違っているのかもしれないけど)そうなのではないか、というところがありました。
日本での違和感、それなのに韓国にいざいっても文化的には日本の人間と変わらないわけでそれはそれで違和感を感じてしまう。
在日3世の苦しさ、自分の力ではどうしようもないことに対するこの苦しさは、こういった作品を通じて、自分の中に少しでも、感じとらないといけないなと、改めて思います。
10代で史上最年少で文学賞を受賞!からの出生の事実を知り、韓国留学を経ての結果こうなると、作家として厳しい部分があったのではないか。
35歳で自殺、ということを読むと、そんなことを想像せずにはいられない。
逆に、何も知らない頃に受賞した「川べりの道」が読みたくなりました。知らぬまま、作家生活を歩んでいたらどんな人生に、どんな作品になったんだろうと詮無いことを考えながら。
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「ほんとうの夏」「君はこの国を好きか」の2編が入った本で、どちらも主人公は在日3世。韓国(朝鮮)には行ったことがない。ハングルはしゃべれない。でも日本で「外国籍」ということで差別されたり、不利益を受けたことがある・・・。今まで小説で読んだ「在日」は、1世の話ばかりだったけど、いま、こういう人たちの方が多いと思う。つかみきれない感情。もやもや。あった方が良い、ない方が良い、どちらとも言い切れないが、純日本人のエゴなのかな。
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いわゆる在日の方が、そのルーツである韓国という存在に目覚めたり、実際に留学を経験する姿を描いた小説。著者は韓国のクォーターだそうで、延世大学の語学研究院への留学経験もあるらしい。
小説としては、うーん、どうなのか。まあ、韓国留学を考えている人にはいろいろと参考になる部分もあるのではないか。