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おかしな男渥美清
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 7件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2000.4
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/373p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-331824-4
  • 国内送料無料

紙の本

おかしな男渥美清

著者 小林 信彦 (著)

映画「男はつらいよ」の寅次郎が、衣裳を脱いだときに現れる素顔の渥美清と本名・田所康雄に戻った時に見せる意外な一面。若き日の渥美清と親しい交際のあった著者が自ら見聞したこと...

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おかしな男渥美清

1,944(税込)

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商品説明

映画「男はつらいよ」の寅次郎が、衣裳を脱いだときに現れる素顔の渥美清と本名・田所康雄に戻った時に見せる意外な一面。若き日の渥美清と親しい交際のあった著者が自ら見聞したことだけをもとに愛情こめて綴る実感的喜劇人伝。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

小林 信彦

略歴
〈小林信彦〉1932年東京都生まれ。早稲田大学英文科卒業。翻訳雑誌編集長を経て作家に。著書に「夢の砦」「ぼくたちの好きな戦争」「世界でいちばん熱い島」「ドリーム・ハウス」「侵入者」ほか多数。

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みんなのレビュー7件

みんなの評価4.0

評価内訳

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  • 星 1 (0件)

紙の本

おかしな男渥美清

2000/10/24 22:09

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:螺旋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 強烈な自我と上昇志向を持った渥美清というコメディアンが、やがて「寅さん」というあたり役を得て、国民的アイドルに変貌していく様子が、それをリアルタイムで見てきた筆者の、極めて私的な交友の記録を基に綴られる。

 同様の視点と手法によるものとしては『天才伝説横山やすし』に次ぐ作品だが、作者の批評性が対象とうまくかみ合わず、その分、辛くも重くもなった『天才伝説横山やすし』に較べ、『おかしな男渥美清』は批評性と対象との相性や、バランスがはるかによく、スケールの大きい、より面白い作品に仕上がっている。

 田所康男から寅さんへと至る道のりの背景には、戦後から東京オリンピックをへて平成不況へと、日本の風景が劇的に変貌を始めてから現在迄の、掛け値ねなしの現代史そのものがあり、同時に、この間の変化は、この作者が尤もこだわりをもって描き続けてきたテ−マでもあって、筆の運びもツボの押さえも申し分無い。

 当初、困ったやくざ者として登場した寅だが、シリーズが続くにつれ、人々に愛される好人物の寅さんへと変化した。寅さんの27年間は、実質的に効率優先、開発優先の列島改造に日本国中が邁進した時間でもあり、言うなれば寅さんのような存在がますます生きにくい世の中へと日本は作り替えられていった。一方で寅がもたらす「癒し」を求め続けた。
 シリ−ズ全48作!。言ってみれば、これは一人のやくざ者に慰めを求め続けた無邪気な日本人が、当のやくざ物から与えられた癒しの総量に他ならない。渥美と山田監督は寅の持つ癒しの能力を27年もの間に渡って増幅し続けたのだとも言える。しかし、寅さんに殉じたと言っても過言でない俳優の生き方から窺える価値観と、彼を愛した世間の価値観との何と隔たってもいたことだろう。

 時に、作者が前面に出過ぎるきらいがあるが、この本の面白さが、渥美清の道程と、優れた喜劇論で注目を集めた気鋭の評論家中原弓彦が、作家小林信彦へと歩み続けた道のりとが、見事にシンクロしていることから生じているのを見れば納得できる。当然、濃厚に私小説的、というより見事に私小説だが、小林信彦の私小説作品群からは頭一つ抜き出た面白さがあり、代表作の一つに数えられるべき作品となっている。

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紙の本

おかしなのはあなたの方だ

2000/12/22 17:32

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:吉野桃花 - この投稿者のレビュー一覧を見る

小林信彦が自分自身が付き合って感じた部分だけで、渥美清を描き出した作品。ほとんど事実に違いないことでも、自分が直接見聞きしたこと以外は書かない、という姿勢である。

 私などは、寅さん映画も1本も見たことはなく、ただ後年の“日本人の情緒の象徴としての寅さん”というイメージしかなかった。
 野心家で負けず嫌いで、才気ばしった若い頃の渥美清を堪能させてもらった。
 その頃、夜中まで2人で笑いの話をし合ったというのだから、小林信彦が渥美清に与えた影響は少なくないだろうし、普通だったらそのまま親しく付き合うような気がする。
 でも、後年の“寅=渥美清”のころになると、著者は明かに渥美清とは一線を引き、振り払うようなまねまでするのである。

 正確ではないのだけど、この作品の中で小林自身が“僕には奇妙なくせがあって、人をエスカレーターの上に乗せるまでは、あれやこれやと世話をやき、いったん乗せてしまうと、もう一切関係なく自分とは違う高みにいる人として見ていたいのである。”という内容のことを書いていて、私は、あっ!と思った。これだよ。これ。
 横山やすしを書いた『天才伝説 横山やすし』のなかでも、映画に出ろ出ろと話を進めときながら、映画が順調に進みだすと、すっと側からいなくなるのである。
 その後、映画(唐獅子株式会社だったかな?)の2作目の話が上手く進まなくなって、そこからやすしはなんだか転げ落ちるように不幸な状況になっていくわけだけど、フォローもなし。
 正直、けしかけといてそれはないだろう、と思ったのだった。

 そうか。そういうことだったのか。
 なんだか、小林信彦の方がよっぽど“おかしな男”なんじゃないか、と思い始めてしまった。
 十数年後に小林信彦が亡くなって(勝手に死後のこと考えてすみません)、小林信彦のことを書いた本が出たら、絶対読もうと思う。
 自伝は書いてるから、ともかくそれは読んでおこうっと。

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紙の本

違和感を超える渥美。

2001/01/19 14:44

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:サチ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 僕は昔から、この小林信彦という書き手に対してなんとなく馴染めない感じを持ち続けていた。ひとことで言うと、鼻につく感じというのだろうか…。彼が著わした横山やすしに関する本を読んだ時もそうだった。
 「やすし」や「渥美」といった対象へのイコールバランスを取るために、(よく言えば)わざと乾いた感のある文章を書いているのか。それとも書き手の単なる傲慢さの現れなのか。
 渥美清に関するこの本を読んだ今も、明解な理由は見つかっていない。ただひとつ確実に言えるのは、いかなる筆致をもって描かれていようと、渥美清という男は自然と魅力的に映ってしまうということだ。
 実際、僕は読後、渋谷のTSUTAYAで『男は愛嬌』ほか、渥美の出演している映画をついつい大量に借りてしまった(ビデオレンタル半額キャンペーンもやっていたこともあって;笑)。
 が…、しかし、だ。
 正直これらを一気に観終えてもなお、小林の文章(というよりは視座といった方がいいだろうか)に対する判断を下すことは出来なかった。
 当時の時代背景などを知ることによって、現在20代の僕がこれらの作品を複眼的に楽しめたのは事実だ。かといって、それをもってこの本を評価してよいものか。
 とにもかくにも、人によって読後感は賛否両論分かれるのではないかと思う。
 出来れば、あなたの評価もぜひ聞いてみたい。

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紙の本

日本経済新聞2000/5/28朝刊

2000/10/21 00:15

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:矢野 誠一 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 寅さん以前に比重がかかっているにせよ、演技者としての渥美清を論じているが、言うところの俳優論ではない。むろん評伝でもない。おたがいがまだ若かった日に、ともに過ごした時間を、おそらく著者の日記によると思われるきわめて詳細なデータを用いて語っている。だからと言ってこれを人物論・人物記の範疇に加えることにも抵抗がある。こうした単純なカテゴリーを拒否してのける書かれ方が、この本の格別の面白さを支えているし、真骨頂でもある。
 要するに、渥美清という「おかしな男」に対して、著者がいだいた畏敬というにはほど遠いがなみなみならぬ強い関心、とまどい、ときに嫌悪感とは無縁の反発といった複雑な感情を、かなりねちっこく記していったパーソナルにつきる肖像なのである。ねちっこいというのは、淡淡としてはいないということだ。
 渥美清が世を去って、じつに多くのひとたちがこの役者について語ったり、書き記した。私も書いている。それらのすべてに目を通したわけでは無論ないが、この役者には、ひとになにかを書かせたくなるものがありすぎる。そしてここが肝腎なところだが、その書かせたくなるものの多くが、渥美清の演技者としての部分からかなりの距離を置いたところに集中しすぎてる。こんな役者は見たことがない。
 渥美清を書くということは、ふんだんにある陥し穴をどう避けていくかということでもあるのだが、いささか始末に悪いのは、その陥し穴の多くには、ものを書く人間としてはまりこみたくなる誘惑が待ち受けていることだ。小林信彦『おかしな男渥美清』は、パーソナルに徹することでこの陥し穴をたくみに避けて、これまであまり知られてなかった渥美清の貌をさらすことができた。これまで知られなかったというのは、寅さん以前のということだが、多くに知られる寅さん以後の渥美清には、パーソナルな関心がさほどなかったことを、おのずと語ってくれている。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000

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2010/01/22 12:03

投稿元:ブクログ

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2011/11/06 01:58

投稿元:ブクログ

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2016/07/29 09:59

投稿元:ブクログ

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