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間テクスト性の戦略
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.5 2件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2000.5
  • 出版社: 夏目書房
  • サイズ:19cm/253p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-931391-72-9
  • 国内送料無料

紙の本

間テクスト性の戦略 (NATSUME哲学の学校)

著者 土田 知則 (著)

「間テクスト性」とは何か。文学理論の急所を丹念に記述し、現在の文学批評の閉塞状況を打ち破る、「間テクスト性」理論入門。【「TRC MARC」の商品解説】

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間テクスト性の戦略 (NATSUME哲学の学校)

2,052(税込)

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みんなのレビュー2件

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評価内訳

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  • 星 1 (0件)

紙の本

間テクストという概念は面白いのだが

2003/11/07 17:05

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る

悪い本ではないとは思うが、どうにも今ひとつだ。たぶん、色んなところから「間テクスト」的な言説をパッチワークしてるだけだからだと思う。この人はこんな事を言ってます、あの人もこう言ってます、だけでは物足りない。クリステヴァ、バルト、ドゥルーズを接合するだけでは、どうにも。
ただ、「間テクスト性」というのが何かを俯瞰するのと、参照項が何なのか、というブックガイドとして読むことはできる。しかし、それにしてはバフチンをもっと参照すべきだとは思うのだが。

元々この概念は、本文にもあるように、クリステヴァがバフチンを西洋に紹介するとき、現れた概念である。それは対話性であるとか、ポリフォニーであるとか、または散文の混成的構文などから発想されたのだろう。わたしはクリステヴァの当該論文を読んでないので詳細はわからないが、「存在するとは対話的に関係することである」という、バフチンの思想がそういう形で変形されるというのは非常によくわかる。
バフチンは小説の言葉が、それ自体で完結し、自足した体系であるというようなロマン主義的な文体観を批判し、そこにはさまざまなコンテクストをもつ文章が入り乱れ、混在しているのだ、そしてそれはユーモア小説(セルバンテス、ラブレー、スターンらの、近代小説の創始者たち)に本質的な要素である、と言った。
そこでの文体における多様性は、また対話性でもある。人文科学の言葉とは、つまり言葉についての言葉であり、対話=応答という側面を持っている。しかしその対話性というのは意図されたものとしてだけではなく、何らかの言葉というのはつねに何ものかについての応答でもあり、未来への対話でもある、というのがその対話性の概念の核心である。
それを、古来からの時間的先後関係を絶対視した、「引用」や「影響」とは異なる「間テクスト性」として提示する。つまり、そこでは作者が意図したかどうか、とかその文章を果たして作者は読んだのか、というような実証主義的な問題は無意味となる。
本書でドゥルーズのリゾーム概念との接合を試みているように、対話性が張り巡らす、根茎状の広がりこそ、未完の対話としてバフチンが想像したものではないだろうか。

しかし、物足りないのはやはり、フランス現代思想的な概念との対比だけが強調されていて、あまりにポストモダンの批評っぽいジャーゴンで語られている点だろうか。つまり、バフチンから発した間テクストの考えは、エディプス的な概念の解体であり、我々読む主体の消滅であり、云々。それはそれでまことに結構なのだが、そういった着地点が最初から見えている論文が面白くないのは当然で、ダイナミックな実践も、間テクストが示す愉しみも、ここには見えてこない。

首の概念をめぐって、「太平記」、「平家物語」からボルヘスの「汚辱の世界史」までが繋がってしまう、後藤明生「首塚の上のアドバルーン」が希有なのは、前述のほとんどの要素をまさに実践してしまっている点にある。間テクスト的な読みのプロセスそのものが小説となっているのである。そしてそれは間テクスト性を現代思想的文脈から適用したというのではなく、後藤明生独自の方法論として編み上げてあるところから発しているのである。後藤明生の批評性というのは、巷間ポストモダン、現代思想的な文脈で「批評性」と呼ばれているものとは異なった地平において批評的である点にある。そんな後藤明生を蓮實重彦が一貫して支持しているのは、おもしろい。

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紙の本

間テクスト的な思考

2001/10/30 00:49

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:メル - この投稿者のレビュー一覧を見る

 間テクスト的な思考とは何か。それは、起源や固有性や独創性、作者といった概念に対して疑問視する動きから現れたという。テクストは引用の織物であるということから出発する。ここでは、あらゆるテクストは並列に並べられ、特定のテクストが特権的な力を持つことはない。
 たとえば、これまで行われてきた実証的な「影響」研究は、間テクスト的思考においては、疑問に付される。実証的な「影響」関係を探る場合、ここでは常に先行作品が後続の作品に影響を与えるということが前提にあり、その逆の可能性はありえないとなる。先行作品から後続作品への一方通行的なヴェクトルしか働かず、そこにはテクストとテクストの「対話」が欠けてしまっている。
 間テクスト的な思考では、どちらかがより価値を持っているというような位階的な思考は拒否される。「複数のテクストの擦り合わせとは、テクストを時間の順序・序列・秩序・命令から果敢に解き放ち、水平的(対等的)なレヴェルに並べ置くことであり、次いでそうした並べ置きから迸り出るさまざまな「読み」の可能性を吟味することにほかならない」。
 間テクスト性は、「書く」ことだけの問題ではない。「読む」ことの問題でもあるという。他者と交通することなしに、「書く」ことも「読む」こともない。私たちは間テクスト性を前にすると、自分一人の独創性を求めることが幻想に過ぎないことがわかる。私たちは常に/すでに他者と交わっており、その交通・対話の中で「書く」あるいは「読む」ということを実践しているのだろう。
 こうした間テクスト的な実践から、何が生まれるのか。すごく楽しみな概念である。

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