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オウムをやめた私たち
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2000.5
  • 出版社: 岩波書店
  • サイズ:20cm/261,28p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-022365-8
  • 国内送料無料

紙の本

オウムをやめた私たち

著者 カナリヤの会 (編)

脱会者をサポートするために始まった「カナリヤの会」。ここに集う元信者たちの言葉をもとに、入信のきっかけ、オウムの実態、被害に向き合ったときのこと、現在の生活等を明らかにし...

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オウムをやめた私たち

1,944(税込)

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商品説明

脱会者をサポートするために始まった「カナリヤの会」。ここに集う元信者たちの言葉をもとに、入信のきっかけ、オウムの実態、被害に向き合ったときのこと、現在の生活等を明らかにし、彼らの心のひだと軌跡を綴る。【「TRC MARC」の商品解説】

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紙の本

オウムの“闇”を照射する−−−脱落者たちの貴重な証言

2000/07/10 20:49

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:藤崎康 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 日本じゅうを震撼させた地下鉄サリン事件から早くも五年余りが経過し、もはや、オウム真理教に対する人々の関心は風化してしまったようにもみえる。かつてオウム報道一色と化したマスメディアも、いったん事件性と話題性が消えてしまえば、現象の背後にひそむ問題をそれ以上見きわめようとはしない。しかし、刑事裁判が進行し、教団(アレフと改称)が麻原彰晃の事件への関与を認め、謝罪表明はしたものの、なお活動中の信者らは依然として麻原を霊的指導者と仰ぎ、彼の妄想的教義に呪縛されたままである現在こそ、オウムの本質が根本的に問われるべきではないか。

その意味で、オウム脱会者の集まりである「カナリヤの会」が編纂した本書の刊行は、きわめてタイムリーであるといえよう。そして、彼らの人生観、生活感覚、宗教観、オウムでの異様な体験などをめぐる興味深い座談やエッセーが収録されている本書は、彼らの抱えている問題が、けっして特殊なものではないことを示している。彼らが異口同音に語るのは、モノや情報が氾濫し、人間関係がいちじるしく間接化された高度管理・消費社会における「空しさ」であり、そうした思いはむろん、程度の差こそあれ、私たちの多くが共有する気分であろう。つまり、旧来の地縁、血縁などの共同体の解体と軌を一にして巨大化したシステム社会の網の目にとらえられつつ、労働し、消費することを強いられる私たちは、生の充足感や燃焼感、すなわち「生きがい」を容易には実感しえない環境を生きている。

ただし私たちの多くは、システム社会における不全感や味気無さをなんとか手なづけ、なだめすかし、ささやかな楽しみやスリルや達成感を「システム」からかすめ盗りながら生きているというのが、実状だろう(その楽しみやスリルなどを「意味」と呼んでもいい)。「カナリヤの会」の諸氏の発言に対する私の違和感、というか不思議さは、あまりにも「純粋な」彼らにはシステム社会の生きづらさに対して免疫が不足している、ということだ。そして、せんじつめれば、この社会のどこにも「意味」を見いだせなかった彼らは、この社会を忌むべき「煩悩にまみれた現世」と見なし、教団を現世に対するアジール(聖域)として絶対化していったのである(そこでヨーガの修行のもたらす神秘体験=燃焼感は大きな役割を果たした)。さらにいえば、オウム信者らの現世否定への傾斜は、麻原の偏執狂的な教義によって道筋を示され、「現世(浄化すべき悪)」を滅ぼさんをするテロリズムへと誘導されたのである。だから、彼らの「純粋さ」、ないしは自我のひ弱さにも、現世に牙をむくテロリズムの遠因があったとさえ言えるだろう。−−ともあれ、本書は、カルト教団事件や少年犯罪などが頻発する現代を生きる私たちにとって、必読の一冊である。 (bk1ブックナビゲーター:藤崎康/現代文化論 2000.7.11)

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2013/06/06 00:27

投稿元:ブクログ

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