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おしゃれな舌 スーパーシェフ三国清三の軌跡
  • みんなの評価 5つ星のうち 3 3件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2000.5
  • 出版社: 風塵社
  • サイズ:20cm/238p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-938733-83-8

紙の本

おしゃれな舌 スーパーシェフ三国清三の軌跡

著者 松木 直也 (著)

「口福」を売る男、オテル・ドゥ・ミクニのオーナーシェフ・三国清三。札幌グランドホテルの鍋洗いから始まり、フレンチの世界を席巻するまでの45年の全記録。三国こだわりの食材マ...

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おしゃれな舌 スーパーシェフ三国清三の軌跡

1,836(税込)

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商品説明

「口福」を売る男、オテル・ドゥ・ミクニのオーナーシェフ・三国清三。札幌グランドホテルの鍋洗いから始まり、フレンチの世界を席巻するまでの45年の全記録。三国こだわりの食材マップ付き。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

松木 直也

略歴
〈松木直也〉1955年仙台市生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。平凡出版(現マガジンハウス)ポパイ編集部の雑誌記者を経て現在、フリーライター。著書に「大人になっても治らないこと。」など。

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みんなのレビュー3件

みんなの評価3.0

評価内訳

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  • 星 1 (0件)

紙の本

”口福(こうふく)を売るプロの気概、ここにあり

2000/08/21 17:39

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:密偵おまさ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 三国清三といえば、「若くして“オテル・ドゥ・ミクニ”のオーナー・シェフとして、日本のフレンチ界をリードする名料理人」という程度のことは、以前から知っていた。在スイス日本大使館の料理長だったことも、雑誌の記事の端で読んで知っていた。

 いきなり、カンヌで野宿しながら三つ星レストラン「ロアジス」で働き始めるところから、始まる。事前に手紙を書き送っていたとはいえ、三国は返事を待たず「ムッシュ・ウーティエ、今晩から働けます」「僕は、勉強に来たわけではなく仕事をしに来たので、フランス人と同じ使い方をして欲しいし、給料も彼らと同じようにもらいたいです」と直談判する。
 彼のこうした態度は、日本に戻ってからも、そこここで発揮され、時に「生意気だ」と言われたりもしている。だが、それは、若くして自分の進む道を「料理人になる」と思い極め、北海道の片田舎・増毛から札幌へ働きに出る頃から、いや、それ以前、父が海で獲ったあわびを市場より高く売ろうと、料亭に持ち込んだ中学生時代から培われてきた、彼なりの人生哲学なのだ、というのが、読み進むうちにわかってくる。
弱冠20歳で、帝国ホテルからスイスの日本大使館の料理長に抜てきされ、数々の三つ星レストランで修業を積み、 これまた30歳という若さでオーナー・シェフとして、東京にレストランをオープンさせた、と聞けば、華麗なるフレンチ・シェフの軌跡を創造するが、決してそうとばかりはいえない。
 帝国ホテルではパートの鍋洗いに過ぎなかった三国は、スイスに赴任した時には、自分でフルコースを作ったことがなかった。ローザンヌの「オテル・ドゥ・ヴィル」には、半ば押しかけのようにして大使館が休みの日に出かけて修業した。ここで出会った、あの「トロワグロ」兄弟・ピエールの息子には、ものすごいコンプレックスを感じたこともあったという。そして、仕上げのつもりで入った「アラン・シャペル」でも、シャペルから「セ・パ・ラフィネ」(形でしかない、繊細ではない、といった意味)という一言で、自分の仕事を評されて悩んでいる。しかし、そのたびに自分なりの人生哲学で、ぶつかった壁を乗り越えている。このたくましさがあったからこそ、三国の現在があるのだろう。
 オテル・ドゥ・ミクニを開店する時のエピソードも、すごい。自己資金ゼロで、店を始めてしまう。三国の中の「何か」に魅き寄せられるように、不動産屋が、大家が、施工業者が、はては金融業者までが“一文無し”の三国の“二本の腕”に、6800万円という大金を賭けるのだ。

 フジテレビのサミット関連で三国を追った番組の中で、弱冠20歳で鍋洗いパート・タイマーだった三国を、スイス大使館の料理長に推薦した恩師・村上信夫がこう語っていた。「料理人の腕は、料理を作らせなくてもわかる。塩の使い方を見れば、どんな料理を作るのか、わかる。時折、厨房が忙しい時に、手伝っている三国くんが、野菜に塩を振っているところを見て、彼なら大丈夫だと確信しました」と。

 三国は、きっかけを掴む強運と、それを活かす力を発揮して、どんな厨房でも周囲の人々を納得させることができる料理人である。だが、三国が料理の向こうに見つめているのは、自分が作った料理を「おいしい!」と喜んで食べてくれる客の顔だ。

 一番、印象に残っているシーン、それは第5章「アラン・シャペル」の最後だ。
 『ミヨネー村を離れるその夕方、シャペルに礼を言いに 行くと、シャペルは客席でテーブルセッティングされたフォークやナイフをひとつずつ見ていた。三国はその姿から、フォークやナイフまでにも自分の魂を吹き込んでいるように思えてならなかった。』

 三国は、シャペルから「レシピを超えたところに感動がある」ということを学んだという。そのためには、フォークやナイフにまで魂を吹き込む、”プロの気概”があると。

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紙の本

オテル・ドウ・ミクニのオーナーシェフである三國清三氏のフランス料理にかけた半生記。

2000/07/10 20:49

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:挾本佳代 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 いまから15年ほど前、日本はバブルの全盛期と同時に一斉にグルメブームに飲み込まれていった。テレビでは料理番組が多く放送されるようになり、タレントが名店の料理をレポートする方式が一般受けするようになったのもこの頃からだ。こうした日本のグルメブームは、賛否両論あるとは思うが、明らかに日本人の食に対する認識を高め、そしてその舌を肥えさせることになった。現在のワインブームも料理研究家ブームも粗食ブームも、15年前のブームがあったからこそ成り立っている。

 フレンチレストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」は、グルメブームの真っ只中の1985年、東京・四谷にオープンしている。『オシャレな舌 スーパーシェフ三國清三の軌跡』の主人公三國清三シェフが30歳の時だ。三國氏は15歳で料理界に入り、今年で46歳になる。その気骨あふれる風貌からも見て取れるように、彼はフランス料理にただならぬ情熱を注いだ人生を歩んできた。

 この本の特徴は、シェフを志す人ならば誰しもがあやかりたい成功話ではなく、何よりも三國氏の料理に対する情熱の原点の在処を、その生い立ちや修業時代の、そして「オテル・ドゥ・ミクニ」のオープンにまつわる逸話から解き明かしていることにある。

 三國氏が帝国ホテルの総料理長・村上信夫氏の推薦を受けて、スイス・ジュネーブにある日本大使館の料理長に就任したのが20歳の時。当時彼はフランス料理だけでなく、大使館で要求される日本料理や中華料理も満足に作ることができなかった。しかし若き三國氏は、持ち前のバイタリティで大使館での仕事を着々とこなし、初めての休暇中にレマン湖近くにある「オテル・ドゥ・ヴィル」のシェフ、フレディ・ジラルデ氏と遭う。このジラルデ氏こそ、三國氏にフランス料理の原点を示唆してくれた師である。ジラルデ氏から、5年にわたって食材の個性をありのままに料理することを三國氏は学んだ。

 ジラルデ氏のレストランの他、フランスの二つ星や三つ星レストランで3年近く修行を積んだ後に、三國氏はようやく帰国の途につく。彼には本場のフランス料理を叩き込んできたとの自負とエネルギーが充満していた。それらを惜しみなく注ぎ込んだのが「オテル・ドゥ・ミクニ」だった。驚くべきは、三國氏が自分の店をオープンさせるにあたっての開店資金がまったくなかったということだ。「僕の腕ふたつを信用してください」。これが6800万円もの資金を調達するための彼の口上だった。

 自分の実力を固く信じ、突き進んでいく三國氏の姿は恐ろしいほど精悍だ。自信にあふれた三國氏の手から作り出されるフレンチが多くの人々を魅了し続けていることは改めて言うまでもないが、彼を作り上げてきたこれまでの人生も料理同様、実に挑戦的である。 (bk1ブックナビゲーター:挾本佳代/法政大学兼任講師 2000.7.11)

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2012/08/21 19:49

投稿元:ブクログ

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