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商品説明
明治41年、ひとりの男が風呂屋を覗き、女のあとをつけた。事件ののち、尾行は異常な行動だと考えられるようになったにもかかわらず「探偵」は増殖していく…。近代都市における人間関係を「探偵」をキーワードに記述する。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
永井 良和
- 略歴
- 〈永井良和〉1960年兵庫県生まれ。関西大学社会学部教授。専攻は都市社会学・大衆文化論。著書に「にっぽんダンス物語」など。
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紙の本
デバカミスムスDebakamismusとはなにか?
2000/07/10 20:49
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投稿者:服部滋 - この投稿者のレビュー一覧を見る
デバカミスムス Debakamismusとはなにか?
法医学者・高田義一郎はこう書く。
「デバカミスム〔ス〕は世界到る処に沢山有る。しかしその例が欧米に少なくつて、日本に多いのは、変態者の分布の相違ではない、家屋の建築法に左右せられたに過ぎないのである。堅固な石材や鉄筋コンクリートで造つた、壁の厚い家では、鍵穴以外に覗く余地が無いのに反して、日本の障子や壁は指の先でさへ穴があく様に、弱々しく造られて居る」
そう、「覗きの常習者」として今なお辞書にその名を残す出歯亀を、Debakamismusなる学術用語として用いよ、と高田先生は提案するのである。「建築が堅固だからといって、欧米人は覗きを諦めるだろうか」と、本書の著者・永井さんは首をかしげているが、先生はそんな疑問など屁とも思わない。「今後は欧米の斯学者を日本に留学させて、豊富なる我が国のDebakamismusの材料に関する研究に没頭せしめなければなるまい」と、ますます意気軒昂なのである。
高田義一郎の件の文章が発表されたのは、1927(昭和2)年。雑誌「新青年」における「闘性術」なる連載においてである。闘性術とは、性欲といかに闘うか、ということらしい。この論文は翌28年、単行本『闘性術』として刊行されるが、「風俗壊乱の理由で発売禁止の処分」を受けたため大幅な削除を行ない、『統性術』として刊行しなおしたという。先生の悔しそうな顔が目に浮かぶようだが、これしきのことで怯む先生ではない。35年には『改訂増補 闘性術』を再刊する。先生の一途な情熱にもかかわらず、デバカミスムスは残念ながら学術用語として定着しなかったが、ここで注目しておきたいのは「覗き」という行為そのものではなく、それへの命名行為である。
池田亀太郎なる植木職人が銭湯帰りの女性を暴行し絞殺した「出歯亀事件」が起こったのは1908(明治41)年。この事件は冤罪の可能性があるというが、それはさておき、「江戸期から明治初期にかけての銭湯では『覗き』が半ば常態化していた」という。従って、それまで「覗き」はたんなる「覗き」に過ぎなかったが、この事件によって「覗き」は新たに出歯亀と命名され、その名のインパクトによっておおいに脚光を浴びた——すなわち、アリエス風にいうなら、出歯亀事件によって人は「覗き」を発見したというわけである。やがてクラフト=エビングの『変態性欲心理』、フロイトの『性理論三篇』のわが国への導入によって「『覗き』行為が『窃視症』という名の『病理』としてクローズアップされ、『変態性欲』の一カテゴリーとして定位されていく」。
ことは「覗き」のみにとどまらない。近代の「新しい雑踏空間の誕生は、新しい犯罪」を生みだし、それに伴って「犯罪捜査の近代化」をも促す。都市化の進行は、一方で個人を匿名的な存在と化し、向こう三軒両隣は、見知らぬ隣人たちの挙動を「窃かに」窺う探偵たちの街角へと徐々に変貌を遂げていく。「探偵と云へば二十世紀の人間は大抵探偵の様になる傾向があるが、どう云ふ訳だらう」と、独仙君が『吾輩は猫である』でいみじくも嘆息したように。
本書は、博捜した資料に基づき、出歯亀事件を端緒に日本社会の近代化の道筋を、「探偵」をキイワードにしながらたどっていく。ダンスに着目した前著『社交ダンスと日本人』(晶文社)といい本書といい、著者の目の着けどころが光っている。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2000.7.11)