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気狂いゴダール ルポルタージュ:現場のゴダール
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 1件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1976
  • 出版社: 三一書房
  • サイズ:20cm/294p
  • 利用対象:一般
  • 国内送料無料
  • フィルムコート不可

紙の本

気狂いゴダール ルポルタージュ:現場のゴダール

著者 ミシェル・ヴィアネイ (著),奥村 昭夫 (訳)

気狂いゴダール ルポルタージュ:現場のゴダール

1,944(税込)

ポイント :18pt

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みんなのレビュー1件

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評価内訳

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ゴダール関連書が次から次へと出るので、一冊の昔の本など忘れられてしまっている

2012/03/17 00:57

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:本を読むひと - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ジャン=リュック・ゴダールに関する本としては初期に属するが(1976年の訳書)、これまで読んでいなかったのは古書価が高く入手をためらっていたからである。他地域の図書館から取り寄せてもらって初めて読んだ。訳注が丁寧で内容も面白く、確認のために観たゴダールの映画『男性・女性』も不思議なほど懐かしかった。著者ミシェル・ヴィアネイについては小説家で映画も撮っていると訳者あとがきに語られているが、読了後、訳者の奥村昭夫〔てるお〕さんが去年亡くなっているのを知って驚いた(さんづけにしたのは、お会いしたことがあるから)。こうした偶然はよくある。ベルナルド・ベルトルッチの本を読み、映画をまとめて観たあとに、マリア・シュナイダーの一年前の死を知ったのも少し前のことだった。

 ゴダールは1965年の初めに『アルファヴィル』、夏に『気狂いピエロ』を撮り、その勢いで年の暮れに『男性・女性』の撮影に入ったが、本書はその『男性・女性』の撮影現場のルポルタージュである。ただし著者の筆致は奔放で、どのくらいここに描かれたことが事実そのままかは微妙なところである。
 1967年1月にフランスで刊行されたこの本は(原題は「ゴダールを待ちながら」)、66年4月に公開された映画の宣伝には間に合わなかったとしても、ゴダールにはなんらかのビジネス的な意図があったかもしれない。彼の著者への対応には、後年の姿とは異なった気安さが感じられる。「私はあなたをじっと観察します。この眼で見たことはすべて書きます」と言えば、「ああ、いいよ。君の思い通りにやればいい。ぼくも君になんでも打ち明けるようにするから」と答え、「あなたの行く所はどこへでも付いてっていいんですね?」と尋ねれば、「ああ、いいよ。どこへでも」と返事をする。著者は《いいぞ、プロスペロー! まかしとけって! 彼も嬉しそうだ》と思う。ところでここに出た「プロスペロー」について訳者はシェイクスピア『テンペスト』に登場する魔法にたけたミラノの公爵であり、《ゴダールをプロスペローとするなら、著者はプロスペローに使われる妖精のエーリアルといったところ》と的確に注をほどこし(注の場所が巻末ではなく、手近なのがいい)、そのままならなんとなく釈然としないだろう普通の読者の気持ちを一挙に晴らす。
 この自在な撮影ルポには、そうしたいたずらっぽい言葉が実にたくさんあり、もしもこれほどに丁寧な訳注がなかったら全く違った印象の本になっただろうと思う。また著者にはどこか適当なところがあり、旧フランなのにフランとしか記さないところが何か所もある。進行係が地下鉄のレンタル料は零時まで二千八百フランだと知らせるほんの少し後に、マルレーヌ・ジョベールの《あたしねえ、一緒にタンゴを踊るだけで一日に千五百フラン払ってくれる人とつき合ってたことがあるの》という著者への言葉がある。前者には「約二十万円」、後者には「旧フラン、約千百円」と割注が入るが、そうした指示がなければ読者は誤解するしかないだろう。
 ところで『男性・女性』は主演のシャンタル・ゴヤにも増してヒロインの同居人に扮し、ジャン=ピエール・レオのポールを苛立たせるマルレーヌ・ジョベールがとてもよかった。この映画に対する懐かしさの大きな要因は彼女と彼女のソバカスにあったのかもしれない。その娘エヴァ・グリーンは後に、ベルトルッチの『ドリーマーズ』でスクリーン・デビューするが、あの映画はまさに1960年代のパリ、ゴダールの世界と時代を描いていた。素晴らしい『勝手にしやがれ』からの引用もある。
 本書『気狂いゴダール』では実に見事に日々の撮影が語られる。そのスタッフや出演者との関係、ゴダール的としか言いようのない画面ができるまでの種々のプロセス。批評では味わえない面白さがある。

 さて奥村昭夫さんはその後、ゴダール関連の本を次々に訳し続け、おそらく日本人のなかで誰よりもゴダールのために時間を費やした存在となったが、そんな彼がゴダールについて何か書いたりしたものが、膨大な日本語のゴダール文献、おびただしい数の雑誌の特集号などにほとんどないことに気づいた。例外的に、四方田犬彦らが編集した『GS』ゴダール特集(1985年)に、自作『狂気が彷徨う』をゴダール、黒沢清の映画とともに上映し、その場で黒沢清と対話をこころみている映画会の記録が載っていた。その奥ゆかしさに加え、論理的な言葉運びに感心したが、次の箇所には、ある種の微笑ましさをおぼえるしかなかった。
 《そういうわけで、ごく日常的な次元で言えば、ぼくは女房と二人で暮らしているのですが、何年かゴダールを翻訳していると、いつの間にかゴダールと三人で暮らしているみたいで……(笑)なにかことあるごとに、ゴダールの言葉を生活の現場にもち出してしまうわけです。……まあ、女房は「またゴダールさんね」ですましていますけど。》「またゴダールさんね」がほんとに素晴らしい。
 ともあれ、ゴダールに関して最初期に日本語となった本のなかで、ゴダール自身のエッセイと映画シナリオを別にすれば、本書が断然面白い。たんなる批評でしかない他の二冊(ジャン・コレとラウドの本)にくらべ、ここには生きたゴダールがいる。そんな60年代のゴダールを浮かび上がらせたミシェル・ヴィアネイは今どうしているのだろうとフランス版ウィキペディアをのぞいたら、ゴダールと同じ1930年に生まれた著者は2008年に亡くなっていた。

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