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紙の本
甘い感傷に溺れたい
2009/04/30 14:13
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
仇討ちもの、剣技ものの作品集だが、剣豪ものではない。それというのも、どれも主人公が女というコダワリで書かれているため。武士の時代において、肉親や主君の仇討ちという行動規範はあったが、その当事者が女だった場合についてのそれは無い(たぶん)。実家に帰るなり、奉公に出るなりできればいいが、事情によっては財産も無く子供を抱えて考えたくもないような辛い暮らしもあったろう。それをさらに仇討ちに走るというのは、よほどの矜持があるか錯乱とでも言うべき挙だが、それはそれでロマンである。あえてイバラの道を選ぶストイシズム、悲劇性、滅びの予感といったところを指す美意識のが生む物語だ。
三代将軍家光の弟、駿河大納言忠長の家臣が不名誉な死を遂げ、男に嫁ぐはずだった女はその仇討ちを誓って家を出て、小寺の和尚について居合抜きの修行をする。そういう坊主がいた、「乱世の余塵が燻っている」時代のこと。そして会得したのが「鱗返し」。川の流れの中にキラリと光る魚のみずみずしい肢体や、硬質だがぬめりのある鱗の手触りのイメージが、とても成功するとは思えない仇討ちの帰結の予感と儚い希望に重なって、想像力を刺激するではないか。
同じように、意外性のある武器として鎌を使う「弦月、雲を斬る」、手裏剣の極意を伝える「蟹目の大事」、弓矢の秘伝「闇の蜘蛛」など、女だてらのにわか修行でも精進次第では期待の持てる技を、さらに幻惑を加えて効果的に使えるようにしている。それらは単に技の言葉だけのことではなく、事件の背景や、周囲の人物像などをうまく配置していることによる。
お取り潰しの憂き目に遭う備中池田藩の残された女達の悲劇「狂刃系図」も、凛と生きようとする姿勢と、それが崩れていく様を描いて、その旅路の果ての無さは夢幻のようだ。
ただ結末に仇討ちの失敗や悲劇があったとしても、女達は切腹する必要はないし、武士の一分が立たないといった精神的な破滅にも無縁であり、そこからまた新しい人生を切り開いていけるということを、各作品は示しているように見える。親や夫の庇護を失った彼女達は、まず生き延びること、その上で数々の逆風に逆らって武芸を身につけるという過程を経て、精神のたくましさを身に付けてきたのだ。そこに仇の死があろうと無かろうと、これからの人生にどれほどの衝撃になろうか。それを示しているからこそ、仇討ちストーリーは記憶の1ページとして刻ませることができるし、読者も彼女達のドラマチックな半生の中に、甘い感傷も苦い経験も好きなだけ取り出して感じることができるのだ。