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紙の本
「愛国心」の暗い面もバランス感覚で読んでおきましょう。
2006/09/25 11:13
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「愛国心」について論じた最近の本「愛国者は信用できるか」(講談社現代新書2006)に「今問題になり討論されていることは、すでにここで全部論じられている。」と紹介されている本である。本棚をひっくり返して探し出し、読みなおしてみた。
昭和25年という時代にこれだけの本が書かれていたのだ。いや、この時代だったからこそ、書かれたのか、とも思う。「愛国心」について、基本的なことと、あの時代の人がどう思っていたか(なにしろ最初の方の章には「友人たちの感想」というタイトルまでついている。)が両方伝わってくる。
清水幾太郎さんの名前は「論文の書き方」(岩波新書)という本で知っている人もあるだろう。カーの「歴史とは何か」やボールディング「二十世紀の意味」(同、岩波新書)の翻訳者でもある。敗戦後数年、という時期に「愛国心」を改めて自分自身のためにまとめなおしたという本書には、著者の社会学者としての豊富な歴史知識と正直な感性がほどよく混じっている。
書かれた時期の色を濃く感じる部分は多い。最初の「問題としての愛国心」の章などは特に、こうした形で触れることさえ抵抗がある、という当時の雰囲気を伝えている。この言葉に暗い影が背負わされた時期だったのである。
「愛国心の歴史」「愛国心と民主主義」の章は主にヨーロッパの歴史をまとめているので、読んでいると少々遠回りの気もしてくる。しかし日本人の「愛国心」のありようや他の国との違いを考えた後の章での話の展開にはやはり欠かせない部分だろう。著者がアメリカについて「アメリカは民主主義的方法の温室であったのかもしれない。(p147)」と、成功したが弱い部分を残している、と見ているのも、この時代に書かれたものとしては達見であったと思う。
トルストイの「近しいものを愛するという素朴な感情も、他者との差別化をするということで闘いに繋がる可能性を孕んでいる」との指摘は、国を愛する場合だけでなく、愛するということ全てが持つ影の面に目を向けさせる。そしてまた、「愛国」ということは日本だけでなく、どの国においても必要であるが危険も内蔵しているものなのだということを思い出させてくれる。
著者が描く愛国者の条件は次の三つである。
1)中心のみを見ているのではない、同胞への愛情
2)主観的な誠実に陥らない寛容の態度 (「非寛容が忍び込む途端に、愛国心は最も野蛮な、最も危険な態度に堕落する。」)
3)戦争との絶縁 (「愛国心と戦争との伝統的な因縁にひきずられたら万事は終わる。」)
最後の一項目はまだ敗戦の傷が深かった時期の言葉だからでもあろうが、その傷が癒えたとしてもこのように思っていた、ということは忘れてはならないと思う。
「私は何も好んで愛国心の暗い側面だけを取り上げるつもりはなかった。しかし今までの日本ではこの側面を公然と論ずることは不可能であった。」「戦争前および戦争中の愛国心が頬被りして戦後の諸問題の処理に利用される危険をそこに見出さずにはいられないのである。」敗戦後数年という時に書かれたこれらの言葉が、50年以上の時を経て今まだみずみずしく聞こえるのは何故だろうか。
愛国心の暗い面ばかりをみて否定的になる必要もないし、明るい面ばかりをみてしまうことも良くない。少々「美しい」面の強調に偏っているような気がする昨今なので、こういう本もバランス感覚でよんでみたら良いと思う。
(入手困難かもしれないので、その場合は図書館ででも捜してみてください。)