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紙の本
ラオスの女、メキシコの男
2016/03/27 18:20
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作品集に収められているのも、冒険というにもだいぶ奇妙な冒険となるだろう。平凡な日常、平凡な人生から抜け出してみたい、そうして旅行に出るということがある。それでもほとんどはお決まりの観光コースを辿って、それなりの満足を得るものだろう。不運にも見知らぬ土地でアクシデントに見舞われて、思わぬ冒険に巻き込まれてしまったとして、それを平然と受け入れ、愉しんでしまえるような人はそうはいないのだろうと思う。意外な人がそういう度胸を持っているのかもしれず、普段は平凡な常識人の顔をしていながら、いざという場面で肝が座っているのかもしれない。
ラオスで戦後も現地に残って暮らしていた日本兵のいざこざに巻き込まれて、どんどん奥地に連れて行かれてしまうというのは、相当に恐ろしい話だが、現地の楽団員に収まって太鼓を叩いて悦に入ってたりするのは、いったい何者か。こちらも従軍経験で生死の境をくぐり抜けて来ているので、怖いものなしな心境も分からなくもない。その現地で日本に憧れる若い女を連れて帰って、愛人にするにいたっては、神経が太いのやら細いのやら。そして資金造りにふたたびラオスの地に引きずられていく。やはり懲りないというか、図太い人間に本当にシビアな冒険は待っている。
ふと思い立ってアジアンハイウェイを50ccのバイクで走破しようというのも、なかなか思い切ったもので、インド、パキスタン、イランを経てイスタンブールを目指す。驚くべきことに、この現代21世紀からすれば実に牧歌的な旅路だ。ただし麻薬汚染に引っかかるのだけは大きなリスクで、それをギリギリですり抜けてくるのも、もちろん命のかかった緊張である。
女の旅は、おっさんの場合ほどお気楽ではない。メキシコ、スペイン、フィリピン、これも1970年代までは、確かに政変、内戦、テロはふりかかってくる大きなリスクではあったが、それでも旅行者へのいたわりが人びとに息づいている。そして景色だけではない、自分の内面を変えてしまうような変化を求めている彼女たちを、それぞれの流儀でやさしく包み込んでいく。
日本人にもまだ戦争の傷は疼いている時代に、各国、各地にも同様の傷を抱えた人達がいて、古い傷、新しい傷が共鳴しあって、ささやかな冒険を見守っている。
いずれの状況でも、無事の生還を果たせずに、現地の露と消えた人々も無数にいたのだろう。
その人達と運命を分けたのは、幸運かもしれないし、この作者流の純粋さ、誠実さ、あるいは度胸なのかもしれないが、危険と背中合わせの冒険に飛び込んで行くには、命の危険を犯しても変えなくてはならない閉塞状況を、みな一人ずつが抱いているからだ。
戦争が無くなっても人の心の憎悪は消えない。古い因習は薄れても社会との違和感は残り、誰かが制度からこぼれ落ちる。誰もがそんな自分を救済しなくてはならない。そこに新しく触れる優しさ、たどたどしい共感があれば、何かが変われる。世界がそんな風に構成されていればいいのにと願う。