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人斬り彦斎 | ||
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北斎秘画 | ||
写楽の腕 |
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紙の本
歴史への愛情とリスペクト
2013/03/31 13:37
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
「人斬り彦斎」は佐久間象山を斬った志士だが、そこが生涯の終わりでなく、長州に落ち延びて、幕軍との戦いに加わった。幕臣に友成郷右衛門なる新世代の戦略家がいたが、格式にこだわる幕軍の中でその作戦は埋もれてしまったのも、幕府という制度の限界を示していたか。彦斎はそういった世の動きもしっかりと見ていた。
「北斎秘画」葛飾北斎と津軽藩の関わりを描いている。津軽というのは今東光の実家であって、北斎が藩主の意向で津軽馬を描いた下りを、東光が発掘してきたということか。「写楽の腕」も津軽藩、東光の先祖の今氏に江戸詰めの遊び人がいて、これが写楽の贔屓になっていたという設定で、写楽が世の舞台に彗星のように現れて消えるまでを目の当りにしていたという話だ。この2作は、江戸美術の一面に、今東光自身のルーツ探しをミックスしたような作品で、郷土愛あるいは芸術に執着する東光自身のアイデンティティの凄みを感じる。
「森蘭丸」大成はならなかった人物であり、また繊細な芸術的素養を持つというところで、河上彦斎に共通するだろか。「信長を刺した女」信長に抵抗して戦う本願寺の門徒とは、みな平凡な、そしてたくましい農民達だった。信長、本願寺、農民や女達、それらのどれが正義とか覇者とかではなく、ただすべてが一線に並んでシノギを削った光景を、河内を舞台に描いている。「八尾別当」楠木正成に傾倒し、その大きな力となった河内の豪族。これも名も無き武士達の底力と言えるだろう。
東光のこの時期の歴史小説は、芸の道にある人物を通しての史観ものと、河内をベースにたくましい庶民を描くものがあるようだ。「甘い匂いをもつ尼」は美貌ゆえに流されていく女の悲哀か。その辺りを集大成しているのが、同時期に書かれた「お吟さま」なのかもしれない。
それでも、ワンテーマで押してくる「写楽の腕」や「信長を刺した女」「八尾別当」も、相当に面白い。河上彦斎の冷徹さも怖い。茶道坊主から脱藩して維新の志士に転じた、苛烈な性格と静けさを愛する感性は、同時代においてはある種の突出した存在でありながらアウトサイダーを運命づけられた、やはり作者の分身的な存在なのだろう。それが剛剣を振るい、新撰組にも冷や汗をかかせる痛快さもある。
彼らは東光本人ではないとしても、歴史上の北斎、写楽、それに正成、象山、あるいは名も無き人々に対する尊敬と驚きが、それぞれの物語に現れている。それは歴史小説のスタイル云々以前に、東光和尚の純粋さの現れでもあるのだと思う。