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海嶺 上(角川文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.5 8件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:1986.11
  • 出版社: 角川書店
  • レーベル: 角川文庫
  • サイズ:15cm/402p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-04-143709-1
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

海嶺 上 (角川文庫)

著者 三浦 綾子 (著)

海嶺 上 (角川文庫)

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紙の本

ふぐを食べること

2004/02/11 18:19

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:吉田照彦 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 天保3(1832)年10月10日、尾張熱田港を出帆した千石船宝順丸が激しい嵐によって遭難、1年2ヶ月にわたって漂流を続け、14人の乗員のうち11人までを失いながら、岩松(吉)、久吉、音吉の3人がアメリカ大陸のフラッタリー岬に流れ着く。そこで3人はインディアンの奴隷にされてしまうが、イギリスの商社に助けられ、フォント・バンクーバーからハワイ、ロンドン、マカオを経て、5年ぶりに故郷日本へと向かう。だが、そこで待っていたのは、幕府による問答無用の砲撃だった……。
 人間はその歴史において様々な過ちを繰り返してきた。そしてその過ちの陰に、幾万、幾十万、幾百万にも及ぶ名もなき犠牲者たちの姿がある。いまも繰り返される戦争の過ちが然りであり、障害者・ハンセン病患者・被差別部落の人たち・有色人種・ユダヤ人などに対する言われなき差別もまた然りである。
 一方、江戸幕府による鎖国政策・キリシタン禁制が幕藩体制を維持するための政策であったことは間違いないが、これをはっきりと“歴史上の過ち”として規定してしまうことには個人的に抵抗を覚えずにはいられない。当時、宣教師によるキリスト教布教活動が本国による植民地政策の一翼を担っていたことも否めない事実だからである。だが、その過酷な政策のために多くの宣教師や信徒たちが犠牲になったこともまた事実であり、本書の主人公である漂流民たちもまた、日本の鎖国政策の犠牲者だった。それは鎖国や禁教の是非の議論を待つものではないと思う。
 著者である三浦氏が熱心なキリスト教信者であったことは周知の事実であるが、そのことを踏まえ過ぎると、本書は、ヨーロッパのキリスト教文化を一方的に礼賛し、それを禁じる幕府の政策ばかりか、八百万の神々を信ずる日本の多神教的な宗教風土をも否定しているように読めてしまう。しかし、音吉たち名もなき漂流民が国家政策の犠牲者であったことを素直に鑑み、彼らの果たせなかった望郷の念に思いを馳せるとき、僕はやはりその悲劇性に胸を打たれずにはいられなかった。
 作家・坂口安吾は“文化とはふぐを食べることである”と言った。最初にふぐを食べた人がその毒に当たって死んだ。その人は死に際に「どうも目玉が良くなかったらしい」と言った。次にふぐを食べた人は目玉を食べなかったが、やはり毒に当たって死んだ。その死に際、「どうも皮がよくなかったらしい」と言った。次にふぐを食べた人は目玉と皮を食べなかったが、やはり毒に当たって死んだ。その死に際、「どうも骨がよくなかったらしい」と言った。……こうして、たくさんの人の犠牲の下に、いま人はふぐを安心して食べられるようになった、という。
 不幸にも、人はあまりに多くの過ちを犯し、その犠牲となる人たちの群れはあとを絶たない。人が過ちを犯さずにはいられない生き物である以上、大事なのは、同じ過ちを決して繰り返さないことである。だが、世相を見る限り、哀しいかな、過ちを繰り返さぬには人はあまりに愚かすぎるようである。

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2006/05/31 21:54

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2006/04/13 12:50

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2006/10/20 00:02

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2008/10/10 11:14

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2011/04/23 23:15

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2009/12/08 23:07

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2011/10/07 13:29

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