紙の本
灰色の道に開いた花が人生の力となる
2011/05/04 18:40
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投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ふるさとへ廻る六部は」に収録のエッセイ【新聞小説と私】で、「海鳴り」を、『むかしは命がけの行為だった密通をテーマに、人間の愛と人生の真相をさぐってみたいという意気込みがあった』と藤沢周平は語る。しかし、所帯じみて花に欠け、読者には喜んでもらえないと感じていたところ、意外にも女性読者からの反響があり、力づけられたと述懐する。
また同エッセイで名作「蝉しぐれ」を、書けども書けども小説が面白くならないので、苦痛で仕方なかった。早く終わって欲しいと念じているのに終わらず、予定をオーバーして、ようやく完結した、と新聞連載当時を振り返る。予想通り、連載中に一通もファンレターが来なかったものの、一冊の本になってみると、人が言い、著者自身もそう思うような、読み応えのある小説になっていたそうで、新聞小説には、書き終えてみないと分からない性格があると述べている。
人の人生も同様に歩ききってみないと、その善し悪しの判断はつけられないと思うが、時には上述のエッセイで「海鳴り」について語ったように、人生を力づける思わぬ力が流れ込んでくることがある。
本作品の主人公・新兵衛も同様だった。
新兵衛は、紙の仲買人から紙問屋となる今日まで懸命に働き、女房子供を飢えさせることもなく、やってきた。しかし女房子供は有難がるどころか、それをあたりまえだと思う始末である。新兵衛は、あたりを見回すゆとりができたとき、妻と息子がついてきていないと気付いたのだ。そして人生に何か忘れ物をしたような気がした。
そんなある日、新兵衛は、酒を飲まされ悪酔いし、道ばたにうずくまる同業の丸子屋のおかみ・おこうを見かけ、介抱した。そして、おこうの素直さに触れ、彼女の美貌とともに惹かれ始める。
懸命に働き、あとは老い朽ちるだけかと思っていた人生に、突然咲いた花がおこうだった。
おこうと知り合ったことで、にわかに彩り始める灰色の道。しかし、密通は命がけである。その道の善し悪しは、歩ききってみないと分からないが、本作品を読み終えて、終わりよければ全てよし、という言葉が浮かんでくる。人も小説制作も、よりよい終わりに向かって歩んでいるという、ものの真相が見えた気がした。
ところで、結末が少々あっけないのが気になる。
光ある結末に比して、密通への強請、紙問屋、仲買人、漉屋(すきや)を巡る問題、息子の放蕩など、降りかかる困難の対応に迫られながら、人生に咲いた花を失わないよう綱渡りをする、新兵衛の苦闘が念入りに描かれているからだろう。
残念ながら、物語は、終わりよければ全てよし、という訳にはいかないようである。
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投稿者:T.D - この投稿者のレビュー一覧を見る
人間は一人では生きていけない。異性の同伴者なしで、十全に生きているとはなかなか思えない。親や,兄弟、友人などに認められても,自分に自信をもてないところがある。何のために生きているのか、生きている価値があるのか、生きていて甲斐があるのか疑問を持ってしまう事がある。認めてくれる、全面的に認めてくれる異性の同伴者が必要だ。そういう人にあえて、相手も自分をそう認めてくれて、結婚できたら、幸せな人生を約束されたようなものだろう。その人といられるだけで幸せ、ぐらいの相手に会えたら。
しかし、結婚してから知り合った人が自分の半身に感じるぐらいの同伴者だったとわかったらどうだろう。または、相手が既に誰かと結婚してしまっていたら。この小説の時代、それは、不義密通で重罪。それでも主人公の2人は相手と別れられない。
もう、10年以上前に単行本で読んだ。そのときは若くて、2人の恋愛の切なさ、甘さが強く印象に残った。こんな人とめぐり合えたら幸せだと思った。今回読み返してみて、印象は少し違っていた。主人公の恋愛はより切実に感じられた。それは、主人公のうち男のほうの、老いを意識しての感慨がより身近に感じるようになったせいだ。思い通りにならない、子供、奥さん。そんな中で自分を全部受け入れてくれる女性。切実だと感じる。
人生が繰り返せない、後戻りできないため、また、老いて死に向かっていく人生であるための切実さ、自分の半身に会えたと思える人は幸せだ、どんな形にしろ。
紙の本
海鳴り 上
2013/08/04 14:18
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投稿者:okasinlong - この投稿者のレビュー一覧を見る
藤沢周平の佳作
紙の本
最高傑作
2013/02/04 23:18
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投稿者:シジミ - この投稿者のレビュー一覧を見る
面白くて一気に読んだ。
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時代小説とはいっても、この作品には剣のシーンなどは一切登場しない。町人の恋愛を描いた作品。
紙問屋を営む小野屋新兵衛は、今で言うところの新興企業の社長といったところだろうか。
独立してから新兵衛は家庭は二の次にして、必死に働いてきた。
しかし、商いが軌道に乗ってきた頃、新兵衛は白髪を見つけ、老いを感じるようになる。このまま年を重ねていくのかという不安に苛まれるようになっていく。
父親である新兵衛の言うことを聞かず、岡場所に出入りする息子。妻おたきとの不和。同業者の嫌がらせ。言う事を聞かない身体。そんな状況が新兵衛に襲いかかる。
そんな中、同じ紙問屋である丸子屋の女将、おこうと出会う。おこうに惹かれていく新兵衛。しかし、江戸時代という時代がそれを許さない。悲劇的な結末を予感させる。どんどん読ませてしまうところが藤沢さんのすごいところだ。
タイトルにもなっている『海鳴り』という言葉は本を読んでみるとわかる。時代恋愛小説の傑作!
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ある日、ふっと老いを実感した小野屋新兵衛が真に心休まる場所を求めてさまよう様子が描かれています。
しあわせとはそもそも何なのか。
この本を読んで、そんなことを考えました。
しあわせとは、これから失おうとする過去に、先へ歩もうとする未来に、人の生のあらゆる場面で柔軟に姿を変えつつ存在するもの。
今、探し求めているしあわせと、まさにその瞬間に手にしているしあわせの姿が違うとき、人は既に手の中にあるしあわせに気づかず、彷徨い始めてしまう。
現在、自分自身が手にしている幸せを大切にしようと思えた一冊です。
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剣客ものと違って一気に読み上げる熱も湧いてきません。
ユーモアも無く全体的にじっとり湿った暗さが付きまとう話です。
ですがいいです。下巻もよっくりじっとり読みます。
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紙商・小野屋新兵衛の人生への後悔と焦り。商売の成功と冷え切った家庭。人妻おこうとの叶わぬ恋。傷を舐め合うような密かごと。そして二人は…。
新兵衛とおこうの最終判断の是非はおいておいて、男なら新兵衛の苦悩に少なからず共感するんじゃないかな。
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四十代半ばの紙商小野屋新兵衛と老舗の紙問屋丸子屋のおかみおこうが、紙問屋の寄合いの帰り道に起きたある出来事をきっかけに想いをよせあっていく。
不義密通がきびしく罰される時代に、プラトニックに想いを寄せ合っていく二人がせつない。
二人の想いとともに、人生50年という時代すでに老いを感じている新兵衛の心の翳りを軸に、家族・女・仕事の陰影が描かれている。
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新兵衛の回りには不穏な空気が的割りつく。
次々に繰り出される陰鬱な悩ませごと。
寿命を縮めるようなストレス。
しかし江戸の地理を本の少しだけ学んだからか、
いつも以上に文字から映像が浮かび出てきてワクワクする。
両国がどういう場所だったのか、回光院の役割は、
商人(あきんど)はいつの世も
そのやり方を変えず共通しているのだなぁ〜。
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全2巻。
時代小説。
老人の恋とサスペンス。
なんか失楽園思い出した。
見たこと無いけど。
乱暴にまとめると
ダブル不倫と商業サスペンスって感じなんだけど
老人だけにしみる気がした。
死ぬまでのあと10年どう生きるか。
家族を捨てようと決心したくだりは
なんだか泣きそうになった。
年取ったんだろうなあ。
やっぱり。
自分。
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今読んでるんだけど、もう読みたくない(T_T) 弱みにつけ込まれて脅迫されるとか、めっちゃ苦手。結末が良ければ頑張って読むけど。読んだ方、最後まで読んだ方が良かですか?
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藤沢さんと言えば代表作は数あれど地味に構えていたのがこの海鳴
り。元々どの本を読んでもつつましい色気が漂って、藤沢作品の魅
力はそこにも有るのだと私は思っていましたが、この海鳴り読んで
見ると、こんな藤沢周平も好きに成りました。
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いや~この話は・・・(--;
重くて暗い、「男女駆け落ち物語」(ズバリw)。
酔って具合が悪くなった知り合いの人妻を助けたことがきっかけで、それがどんどん罠にはめられ追い詰められ、深みに堕ちてゆく話だ。
最初は本当に、酔った彼女を介抱しただけだったのに、それをたちの悪い男に目撃され、強請られて、果てはトラブルの相談のため彼女と会っているうちに互いに惚れ合って本当にデキてしまう二人。
男は働くことに疲れを覚え始めた年齢で、一代で築いた商いに不吉な影が忍び寄るのを感じている。
家庭においては夫婦仲は冷え切っており、子供は女郎通いで跡取りとしての自覚がほとんどない。
・・・とまぁこんな風に、男の身辺は味気ないものだった。
だから、胸の隙間を埋めるように、彼女に惹かれていったのもわかる気はするけれど・・・
でも。如何に追い詰められていたとはいえ、彼女と駆け落ちを決めたときの男の様子には、あまりにもちょっとあっさりしすぎじゃないか??と思った。
男としては、今まで自分はこんだけ家族のために頑張って。
気の合わない女房ともなんとか我慢してやってきて。
跡取りであるはずの長男が家を出たいというのも、許してやった。
だから今度は。
自分がなにもかも捨てて、好きな道に走ったっていいだろ?と言いたいように見えなくも、ない。
勿論それは、最後の最後にどうしようもなくなってする決断であり、それまで主人公の男は心臓が冷えるような思いを繰り返し、トラブルを乗り切って、その中で一筋の光のような、彼女との関係を持ってきた。
同情はするけど・・・、最後に見せた彼の妙な「すがすがしさ」は、私にはちと憎らしく映った。(笑)
如何なる理由があったとしても、結局主人公の男は、自分の犯した罪と過ちから逃げたのだ。
まんまと逃げおおせ、これから先、細々と暖かく明るい第二の人生をやり直せたとしても・・・
決して彼の犯した罪は消えないし、それによって置き去りにされた彼の家族もまた、犠牲者なのだ。
それを忘れず、死ぬまで苦しんでほしい、家族には顔を出さないでほしい。
「逃げおおせても、主人公はきっと長生きはできないだろうな。」
読み終わった後、私はぽつりとそう思った。
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感想は下巻にて。最初はもどかしい感じでしたが、上巻の終わりころから面白くなってきました。というか私がこの作品の空気になじんできたのかもしれません。