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なぜ「表現の自由」か
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.5 2件
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  • カテゴリ:一般 研究者
  • 発行年月:1988.3
  • 出版社: 東京大学出版会
  • サイズ:22cm/357,7p
  • 利用対象:一般 研究者
  • ISBN:4-13-031134-4
  • 国内送料無料
専門書

紙の本

なぜ「表現の自由」か

著者 奥平 康弘 (著)

なぜ「表現の自由」か

7,344(税込)

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評価内訳

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紙の本

憲法学者の戦い

2009/12/28 18:35

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:風紋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 法学家の文章の大半は読んでさほど楽しくないが、何事も例外はある。
 たとえば、奥平康弘。本書の著者である。
 著者の文章は、本書のような学術書にあっても、講義、講演と同じように、ポキポキと折れるような、訥々と呼んでもよい、雄弁とは言いがたい、屈折した、目につきにくいものを漏れなくすくい上げようとするかのような、微妙な論点は繊細に語る文体である。だが、論旨は常に明快だ。
 著者は『事件』『サッコとヴァンゼッティ』ほかを収める『大岡昇平集 第6巻』(岩波書店、1983)の解説で、『事件』を刑事訴訟法の教材として格好だ、という斯界の評価を伝えている。『サッコとヴァンゼッティ』について、大岡昇平が主に依拠した文献以外の資料にも言及しているのは、プロの法律家として驚くことではないが、シェークスピアほかの文学も読みこなしている気配が解説文の節々にうかがわれて、こちらは驚くべきだ。その文章が読みやすいのもむべなるかな。

 本書は、著者が専門とする憲法学の見地から、表現の自由に係る日米の判例のいくつかに対して詳細な評釈をくわえる。
 それは、単なる評釈にとどまらない。全編、わが国に適正な「表現の自由」を実現せんとする情熱が流れている。
 困難は、当然、あった。
 「第4章 選挙運動の自由と憲法 -日本のばあい-」に、こんな話がある。
 公職選挙法第138条第1項に戸別訪問禁止の規定があり、1950年、最高裁がこれは憲法違反ではない、と裁決した。ところが、1967年、1968年に2つの下級裁判所がこの「社会通念」にチャレンジする判決をくだし、これに刺激されて著者は「戸別訪問禁止制度は違憲だ」とするエッセイを発表した。当時は珍しい主張だったので、この種の裁判の証人としてしばしば呼ばれた。主尋問の後、検察側の反対尋問で衝いてきたのは「憲法学会の通説はどうか、宮沢俊義教授のような憲法学の権威はこの点をどう解釈しているか」というもの。奥平説は特異な謬見にすぎない、という印象を裁判官へ与えるための問いで、彼は孤立無援の焦燥を感じた。
 当時の憲法学会では、戸別訪問禁止が憲法違反に当たらないことは当然の理(“take it for granted”)だった。
 しかし、その後、少なくとも学界に関するかぎり、「戸別訪問禁止は違憲だ」とする説が増え、文献の上では合憲論が減った。かつて合憲説を疑わなかった学者も、自説を修正した(たとえば小林直樹、芦部信喜)。証人出頭にあたっても、検察側はもはや「学界の通説いかん」のごとき反対尋問は行わなくなった。
 少数意見は、通説へと転換したのである。

 「表現の自由」は天から降ってきたわけではないことを私たちに自覚させる一例だ。
 そして、わが日本人が「表現の自由」にいかに鈍感であるかも。
 著者は、後年、本書では書きつくせなかった米国の「表現の自由」を詳述するべく新たな本を刊行する。「アメリカにおける権利獲得の軌跡」の副題をもつ『「表現の自由」を求めて』(岩波書店、1999)がそれである。もちろん、日本における「表現の自由」を見据えた上での作業だ。

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紙の本

「表現の自由」を原理論から考える

2009/04/17 20:49

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:半久 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「表現の自由」は、日本ではすでに確立ずみとみなされている傾向がある。それどころか、ほかの権利と比べて優越的であることを認めたがらない人びとが公法学者のなかにすらいるそうだ。

これは、「表現の自由」の原理論についての議論が日本では不活発であるということがひびいているのか。あるいは、確立ずみとみなされているから、いまさら原理論でもないと思われているのか。どちらなのか断定することはできないとしても、「表現の自由」にこだわってきた奥平氏はこの状況に不満をもっている。なぜなら、現実の司法での場で「表現の自由」があまり尊重されているように見えないからだ。迂遠なようだが、原理論をつきつめて考えていかなければならないということなのだろう。
この方面での先輩格として参考となるのが、アメリカの法理論だ。第1部の第1章は、総論としてアメリカ憲法学会の理論状況を紹介分析している。《いささか、他人の褌で相撲を取った感がある》と謙遜されているが、私は最終的に受け入れるかどうかは別として、よさそうなものはどんどん考察の対象にしていいと思っている。

第2部以降は各論にはいっていく。アメリカの話もでてくるが、ここは学生にとって個別の「判例評釈」として読んでも勉強になると思う。
あつかっているのは、税関検査における検閲性の問題、選挙運動における戸別訪問の自由、未決在監者の新聞閲読の自由、法廷内でのメモ採取の自由などだ。どれも深く考えぬかれた議論になっている。

すこし古い本だが、「表現の自由」に関心のある方にとっては、いま読んでも得るものがあると思う。

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