紙の本
「少しも古さを感じさせないハードボイルドの古典」と賞賛するのにはそれだけの理由がある。
2005/05/29 15:19
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
サム・スペード。理不尽な権威に超然とした実行力と強靭な精神力で自分を貫く矜持。誇りをかけるところに伴う反倫理的行動、斜に構えた人間観察と歯に衣を着せぬ物言いなど、われわれがやりたくても踏み込めない人物像がそこにある。
ただこれは本格ハードボイルド主人公に共通する魅力なのだが、サム・スペードは加えて実に興味深いキャラクターをのぞかせるのだ。
それは、スペードが相手役の女に語る、ある長いエピソードに見いだされる。
事業に成功し資産も蓄え、妻と二人の子供と平穏なアメリカンライフをおくっていた男が突然蓄財を家族に残したまま、無一文で蒸発する。悪事に関わりなく、仕事の問題もなく、女もいない。そして5年がすぎる。不可解のままに過ごした夫人が別の町に男を見かける。そして帰宅を願う夫人の依頼を受けたスペードは男にこの間の事情を尋ねる。
その日、道を歩いていたときに落下物があって危うく一命を落とすところであった。
その瞬間、男は人生のなんたるかを悟った。
「よき市民であり、よき父であり、よき夫であるような男だった。それまで知っていた人生とは、きちんと秩序の保たれた、まっとうで、理に適ったものだった。ところが天から降ってきた一本の鉄梁が、人生は根源的にそんなもんじゃないということを垣間見させてしまったのだ。」
男は真の人生とは破滅と隣り合わせにあることに気づいて愕然とした。
「垣間見てしまったこの新しい人生のほんとうのすがたに自分自身を適応させる以外に、二度と心の安らぎは得られないだろと悟ってしまったのだそうだ」
そして明日の見えない流浪の旅に出た。
(おもしろいなぁ、仏にならんとする菩薩の道か、1929年のアメリカのマイナーな作家がねぇ。これはまるで東洋的な発想ではないですか)
(アメリカの高僧にでもなったのかと思いきや、なんてことはない)
この男は数年を経て、二人目の女房と子をなしてふたたび秩序ある世界で幸せに暮らしているのだ。
「やっこさん捨ててきた同じ生活の溝にはまりこんでしまったことにさえ気づいていなかったようだ。やっこさんは天から降ってくる鉄梁のたぐいに備えていたが、それ以上降りかからなくなると、こんどは降りかかってこないほうの人生にわが身を適応させたんだ」
スペードはつぶやく
「だが、そこんところが、おれはいつも気に入っている」
「おれはいつも気に入っている」!!!???
「小市民的調和などクソくらえ」
とこの男を張り倒すのがハードボイルドの常道だと思うのだが………。
このエピソードはストーリーとは無関係なのだ。
脈絡なくヒョッコリと挿入されている。
異物がいったん引っかかって、すぐスッと胃の中に納まった。だが緊張と安堵がないまぜになってその感覚が喉元に残っている。そんな味わいのある一節だった。
これはスペードのせりふではない。ハメットの苦悩に満ちた生活実感からでた本音だろう。
日本のことだが、十年前までは多くの人は、明日という日は今日の延長にあるものとしてそれを疑うことはなかった。ところがある日突然、たとえば勤めていた会社がなくなっていた。そして底なしの深淵をのぞくハメになったものだ。
その実感はまだなまなましいものとして残っているだけに、このエピソードにある人物の生き方について、ふがいないとか、無様だとかで一笑に付すことはできやしない。
時代に逆らうことにともなうある種のカッコよさ、時代に逆らったことによる手ひどい代償、そして何とかして生きていかねばならない現実とすべてを経験したハメットがつぶやく「気に入っている」との一言にはこの作品の「古さを感じさせない」ところの本質があるような気がした。
そしてわたしは70数年の時をこえてハメットを身近に感じたのである。
紙の本
舞台劇のような
2002/03/12 19:17
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投稿者:猫 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガート主演の映画化で余りにも有名なハードボイルド小説。内面描写を一切欠いた一人称記述による、悪人同士の騙しあいがまるで舞台劇のような緻密さで描かれる。この小説で決定的な暴力は、直接的に描かれることはない。抑制された筆致の凄さは、まったく古びていない。
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ハードボイルドの古典なのだが、いまひとつ面白さが分らない。書かれた時代を考えれば画期的なのかもしれないが、いまこれを読んでも平凡に思えてしまう。約15年前にも一度読んでいるのだが、内容を全く覚えていなかった。とは言いながら、他のハメットも読んでみるつもり。
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ハードボイルドの古典。紙巻タバコの巻き方とか・・・映画見てみたい。
実はあんまりよくわかりませんでした。
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黄金の鷹像を巡る争奪戦というストーリーは、確かに時代がかっていて古臭い。一歩間違えば陳腐な印象にも映る。しかし、駆け引きや思惑を含んだ緊張の展開はどこまでもクールで、時代の影響を全く感じさせない。
心理描写のない独特の筆致なのに、各キャラの特徴はひしひしと伝わってくる。特にラストのスペードは素晴らしい。台詞のひとつひとつがダイレクトに効いてくる。かっこよすぎてゾクゾクした。これは、男性として理想の決着のつけ方ではなかろうか。このクールな世界観を超えるものはなかなかないだろう。これぞ正にハードボイルド。
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子供のころに読んだのを思い出して新しく購入してみました。
推理小説としてもしっかり構成されていて、謎解きをしながらも読めるのでしょうが、主人公のキャラクターに魅せられて雰囲気に浸ってしまい、謎解きに参加出来ませんでした。
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ハードボイルドといえばハメット。卑しい街を卑しくも哀しい男が歩いてゆく。マーロウは優し過ぎるような気がして。
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有名な割に信じがたいほど退屈。こんなものを古今東西ミステリーの頂点の一つとか言うのが世界の価値観なら日本の小説が正当な評価を受ける日も遠い・・。こんな作品を読むたびに海外小説嫌いに拍車がかかってしまう。
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『赤い収穫』に続いては本書『マルタの鷹』。『デイン家の呪い』はついこないだまで御茶ノ水丸善にあったのが油断して売れてしまい、以後神保町界隈からもBOOKS《深夜+1》からも姿を消してしまい、入手できなくなってしまったのである。
さて『マルタの鷹』は中学時代に図書館から借りてちっとも粗筋がわからなくてつまらない思いをして返した作品。しかし現在読み直してみると、さほど複雑なストーリーではなく、よく「ハードボイルドの基本」として挙げられるこの作品の、シンプルでしかも濃密な魅力が味わえるのである。粗筋のわかりづらさ加減では、何と言っても登場人物が段違いに多い『赤い収穫』のほうが遥かに上を行っていると思うのだ(^^;)
さて、主人公のサム・スペードだが、全くのポーカーフェイスで、己れの信条を守るために全力を尽くすという、これ全身タフガイの典型のような男。撫で肩なのに喧嘩が強く、推理小説の探偵より頭が鋭く、世慣れしていて滅多に他人のセリフを信用しない。まあ見事なまでに確立した一個の人格、ハードボイルドという言葉を集約すべき一個のヒーロー像なのである。ハードボイルドが馴染めない、読んだことがないという方には、チャンドラーやスペンサーやブロックよりもハメットを薦めたほうが遥かに説得力があると思う。無駄な贅肉を廃した徹底的なハードボイルドの基本形だけがここにあるのであり、後世のハメットに耽溺した作家たちがいかにそこに自分ありの肉付けを施してきたかが逆に一目瞭然としてしまうようなハードボイルド探偵小説の源泉がここにあるというわけだ。
行動を客観的にクールに描くというヘミングウェイのやり方を、ミステリー小説に持ち込んだハメットは、チャンドラーに較べればぼくの周囲ではほとんど語られることさえなかったし、かくいうぼく自身チャンドラーから過去へと遡る作業を怠ってもいた。チャンドラー作品というのも黄金期があって、その時期の作品はとてもテンポのいい文体だし、泣けるほどの男の描写が頻出するが、ことハメットの場合泣けるシーンなんて全然ない。だいたいそれほど細かくは描写されていないのだ。敢えて三人称という視点を取っているのも主人公のなんやかんやの心理描写から大きく距離を置いておきたいハメット力学の方法故ではないかと思う。
その淡々とした行動描写と、唯一性格を露にする会話の妙技とが、小説をきれいに最低限の部分まで削り上げシェイプアップさせているから、読者にしてみればハイテンポで能動的なリズムとともに、ストーリーの味のある面白さを堪能できると思う。その中で描かれる人間たちの、何とも実に生き生きとしていること。これが60年も前の作品なのかと俄には信じがたい鮮やかさが、この作品にはこめられているのである。
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ハードボイルドの祖(米)らしい。
ふーーーん。。
訳の仕方で多少似通ったりするのは想定の範囲内ですが、レイモンドチャンドラー(チャンドラー?チャドラー??)と似ているような。きっと映画の印象も強くなるのかなと思いつつ。他の著作も読んで見るかと思う。
あ、映画「男と女」が男の目で書かれた男の映画だと思っている私が、この小説はまさにそれだな、と思いました。男の目線の、男が喜ぶ話。
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まるでアクションミステリー映画を見ているような気分で読める。俳優の動きや人物の描写はハリウッド映画を見ているかのよう。それだけ展開も早く、トリックはあっと言わせるものばかりでどこまでもクリエイティブな作品であった。ただ、翻訳物につきものの読みにくさと歯がゆさがあった。
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エラリー・クイーンやエルキュール・ポアロ、さらにHM卿が活躍していた時代にサム・スペードのようなリアルな探偵が出てきたことは正に衝撃だったろう。事件を解決して自らの何かを失う探偵なぞ当時の本格派の探偵にいただろうか?
社会の裏側で生きる者たちに対抗するには探偵それ自身がその手を、その身を汚さなければならない。己が生きるためにはかつて愛を交わした女でさえも売らなければならない、こんな探偵は存在しなかったはずである。
生きることのつらさと厳しさ、そして卑しさをまざまざと見せ付けた本書は、自身が探偵であったハメットでなければ描き得なかった圧倒的なまでのリアリティがある。
故に本書の軸となる黄金の鷹像の存在が妙に浮いた感じを受けるのである。
マルタの鷹は何かの象徴か?
マルタの鷹は存在したのか?
私にはマルタの鷹が誰もが抱く富の憧れが生み出した歪んだ幻想だと思えてならない。
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ダシール・ハメットの探偵3作目。
かなり無茶な展開の作品が続いたが、
映画にもなった作品なのでかなり期待したのだが、
期待外れだった。
主人公の探偵が今までと違うからか、
冒頭に事件の1つが解き明かされる、というパターンがなかったせいか、
女性関係がめちゃくちゃだからか、
相棒と二人の探偵事務所になったせいなのか、
自分の地元だから、を連呼して犯人を引き渡すように主張したからなのか。
よくわからない。
マルタの鷹、
と呼ばれている宝石で飾られた置物をめぐる話。
宝探しの要素がつまらなかったのか。
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ハードボイルドの始祖たるダーシル・ハミットの『ガラスの鍵』があまりに面白かったので 、もう一つの代表作も早速読んでみましたが、読んだことありましたー
そりゃあそうよ、この私が『マルタの鷹』読んでないわけないでしょうが!ほんと失礼しちゃう
それにしてもハードボイルドですよ
ほんと余計なこと書かないので、クライマックスで一旦スピードにのると、速い速い、たたみかけるってこういうのを言うんやね
そしてこちらの主人公の探偵スペード、かっこいかったねー
最後の最後で愛と自分の信念と どっちとるの?みたいなところで あっさり信念とっちゃうあたりが、うーんボイルド
このスペードって後のハードボイルド系私立探偵にめちゃくちゃ影響与えてるってのがすごいよくわかる
ハードボイルド好きって人は呼んでほうがいいね
ってハードボイルド好きな人はお前に言われる前にとっくに既読だわ!って? 失礼しましたー